理想の終焉①
夢を見ていた。
「いつか、ハグレモノがいない世界を。」
そんな話を同期と酒を酌み交わしながら話した。
辛い任務も、休みのない日々も、何も知らない一般人が幸せに生きている姿を見ればそれで満たされた。
誇り高い一族の希望を背負って立つのが誇らしかった。
だけど。
「あ、ああ、ああ、そうだ。そうだよ、八代……!この力だ!この力さえあれば……!!」
目の前で狂ったように笑う同期。周りに倒れ伏した屍の山。瘴気は渦巻き、酸素すら汚していく。
一般人を救うはずだった。
なのに、騙されて、袋小路に追い詰められて。
同期は泣きながら、形を変えて、それでも、嗤う。
人が、堕ちる瞬間だった。
討伐は恙無く。
同期の鋭い爪で足は負傷したが、生き残った。生き残って、しまった。
ハグレモノがいない世界。
望んだ夢は潰えて消えた。
そんな世界は来ない。
化物が憎い。
人間は浅ましい。
夢など、意味も持たない。
出来ることは、ただ自分の範囲を守り抜くことだけ。組織の仲間を守る。
それだけが、南宮八代に残された生き方だった。
◇◇◇
人生において最も無駄な時間とは月に一度の隊長会議だと、2番隊隊長である北郷喜一郎は思っている。
なぜなら組織の各部隊は専門性から独立しており、別部隊の事情など誰も興味がないからだ。
唯一例外である14番隊も、議題に上がる内容など独自ルートで先に全て把握している。
つまりは見栄えだけの、心底無意味な時間というわけだ。
今、この時間は。
「……では次は、先日の高専生の重大な規律違反についてーー、」
南宮の神経質な声で紡がれる議題を聞き流し、溜息をひとつ。
重大だなんだとくだらない。
隊員でもない子供のした事だ。最終的に、高専生だけでハグレモノ一体を討伐したのだからむしろよくやったと褒めてやるべきだろう。
しかし問題点を滔々と挙げている南宮には、そんな気持ちは微塵もないらしい。
遅々として進まない会議に喜一郎は溜息を飲み込んで周りを見渡した。
進まない原因はただひとつ。
当事者の保護者でありながら、南宮の苦言もどこ吹く風と気にもとめていない14番隊の亜月玲のせいだ。
彼は常の笑顔すら取っ払って、退屈そうにあくびを噛み殺している。
本人からしたらもう解決済みのこと。特筆すべき問題が起きなかったのだからいいじゃないか、というスタンスなのだろう。
しかし規律を重んじる南宮には逆効果だ。
その証拠に、南宮は言葉の途中でバンと机を叩いた。
「……聞いているのか、亜月玲。」
「ん?……あーはいはい、聞いてますよ。すみませんでした。俺の監督不行き届きです。厳重に注意しておきます。」
流れるような口上に、南宮の額に青筋が浮かぶ。爪を弄りながら、顔すら向けずの謝罪なのだから無理もない。
南宮の手にある書類に皺が寄った。
ああ、これでは会議は更に長くなる。
「ふざけるな。事の重大さが分かっていないようだな?」
「分かってます分かってます。だから後処理も全部引き受けたでしょ。あの七瀬って子の監視も俺自らやってるんですよ?そもそも、14番隊が〜って言いますけど、おたくの子も絡んでたじゃないですか。」
「貴様の所の化物が主導だろう!」
「だとしても、がっつり関わってますよね?同罪ですよ、同罪。」
「この、」
「というか貴方も仕事してくださいよ。俺が頼んでいた件、いつになったらやるんですか?もう何ヶ月かな〜。一年?ふふ、仕事が丁寧なタイプなので黙ってましたけど、流石に丁寧にやり過ぎでは?」
「調査中だ!!」
「まさか。貴方がそれくらい片手間で出来ないわけないでしょう?」
「っ、」
言葉を飲み込む南宮にひらひらと手を振って、玲は自身の背もたれに体重を預けた。面倒だ、というあからさまなポーズである。
その態度に南宮の青筋が増えた所で、待ったの声が上がった。ここまでずっと黙っていた東條だ。
「もういい。南宮、亜月の言も一理ある。お前のところも気を引き締めろ。」
「……はい。」
「亜月。お前はその態度をどうにかしろ。せめて反省のポーズを取れ。」
「はーい。」
東條が溜息を吐き出す。
この件は終わり、と首を振るのに南宮が唇を噛み締めた。
玲の方はいつも通りの薄っぺらい笑みを貼り付けている。
「ふふ、お互い頑張りましょうね。新人教育。」
「……。」
南宮の盛大な舌打ちと共に、会議は終わりを迎えた。
◇◇◇
「今日は面白かったのう!」
「どこがだ。面倒なだけだろうが。」
帰り道。
松陰と連れ立って、喜一郎は組織の長い廊下を歩いていた。
ケラケラと楽しげな男には悪いが、喜一郎はあまり神経を使うのは得意ではない。
ああいうのは見ているだけで疲れる。
重く溜息を吐き出せば、ふと松陰が足を止めた。それに倣って足を止める。
悪戯な瞳が楽しげに細められるのに、喜一郎はそっと廊下の曲がり角の先に目をやった。
ーー小僧と南宮……?
滅多にない組み合わせ、というよりも先程の舌戦の後に仲良くお喋りという訳でもあるまい。
喜一郎は眉を寄せながらそっと耳を澄ませる。
松陰程ではないが、好奇心が先立った。
南宮の神経質そうな、それでいて抑えられた声が小さく廊下に響く。
「……それで?貴様、何を隠している。」
「えー?なんの事です?」
「ふざけるな。」
惚ける玲に、苛立ちを隠せない南宮の声が震えた。
なんの話かは知らないが、喜一郎の経験上、玲の隠し事など聞いても無駄だろう。答えるわけがない。
どころか玲はくすくすと楽しげに笑うばかりだ。
その尊大な態度に、南宮のみならず喜一郎も眉を顰める。
歳下に手玉に取られる焦燥感や嫌悪感は相当だろう。心の中で南宮に同情してしまいそうだ。
しかし南宮はそんな苛立ちを納めるように、そっと息を吐き出すと冷静に言葉を紡いだ。
「……貴様が、同情で動く人間ではない事くらいわかっている。」
「俺は結構優しいですよ?特に捨てられた子犬は放っておけなくて。」
「馬鹿なことを。……貴様は、誰よりも冷淡だ。目的のためならなんでもやる。」
忌々しそうに南宮は杖で床を叩いた。呻くように喉を鳴らす。
対して玲は変わらぬ笑みを更に深めると小さく首を傾げた。
「ふふ、それで?」
冷たく落ちたそのひと言に、南宮が小さく息を呑む。
空気が重い。
喜一郎たちにまで、寒気のする冷気が漂ってくるようだ。
南宮は少しだけ言い淀んでから、それでも口を開いた。
「……なぜ、小鳥遊を保護した。」
その問いに、玲は少しだけ考える素振りをするとくすりと笑う。
廊下の静けさに、笑いを含んだ吐息だけが妙に大きく響く。
「そうだな……可愛かったので、なんてどうです?」
「っ、馬鹿もの!いい加減言え!!貴様と東條が隠している事をな!」
ふざけた言葉に、ついに南宮の怒りが爆発した。胸ぐらを掴む勢いに、玲の眼鏡が音を立てて落ちる。
露わになった薄青の瞳は冷たい色を帯びて輝いていた。
それでも口元の笑みは崩れない。
そして。
ふと玲の視線がこちらに向いた。
その動きに南宮だけでなく、喜一郎まで足を床に縫い付けられてしまうようだ。
隣で松陰の楽しげな「あちゃー」という声が耳に届く。
「南宮さん。そんなに面白い話、廊下でなんて無粋ですよ。折角ならお茶しましょう。……松陰さんと北郷さんがいいお茶を持ってますから。……ね。」
穏やかな声に、喜一郎は数分前の好奇心を心底後悔した。
◇◇◇
「っ、なんで俺まで呼ばれんだよ!てかこれ離せ!!亜月!!!」
「だって名雲さん、当事者じゃないですか。ふふ、ゆっくりお茶しましょうよ。」
9番隊の隊長室に、玲の楽しげな笑い声が響く。
対して不満げな名雲は、術式で椅子に括り付けられて動けない状況だ。
隊長同士とはいえ、こんな芸当そうそう出来はしない。
つくづく、亜月玲は規格外の男だ。
喜一郎は痛む胃を抑えながら溜息を吐き出した。
隣では同じように溜息を吐き出した南宮が、静かに口を開く。こめかみには青筋が浮かんでいた。
「……それで?こんなメンバーで仲良く、なんて馬鹿げた事は考えていないのだろう?教えるのなら回りくどいやり方はやめろ。」
「おやおや……。そんなに急かさないでくださいよ。ほら、せっかく松陰さんがとっておきを出してくれたんですから。」
くす、と玲が笑いながらひどく優雅に湯呑みに口付ける。
同調するように、楽しげな松陰が目を細めた。
「そうじゃそうじゃ。儂の茶が飲めん、とは言わんよな?」
「……っ、」
実力者二人に囲まれれば、いくら南宮といえどどうにも出来ないだろう。
五家の権力を振り翳そうにも、気にするような人間でもない。
南宮は苛々と顔を歪めたまま、湯呑みに手をつけた。従う方が早いと判断したようだ。
ちなみに名雲は手が動かせず、目の前の茶が冷めていくのを見ているしかないのが誰よりも哀れではある。
「美味しいですね、松陰さん。どこのですか?」
「おお、やはり分かるか!これはな、……。」
くだらない雑談が耳を通り過ぎていくのに、喜一郎は茶を舌で転がしながら周りを見回した。
南宮は相変わらず顔をひくつかせたままだ。こいつはいい。
それより。
ーー『当事者』、ねえ……。
名雲に視線を向ける。
最近、玲と二人でこそこそと何かをしていたのは知っている。
新しい戦術考案や武器の強化など、ただの趣味かと思えば裏で動いていたとは。
しかも、南宮支持の立場を取っていたにも関わらず。
ぱちっと不貞腐れていた名雲と目があった。舌を出してくるのに肩を竦める。
今時の若い連中はこれだから。
「おい、亜月。そろそろいいだろーが。俺も暇じゃねぇんだよ。てか腕外せ。茶飲めねーだろが。」
「あ、ごめんなさい。名雲さんなら解けるかなって。」
「お前喧嘩売ってんのかよ……!」
玲が軽く手を振ると名雲の拘束が解ける。名雲はぐちぐちと文句を言いながら、茶を飲み干した。
玲はそんな名雲に笑うと、そっと湯呑みを置く。
それだけで周りから音が消えた。
「……南宮さん。東條さんの理想をご存知ですか?」
「……。……青臭い理想だろう。『ハグレモノを世の中から消滅させる』。夢見がちな若者の、馬鹿な願いだ。」
「それが叶うとしたら?」
「どういう意味だ?」
玲が笑う。
弄ぶように湯呑みの縁を人差し指でなぞる。
空気が止まる。
「……小鳥遊残夏の中に居るのは、ハグレモノの『核』。あれは、ハグレモノを生み出す始祖なんですよ。」
ここまで読んでいただきありがとうございました。
今回から三週に渡って「理想の終焉」を公開していきます。
物語はそろそろ最終章を迎えていきます。
南宮の理想、東條の理想、玲の理想。残夏の理想。
なにが叶って、なにが折られるのか。
これからもお付き合いいただけると嬉しいです。
次回更新は10/17土曜日です。
(19:30目安ですが、前後する時はXでお知らせします)
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