第12話 べゴムラーズ(前編)
「遅えぞ、ヒーリー! このままだと日が暮れちまう!」
「はぁはぁ……っ、ごめん」
「……ったく」
丸々と太った背嚢を担ぎ直して、出来るだけ歩調を早める。
正直ペースも体力も限界に近かったけど、みんなを待たせるのは僕のプライドが許さなかった。
「そンな調子で大丈夫かよ。今魔獣に襲われたら捨てていくからな」
「うん……わかってる」
額に浮かんだ脂汗を拭う。
息を整える時間が欲しい。
それでも、それは言わなかった。
「ソーディアン、ヒーリーが貧弱なのはいつもの事だぜ」
「そだねー。昔っから雨にちょこっと濡れただけで風邪引いてたしねー」
「うぬ」
少し前を歩いていたヤリスケ、アチャ、タテモがこっちを見ながら好き勝手言う。
「うるっせぇ! 俺はお前らにも言ってンだよ! その辺のモン野良犬みてぇに適当に拾ってたら、荷物も増えるし遅くなるってわかってただろうが!」
ソーディアンが顔を赤らませて怒る。
「えー? 俺達は自分で持つって言ったぜ?」
「そだねー。ヒーリーが『荷物持ちは僕の仕事だから全部持つよ』って言ったんだしー」
「うぬ」
3人の言っている事は本当だ。
僕の仕事は荷物持ちと雑用全般。
冒険者として何の役にも立たない僕の、パーティとしての役割。
「聞き飽きてンだよ、その台詞! お前ら今日という今日は──」
「ソーディアン、ごめん。僕が遅いから悪いんだ」
「……チッ、その通りだよ!」
舌打ちをして、ソーディアンが歩くペースを早める。
他の3人は「ヤレヤレ」なんて言いながら、こっちを気遣う様子も見せずに着いて行く。
僕は歯を食い縛りながら、その後を追う。
これが、僕達べゴムラーズの日常であった。
「……何か、町がザワザワしてるんだぜ?」
「そだねー。町に有名な人でも来たのかなー?」
「うぬぅ?」
町に入ってすぐ。
違和感に気づいた。
地に足がついてないというか。
浮かれているというか。
とにかく。
町の人達が皆、時折空を見上げて興奮したように会話をしているのだ。
「ギルドに行ってみりゃ、わかンだろ」
ソーディアンのぶっきらぼうな返事に納得した僕達は、宿には戻らずその足でギルドへと向かう事にした。
「──へぇ、そんな事があったんだぜ?」
「そだねー。俺達はずっと森の中で仕事してたから気づけなかったしー」
「うぬ」
ギルドで依頼完了の報告と換金を終えた僕達は、併設してある食堂で、町のざわめきの原因を知った。
「空を覆い尽くすほどの大魔法……ねぇ」
「あれ? ソーディアンは興味ないんだぜ?」
思ったよりも冷めたソーディアンの反応に、ヤリスケが言う。
「別に。そもそも俺達みてぇな田舎モンには魔法なンて縁がねぇし、魔導師だかなンだか知らねぇが、勝手にやってくれって感じだ」
「出た出た、ソーディアンの冷めた態度! 思春期で困っちゃうんだぜ、ウチのリーダー」
「そだねー」
「うぬ」
ヤリスケが笑って、アチャとタテモが頷く。
「誰が思春期だ、ぶっ殺すぞ!」
幼馴染5人。
同じ村で育って、いつも一緒で、全部知ってる。
ソーディアンも、ヤリスケも、アチャも、タテモも、みんなヤンチャで仲良しだった。
「……まだダラダラ飯食ってンのか、ヒーリー」
ソーディアンは不機嫌な表情を隠さずに、僕を見る。
「うん……ごめん」
「チッ、お前と飯食ってたら酒が不味くなる」
温くなったエールを一気に呑んだソーディアンは、空の樽ジョッキでドンッとテーブルを叩いた。
「ヒーリー、お前に伝える事がある」
「…………何、かな?」
妙な緊張感。
ヤリスケも、アチャも、タテモも、いつの間にか黙ってこっちを見ているから、4人の中で話し合った何かなのかもしれない。
「……魔導師だの配信魔法だの、どいつもこいつもうるせぇから、宿に戻ってから話す」
「…………わかった」
出来るだけ急いで食事を済ませる。
今日の料理は、味がしなかった。
「座れ」
宿屋に戻って、部屋に入って。
そこでようやく、ソーディアンは口を開いた。
「ヒーリー、べゴムラーズを抜けろ」
単刀直入な言葉に一瞬、息が詰まる。
「……どうして?」
努めて冷静に、声を出す。
意識しないと、たちまち声が震えてしまいそうだった。
「わかってンだろ。お前が足手まといだからだ」
──胸の奥が、チクリと痛んだ。
そんな事、自分でもわかっていた。
それでも僕は、みんなの役に立ちたかった。
「……そう、だね」
それしか言えなかった。
視線から逃れるように、俯く。
ソーディアンが今どんな表情をして僕を見ているのか、怖くて見れなかった。
「『一緒に冒険者になろう』って誘ってくれたのは、皆だよね……?」
縋るように、呟く。
「みんなの為に荷物持ちだって、雑用だって、頑張ってきたのに……」
「逆だ」
「──え?」
思わず、顔を上げる。
「俺達がお前の面倒を見てきたンだよ」
そこには。
視線を逸らす事なく、真剣な表情でこっちを見ているソーディアンがいた。
「俺達は冒険者としてもっともっと上を目指す。だから、足手まといはいらねぇ」
目の奥が、熱くなる。
鼻の奥が、ツンとする。
でも、泣きたくない。
みんなの前で泣くのだけは嫌だった。
「皆も、そう思ってるの……?」
ヤリスケ。
アチャ。
タテモ。
順番に、みんなを見回す。
「元々幼馴染って理由で誘っただけなんだぜ」
「そだねー。ってか、昔は医者になりたいって言ってたし、問題ないよねー?」
「うぬ」
──絶望した。
仲間だと思っていたのは、僕だけだった。
唇を噛み、拳を握る。
爪が皮膚に食い込んで、痛みで我に返った。
「そういう事だから、パーティを抜けてくれるよな?」
最終確認のように、ソーディアンは僕に言う。
僕に引導を渡すように。
「…………うん、わかった」
同意はする。
でも「辞めます」とは言わなかった。
「そうか。じゃあさっさと荷物をまとめて──」
「でも!」
「──あ?」
ソーディアンの目を見て、最後の我儘を言った。
「……でも、辞めるのは3日後まで待って欲しい。べゴムラーズのランクアップ試験を手伝いたいから」
これが、僕の精一杯だった。
「今回の試験は採取と運搬も評価対象だから、荷物持ちがいないと困るでしょ?」
「チッ、好きにしろ」
ソーディアンは苛立ったように立ち上がり、吐き捨てるようにそう言うと部屋を出て行ってしまった。
「俺も飲み足りないから出かけるんだぜ」
「そだねー。朝まで帰らないから留守番よろしくー」
「うぬ」
ヤリスケも、アチャも、タテモも、みんな出て行く。
部屋の中にたった一人残された僕は、嗚咽を押し殺すようにして涙を流すのだった。




