第25話 第三者視点:冒険者ギルド
「マジかよ……」
王都に建つ冒険者ギルド本部。
ギルドマスターのムキンチョは、愕然とした顔でそう呟いた。
ギルドの運営費で中型魔法箱型受像機を買ったのは数ヶ月ほど前の事だ。
買った当初は『アコギな商売をしてやがる』と思ったものの、ギルド職員にも冒険者共にもウケが良かったから、今では買って正解だったと思う。
『明日の配信は何かな?』『なんだろうな?』なんて、依頼も受けねぇで駄弁ってる冒険者共を蹴り飛ばすのにも慣れてきた頃、それは配信された。
【A級冒険者ドウティッシュ】
冒険者ギルドの最高戦力ドウティッシュに焦点を当てた、長編動画配信だった。
どこで盗み見ていたのか。
ムキンチョがドウティッシュに異変の調査を依頼した場面までしっかり配信に映っていた。
『──ただし、これは貸し1だからな』
ドウティッシュの行動は早かった。
山に入る前の準備一つとっても模範的で迷いがなく、ポケーと魔法箱型受像機を見ている駆け出し共に「貴重なA級冒険者の姿だ、見て学べ」なんて激まで飛ばしてしまった。
ただ、気楽に見れたのはここまでだった。
配信に魔人が映ったからだ。
ギルド内がざわめく。
王都全体が震えた気がした。
「あの馬鹿、魔人の女なんかに拐かされやがってッ! こんな事なら引き摺ってでも娼館に連れてきゃよかったッ!!」
魔人は明確な人類の敵だ。
人間に擬態し、欺き、殺し、そして喰らう。
種族として決して相容れない。
人間と魔人には明確な壁がある。
だというのに、ドウティッシュは魔人の女を殺すどころか保護し、重傷を負っていたそいつに治療まで施してしまった。
「何が『もう少し原因を調査する必要がある』だ! 嘘の報告してんじゃねぇ、馬鹿がよッ!」
A級冒険者の乱心。
どういう結末を迎えるのか今はまだわからないが、きっとギルドは糾弾される事になるだろう。
……この首一つで済めばいいが。
月日が経つにつれ、ドウティッシュと魔人の女──アィシィテールの距離がどんどん近くなっていく。
物理的にも、心の距離的にも。
「これだから、魔人は怖ぇんだ」
アィシィテールはよく笑う。
よく泣くし、よく怒りもする。
まるで普通の人間のように。
最後に魔人が観測されたのは50年も昔の話だ。
どこからともなく現れた炎の魔人が、一夜にして小国を3つも滅ぼしてしまった。
魔人は強い。
人間なんかよりも、遥かに。
人間の感情を真似る狡猾さまで持っている。
アィシィテールがどれだけ強いかわからないが、人間の真似事が上手い奴だというのは嫌でも理解出来た。
「お前、そこまで……」
半年も経った頃、ドウティッシュはついにアィシィテールへ告白をしてしまった。
わからなくはない。
羊角がなければ。
肌の色がもう少し薄ければ。
人間と何ら遜色ない女がそこにいるのだから。
女が苦手なドウティッシュにとって、こうして気取らずに接する事が出来た女は初めてだったはずだ。
「喰われちまうだろうなぁ、あいつ」
一度魔人に魅入られたら、後は喰われるだけ。
俺はドウティッシュの生存を諦めていた。
だというのに──。
「──は? どういう事だ、これは」
アィシィテールが、殺される道を選んだ。
告白されて嬉しそうに、それでいて悲しそうな表情を浮かべたまま、大雑把な攻撃を仕掛けてドウティッシュに殺されようとする。
「ん……? こいつは……ッ!!」
そいつが現れた瞬間、腰を抜かしたように尻もちを着く冒険者が続出した。
戦いに重きを置く冒険者ですらこれだ。
今頃、多くの一般市民がいたるところで失神している事だろう。
そのくらい、画面越しでも圧倒的な威圧感を放っていた。
「チッ……ゴミ野郎がッ! 魔人ってのは同族に対してもそうなのかよ!」
男の魔人── ゲスャロゥデンスが語ったのは、聞くに耐えない胸糞悪い話だった。
弱肉強食の世界で、喰われる姉を置いて逃げるしかなかったアィシィテールの気持ちを慮る。
ドウティッシュに発見された時、ボロボロの姿をしていた理由もこれで理解できた。
なんでドウティッシュを攻撃したのかも。
なんで突き放そうとしたのかも。
全てが繋がった。
魔人は強い。
人間よりも遥かに。
敵わない。
争うな。
逃げて欲しい。
逃げるべきだ。
だが。
ドウティッシュは彼女を護ると決めた。
「負けんな、ドウティッシュ……ッ! 英雄になれ! そのクソッタレをぶち殺して、大切な人を護りやがれ……ッ!」
──現実は非情だ。
ドウティッシュが死んだ。
A級冒険者ですら手も足も出ず、呆気なく。
ドンッとテーブルを叩く。
無意識だった。
ドウティッシュであれば、英雄になれるかもしれないと思っていた。
やはり、人間は魔人に敵わない。
その現実を、まざまざと見せつけられた気分だった。
「こんなの、あんまりだろうが……ちくしょ──あ?」
わけがわからなかった。
ドウティッシュが死に、後はアィシィテールが散々嬲られ、喰われる姿を見るはめになると思っていた。
しかし。
瞬き一つの間に、アィシィテールに伸ばしていたゲスャロゥデンスの右腕が宙を舞っていた。
「おい……おいおいおいおいおい! どういう事だ!? 何が起きた!?」
モニターに映っていたのは、空間が歪むほど濃い魔力を纏ったアィシィテールの姿だった。
ゲスャロゥデンスが問う。
この配信を見ている誰もが抱いた疑問を。
「は、はは……マジかよ。魔人に心が芽生えたってのか? 聞いたかよ、ドウティッシュ……お前の愛は、しっかり伝わってたってよ……ッ」
魔人は心を持たない。
餓鬼の頃からそう教わってきた。
違う。
魔人だって人間と心を通わせる事が出来るんだと、ドウティッシュとアィシィテールは証明してみせたんだ。
──圧倒的だった。
ゲスャロゥデンスが一方的に攻められていた。
身体中から血と魔力を噴き出し、ギリギリのところで致命傷を避けるだけ。
ほぼ勝負は決しているように見えた。
「あ」
その声を漏らしたのは、誰だったか。
アィシィテールが力無く膝を着いていた。
「そういう事かよ……そうだよな、何で気づかなかったんだ、俺は!」
ゲスャロゥデンスが勝ち誇った顔で語った。
たしかに、感情任せであれだけ魔力を使ったら魔力も切れる。
魔人だって魔力を無限に持っているわけじゃない。
アィシィテールは感情に呑まれ、周りが見えなくなってしまったんだ。
万事休す。
流石にここから逆転はないだろう。
せめてアィシィテールが喰われる姿は見まいと、天井に顔を向けて目を閉じて──。
『俺達の勝ちだ』
その声に、クワッと目を見開いた。
そこにはあの憎きゲスャロゥデンスの頸を斬り飛ばす、ドウティッシュの姿が映っていた。
「マジかよ、ちくしょう! ドウティッシュの野郎、生きてやがった!!」
ギルド全体が、歓声に沸く。
まるで地震のように、建物が揺れる。
ドウティッシュが生きていた事も。
土壇場で逆転勝利を収めるところも。
全てが劇的だった。
「英雄だ、ドウティッシュ……美味しいとこ取りじゃねぇ、てめぇら2人で英雄なんだよ……ッ!」
視界が歪む。
目元を拭ってみれば、いつの間にか涙が流れていた。
「しょうがねぇ。ドウティッシュが帰って来たら国王陛下に嘆願書を出して、あいつらが幸せになれるように頑張ってみるか」
この物語も、きっと円満な結末を迎える。
──そう思っていた。
『俺を喰べろ』
「……は?」
歓声に湧いていたはずのギルド内が、水を打ったように静かになる。
何を言っているんだと。
皆が混乱する中、2人の会話からその事情を察した。
どちらも、満身創痍だったのだ。
片や欠損こそないが、全身ズタボロ。
片や魔力が枯渇し、全身が崩壊寸前。
「やめてくれ……そんなのあんまりだ!」
誰かが魔法画面へ向かって叫ぶ。
その声は切実で、涙声であった。
「そうだ、こんなの悲し過ぎるだろ!」
「2人が幸せになるのはこれからじゃねぇか!」
いたるところから、嘆願にも似た声が上がる。
ドウティッシュを『女を侍らすイケ好かない野郎』だと言っていた奴も『一匹狼を気取ったナルシスト野郎』だと言っていた奴も。
どいつもこいつも掌を返したように、ドウティッシュに対して「立て!」「起きろ!」「諦めんな!」「死ぬな!」と声が枯れるまで叫んでいる。
「誰か、誰でも良い、助けてくれ……頼むッ!」
気づけば皆、祈るように手を組んでいた。
女神アモレーヌ様に縋るように。
──そのときだった。
『皆様、お久しぶりです。王宮魔導師のナナでございます』
魔法画面の映像がパッと変わり、そこにはローブ姿の魔導師ナナが映っていた。
『録画配信はご覧になりましたか? 幸いにも、ドウティッシュ氏とアィシィテール氏はまだ生存しております』
無機質な声で問いかけてくる。
全身がぞわりとした。
『ですが【A級冒険者ドウティッシュ】は、このままでは悲劇の物語として終わるでしょう』
魔導師ナナは言葉を続ける。
『その件について、シュクリーム陛下から皆様にお伝えしたい事があるそうです。傾聴のほどお願い致します』
それだけ言って、魔導師ナナの姿が消える。
次に魔法画面に現れたのは、デザートアマイン国国王シュクリーム陛下だった。
『──我が愛すべき民達よ、壮健であるか? 此度は魔導師ナナに頼み、この場を設けてもらった。皆、配信を見ていたと思う。何を感じ、何を思うのか。人それぞれあるだろう』
陛下の言葉に耳を傾ける。
真剣に語る、そのお言葉に。
『我々人類は事ある毎に魔人に苦しめられてきた。どれだけ魔人が恐ろしい種族か、配信を見ていて痛感した者も多いはずだ』
冒険者共が青い顔で頷いていた。
『単刀直入に言おう。余はあの2人を救いたい。人間と魔人、決して交わる事のなかった種族の垣根を、あの2人は超えてみせた。余はあの2人に未来を見たのだ』
陛下の言葉に、ギルド内の誰もが息を呑んだ。
『余もこの判断が正しいかどうかはわからない。「魔人なんぞに慈悲を与えて人類と敵対するつもりか」と他国に糾弾され、我が国の立場が揺らいでしまうかもしれない』
だが、と。
『余は二度と間違わぬと誓ったのだ。この判断がこの国の明るい未来を作ると信じて、皆も余についてきて欲しい。──以上だ』
陛下のお姿が消え、また魔導師ナナが魔法画面に映る。
『我が偉大なるシュクリーム陛下が2人を救うと決断なされた。よって、直ちに救助を開始する』
魔導師ナナが余韻を断ち切るように言葉を投げた。
『さぁ、陛下の決断に共感せし同士達よ! 英雄とその伴侶を救いたいと願う者達よ! 我こそはと手を挙げよ! 早い者勝ちだ! 定員制限アリだ!』
──反射的に、手を挙げていた。
ギルドの中にいた冒険者共も、我先にと手を挙げている。
陛下が決断なされた。
救って良いと言ってくれたのだ。
何という慈悲だろうか。
何という覚悟だろうか。
今はただ、この胸に滾る想いを抑えられなかった。
「ギルドマスター!?」
受付を担当していた若い事務員が、悲鳴に似た声を上げる。
「ッ!?」
弾かれるように足下を見てみると、そこには淡く輝く魔法陣が存在していた。
「これは──ッ!?」
次の瞬間。
身体が浮遊感にも似た感覚に包み込まれ、気づいた時には草木が生い茂る場所に立っていた。
鼻をつく青臭い匂い。
微かに混じる血の匂い。
周囲に蠢く、魔物達の気配。
「ここは……」
「ヤッバイ山ですね」
「ッ!?」
独り言に返答があった事に驚いて、拳を構えた体勢で背後へ振り返る。
「お前は……ダンジマンか?」
「はい、王都のギルドマスターさん」
長身痩躯で猫背の男。
南にあるインディゾーンズ遺跡の調査を好んでする、ベテラン冒険者がそこにいた。
「お前も手を挙げたのか? 意外だな」
「ふふ、僕自身も驚いています」
ダンジマンが笑う。
「ただ、カッコイイなと思いまして」
「……カッコイイ?」
「はい。人類を敵に回してでも愛する人を護ろうとする、あの姿が」
「お2人共。無駄話は彼らを救い出してからに致しましょう」
第三者の声に、ビクリと肩を揺らす。
声のしたほうへ顔を向けると、そこには真っ白な修道服を身に着けた枯れ枝のような老婆がいた。
「これはこれは。アモレーヌ修道会で歴代最高の聖女と謳われる、マリアンヌ様じゃないですか」
索敵を専門としているダンジマンは、その老婆の存在に気づいていたのだろう。
驚いた様子もなく飄々としていた。
……ちょっと悔しいと思ったのは内緒だ。
「ふーん。定員アリって言ってたけど、人選はしてたみたいね」
「ですなぁ」
今度は別の方向から声が上がった。
急いでそっちに目を向けると、杖を持った魔法士然の少女と、どデカいバッグを持った丸っこい体型のおじさんが立っていた。
「あんたらは──」
「あぁ、そんなの後々! ここにいるって事はみんなあの人達を助けに来たって事でしょ? グダグダしてないでサッサと行くわよ!」
「ですなぁ」
確かに少女の言う通りだ。
全ての疑問はあの2人を救出して後でいい。
「そうだな。ダンジマン、早速だが2人の居場所まで先導してくれ」
「もちろん。その為に来たんだからね」
──こうして、悲劇として語られるはずだった物語は、土壇場でその結末を覆した。
民の願いと。
王の決断と。
俺達の手によって。




