第22話 A級冒険者ドウティッシュ(中編)
半年。
ドウティッシュが魔人の女──アィシィテールと出会ってから、それだけの時間が経過していた。
新刊が出るたび【オンタントンの頑固親父】について感想を語り合ったり、監視と称して一緒に食事をしたり……そんな日々を積み重ねるうちに、2人の距離は自然と縮まっていた。
「はぁ……今回の【オンタントンの頑固親父】のお話も最高だったなぁ……。特に暴走馬車の前に座り込んだ頑固親父が『儂は死なーん! お主の事が、好きだからーっ!』って叫ぶところ! ねっ? ねっ? ドゥティもそう思うよね?」
「あぁ、そうだな。アシィ」
人間以上に人間臭いアィシィテールを見つめながら、ドウティッシュが頬を緩める。
互いに愛称で呼び始めたのは、いつだったか。
魔人には心がないはずなのに、アィシィテールとは心が通じ合っていると思うようになったのは、いつだったか。
「私も、いつかこんな風に熱烈に愛を叫んでもらいたいなぁ……」
その言葉に何も言えず、苦笑する。
きっと、お互いに相手の事を想っている。
口にしなくても雰囲気で、言動で、行動で、それくらい察する事は出来る。
好きだと伝えたわけでもなく、口づけを交わしたわけでもなく、肌を重ねたわけでもない。
人間と魔人。
近くて遠い、種族の違い。
アィシィテールは何を想うのか。
酷く臆病で愚かな現状維持を続けてきたドゥティッシュは、覚悟を決めた顔でアィシィテールに声をかけた。
「……アシィ、ちょっと良いか」
「んー? どうしたの、あらたまっちゃって」
アィシィテールが驚いた顔をする。
ドウティッシュがあまりにも真剣な顔をしていたから。
「……君をここに匿ってから、半年が経った。その間、君と接して、君の人柄に触れて、笑顔に、声に、仕草に、性格に……君の全てに、俺は惹かれてしまった」
最初は驚いたような顔をしていたアィシィテールも、次第に真剣な表情でドゥティッシュを見つめ返していた。
一言一言を、噛み締めるように。
「君は魔人だ。それはわかっている。だが、俺は君を愛してしまった。だからどうか、俺と共に生きる道を選んではもらえないだろうか……?」
シンと、小部屋に静けさが走る。
人と魔人は決して相容れない。
それを知りながらの、告白。
それを愚かな事だと誰もが罵るだろう。
それでも、どうしようもなく愛が芽生えてしまったのだ。
「共に生きよう、アシィ。俺には君しかいない、だから俺を受け入れてくれ」
「……人間と魔人は寿命が違うから、ずっと一緒にはいられないよ?」
「俺は死ぬまで君のそばにいる」
「……裏切り者として追われるかもしれないよ?」
「人間関係はわずらわしいと思っていたんだ。ちょうどいいさ」
「……人間を捨てて、魔族にでも寝返るつもり?」
「君と一緒にいられるなら、そうする」
「……………………ばか」
アィシィテールが笑う。
嬉しそうに。
切なそうに。
泣きそうな表情を浮かべて。
「そっかぁ……本気なんだね、ドゥティ」
「ああ、もちろん」
「ふふっ、ありがとう。本当に、本当に……」
そう言ってアィシィテールが抱き着き、ドウティッシュも抱き締め返そうとした──その瞬間。
「ごめんね」
「!?」
アィシィテールが濃厚な殺気を滲ませ、ドウティッシュに襲いかかった。
「アシィ! どうしたんだ!?」
大振りな攻撃を躱し、小部屋から抜け出したドウティッシュは、焦ったようにアィシィテールに言葉を投げる。
「どうもしてない! 私は今までドゥティを騙してきただけ! 油断したドゥティを殺す為に!」
「そんなはずな──くっ!」
「殺されたくなかったら私を殺せばいい!」
「俺は君を傷つけたくない!」
「だったらここで私に殺されろ!」
アィシィテールが雑な攻撃を繰り返す。
いなし。
捌き。
躱し。
防ぐ。
出来るだけアィシィテールを傷つけないよう立ち回るドウティッシュに、アィシィテールは訴えかけるように叫んだ。
「私をここで殺さないと、私はドゥティの魂を喰べて、より強い魔人となって人類を襲っちゃうよ!」
「キミはそんな魔人じゃない!」
「私の何を知っているの!? 知ったつもりになっていただけでしょ!」
アィシィテールが跳躍し、2人の距離が開く。
「……私はこの身体の傷を癒す為にドゥティを騙して、いいように利用しただけ」
「それでも、俺は──ッ!?」
躊躇するドウティッシュを見て、アィシィテールはまるで発破をかけるように魔力を解放し始めた。
その力に息を呑み『戦うしかないのか……!』と、ドウティッシュが剣の柄をギュッと握り締めた──その瞬間。
「こんなところに隠れていやがったのか」
2人の間に黒い裂け目が突然生まれ、そこから第三者の声が木霊した。
まるで血で染め上げたような赤黒い巨躯。
優に三メートルは超える巨体は、岩のように隆起した筋肉に覆われ、その存在だけで周囲の空気を押し潰していた。
スキンヘッドの頭には幾何学模様の刺青が刻まれ、額からは二本の巨大な鹿角が突き出ている。
「ゲスャロゥデンス……っ!」
「よう、アィシィテール。探したぜ」
軽薄な言動。
加虐的な笑み。
ゲスャロゥデンスは獲物との再会を喜ぶように、アィシィテールに向かって大きく手を広げてみせた。
「本当に粘着質な性格をしているわね……っ!」
「おう、俺様は狙った獲物は逃がさねぇタチでね。良かったぜぇ、てめぇが馬鹿にみてぇに魔力を解放してくれたおかげで、こうして見つける事が出来たんだからなぁ」
小馬鹿にするようにゲスャロゥデンスが嗤う。
「その姿……お前も魔人か?」
「──あ?」
さも『今気づいた』とでも言うように、ゲスャロゥデンスがドウティッシュへ目を向けた。
「なんだぁ、人間。てめぇもこいつの魔力に気づいてやって来たのか? 残念だったな、こいつは俺様の獲物だ。黙って帰るなら、今は気分がいいから見逃してやるよ」
魔力を解放して威圧するゲスャロゥデンス。
それは、先程のアィシィテールを遥かに上回る魔力量だった。
「ぐっ……!!」
心臓を鷲掴みにされたような感覚。
肌を刺すような威圧感が全身を駆け抜けた。
無意識に後退りしかける。
だが、ドウティッシュは気力でそれを押し止め、ゲスャロゥデンスを睨みつけた。
「アシィとの話はまだ終わっていない。お前こそ邪魔をするな」
「はぁ?」
キョトンとした顔で、間の抜けた声を洩らすゲスャロゥデンス。
そこで一度アィシィテールに目を向けると、何かを察したようにニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「なるほど、死に損ないがここまで魔力を取り戻せたのは、てめぇの手当てのおかげってわけだ。まったく、人間に助けて貰うなんざ魔人の風上にも置けねぇなぁ! ゼハハハハッ!!」
傲然と嗤うゲスャロゥデンスに眉を顰めながら、ドウティッシュはアィシィテールに声をかけた。
「アシィ、こいつは誰だ?」
「……こいつの名前は、ゲスャロゥデンス。13人いる上級魔人の中の一人よ」
「上級、魔人……?」
ドウティッシュは困惑したように、その言葉を復唱する。
「おう、上級魔人のゲスャロゥデンス様だ。人間界に来たのは何年振りだぁ……? 前に来た時は結構派手に暴れたんだぜ?」
「その上級魔人が、何故また人間界に来た? 答えろ!」
「そうイキがんなよ、人間。俺様は獲物を捕まえに来たんだよ」
ゲスャロゥデンスが親指でアィシィテールを指し示す。
「人間なんざゲロ弱だから、二度と人間界に来るつもりはなかったんだがな。アィシィテールが人間界に逃げたってわかったから、わざわざ来てやったんだよ」
ゲスャロゥデンスを睨みつけたまま、ドウティッシュはアィシィテールに問いかけた。
「答えてくれ、アシィ。こいつは君の敵か、味方か」
「敵よ」
端的に。
憎悪を込めて、アィシィテールが吐き捨てる。
「おうおう、俺様は敵じゃねぇだろ? てめぇみてぇな下級魔人ごとき、敵だなんて烏滸がましいにも程がある。てめぇは俺様の玩具だ、そうだろ?」
「ッ!」
ゲスャロゥデンスに煽られて、アィシィテールが顔を歪めた──その瞬間。
「──あ?」
ビュン、キンッ!
ドウティッシュの放った投擲武器がゲスャロゥデンスの身体に弾かれ、地面に転がった。
「無駄無駄。そんなちゃっちい武器で俺様の魔力障壁が突破出来るかよ。それとも魔力切れまで待ってみるかぁ? ゼハハハハッ!」
「アシィ、ここは俺が引き受ける。だから君は逃げるんだ!」
「駄目! あいつは上級魔人なのよ! 戦えば十中八九、死んでしまうわ!」
アィシィテールのそばに駆け寄ったドウティッシュは、アィシィテールを背後に庇うようにしてゲスャロゥデンスと対峙する。
「おいコラ、人間。どういうつもりだ? なんで人間が魔人を守ろうとしてやがる?」
心底理解出来ないと言わんばかりの顔。
「彼女を……アシィを愛しているからだ!」
愛する者を護る者として、ドウティッシュは声を張り上げた。
思わぬその返答に、ゲスャロゥデンスはポカンと口を開けていたかと思うと──。
「ぷ……ぷひっ、ゼハハハハハハハハッ!!」
──腹を抱え、人目を憚らず大声で笑った。
「やるじゃねぇか、アィシィテール! その人間を誑かして治療させただけじゃなく、惚れさせちまうたぁ! 愛してるって嘯いたのか!? それとも一発ヤらせて骨抜きにしちまったのか!? いや、処女臭がプンプンするからまだヤらせてはねぇみてぇだな! あぁ、こんなに笑ったのはいつ振りだぁ!? めちゃくちゃ腹が痛ぇ!」
目尻に浮かんだ涙を拭いながら、ゲスャロゥデンスがドウティッシュに目を向ける。
「そんな出来損ないに魅了されちまうなんて、てめぇはずいぶんとマヌケなんだなぁ、人間。よし、笑わせてもらった礼として、てめぇに俺様のおこぼれをくれてやるよ」
「おこぼれ……? 何が言いたい?」
「アィシィテールは俺様の獲物だと言っただろ? そいつをとっ捕まえて、さんざっぱら嬲った後に、喰う。それが俺様の目的だ」
「──は?」
「理解出来ねぇか? 魔人は人間のように、修行や稽古や勉強をして強くなるわけじゃねぇ。他者の魂を喰らって強くなるんだ。だから強ぇ魔人は群れねぇ。自分以外は全て食らう対象だからな」
そう言って、ゲスャロゥデンスはアィシィテールのほうへ顎をしゃくった。
「アィシィテールの姉は上級魔人だった。強く、気高く、美しく……それでいて、敵に一切容赦しない、冷酷な女だった。そこのゴミと違ってな」
「──て」
「普通だったら弱っちぃゴミなんざ、ぶっ殺しちまうもんだろ? だが、あいつはアィシィテールを切り捨てなかった。上級魔人のくせにな」
「──めて」
「だからアィシィテールをボコって餌にして、あいつを喰った! ゼハハハハッ! 俺様に並ぶくらい力があった癖に、弱みなんざ抱えるから拍子抜けするくらい簡単に喰えた! アィシィテールの前で散々嬲って、舐って、いたぶって……上級魔人としての矜持も、女としての尊厳も、全部全部踏み躙って、最後に喰らってやった! ……あいつを喰らうのに夢中になり過ぎて、いつの間にかアィシィテールに逃げられちまったんだがなぁ」
愉しそうに語るゲスャロゥデンスに、アィシィテールが吠える。
「やめて!」
「やめるわけねぇだろ。あいつはめちゃくちゃ美味かった。これまで喰べてきた中で、一番。だから妹のてめぇもきっと、あいつと同じくらい美味いに違いねぇ。安心しろ、てめぇはゆっくりじっくり時間をかけて喰べてやる。そうだ、今なら姉の死に際の言葉も聞かせて──」
「──お前、もう黙れ」
剣閃が煌めく。
これ以上ゲスャロゥデンスに語らせないように。
アィシィテールが苦しまないように。
「おいこら、人間。話の途中だろうが」
「な……っ! グッ!?」
まるで興醒めだと言わんばかりに、ゲスャロゥデンスは冷めた目をドウティッシュへ向ける。
「言ったろ? おこぼれ欲しくねぇのか、あぁ? アィシィテールを喰べる前に一発ヤらせてやるから、てめぇは黙って大人しくしてろ」
「ふざ、けるな……!」
「てめぇも男なら好きな女と交尾してぇだろ? 人間は性欲だけは一丁前らしいからな。それともなんだ、アィシィテールの貧相な体じゃ勃たねぇってか、人間! ゼハハハハッ!!」
「──殺す」
ドウティッシュが仕掛ける。
地面を蹴り。
最短距離を駆け。
一気に間合いを詰め。
死角へ回り込み。
急所を穿つ。
──しかし。
「はーぁ……」
そこには無傷のゲスャロゥデンスがいた。
一歩も動く事なく、退屈そうに欠伸までして。
「もう、いいか。面倒臭ぇからてめぇも殺してやるよ」
「クッ……!」
「安心しろ。俺様は女しか喰わねぇから、てめぇはそのまま消し炭にしてやる」
詠唱もなく、予備動作もなく。
手軽に、簡単に。
まるでマグマのように煮え滾った魔法を次々と放ってくるゲスャロゥデンスを前に、ドウティッシュは張り裂けんばかりの声を上げた。
「アシィ! 逃げろ! 逃げてくれ!」
下級魔人ですらA級に匹敵する。
目の前にいるのは2階級上の上級魔人。
勝てる可能性など、初めから限りなく低かった。




