↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
60/63

睡蓮の恋④

 玲(れい)の知らない一面を見てから少し経って、彰良(あきら)は色々と準備をしていた。


 まずは母親の遺品の階段箪笥(だんす)。

 それを埃ひとつないように綺麗に磨く。


 そして、あの日押し付けられた花。

 こっちは少しずつ萎れてきていたから、彰良は新しい花を水の精霊に貰いにいった。


 今度はもっと小さくて、もっと綺麗なものを。


 そうしてひとつ息を吸うと、彰良は玲の部屋を訪れた。玲はまだ熱が完全に下がっていないから、部屋で寝ているはずだ。


「玲。入っていい?」


「……。」


 その声掛けに、玲は何も答えなかった。だから寝ているのかと部屋を開けると、玲は起きていた。


 まだ熱があるのに、文机(ふづくえ)について、何かを書いている。


「玲?」


 近付いて覗き込めば、それは手紙だった。

 明仁(あきひと)と彰良に向けたものだ。


 彰良が漢字がいっぱいのその手紙を読めないながらに目で追っていると、玲は呟くように小さな声を落とした。


「……出て行こうと、思って。」


「え?な、なんで……!?」


「迷惑ばっかりかけてるから。……彰良も、変なところ見せてごめん。」


 玲は彰良を振り返ると、初めて笑顔を見せた。だけどその顔は歪んでいて、ぜんぜん可愛くなかった。


 笑顔じゃなかった。

 彰良はその顔に今までで一番、ムカついた。


 だから持ってきたものが床に落ちるのも無視して、その顔を両手で挟み込んだ。


「迷惑じゃない。変でもない。お前は、ぜんぜん変じゃない。」


 彰良の言葉に、玲は目を瞬かせる。

 

 玲の瞳は綺麗な色だった。

 池の睡蓮みたいで、前に明仁から見せてもらった水晶みたいで、氷みたいなのに温かい色だと思った。


「俺、お前と仲良くなりたい。お前がいた方が楽しい。だから……だから、出ていくなよ玲。」


 両手を放せば、玲の驚いた顔が目の前にあった。


 ああ、こういう顔だ。

 もっとこういう、普通の顔が見たい。


 彰良は呆然としている玲をよそに、床に落ちた持ってきたものを文机の上に順に置いた。

 綺麗な階段箪笥と、水の精霊が選んだ睡蓮。


 睡蓮は、彰良の拙(つたな)い霊力で結晶化させていた。これで枯れることもない。


 それを見て、玲が喉を震わせる。


「な、んで……。」


「お前が使った方が大切にしてくれるって思ったから。物なんだからちゃんと使わないとな。あと、この睡蓮も……玲は家族だから、あげる。」


「だけど……。」


「この母さんの箪笥な、これ大事なものを入れるんだぞ。大切な宝物が出来たら入れるんだ。そうして仕舞(しま)って、たまに取り出して幸せだなぁって思うんだって母さんが言ってた。だからお前も、いっぱい大事なもの増やして、この箪笥をいっぱいにしろよ。」


 玲の顔が泣きそうに歪んだ。

 だけど、泣いてほしくない。


 玲にはずっと笑っていて欲しい。


 だから彰良は玲に小指を差し出した。


「俺たち、家族だ。だから何でも言い合うこと。我慢しないこと。これからずっと一緒にいるんだ。約束だ。」


「約束……。」


 玲はそう呟くと、彰良の贈った花をぎゅっと抱きしめた。

 約束はしてくれなかったけれど、それだけで十分だった。


「これ、どうしたの?キラキラしてる。」


「水の精霊が選んだやつを、俺の霊力で結晶にしたんだ。枯れないから、ずっと持ってられるだろ。」


「霊力……。」


「お前も持ってるだろ?使える?」


「うん。」


「見せて。」


 彰良の期待のこもった眼差しに、玲は少しだけ迷う素振(そぶ)りをみせると小さく頷く。

 彰良に見えるように片手を握って目を閉じると、玲の身体から薄青の霊力が手のひらに集まっていった。


 そして、そっと目を開けると同時に手を開けば、そこには銀色の小さな睡蓮が乗っていた。


「え、すげえ……!霊力から花が作れんの!?」


「うん。……これ、あげる。」


「え、ほんとに?いいの?」


「うん。このお花の、お礼。」


 玲は彰良に美しい銀色の睡蓮を手渡すと、自分は彰良の贈った結晶の睡蓮を階段箪笥の一番上に仕舞う。

 

 それは、大事な宝物ということだ。


 彰良の心臓がドキドキする。

 嬉しくて、頬が紅潮した。


 そんな彰良に顔を向けると、玲は小さく微笑んだ。


 さっきの嘘の笑顔じゃない。

 花が咲いたみたいな笑顔だった。


「ありがとう、彰良。」



◇◇◇


「ただいま〜!玲、彰良!いるかー!?」


 玄関から聞こえる大声に、彰良は溜息を吐き出す。

 もうちょっと遅くても良かったのに。


 でも料理も丁度作り終わった。

 タイミングとしては完璧だ。


「どっかで見てたんじゃないか?」


「ふふ、明仁(あきひと)さんだったらあり得るかもね。」


 玲と連れ立って玄関へと向かう。

 きっと今夜は賑やかな夜になるだろう。それは少し煩(わずら)わしくて、でも暖かい。


 彰良はそっと笑みを浮かべた。



◇◇◇


「それで?玲とはどうなんだ。どこまでいった?もうキスはしたのか?」


 あまりにも不躾(ぶしつけ)な内容の質問に、彰良は眉間に皺を寄せて顔を顰(しか)めた。


 昨日の騒がしい夜を終えて、早朝。


 もう発(た)つという明仁を見送りに山頂の階段前まで来ていたのだが、もう既に帰りたい気持ちでいっぱいだ。


 ちなみに玲は寝かせたままにしている。あちらは彰良よりも仕事の疲労が濃い。

 休めるときは休ませてやりたい。


「ノーコメントで。」


「なんだ!まだ告白もしてないのか!」


 腐っても父親。流石によく分かる。

 彰良は苛立ちのまま、猫を払うように手を振った。


「煩(うるさ)い。早く行けよ。」


「つまらんなぁ……。お前たちの進展を確認するのが楽しみなのに。」


「くそみたいな趣味だな。」


 溜息を吐き出せば、明仁は楽しそうに笑った。そしてそのまま、階段に足をかける。


 ようやく行く気になったか。

 そう思っていれば、明仁が急に振り向いた。


 彰良よりも高い背なのに、段差のおかげで目線が合う。


「彰良。あの日言ったこと、覚えてるか。」


「……。」


「玲のこと、頼むぞ。」


 その言葉に、彰良はそっと目を閉じる。

 玲を守ろうと、誓ったあの日。


「ああ、任せろよ。親父。」


 彰良の答えに満足したのか、明仁は今度こそ振り返らずに去っていった。



◇◇◇


 彰良は明仁の懐(ふところ)に駆け込むと、息を切らせながら言葉を紡いだ。


 手には玲からもらった睡蓮。潰さないように、でも落とさないように大事に握って。


 心臓がドキドキして、バクバクして、破裂しそうだった。


「聞いて父さん!!玲がやばいんだ!!」


「落ち着け、彰良。玲がどうしたって?」


「あいつ、やばいよ!!なんかビームだしてた!きらきらって!俺の心臓が爆発する!!」


「待て待て彰良。どういう事だ?」


 明仁が彰良を落ち着けようと、頭を撫でる。しかしそんな事で彰良の今の興奮はおさまらない。


 彰良は拳を握りしめて明仁に説明した。


「玲が笑ったんだ!そしたら、きらきらって周りがキラキラして、そんで俺の心臓が破裂しそうになった!!あれは絶対なんかビームだよ!!」


 そんな彰良の説明に、明仁は最初驚いていたものの途中から肩を震わせ笑い出した。


 なんだよ父さん。本当に大変なんだぞ。


「あいつは危険だ!あんな笑顔見たら皆んな倒れちゃう!!」


「はっはっはっ!彰良。お前、玲の笑顔を見たのか!」


「見た!お花が咲いたみたいで、ふわふわってしてて、きらきらってしてた!」


「そうかそうか。……彰良、玲の笑顔はどうだった?危険だって言ってるが、もう見たくないのか?」


 明仁のその質問に彰良は考え込む。

 確かに玲の笑顔は危ないけれど、もう見たくないなんて、とんでもない。


 もっとずっと見ていたい。


「俺、見たい……!あいつ、笑うと可愛いんだ。もっと笑って欲しい。でも俺、死んじゃうかも。心臓が爆発するよ。」


「そうか。……だったら彰良。強くなれ。」


「強く?」


「そうだ。玲の笑顔に耐えられるくらい強くなって、玲を守ってやれ。」


 守る。玲を。


 強がりで、意地っ張りで、彰良よりも何でもできて、でもちっちゃくて。

 最強の笑顔を持ってる玲をーー、


「うん。守る。……俺、玲を守るよ。」


 幼い心で彰良は誓った。


 玲を守る。

 ずっと一緒にいて、あの笑顔を側で見るんだと。


 だけど、彰良は何ひとつ分かっていなかった。何も理解していなかった。


 だから玲が傷つくのをただ見ているしかなかった。

 そして二回も失ってしまった。


 だけどーー。



◇◇◇


「あきら……おはよ……。」


「おう、はよ。まだ早いぞ?もう少し寝てろよ。」


「でも、あきひとさん……。」


「親父ならもう行ったよ。お前によろしくってな。それと、ほら。」


 寝起きでまだ夢の境(さかい)を彷徨(さまよ)っている玲がふらふらと近付いてくる。


 その無防備さに笑って、彰良は明仁から預かっていた眼鏡を玲に手渡した。

 ぱちぱちと瞬く度に、光が瞳に反射して輝いて見える。


「え、もう行っちゃったの?」


「ちょっと前にな。いいだろ、また会えるよ。」


「ええ〜ちゃんとお見送りしたかったのに……。」


 ガッカリとした様子の玲は、眼鏡を机に放り出すと縁側(えんがわ)に寝転がる。


 まだ暖かさが残る季節とはいえ朝晩は冷える。

 流石にそれはどうなんだ。


「おい。寝るなら部屋行けよ。風邪引くぞ。」


「んーん。ここがいい。気持ちいい……。」


 玲はそう呟くと、そのまま眠りの中に落ちていった。すやすやと柔らかい寝息が耳を擽(くすぐ)る。


 それに溜息を吐いて、彰良は玲の部屋からブランケットを持ってきた。

 玲の部屋は昔から変わらず、本棚と文机とベッド。

 それから宝物入れの階段箪笥。


 あれの中にはきっと色んな宝物が眠っているのだろう。


 彰良は眠っている玲にブランケットを掛けて、その寝顔を覗き込む。

 無邪気で綺麗で虫すら殺せないようなのに、まだまだ彰良は玲には敵わない。


 いつか、追いついて、追い越して、そうしたらーー。


「あきら。」


 はっと気がつけば、玲の目が薄く開いていた。薄青の瞳が少しだけ色を濃くしている。


 玲は小さく笑うと、彰良の袖をそっと引いた。


「一緒にねよ……。」


「バカ。俺はもう起きてんだよ。」


「いいじゃん。一緒に寝坊しようよ。」


 ふふ、と笑って玲はまた夢の中に落ちていった。その柔らかい笑顔に彰良の心臓は破裂しそうだ。


 だけど、玲の願いはあまりにも甘美で。


 ーーいつになっても敵う気がしないな……。


 彰良は小さく笑うと玲の隣に寝転がった。


 穏やかな寝息が心地良い。そっと抱きしめれば寒さなんて感じなかった。


 いつかきっと、玲より強くなる。そして守ってみせるから。その笑顔をもう二度と曇らせたりしないから。


 だから、いつかその日が来たら聞いて欲しい。

 

 彰良のこの想いを。



◇◇◇


 恋とはどんなものかしら。

 甘いの?苦いの?酸っぱいの?

 

 甘くて苦くて酸っぱくて。

 どれだけ味わえないものであったとしても、食べてしまう。


 恋とはきっとそんなもの。


ここまで読んでいただきありがとうございました。


睡蓮の恋、完走しました!

お付き合いいただきありがとうございます。

玲と彰良を深掘りできて楽しかったです。


次回からは残夏中心に戻りますので、引き続きよろしくお願いいたします!


よかったら楽しんで読んでいただけると嬉しいです。


次回更新は9/19土曜日です。

(19:30目安ですが、前後する時はXでお知らせします)


よろしければ感想や評価、リアクションなど頂けると励みになります。

よろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。