第18話 第三者視点:場末の酒場
「ポットディ、見たか?」
「ああ、見たさ! 【ただの農夫ノブ】だろ?」
仕事終わりの駆けつけ一杯をする前に。
「お疲れ様」やら「久しぶり」を言うより早く。
「見たか?」「見たさ!」が挨拶として飛び交っていた。
「俺ァよう、あの魔導師様は最初からすげぇお人だと思ってたのよ」
「嘘つけ! お前『フードで顔を隠しやがって、いけ好かねぇ野郎だ』って言ってたじゃねぇか!」
「おめぇだって『顔を見せろ皮被り野郎』って言ってたじゃねぇか!」
「なんだと!?」
「なにおぅ!?」
「お、喧嘩か、やれやれ! 配信されちまえー!」
夜の酒場はモラルが緩い。
どこもかしこも下世話な話か、喧嘩の話か、自慢話か、賭け事の話で埋まるのが常だ。
ただ、最近はそこに新たな話題が生まれていた。
それが、配信魔法。
人々の暮らしに配信魔法が少しずつ浸透してきている、たしかな証拠であった。
「けっ、俺は今でも認めてねぇぞ! なーにが王宮魔導師だ! なーにが配信魔法だ! ただの覗き見野郎が調子に乗りやがって!」
目つきの悪い男が言う。
「『配信魔法を使って、この国に更なる発展と繁栄を齎したい』だかなんだか知らねぇが、胡散臭くて反吐が出らぁ!!」
「おうおう、こいつぁだいぶ出来上がってるみたいだな。何があったか知ってる奴はいるか?」
「この前の配信で魔獣の死骸を放置してたのがギルドにバレて、降格処分を受けちまったんだとよ」
「なんだ、自業自得じゃねぇか」
周囲で聞き耳を立てていた者達が、呆れ顔で目つきの悪い男を見る。
「そもそも、魔法士ってのはそんなに偉ぇのか!? 俺達平民があくせく働いてるってのに、貴族の連中は魔法が使えるだけで特権階級だ!」
「お前なぁ、貴族と魔法士をごっちゃにすんなよ」
目つきの悪い男は手に持っていた安酒をグイッと呷ると、苛立ちをぶつけるように樽ジョッキをテーブルにドンッと置いた。
「何が違ぇって言うんだ!」
「俺が知ってるわけねぇだろ」
宥めようとしていた年嵩の男が言う。
「知ってるぞぉー」
近くにいた赤ら顔の男が、樽ジョッキを持った手を上げる。
「俺ァ昔、魔法共和国から来たっていう爺さんと話した事があるんだけどよぉ」
「魔法共和国?」
「魔法士だらけの国だよ」
「へー、そんな国があるのか」
周囲の反応をよそに、赤ら顔の男は思い出すように顎を撫でた。
「その爺さんが言ってたんだぁ、魔法ってのはある日突然使えるようになるんだってよぉ」
「突然?」
「そうだぁ、魔法ってのはある日突然使えるようになるんだってよぉ」
「そりゃもう聞いたよ!」
「結局、なんで魔法が使えるようになるのかわかんねぇって事か?」
赤ら顔の男が、泡のついた口をグイッと拭う。
「いんや、魔法共和国だと魔法が使えるかどうかは【神様の気まぐれ】なんて言われてるそうだぁ」
「なるほどね」
赤ら顔の男の話を聞いた年嵩の男が、目つきの悪い男を見てニヤリと笑う。
「つまり、お前は悪い事ばっかりしてるから神様に嫌われてるってわけだな!」
「うるせぇ!」
目つきの悪い男が目を吊り上げて怒鳴る。
「お前らだってそうだろ! 魔法が使えねぇなら全員嫌われもんじゃねぇかッ!」
一瞬キョトン顔をした年嵩の男は、安酒の入った樽ジョッキを掲げて揶揄うように言う。
「そりゃあ、神様に好かれてる奴がこんな場末の酒場で安酒なんざ飲まねぇわな!」
「違ぇねぇ!」
「ガハハハハッ!」
酒場が一斉に笑いに包まれる。
「クソッ、どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって……! それもこれも全部、魔導師ナナのせいだ!」
「わかったわかった」
「配信魔法がなかったら、俺が降格処分を受ける事もなかったってのに……!」
「わかったわかった」
「俺はなんも悪い事してねぇってのにッ!」
「いや、魔獣の死骸は放置すんなよ」
「うるせぇ! 綺麗事言ってんじゃねぇ!」
「わかったわかった」
「あいつがこれから偉業を成し遂げたって、俺だけは絶対に認めねぇからな!」
酒場の客達は、もはや目つきの悪い男をまともに相手にしていなかった。
男が何を喚こうが。
男が誰を逆恨みしてようが。
酒場とはそういう場所だから。
そんな喧騒の中で、年嵩の男が赤ら顔の男に話しかけた。
「よう。さっきの魔法士の話、面白かったぜ」
「んぁ? そりゃあ良かったぁ、酒の肴になったみたいでぇ」
年嵩の男が、チラリと目つきの悪い男を見る。
「……なぁ、あんた元衛兵だろ? あの他責野郎、ずいぶん好き勝手言ってたと思うが、あのままで大丈夫だと思うか?」
「心配するこたぁねぇよぉ」
赤ら顔の男は、そのままグイッと酒を呷った。
「どうせ朝には全部忘れちまってる」
「……それもそうか」
赤ら顔の男の実感のこもった言葉に、年嵩の男は深く納得する。
酒場とは、そういう場所だから。




