第19話 第三者視点:末姫プリンティー
「お待ち下さい、プリンティー様! あぁ、陛下はただ今政務中でございます!」
広い広い王城の廊下を、小さなお姫様が早足で歩いていた。
眉間にギュッと力を入れ、頬をプクリと膨らませ、可愛い顔を精一杯怒らせて歩いていた。
「ついて来ないでなの!」
その末姫プリンティーを追いかけるのは、プリンティー専属侍女のフビアンナだ。
フビアンナの言葉は迫真だが、歩調はずいぶんとゆっくりしたものだった。
何せ、プリンティーの3歩が彼女の1歩分。
どんなにプリンティーが早足で歩いても、距離は広がるどころか狭まるばかり。
ただ、ここで追いついてしまったらプリンティーの尊厳を傷つけてしまう事になる。
フビアンナはプリンティーの気持ちに寄り添える系侍女──に見せかけた、甘やかし系侍女であった。
「お父様ったら、ひどいの! 毎日毎日お仕事で忙しいって、プリンと全然遊んでくれないの!」
子供らしい不満が口に出る。
フビアンナは『頬っぺたツンツンしたいなぁ』と思いながらも「ああ、いけません姫様!」と迫真の演技を続けていた。
「あ」
プリンティーが足を止める。
「……これはこれは」
そこにいたのは、お父様のお友達である宰相ナナシュタイザーだった。
「ナナシュタイザー、お父様はどこなの?」
プリンティーは更に顔をキュッとさせながら、ナナシュタイザーに声をかける。
プリンティーはナナシュタイザーが苦手だった。
お父様をすぐどこかに連れて行くし、すぐ嫌な事を言うから。
「プリンティー様、今はお勉強の時間なのでは?」
『ほら!』と、予想通りの言葉にプリンティーは心の中で声を上げる。
「……」
お勉強の先生が来る前に抜けてきたと正直に答えるわけにもいかず、プリンティーの目が泳ぐ。
ザブンザブンと。
バタフライまでしちゃう。
「……」
ナナシュタイザーはスッと目を細め、プリンティーの後ろに控えるフビアンナに視線を移す。
「ふぅ……ふぅ……」
息も絶え絶えで、汗まで流していた。
実に素晴らしい演技力である。
「……陛下なら、魔導師様と政務中です」
それだけ聞いて、プリンティーは駆け出した。
淑女として有るまじき失態。
まだ5歳だから許されているヤンチャであった。
『えらいこっちゃ!』
フビアンナも慌てて駆け出す。
プリンティー姫を走らせたのが侍女長に見つかったら、お叱りだけでは済まないのだから。
「お待ち下さい、プリンティー様! あぁ、陛下はただ今政務中でございます!」
5歩も走ればすぐに追いついた。
去年は3歩だったので、プリンティーの成長をこんなところで実感するフビアンナなのであった。
(また魔導師さまなの!)
お母様とお話をしても。
フビアンナとお話をしても。
お勉強の先生とお話をしても。
誰とお話をしても魔導師ナナの事ばかり。
当然、プリンティーとしては面白くなかった。
ちょっと前まではプリンティーの好きなお話ばかりをしてくれたのに。
何より。
魔導師ナナが王宮に来てから、お父様との交流の時間が更に少なくなっているのが許せなかった。
だからこそ、プリンティーは決意した。
「プリンティーが悪者を懲らしめないといけないの!」
「たのもーなの!」
プリンティーは最近仲良くなったメイドに教えてもらった【配信部屋】に威勢よく飛び込んだ。
そこには国王シュクリームと、だらしない格好をした黒髪黒目の男の子がいた。
「おお? どうしたんだプリンティー、こんなところに来るなんて……何かあったのかい?」
シュクリームが締まりのない顔でプリンティーに声をかける。
その声は数オクターブ上がり、弾んでいた。
「悪者を懲らしめにきたの!」
プリンティーが険しい顔で室内を見渡す。
だが、その顔は段々と困惑の表情に変わり、最後は不思議そうな顔になっていた。
「お父様、魔導師ナナはどこなの?」
その問いかけに、王様が吹き出す。
今目の前にいるだらしない格好をした男の子が、魔導師ナナだとは思わなかったらしい。
「僕が魔導師ナナですよー」
ナナシがいつもの軽い調子で言う。
プリンティーはすぐにキリッとした顔でナナシにクリクリのお目目を向けたが、また不思議そうに首を傾げた。
「……あなたが魔導師ナナなの?」
「そうですよー。初めまして、プリンちゃん」
「貴様、プリンティーに対して馴れ馴れしいぞ!」
シュクリームが持病の親馬鹿を発症する。
「お父様は少し黙っててなの!」
シュクリームがショックを受けたような顔でピシリと固まる。
よほど大ダメージを受けたらしい。
「あなたが魔導師ナナならプリンティーでも勝てそうなの!」
なぜか急にシャドーボクシングを始めるプリンティー。
王宮での堕落した生活で少し健康的になったとはいえ、まだまだ細っこいナナシを雑魚認定したのかもしれない。
「悪者は懲らしめてやるの!」
可愛いお口で「しゅっ! しゅっ!」と言いながら、やる気満々のプリンティーに対し、ナナシは両手を突き出して〖待った〗をかけた。
「ちょっと待とうか、プリンちゃん。僕は女子供に本気を出せないタイプなんだ」
ナナシがいけしゃあしゃあと言う。
「でも、プリンティーは魔導師ナナを懲らしめないといけないの!」
「おーけー、まずは会話から歩み寄ろうか。プリンちゃん」
「座って座って」と、ナナシはプリンティーに椅子に座るよう促して、モカに目配せする。
それだけで、シゴデキ専属メイドは紅茶の用意に取りかかった。
「むむむ……! 油断を誘うつもりなの! プリンティーは騙されないの!」
乳歯を剥いて威嚇してくるプリンティーに、ナナシは苦笑いを浮かべる。
「ずいぶんと嫌われてるなぁ。あ、王様も座って座って」
「お父様は出ていってなの!!」
「ええっ!?」
またしても、ショックで固まるシュクリーム。
「プリンティーが悪者をやっつけるの! やっつけたらお父様にいっぱい褒めてもらうの! だからお父様は早く出ていってなの!」
色々と言いたい事はあるのだろうが、愛娘のお願いに渋々部屋を出ていくシュクリーム。
『わかっているな』
血走った目で送られてきたアイコンタクトにナナシは苦笑いを浮かべつつ、フリフリと手を振った。
「で、どうして僕を懲らしめたいの?」
単刀直入に、ナナシが問う。
紅茶を飲んで、ぱぁっと明るい顔をしていたプリンティーは、さも当然であるかのように言葉を返した。
「パパを独り占めしているからなの!」
その言葉でナナシは察する。
ああ、この子寂しかったんだな、と。
「それはたしかに、懲らしめられてもしょうがないね」
ナナシが納得したように言う。
「そうなの! だからプリンティーが魔導師ナナを成敗するの!」
そこでプリンティーはナナシに向かってビシッと指を突きつけた。
「だから私と勝負なの!」
息巻くプリンティーに、何を思ったのかナナシは突然深刻そうな顔を向けた。
「……実は僕、王様にイジメられているんだ」
突然の報告に、プリンティーはお目目を見開く。
「イジメはいけない事だって、フビアンナが言ってたの!」
「だれぇ?」
思わずツッコミを入れてしまったナナシは、一旦咳払いを入れてから言葉を続けた。
「僕はね、働きたくないって王様に言ってるんだけど、王様は僕を無理矢理働かせようとしてくるんだ」
「大人は働いてるから大人なの」
「僕が大人に見える?」
「まったく見えないの」
胸を押えてナナシが呻く。
精神面は大人なだけに、プリンティーの純粋な言葉がちょっとだけショックだったようだ。
「プ、プリンちゃんも無理矢理勉強させられるのは嫌いでしょ?」
そこで、プリンティーの息がウッ……と止まる。
「だからね、王様が僕を働かせたりしなければ、プリンちゃんはもっともーっと王様と遊べるようになるんだよ?」
これがナナシ流、責任転嫁の術である。
「……でも、ダマセリアも『魔導師ナナは悪者です』って言ってたの……」
プリンティーがポソリと呟く。
「──へぇ」
一瞬。
ほんの一瞬。
モカがピクリと反応する。
「プリンちゃん、ダマセリアってだーれ? お友達?」
ナナシは気さくに、気軽に、笑顔で問いかける。
「ダマセリアはプリンのメイドの一人なの! 私に色んなお話をしてくれる優しいメイドなの!」
モカが一礼して静かに部屋を出ていく。
それを横目に、ナナシはプリンティーに笑顔を向けた。
「あちゃー、じゃあそのメイドさんも勘違いしちゃったんだね。王様は人目の無いところで僕を働かせているから」
「……でも」
なおも言い淀むプリンティーに、ナナシは自分の顔を指差して言う。
「僕が悪者に見える? 悪者ってもっと悪そうな顔をしていたり、怖そうだったり、強そうじゃない?」
「……たしかにそうかもしれないの」
プリンティーは納得した顔をする。
「…………お父様が魔導師ナナをイジメてるの?」
「働けってよく言われるんだ」
「………………どうやら悪者はお父様のほうだったの。魔導師ナナ、ごめんなさいなの」
ペコリと頭を下げるプリンティーに「プリンちゃんは王族なんだから簡単に頭を下げちゃダメだよ」なんて無粋な事を言うつもりもなかった。
素直でいい子だからこそ、ナナシも素直にその謝罪を受け入れた。
「じゃあ仲直りの証として、プリンちゃんに素敵なプレゼントをあげるね」
立ち上がったナナシは、パチンと指を鳴らしてみせた。
部屋全体がまるでプロジェクションマッピングされたように、景色を変える。
そこには、色鮮やかな野鳥が木に止まって休む姿や、モコモコで可愛らしい姿をした動物達や、淡い光を放つ野花などが映し出されていた。
「──うわぁ! 凄いの! こんな景色、見た事ないの!」
女子供は可愛い動物と綺麗な花でも見せとけば懐く(当社比)と思っているナナシが、また一つダメな成功体験を重ねた瞬間であった。
「よっ、と」
魔法画面に手を伸ばしたナナシが、そこに映っていた野花を摘んだ。
「これはまだ誰にも見せた事がないから、2人だけの秘密だよ?」
口元に1本指を当て、シーというジェスチャーをしながら野花をプリンティーに差し出した。
「キレイなお花……魔導師ナナ、ありがとうなの! プリンティーは誰にも言わないの! 絶対秘密にするの!」
2人だけの秘密。
賄賂の野花とその言葉がよほど嬉しかったのか、プリンティーは満面の笑みで頷いてみせた。
「どういたしまして。じゃあ、そろそろ王様を呼んで、仲直りしたよって報告しよっか」
子供の約束なんてあてにしていないナナシだったが、無事誤解が解けた事でヨシとするナナシなのであった。
「お父様、ナナをイジメちゃメッなの!」
「……え?」
「あ、やべ」




