第26話 第三者視点:救助班
「ッ……」
薬草とハーブの香りが漂う一室で、ドウティッシュは目を覚ました。
「あ、起きた」
「こ、こは……」
「ここはヤッバイ山の近くの町の診療所よ」
つばの広いトンガリ帽子を被った少女──ツンデレーナが言う。
壁に立て掛けられた大きな杖。
フードのついたローブ。
ドウティッシュは囁くような声で尋ねた。
「あんた、は……?」
「私はツンデレーナ。天才魔法士ツンデレーナよ」
少々癖の強い自己紹介に、まだ意識のはっきりしないドウティッシュは「そうか」とだけ呟いて目を閉じた。
「──アィシィテール!! ぐ……っ」
クワッと目を見開いて、弾かれるように身体を起こしたドウティッシュは、軋んだ身体に呻き声を漏らした。
「びっくりしたぁ……アィシィテールさんなら、そっちのベッドで寝てるでしょ」
ツンデレーナはドウティッシュの大声に顔を顰めながら、隣のベッドに顎をしゃくった。
そこには静かに寝息を立てているアィシィテールがいた。
「よかった……アィシィテール……ッ」
「はいはい。嬉しいのはわかるけど、あなたは絶対安静なんだからそのままそこで寝ててよね」
小さな丸椅子から腰を上げて、釘を刺すツンデレーナ。
「どこに行くんだ……? 聞きたい事が山ほどあるんだが……」
「あなたが目を覚ましたってみんなに伝えてくるのよ。質問ならその後で答えるわ」
投げやりにそう返すと、ツンデレーナは部屋を出ていった。
たちまち静寂を取り戻した病室。
ドウティッシュは一度深く息を吐き出すと、重だるい両手を重ねて祈るように呟いた。
「女神アモレーヌ……感謝します」
再びアィシィテールの傍にいられる事に。
「みんな、ドウティッシュさんが目を覚ましたわよ」
ドウティッシュ達の真隣にある部屋へ入ったツンデレーナが、前置きもなくそう告げる。
「本当か!」
「おお、そりゃあ良かった」
「ですなぁ」
室内を見渡したツンデレーナは首を傾げた。
「あれ、マリアンヌさんは?」
「聖女マリアンヌなら他の病室の患者を慰問してるよ」
ダンジマンの返答に、ツンデレーナは納得したように声を上げた。
「さっすが聖女様ね。こんなときでも仕事熱心だわ」
「ですなぁ」
ツンデレーナの言葉に、丸っこい体型のおじさん──トルイヌが同意するように頷いた。
「おい、ツンデレーナの嬢ちゃん。ドウティッシュの様子はどうだった!? 意識ははっきりしてたのか!?」
冒険者ギルドのギルドマスター──ムキンチョが食い気味に質問を投げる。
「起きて早々『アィシィテール!』って叫んでたから元気なんじゃない? そんなに心配なら見てきたら?」
その言葉を聞くやいなや、ムキンチョはドタドタと足音を立てて部屋を出ていった。
「……なんでダンジマンさんは私をそんなに見つめてるわけ? 私はおじ専じゃないんですけど」
「これはこれは、失礼しました」
ベテラン冒険者ダンジマンが、飄々とした態度で謝罪する。
「うーわ、本当に悪いって思っていない人の顔だ。……で? 何か私に言いたい事でもあるの?」
「言いたい事といいますか、聞きたい事ですね」
「聞きたい事?」
ツンデレーナがダンジマンを訝しげに見つめる。
「ええ、魔法士の卵であるあなたならわかるかと思いまして」
「卵」という言葉に面白くなさそうに頬を膨らませたツンデレーナは、睨みつけるようにダンジマンに言葉を投げた。
「なに? 天才魔法士の私に何を聞きたいの?」
「魔導師ナナについて」
「それは儂も知りたいですなぁ」
トルイヌも関心を示したようにツンデレーナを見る。
「同じ魔法士だから知ってるだろって? 知るわけないでしょ、あんな大嘘つきの事なんて」
「大嘘つき?」
「ですなぁ?」
ツンデレーナの棘のある言葉に、2人は首を傾げる。
「え、あなた達わかんないの? いい歳した大人なのに? ……あ、ごめんなさい、そんな笑顔でこっちを見ないで……言います、言いますから」
ツンデレーナは仕切り直すようにコホンと咳払いをすると、指を1本立ててみせた。
「魔導師ナナが初めて配信をした日。配信魔法について『その時、その瞬間を、産地直送でお届けする魔法』って言ったの、覚えてる?」
「ええ」
「ですなぁ」
「その後に実演まで見せられて、私達は『違う場所の景色を見る事が出来る魔法』なんだろうなって思わされた」
引っかかる言い方をするツンデレーナに、ダンジマンが問う。
「違うのですか?」
「そこは違わないわ。魔導師ナナが現れてから、私達は毎日色んな人のその日の生活を見せられてたわけだし」
「では、何が?」
ツンデレーナが鼻を鳴らす。
「私がおかしいって思ったのは、録画動画って配信が始まってから。あれはその日の映像だけじゃなくて、数日分の映像をまとめた動画だった」
「ただ単に、言語化が難しくて説明しきれなかったのかもしれませんよ?」
「それだけならね。でも、転移魔法は違うでしょ」
「転移魔法……儂らをまとめて現地へ送った、あの現象の事ですなぁ?」
ツンデレーナが頷く。
「あれはアイツが言ってた配信魔法と根本が違う。言い忘れてたのか、あえて説明を省いたのか、勘違いするように誘導したのか……とにかく私は魔導師ナナを大嘘つきだって疑ってんの」
「なるほど、そういう事でしたか」
「ですなぁ」
ダンジマンは軽く顎を摩る。
「魔法は門外漢なもので、どういう原理の魔法なのか聞きたかったんですがね」
「知らないわよ、まだ習ってないし」
ツンデレーナが拗ねたように言う。
「そうでしたね、ツンデレーナ嬢はまだ学生でしたね」
「若いですなぁ」
眩しそうに目を細める2人に対し、ツンデレーナが吠える。
「うるさーい! 今はまだどんな魔法か全然わかんないけど、絶対私のほうが凄い魔法士だって認めさせて、私が次の魔導師になるんだから!」
フンッ! とそっぽを向くツンデレーナ。
「ただいま戻りました。あら……?」
慰問から帰ってきたマリアンヌが不思議そうな顔で3人の顔を見渡す。
「聖女マリアンヌ、ドウティッシュ氏が目を覚ましたみたいですよ」
「あら、それは良かったわ。これも女神アモレーヌ様の思し召しね」
「マリアンヌさんの聖魔法と、トルイヌさんが持っていた大量の秘薬のおかげでしょ」
ツンデレーナが水を差すような事を言う。
「ふふふ、ツンデレーナも一生懸命看病してましたものねぇ」
マリアンヌが朗らかに笑う。
「素直じゃないですなぁ」
恥ずかしそうに顔を伏せるツンデレーナに、トルイヌも笑う。
「う、私……もっかいドウティッシュさんの様子を見てくる!」
誤魔化すように部屋を出ていったツンデレーナを黙って見送ると、ダンジマンはマリアンヌへ顔を向けた。
「聖女マリアンヌ。一つお伺いしたい」
「あら、なんでしょう?」
「『女神アモレーヌ様の敬虔なる信徒』」
ダンジマンの目から感情が消える。
「あれはたしかにそう言いました。聖女マリアンヌ、修道会は何か隠し事をしているんですか? それとも──」
一瞬の沈黙。
「──良からぬ事を企てているんですか?」
マリアンヌはその問いかけに。
ただ優しく。
聖母のような顔で。
ニコリと微笑んでみせた。




