↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/19

第16話:奇跡の世代

 その日の最後の配送依頼を終え、受領印が刻まれた依頼書を革鞄へ仕舞った、その時だった。


 胸元へ提げたギルドタグが淡く震え始める。


 掌へ乗せると、銀色の金属板から青白い光が立ち昇り、空中へ半透明の文字が浮かび上がった。


『公示――黄金級冒険者レヴォル・グレイン、黄金級冒険者エルシア・ルーヴェル、黄金級冒険者アルドリック・フォン・エーベルハルト、青銅級冒険者ヤト・タロウ。右四名は依頼の有無を問わず、速やかにギルド・エストラ支部まで出頭されたし。本通達は最優先事項として扱う。――ギルド・エストラ支部長』


 文字は数秒ほど空中へ浮かんだあと、霧のように静かに消えていく。


「……びっくりした」


 ギルド側から登録された冒険者へ一方的に通達を送れるとは聞いていたが、実際に体験すると想像以上の衝撃だった。依頼もちょうど終わったところだ。完了報告も兼ねて、俺はジロウと共にギルドへ向かった。


 重厚な扉を押し開くと、酒場を兼ねたホールは今日も冒険者たちで賑わっている。受付へ向かうと、片眼鏡の受付嬢がすぐに俺へ気付き、小さく会釈した。


「あ、ヤトさん。メッセージはお読みになられましたか?」


「えぇ。読みました。ただ……何故、黄金級の方々に混じって私まで呼ばれているんでしょうか」


 レイナさんは申し訳なさそうに首を横へ振る。


「実は私も分からなくて。この四名を見掛けたら、何より優先して二階へご案内するよう通達が来ているんです」


「そうですか……」


 とりあえず配送依頼の完了報告を済ませる。レイナさんは受領印を確認すると、慣れた手付きで報酬を数え始めた。


「配送依頼一件、確かに受理いたしました。本日もお疲れ様でした」


 銀貨を受け取り革袋へ仕舞いながら、俺は首を傾げる。


「私と、他の方々との共通点も見当たらないんですよね」


「それは……確かにそうですね」


 レイナさんは苦笑しながら頷いた。


「ただ、お呼び出しを受けた皆さんは、今エストラ支部で最も注目を集めている新人冒険者ばかりなんです」


「そんなに有名なんですか?」


「はい。まずレヴォル・グレインさんですが、圧倒的な討伐実績を持つ新人冒険者として知られています」


 その名前は酒場でも何度か耳にしたことがあった。


「初依頼では、本来討伐対象だったゴブリンの群れではなく、その群れを率いていた闘鬼オーガを単独で討伐してしまったそうです」


「オーガを……初依頼で?」


 思わず聞き返してしまう。


 俺がゴブリン四体を倒すだけで何日も準備を重ねたというのに、その人はいきなりオーガを討伐したというのか。


「ええ。その一件以来、討伐依頼では向かう先々で成果を挙げ続け、今では新人随一の討伐数を誇っています」


 レイナさんは一本目の指を折り、続ける。


「二人目は、王立アルカディア魔導学院を主席で卒業されたエルシア・ルーヴェルさんです」


「魔導学院の主席ですか」


「はい。本来はポーターとして護衛依頼へ同行されていたのですが、護衛を請け負った冒険者パーティーが魔物の大群を前に逃亡してしまったそうなんです」


 レイナさんは少しだけ表情を曇らせた。


「普通なら村を見捨てて逃げても誰も責められない状況でした。それでもエルシアさんは一人で防衛を引き受け、二つの村を守り切りました」


「一人で……」


「はい。避難誘導から結界魔法、迎撃まで全てを一人でこなし、村人に一人の犠牲者も出さず、魔物の群れを殲滅したそうです」


 それだけでも十分すぎる英雄譚だった。


 だが、レイナさんはなおも話を続ける。


「その後も実力だけではなく人格面でも非常に評価が高く、多くの冒険者や住民から厚い信頼を集めています。困っている人がいれば身分を問わず手を差し伸べる方として有名ですね」


 二本目の指が折られる。


「そして最後が、名門騎士家のご出身であり、騎士と冒険者を両立されているアルドリック・フォン・エーベルハルト様です」


 今度は自然と「様」が付いた。


 それだけで立場の違いが伝わってくる。


「アルドリック様は王国騎士団最年少の小隊長として注目されているお方です。若くして数々の実戦を経験され、卓越した剣技だけでなく、ご自身で考案された魔法陣術式でも高く評価されています。騎士としての功績と冒険者としての実績、その両方を積み重ねてこられた、本当に特別なお方なんです」


 三人とも、俺とは住む世界が違う。


 そんな英雄候補ばかりが呼び出される中へ、青銅級の俺が加えられている理由だけは、考えれば考えるほど思い当たらない。


 黙り込んだ俺を見つめていたレイナさんは、やがて穏やかに口を開いた。


「ヤトさん。僭越ながら、私なりの考えをお話ししてもよろしいでしょうか」


 俺が頷くと、レイナさんはそれまでの柔らかな笑みを少しだけ引き締め、真っ直ぐ俺を見据えた。


「セリナ様をオークから救出された件だけでも、十分に評価される功績だと思います。それに、冒険者登録後は討伐依頼だけでなく、誰も進んで受けたがらなかった配送依頼を、ずっと引き受けてくださいました」


「いや、それは俺に討伐能力がないからで……」


「結果として、多くの荷物が滞ることなく各地へ届きました」


 レイナさんは静かに首を横へ振る。


「薬が届いたことで命を繋げた村があります。納品が間に合い、大きな契約を失わずに済んだ商会があります。離れて暮らす家族へ手紙や仕送りが届き、涙を流して喜ばれた方々もいます。ヤトさんは気付いておられないかもしれませんが、配送依頼を通して、本当にたくさんの人を助けておられるんです」


 言葉に詰まる。


 俺はただ、ジロウの背中へ揺られながら景色を眺め、ときどき道中の露店で美味そうな昼飯を買っていただけだ。


 荷物を背負い、山道も川辺も休まず駆け抜けていたのはジロウであって、俺自身には胸を張って誇れるほど苦労した覚えがない。


「さらに、普通なら何日も掛かる遠距離配送を、圧倒的な速さと正確さで完了されています。そのおかげで滞留していた依頼が次々と消化され、各地との物流も以前とは比べものにならないほど円滑になりました」


「ぶ、物流って……そんな大袈裟な」


「大袈裟ではありません」


 レイナさんは一枚の書類を取り出し、記された内容を確認しながら淡々と読み上げていく。


「配送依頼受領件数、新人第一位。配送依頼完了率、百パーセント。配送遅延件数、ゼロ。荷物破損報告、ゼロ」


 数字が一つ増えるたびに、逃げ場を失っていくような居心地の悪さを覚える。


「遠距離配送における平均所要時間は、歴代冒険者の記録を大幅に更新。長期間滞留していた配送依頼の解消率も、エストラ支部開設以来の過去最高を記録しています」


 日本で毎日トラックを走らせ、決められた時間と預かった荷物を守り続けている配送員の方々なら、胸を張って誇っていい数字だと思う。


 渋滞や天候、時間指定や再配達に追われながら、それでも荷物を届け続ける仕事がどれだけ大変かは、利用する側だった俺にも想像できた。


 だが、俺の場合は違う。


 移動の大半を担っているのはジロウで、俺は行き先を確認し、荷物を渡して受領印をもらっているだけだ。


 そんな自分が歴代記録を更新しただの、街の物流を支えただのと言われても、誇らしさより申し訳なさの方が先に立ってしまう。


「討伐には討伐の功績があります。ですが、人々の暮らしを支える仕事にも、それに劣らない価値があります」


 レイナさんの口調には、俺を持ち上げるための建前ではなく、滞留する依頼を間近で見続けてきたギルド職員としての実感が滲んでいた。


「他のお三方と比べても、ヤトさんの実績が決して見劣りするとは、私は思いません」


「そう言っていただけるのは嬉しいですが、流石にあの三人と肩を並べるのは買い被りすぎですよ」


 困り果てて笑う俺に、レイナさんは迷うことなく首を横へ振った。


「いいえ。成し遂げていることの形が違うだけです」


 その言葉に、すぐ反論することはできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。