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第17話:ダンジョン

 レイナさんに案内され、俺はギルド二階の廊下を進んでいた。一階の喧騒とは打って変わり、この階は足音さえ響くほど静かだ。突き当たりにある重厚な扉の前でレイナさんが一礼する。


「こちらです」


 軽く頷き返し、俺は扉を三度ノックした。


「失礼します」


 静かに扉を開けると、そこは会議室のような広い空間だった。


 中央には二十人近くが囲めそうな長机が据えられ、壁際には精巧な彫刻や絵画、年代物らしい甲冑や装飾剣が飾られている。実務の場でありながら、来客を迎える応接室としての格式も兼ね備えた部屋だった。


 部屋の奥には二人の人物が待っていた。


 一人は、雪のように白い髪を後ろへ流し、同じ色の口髭を整えた老人だ。年齢は七十を越えているように見えるが、背筋は真っ直ぐ伸び、その蒼い瞳には少しの衰えも感じられない。柔和な笑みを浮かべながらも、その場を支配するような威厳を自然と纏っていた。


 その隣には、二十代後半ほどの女性が静かに立っている。


 漆黒の髪を後ろで一つに束ね、切れ長の瞳は刃物のように鋭い。無駄を一切感じさせない濃紺の制服に白い手袋を合わせた姿は秘書というより護衛を思わせ、その微動だにしない佇まいからは隙というものが見当たらなかった。


「君は……ヤト君、だね?」


 老人が穏やかに問い掛ける。


「はい。申し遅れました。青銅級冒険者のヤト・タロウと申します」


「ああ、噂は聞いているよ」


 老人は目を細めて笑った。


「私はエストラ支部長のエドウィンだ。君の活躍には、支部長として感謝してもしきれない。さあ、どうぞ掛けてくれ」


「ありがとうございます」


 促されるまま長机へ腰を下ろすと、支部長と女性も対面へ席を着いた。


 その直後、いつ入室したのかも分からないほど静かな所作で別の女性職員が現れ、俺の前へ湯気の立つ飲み物を置いて一礼すると、そのまま音もなく部屋を後にする。なお、ジロウには部屋の外で待ってもらっていた。


 支部長は両手を机の上で組み、少し申し訳なさそうに笑った。


「まずは急な呼び出しになってしまったことを詫びさせてほしい。他の三名にも同じ通達を送っていてね。すでに二人には要件を伝えているのだが、君ともう一人だけ、まだ話せていない」


「もう一人、ですか」


「レヴォル君だ。依頼で遠方へ出ていると聞いていてね。帰還待ちという状況なんだ」


 なるほど、と胸の内で納得する。


「いえ、とんでもございません。私などをお呼びいただいただけでも身に余ることです」


「そう言ってもらえると助かるよ」


 支部長は苦笑しながら頷いたが、その隣の女性が静かに口を開いた。


「支部長、本題を」


「ん? ああ、そうだったね」


 老人は頭を掻き、照れたように笑う。


「では、レーネ君。説明を頼む」


「承知しました」


 レーネと呼ばれた女性は一礼すると、鋭い視線をまっすぐ俺へ向け、淡々と口を開いた。


「それではここからは、私より今回の件の概要をご説明いたします」


 レーネさんは手元の革鞄から、拳ほどの大きさをした灰白色の鉱石を取り出した。


 表面には幾何学的な紋様が自然に刻まれており、内部では青白い光が脈打つようにゆっくりと明滅している。石というより、生き物の心臓を切り出したような、不思議な存在感があった。


「三日前のことです。エストラ近郊で、新たな迷宮――ダンジョンが発見されたとの報告が入りました」


「ダンジョン、ですか?」


「はい。この鉱石は、ダンジョン内部を構成する特殊鉱石の一部です。発見した冒険者が証拠として持ち帰ったものですが、問題は発見場所にありました」


 レーネさんは一瞬だけ言葉を区切ると、一枚の地図と封蝋の押された書状を机へ並べた。


「ダンジョンは、グランヴェル公爵領内で発見されました」


 ……グランヴェル公爵。


 聞いたことがあるような、ないような名前だ。二人の表情を見る限り相当な大物なのだろうが、異世界へ来て二か月も経っていない俺には貴族社会など縁がない。知らないと口にするのも気まずく、内心で自分の勉強不足を恥じるしかなかった。


 レーネさんは書状を俺の前へ向ける。


「ダンジョン発見の報告を受けた公爵は、即日、王国および冒険者ギルド本部へ正式な書状を送付されました。その内容がこちらです」


 淡々と読み上げられた内容は、思わず聞き返したくなるものだった。


「一つ。我が領地内で発見されたダンジョンにおいて、探索制限を設ける。一つ。王国はギルドによる初期調査が終了した後にのみ調査隊を派遣すること。一つ。ギルドが派遣する冒険者は、登録から二か月以内の新人に限ること。一つ。以上を遵守できない場合、ダンジョンへの立ち入りを全面的に禁止する――以上です」


 しばらく書状を眺めていたが、正直なところ何が問題なのかよく分からない。


「……すみません。つまり、どういうことなんでしょうか」


 俺の疑問に答えたのは支部長だった。


「通常、新たなダンジョンが発見されれば、王国と冒険者ギルドが共同で調査を行う。内部の危険度や資源量を確認し、その後の運営方法を決めるのが慣例なんだ」


 支部長は地図へ指を置き、発見地点を軽く叩く。


「しかし今回は、そのダンジョンがグランヴェル公爵の領地内で見つかってしまった。ダンジョンは古代遺物や希少鉱石、魔道具の素材など、莫大な利益を生み出す場所だ。当然、公爵は『自らの領地で発見された以上、その利益は自らが優先されるべきだ』と主張された」


 なるほど、と少しずつ話が見えてくる。


「普通の貴族であれば、そのような要求は退けられる。ダンジョンは王国全体の財産という考え方が一般的だからね」


 支部長は苦い表情で肩を竦めた。


「だが、グランヴェル公爵は話が別だ。王家とも極めて近い立場にあり、国内でも指折りの大貴族だ。その発言力は絶大で、王国も正面から対立することを避けた結果、この条件を受け入れることになった」


 つまり、王国ですら無視できないほどの権力者ということか。


 そして、その条件の中にあった『登録から二か月以内の新人冒険者』という一文。


 嫌な予感が、ゆっくりと胸の奥で形になり始めていた。


 支部長は椅子へ深く腰掛け、小さく息を吐いた。


「すでに公爵は麾下の騎士団を動かし、ダンジョン内部から鉱石や古代遺物を運び出し始めている。この書状だけではない。各支部から集まる冒険者への通行制限、調査許可の遅延、物資搬入への干渉……表立って問題にはならない程度の妨害を繰り返していてね」


 支部長は苦々しく眉を寄せる。


「高ランク冒険者が本格的に調査へ入れば、公爵にとって都合が悪い。しかし、いくら大公爵とはいえ、ギルドそのものを締め出すことはできない。そこで考え出したのが、この『新人冒険者のみ』という条件だ。表向きはギルドへ協力する姿勢を見せながら、実際には調査能力を大きく制限する。なかなか巧妙な手だよ」


 なるほど。


 俺でも、自分の土地から金脈が見つかったとなれば、できる限り独占したいと思ってしまうかもしれない。もちろん、それが許されないからこそ法律があり、王国とギルドが管理する仕組みになっているのだろう。


 双方の立場も理解できる。


 だからこそ、利益と所有権を巡って互いに譲れない状況になっている今は、相当厄介な問題へ発展しているようだった。


「新人冒険者なら脅威にはならない。いや――公爵は『排除しやすい』と考えているのだろう」


 レーネさんが静かに言葉を継ぐ。その声音には、感情を抑えているからこそ分かる冷たさがあった。


「ですが、ダンジョンという存在は、公爵が考えているほど単純ではありません。一刻も早く内部の状況を把握し、情報を集約しなければ、取り返しのつかない事態へ発展する可能性があります」


 そう言うと、彼女は机へ一枚の地図を広げた。発見されたダンジョンを中心に、周辺の街道や街、各中継地点が細かく記されている。


「そこで、ヤト様にお願いしたい役目があります」


 俺は自然と背筋を伸ばした。


「今回、ダンジョンへ入るのはレヴォル様、エルシア様、アルドリック様の三名です。三名が発見した古代遺物や採取した鉱石、そしてダンジョンの深度や内部構造を記録した報告書を、各調査地点からエストラ支部まで運搬していただきたいのです」


「運搬……ですか」


「はい。ダンジョン調査では情報の鮮度が何より重要になります。一時間遅れるだけで後続の判断が変わることも珍しくありません。さらに、公爵側による妨害も想定されています。伝令の足止めや荷物の検査、理由を付けた街道封鎖程度なら、十分考えられます」


 そこでレーネさんは、真っ直ぐ俺を見据えた。


「だからこそ、迅速かつ確実に届けられる冒険者が必要なのです」


 支部長も静かに頷く。


「君ほど配送に長けた冒険者は、このエストラ支部にはいない。討伐能力は彼ら三人が担う。情報と成果を繋ぐ役目は君しか務まらないと、我々は判断した」


 正直なところ、あまり政治や貴族同士の思惑が絡む厄介事へ首を突っ込みたいとは思わない。


 だが、これはギルド支部長から直々に下された正式な要請だ。ここで断れば、今後の評価や信用にも少なからず影響するだろう。


 なら、答えは一つしかない。


「もちろんです。私でお役に立てるのであれば、喜んでお引き受けします」


 胸の内で小さく舌打ちを飲み込みながら、長年社会人として鍛え上げた愛想笑いを浮かべた。

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