第17話 第三者視点:商人ギルド
喧喧囂囂。
商人ギルドは今、未曾有の繁忙に見舞われていた。
「ノブ氏の野菜を20箱ほどくれ!」
「こっちは100箱注文する!」
「伯爵家より正式な依頼だ! こちらを優先していただきたい!」
「順番に、順番にお願いします!」
受付は、人、人、人、の大行列。
商人達がひっきりなしに出入りし、受付へと殺到する。
「次のお客様どうぞ!」
「ノブ氏の野菜を! あの木箱で50個だ!」
「ご希望の野菜の種類はなんでしょうか?」
「……へ?」
「ご希望の野菜です!」
「き、キャベツだ!」
「キャベツでしたら現在入荷待ちとなっておりますので、こちらの注文書でご予約をお願いいたします!」
若い商人が苛立ったように声を上げる。
「予約だと! いつ入荷するんだ!?」
「現在、3ヶ月待ちとなっております」
「さ、3ヶ月!?」
若い商人は泡を食ったような顔をする。
「ふざけるな! そこまで待っていられるか!」
受付嬢は『またか』といった顔で書類を捲った。
「ノブ氏は大規模農園の事業主ではありません。個人経営の農家です」
「だったらなんだ!」
「農家の方々が使っているあの木箱は、1箱大体10キロです」
「そんなの商人なら誰でも知ってる事だ!」
「それを50箱という事は500キロのご注文という事です」
「……それがどうした?」
「個人経営でもまちまちですが、キャベツであれば年間収穫量は1000キロ前後……100箱程度です」
「……」
「また、野菜には収穫期があります」
「…………」
「つまり『50箱欲しいから今すぐ用意してくれ』と言われましても、無理なものは無理なんです。畑から急に生えてくるわけでもありませんので」
若い商人は口をパクパクさせて固まった。
「書類をどうぞ」
受付嬢は若い商人に注文書を持たせて帰らせると、終わりの見えない行列を一瞥し、密かに溜息をつくのだった。
「聞いたか?」
「ああ、トマトもジャガイモもニンジンも、ノブの育てている野菜は全部、数ヶ月待ちだそうだ」
受付から少し離れた場所で。
数人の商人が愚痴をこぼしていた。
「少し前までは直接買いつけも出来たんだがなぁ」
「なんでも、領主が商人ギルドと連携して窓口を受け持ったらしい」
「毎日毎日人が押し寄せたら農作業もままならんだろうし、ノブとしてはありがたい話だろうよ」
「それもそうか」
小太りの商人が肩を竦める。
「領主は農民税も引き下げたそうだ」
「今の勢いで移住者を増やしたいのだろうよ」
「あの領主は有能だな……」
みんな一様に苦笑いを浮かべる。
「とりあえず今我々に出来る事といえば、注文書を書いてノブの畑が豊作になる事を願う事だけだな」
「違いない」
一向に進まない列の流れ。
商人達は受付嬢同様、溜息をつくのだった。
「次の注文はどこだ!?」
「王都にあるイタデソ商会からです!」
「破棄しろ!!」
受付の奥。
作業室もまた戦場と化していた。
仕分けても仕分けても減らない注文書。
職員達は山のように積み上がったその注文書をヒィヒィ言いながら処理していた。
「判断に迷うものがあればすぐに言え!」
商人ギルドマスターであるカワザンヨは、職員達を鼓舞するように一際大きな声で次々と指示を飛ばす。
「ギルドマスター! これ、ムチャブリュリ商会から木箱400個分の注文が入っています!」
「『5年後まで予約で埋まってます』と言って突き返せ!」
「ギルドマスター! こっちの対応はすれば!?」
「そっちは後だ! まず既存の注文を捌け!」
的確に、正確に。
職員達がてんやわんやしていても、カワザンヨだけはギルドマスターとして見事な手腕を発揮していた。
「農産物の仲介担当は一旦全員でノブ氏の対応にあたれ! 外回りの担当は価格を釣り上げようとしている馬鹿と、産地を偽って販売している馬鹿がいないか調査しろ! もし見つけたら、その場でギルド会員の資格を剥奪してこい!」
「「「はい!」」」
「それから荷馬車の業者を確保しろ! 王国中から注文が殺到しているんだ、納期が守れなければギルドは信用を失うぞ!」
「「「わかりました!」」」
「あと──」
「ギルドマスター!」
「なんだ!?」
「ソウショクケイン子爵から、木箱いっぱいの野菜の注文が入っています!」
「……」
カワザンヨは目頭を押さえる。
「どいつもこいつも『木箱いっぱいの野菜』を言いたいだけだろうが! 流行り物と聞いたらすぐ欲しがりやがる!」
事の発端は、先日の録画配信だった。
タイトルは【ただの農夫ノブ】。
とある辺鄙な村で農夫をしているノブが、病に倒れた娘の為にダンジョンに向かい、魔獣に襲われそうになったところを偶然出会った冒険者達に助けられ、そのまま秘薬の入手を依頼し、秘薬のおかげで娘は助かり、冒険者達に報酬として【木箱いっぱいの野菜】を渡す。
たった、それだけの話だった。
ただ、そこにはドラマがあった。
きっと、親であれば涙したであろう、ドラマが。
「あの配信で、急にこんな事になるんですね……」
「急に、ではない」
職員の呟きに、カワザンヨが答える。
「配信を見た連中が、実物を欲しがった」
「……? 今までも希少な品や有名な特産品なんかは取り扱った事がありますよね?」
「そうだ」
カワザンヨは一枚の注文書を手に取る。
「だが、今までと説得力が違う」
「説得力?」
「ああ」
商人は謳い文句を使う。
その商品の何がいいのか。
その商品はどこで作られたのか。
どういう味なのか。
どう美味いのか。
珍しいのか。
価値があるのか。
購買意欲を刺激するような、謳い文句を。
「今回は実物を見た」
人はあの配信で見たのだ。
誰がそれを育てているのかを。
どういった環境で育ったものなのかを。
美味しい事で有名だと冒険者が言ってる姿を。
子供が村一番のだと太鼓判を押している姿を。
子供が笑っている姿を見る。
冒険者が微笑んでいる姿を見る。
ノブが娘を抱き締め、泣いている姿を見る。
だから共感し、投影し、同調する。
自ら『欲しい』と求めてしまう。
「……恐ろしいな」
カワザンヨがボソリと呟いた。
「何がです?」
「あの魔導師だよ」
その言葉に、周囲の職員達が注目する。
「これから、市場はガラリと変わる」
カワザンヨは断言する。
「今までは、商人が売りたい商品を客に売り込んでいた。これからは配信によって生まれた『欲しい』を商人が探して買いつける時代になる」
注文書をピンッと指で弾く。
「つまり、人が何を欲しがるのか、それを先に知る事が出来るなら、商売は大きく変わるという事だ」
商人は夢を見る。
大金を稼ぐ夢。
店を大きくする夢。
珍しい商品を独占する夢。
誰も知らない市場を開拓する夢。
だが。
「夢だけ見ている商人は、すぐに身を滅ぼす」
カワザンヨの言葉に、周囲が静まり返る。
「配信魔法が凄い?」
鼻で笑う。
「そんな事、見れば誰でもわかる」
「……」
「市場がガラリと変わる? 商売の常識が全部ひっくり返るわけじゃない」
商人は夢を見る。
それと同時に、現実も見る。
巷で人気の商品でも、供給過多で売れ残れば損をする。
逆に慎重になり過ぎれば、他の商人に遅れをとって折角の商機を失う。
配信魔法も。
魔導師ナナも。
これから生まれる新しい市場も。
全てを慎重に見極めなければならない。
「我々が見るべきは、流行そのものじゃない」
カワザンヨは、窓から空を見上げる。
「流行の先に、何があるかだ」
商人ギルド。
それは、国中の商人達が集う場所。
金が動く。
物が動く。
人が動く。
そして──人の欲望が動く。
その中心にいながら誰よりも冷静に、その変化を見極めようとするカワザンヨに、職員達は尊敬したような眼差しを向けるのだった。
「ギルドマスター!」
「今度はなんだ!」
受付嬢が息を切らして駆け込んでくる。
「しょ、職人ギルドから緊急連絡です!」
「……職人ギルド?」
「ま、ままま、魔道具工房のシャーブさんに大量生産の注文が入ったそうで、その魔道具の販路を紹介して欲しいそうです!」
「…………シャーブ? 販路? 規模は?」
「王国全土です! 魔導師ナナ様からのご注文だと!」
カワザンヨの、目が変わった。
「すぐに対応しろ!」
「えっ?」
「他の対応は後回しだ!」
「ええっ!?」
「魔導師ナナからの注文だぞ!? 最優先に決まっているだろうが! どうせ、どいつもこいつも注文書を書かせて帰らせるんだからな!」
先ほどまでの冷静な様子はどこへやら。
カワザンヨは受付嬢から注文書をひったくると、ものすごい勢いで内容を確認し始めた。
「これは……ッ! すぐに各商人ギルドに連絡を回せ!」
商人は夢を見る。
それと同時に、現実も見る。
「この商機、絶対に逃すな!」
──世界はもう、次の時代へと進み始めていた。




