第13話 べゴムラーズ(後編)
3日後。
あの日からどこかギクシャクしていた僕達だけど、試験そのものは順調に進んでいた。
森の浅層に魔獣が少なく、目当ての採取素材と納品物が簡単に手に入ったからだ。
「お前ら、ランクアップ試験だっつってんだろ! こンな日まで変なモン拾って来ンじゃねぇ!!」
ソーディアンの怒鳴り声で、鳥がバサバサと逃げて行く。
「もう目当ての物は手に入れてるんだぜ」
「そだねー。それに俺達は懐に余裕があるわけじゃないし、売れそうな物はたとえ試験中であっても拾っとかないとー」
「うぬ」
「だからって魔獣のウンコが付いたモンまで拾ってんじゃねぇよ、馬鹿共が!」
あの日の事なんてなかったようなやり取り。
僕だけを置いて。
僕だけを除いて。
みんな日常を取り戻していく。
「ヒーリー、このウンコもよろしくなんだぜ」
「──うん。まかせて」
僕はちゃんと、笑えているかな?
「……止まれー」
中層に入って、すぐ。
アチャが制止を呼びかける。
「どうした、アチャ」
「なんか珍しい物でも落ちてたんだぜ?」
「うぬ?」
索敵はアチャの担当だ。
みんな素直に足を止める。
「腐敗臭がするー」
それだけで、みんなの顔が険しくなる。
「……どっちだ?」
アチャは無言で指を差す。
「確認だけすンぞ」
ソーディアンの判断に従って、奥へと向かった。
「なんだ、魔獣の死骸なんだぜ」
現場を見て、ヤリスケがホッと息をつく。
ただ、僕とソーディアンの顔は依然厳しいままだった。
「……切創がある。冒険者の仕業だ」
「チッ! どこのどいつか知らねぇが、処理もしねぇでこンなところに死骸を放置しやがって……見つけ次第ぶっ殺す!」
魔獣を狩ったらきちんと処理をする。
新人冒険者でも知っている鉄則だ。
「おい、お前ら。魔獣が寄って来る前にさっさとここを離れんぞ」
そう言ってソーディアンが踵を返そうとした──その瞬間。
「「「「「※※※※※※※※※※※ッ!」」」」」
魔獣の声が、まるで連鎖するように木霊した。
「走れッ!」
言うが早いか。
ソーディアンの声でみんな一斉に駆け出す。
「駄目だ、追ってきてるぜ!」
「そだねー! たぶんハイエーニャの群れー!」
「クソが! 死体でも喰ってろよワンコロ共!」
「うぬぅぅうッ!」
ハイエーニャは犬型の魔獣で鼻が利く。
森の掃除屋って呼ばれるくらい何でも食べるから、魔獣の死体に寄って来たのは納得出来る。
でも、目の前に安全なご飯があったのに、こっちに来るのはおかしな話だった。
「ヒーリー! 遅せぇんだよてめぇ!」
「はぁ、はぁ、はぁ……っ、そんな事言ったって」
後ろからソーディアンが罵ってくる。
「背嚢なんて置いてけ、馬鹿が!」
「駄目……これが無いと、試験に落ちちゃう……」
背嚢のベルトを強く握り締め、離さないという意思表示をする。
最後くらい、みんなの役に立ってみせたかった。
「チッ!」
舌打ちをしたソーディアンが、何かを言おうとした──その瞬間。
ハイエーニャ達の動きが、微かに変わった。
「ソーディアン! 回り込まれたんだぜ!」
前を走っていたヤリスケが叫ぶ。
急いでそっちに顔を向けてみると、足を止めた3人が武器を構えて、10を超えるハイエーニャ達を牽制している姿があった。
「こいつらしつこいんだぜ!」
「そだねー! 俺の弓でも欲しいのかなー!」
「うぬ!」
(欲しい……? 欲しい物……?)
息も絶え絶えになりながら、思考を働かせる。
そして、弾かれるように背嚢へと目を向けた。
「これだ……」
ハイエーニャ達は他の皆じゃなく、常に僕の背中……背嚢を目で追っている。
つまり、この中に入っている何かをハイエーニャ達は狙っているんだ。
(背嚢を捨てればここから逃げれる可能性は高い)
でも。
(これがないと、試験が……)
──僕は、覚悟を決めた。
「ヒーリー!? 何してンだてめぇ!」
背嚢を背負ったまま、脇道に向かって走る。
「僕が囮になる! みんなは応援を呼んで来て!」
出来るだけ、声を張り上げる。
みんなに聞こえるように。
ハイエーニャ達が追って来やすいように。
「ふざっけんな! そんな勝手が許さ──」
「あ」
油断していたわけじゃない。
ただただ、足が縺れてしまったのだ。
景色がゆっくりと流れる。
地面に膝をぶつけて。
顔をぶつけて。
顔を上げたら、視界を埋め尽くすほどのハイエーニャ達が僕に一斉に飛びかかっていた。
差し迫る恐怖に、反射的にギュッと目を閉じる。
肉の裂ける音がした。
質量のあるもの同士がぶつかる音がした。
苦悶の声が聞こえ、荒い息遣いが聞こえた。
(痛くない?)
固く閉じていた目を開く。
「────え」
そこには、いたるところから血を流す皆がいた。
「おらッ! これで遊んでろワンコロ共!!」
首から血を流しながら背嚢のベルトを切ったソーディアンは、それを躊躇なくハイエーニャ達に向かって投げつけた。
「近くの洞穴に避難する! お前ら死ぬ気で走れ!」
ソーディアンがまだ呆然としている僕の手を掴んで走り出す。
ハイエーニャは、もう追っては来なかった。
「……お前ら、少しだけ、休んでいくぞ」
洞穴に逃げ込んですぐ、ソーディアンが途切れ途切れの声でそう言った。
「あぁ……わかったん、だぜ」
「そだ、ねー……それは、助か、る」
「ぅぬ……」
他の3人も、力のない声をしていた。
ヤリスケは両腕に何箇所も噛み傷が出来ていた。
アチャは背中をザックリと裂かれていた。
タテモは両脚の肉が抉れていた。
「…………………………………………」
強いはずの皆が傷ついて。
弱いはずの僕が無傷でいる。
皆が傷ついたのは僕のせいで。
皆を助けたいのに、何も出来ずにいる。
ただ、呆然と見てる事しか出来ない。
応急処置をしたくても、道具は全部背嚢の中に入っていたから。
「どうして……?」
僕は無意識に呟いていた。
「あ……?」
「どうして、僕なんか助けたの……?」
皆が傷つくくらいなら、助けて欲しくなかった。
僕は最後の最後まで、本当に足手まといだ。
「仲間だから」
ソーディアンが言う。
「そンなもン、仲間だからに決まってンだろうが」
僕は、目を見開いた。
仲間。
ソーディアンは、たしかにそう言った。
「僕は、ただの足手まといで……この試験が終わったらパーティを抜けるんだよ……?」
どこも身体は痛くないのに、声が震えた。
「馬鹿が」
ソーディアンは呆れたように言葉を続ける。
「餓鬼の頃から、ずっと一緒に育ってきた仲間だって、そう言ってンだよ」
「────ッ!」
僕だけが、そう思っていると思っていた。
「だったら……だったら、なんで!」
気づけば僕は叫んでいた。
責めるように、縋るように。
「……贖罪だよ」
ソーディアンが呟く。
今まで見た事のないような、苦しそうな顔で。
「俺達は、ずっとお前に謝りたかった。運動が苦手で、争い事が苦手で、そンなお前を、軽い気持ちで、冒険者に誘っちまった事を」
「……」
何も、言えなかった。
何も知らなかったから。
皆がそんな気持ちを抱いていたなんて、僕はこれっぽっちも気づかなかった。
「冒険者になって、日に日に元気がなくなっていくお前を見るのが辛かった」
「…………」
「でも、お前は頑固モンだから、俺達が心配すると、余計に無理して頑張っちまう。結局、俺達はお前に甘えて、問題を先延ばしにしちまった」
ソーディアンの顔に、影が射す。
「下手したら、取り返しのつかない事になると思った。だからあいつらと話し合って、お前をパーティから追放しようって決めたんだ」
ソーディアンが自虐的に笑う。
「お前に嫌われようとすンのは、しんどかったなぁ。ま、どんなに嫌われる事になったとしても、お前が冒険者を辞めて幸せに暮らせるンなら、それで良かったがな」
「……そんな事」
僕の目には、涙が溢れていた。
「そんな事して、僕が皆を本当に嫌いになっていたらどうするつもりだったのさ! 二度と会いたくないって言ったらどうするつもりだったのさ!」
「謝るよ」
ソーディアンは事もなげに言った。
「そん時は、全力で謝る。許して貰えるまでな」
──ニッと笑った瞬間。
ソーディアンが血を吐いた。
「ソーディアンッ!?」
駆け寄って身体を支えると、僕の両手にベッタリと血がついた。
ソーディアンだけじゃない。
ヤリスケも。
アチャも。
タテモも。
血の気が失せた顔をして、浅い呼吸をしていた。
「ごめんな、ヒーリー。こんな事になっちまって。それに、今更こんな話をしちまって」
「許す、許すよ! だから死なないで!」
段々と、ソーディアンの身体から熱が抜けていく。
ゆっくりと瞼が落ちて。
身体の力も抜けていく。
「嫌だ! ソーディアン! 嫌だよ!」
声をかける。
「目を開けて! ソーディアンってば!」
声をかけ続ける。
「皆に嫌われたって勘違いしてごめんなさい! 心配ばかりかけてごめんなさい! 全部全部謝るから!」
だから、だから。
「死なないでッッッ!!」
──カッ、と。
身体のずっと奥のほうに眠っていた何かが弾け、熱が吹き出した。
頭の中に、情報が流れてくる。
「これは!?」
それは知らないはずの魔法の知識だった。
「これがあれば……!」
僕はソーディアンの傷に手を当てた。
「僕が皆を、死なせやしない!」
「──こ、こは?」
ソーディアンが目を覚ます。
「良かった。気がついたんだね」
「ヒーリー……?」
ソーディアンと目が合う。
その顔は、幽霊でも見たような顔だった。
「ちょっと待ってて。もうすぐヤリスケ達の治療も終わるから」
「治療……?」
ヤリスケ達の傷に手を当てている僕に、ソーディアンが困惑した表情をした。
「お前、何をして……」
「──偶然か、奇跡か、それはわかんないんだけど、ソーディアンが気絶してから、僕は魔法を授かったんだよ。この【治療魔法】を」
僕の言葉に、ソーディアンは数回瞬きをした後、深く息を吐いた。
「そうか」
「……あれ? 驚かないんだ?」
予想外の反応に若干拍子抜けしてしまう。
「血が足りなくて驚く元気がねぇだけだ」
「………………思春期?」
「誰が思春期だ、ぶっ殺すぞ!」
「あははっ! それだけ元気があれば大丈夫だねっ!」
僕は声を出して笑う。
「そうだった」
「え?」
ソーディアンが思い出したように言う。
「お前は元々、そうやってよく笑う奴だった」
「……そうだね」
いつからだろう。
自分の不甲斐なさに嫌気が差して。
勝手に自分を追い込んで。
いつの間にか、笑わなくなっていた。
「……で?」
「?」
「パーティはいつ抜けンだ?」
「……えっ?」
「パーティ、いつ抜けンのかって聞いてンだ」
「あ、えっと……」
ソーディアンは矢継ぎ早に言葉を続ける。
「その魔法があれば、どこのパーティでも引っ張りだこだろ」
ソーディアンが、視線を逸らす。
「散々、足手まといだなンだと言ってた俺達のところに、いる必要はねぇしな」
少しいじけたようにも見えるソーディアンに、僕はニコリと笑顔を向けた。
「抜けないよ」
「……」
「追放されたって、抜けてやらない」
「…………」
「だって僕も、大切な仲間達と一緒にいたいから」
「………………そうかよ」
コロンと、ソーディアンは僕に背を向けた。
「それよりさ、ソーディアン」
「なンだよ」
「皆を起こすの、手伝ってくれない?」
「は?」
「実は僕、体力が尽きちゃって……これ以上動けそうにないんだ」
僕の告白に、ソーディアンは呆れたような声を漏らした。
「チッ、ヒョロヒョロのモヤシ野郎が」
「あー! そんな事ばっかり言ってると、次ソーディアンが怪我をした時、治療してあげないからねっ!」
「わーったよ。大声出すな。傷に響く」
「治療したから傷なんて残ってないですぅ!」
「……うるせぇ」
どちらともなく、僕達は笑った。
無邪気に。
屈託なく。
昔のように。
今回、試験は落ちてしまったかもしれない。
それでも。
そんな事よりも。
僕達は大切な何かを取り戻せた気がした。




