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夢幻の檻⑤

 キン、と刃を弾く音がする。

 それに残夏(ざんか)は歯噛みしながら、体勢を整えた。


 目の前には二体の巨大な蛇。

 そいつらが尻尾の先から絡まって、今はもう、一体の双頭を持つ蛇にしか見えない。


 そしてこいつの身体は、残夏の武器では傷ひとつつけられないほどに固かった。


 ーー炎も効かない……。


 あの鋼鉄のような鱗は火すら受け付けないらしい。

 何度燃やそうとしても燃えてくれない。


 ただ(いたずら)に残夏の体力が尽きていく。


「残夏!もう……!」


 背後であかりの声がした。

 それでも残夏に振り返る余裕はない。尻尾の先は鋭利で残夏を串刺しにしようとしてくる。


「……あかり。大丈夫。大丈夫だから、君は出口を……。」


 (かろ)うじて(かわ)しながら、残夏はあかりに声を掛けた。もう大声も出ない。


 でも、守らないと。


 ーーもし、出口が見つかったら……。


 あかりを連れて逃げられるだろうか。それともこの大蛇を引き受けて、あかりを一人で逃そうか。

 動けないと言っていたけれど、()ってでも逃げてくれたら。


 ーー背負って逃げるって、約束したんだけど……。


 約束、破る事になるかもしれない。

 それでも守りたいんだ。坂西(さかにし)の時のような後悔はもう嫌だ。


 残夏は霞む視界で剣を掲げた。


 その時。


「あ……。」


 ぽつりと落ちたあかりの言葉に残夏も息を呑む。


 今まで周りを覆っていた荊棘(いばら)にヒビが入っていく。そのままガラスが割れるように荊棘が弾けて塵になった。


 誰かが、あのハグレモノを倒したのだ。


 ーー彰良(あきら)さん。


 もしかして、本当に。残夏の心に火が灯る。

 彰良がやったのなら、残夏もここで怖気(おじけ)付くわけにはいかない。


 辺りは姿を変え、元いた廃ビルへと戻っていく。

 残夏たちはいつの間にか屋上へと来ていたようだ。


 青い空に大蛇の鱗が反射する。

 残夏は息を吐き出すと、ぎゅっと柄を握り締めた。


 ーーこの一発で終わらせる。


 体力も精神力も、もう持たない。


 だから、これで。


 自身の霊力を最大限に剣に纏わせる。

 赤々と燃え上がる剣を構えて、残夏は大きく一歩踏み込んだ。

 途端に貫こうとしてくる尻尾を躱し、(ふところ)へと転がり込む。


「ここだ!!」


 自分に言い聞かせるように声を出して、残夏は蛇たちの腹に思いっきり剣を突き立てた。

 それは硬い感触を乗り越えて、嫌な弾力を残夏の手に伝える。剣が刺さったのだ。


 ーーやった!!


 後は内側から燃やせば。


 しかしそう思ったのも束の間、絶叫をあげてハグレモノは身体をくねらせた。

 体力が尽き掛けていた残夏の身体は簡単に吹き飛ばされる。手が剣から離れ、屋上の手すりが背中に当たる。

 嫌な音を立てて錆びた鉄が(きし)んだ。


「残夏!!」


 あかりがこちらに近づいてくる音がする。残夏は必死に霞む視界を開ける。

 あかりも身体が動かないのだろう。ふらふらと覚束(おぼつか)ない足取りだ。


 残夏は、逃げて、と掠れる声しか出せなかった。このままじゃ二人とも。


 しかしあかりには届いていないのか、彼女はその足を止めない。


 ーーああ、これじゃあ……。


 残夏が気を失いそうな意識の中、必死に起きあがろうとしていた時だった。


 屋上のドアを蹴破る、けたたましい音が響く。驚いて残夏が瞬くと、そこには彰良がいた。


「おい、しっかりしろ!!」


 芯の強い声に、遠のきそうだった意識が戻っていく。

 しっかりしなきゃ。こんな所で死ぬわけにはいかないのだ。


 残夏の元まで辿り着いたあかりに支えられながら、残夏は上体を起こす。

 剣はハグレモノに刺さったまま。今なら燃やせる。


 彰良がハグレモノに斬りかかるのに合わせて、残夏は自身の霊力をハグレモノの体内で燃やした。


 絶叫。

 揺れる地面。

 舞い散るコンクリート片。


 狂乱の中、彰良の刀が正確にハグレモノの双頭の片方に突き立てられる。

 ハグレモノは一際高く鳴いて、そして動かなくなった。


 ーーやった、んだよね……。


 残夏が深く息を吐き出す。安心したら力が抜けた。 

 あかりが身体を支えてくれる。彼女もまた倒れそうなくらい疲労しているだろうに。


「……良かった。」


 無事で。


 万感の思いを言葉に乗せれば、あかりが残夏に抱き着いて少しだけ肩を震わせた。


「大丈夫か?お前ら。」


「彰良さん……。」


 自身の刀を回収すらせずに、彰良がこちらに近づいてくる。いつも通りの仏頂面に、残夏は泣きそうになった。


 良かった。本当に。この人も無事だった。

 彰良は右肩にネクタイを巻いて服もボロボロで。


 それでも、生きている。


「おい、泣くなよ……。」


 一粒落ちればとめどなく溢れてくる涙に、彰良は苦笑して頭を撫でてくれた。よく頑張ったな、という褒め言葉付きで。

 それがどれだけ残夏には嬉しかったか。


 あとはもう、帰るだけだ。


 そう思った矢先、地面が鳴動(めいどう)した。


「……嘘。」


「マジか……。」


 残夏と彰良の声が重なる。

 視線の先には、倒したはずのハグレモノが起き上がっていた。

 復活したわけではない。残夏の炎はまだ燃えているし、彰良の刀が刺さった頭は塵になり始めている。


 ただ、もう一匹。

 

 もう片方の頭が残夏たちを呪い殺すようにこちらを見据えていた。


 ーーどうしよう……。


 呆然とそんなことを考える。


 後ろは今にも崩れそうな鉄柵。

 目の前にはハグレモノ。

 そして残夏たちの身体は既に限界を超えている。


 彰良もまた、残夏たちを庇うように前に立つが満身創痍の状態だ。

 こんなの、どうしたら。


 その時、


「彰良、防御。」


 涼しげな声と共に、軽い音が響く。


 彰良の焦った顔と共に目の前に現れた水の壁に守られながら、ハグレモノの頭が破裂するのがやけにゆっくりに見えた。


 次の瞬間、辺りを包み込む爆発音と燃え上がった火柱に残夏はただ瞬くことしかできなかった。



◇◇◇


 疲れた。

 彰良は目の前で残夏たちを労っている(れい)を見ながら、深く息を吐き出した。


 既にハグレモノは跡形(あとかた)もなく、塵になって消えている。

 どうやら分断された後、無事出口を発見した田中(たなか)が救援を呼んだようだ。


 それでなんで玲が来たのかは知らないが、まあ多分残夏と(なぎ)がいるからだろう。

 あの二人は玲の可愛い部下である前に、保護監視対象。何かあれば玲の責任になる。


 来るのは最初から分かっていた。


 青空を見上げる。

 身体はボロボロで、壁に寄りかかっていても崩れ落ちてしまいそうだ。


 このままゆっくり眠ってしまいたい。

 そんな事を考えながらも、視線は無意識に玲たちに向いてしまう。


 そして勝手に苛々するのだ。


 ーーなんだ、『彰良、防御』って。


 とっさに水で結界を張ったが、もし間に合わなかったら全員仲良く木っ端微塵だった。

 それなのに残夏はよくあんな奴に縋り付いて泣けるものだ。

 くそ、ちょっとこっち向けなんて。ああ、もう。さっさと帰りたい。


 彰良は溜息を吐き出すと、意識して目を瞑った。


 しばらくすれば軽い足音が近づいてくる。誰か、なんて分かりきっていて、抗えずに目を開けた。


 嫌な予感しかしないのに。


「おやおやおやおや……。2番隊の副隊長の三島(みしま)彰良(あきら)さんじゃないですか?奇遇(きぐう)ですね。偶然ですねぇ。こんな所でどうしたんですか?」


「……っ、てめぇ……。」


 やっぱり最悪だった。

 にやにやと見下ろしてくる玲に彰良は思いっきり顔を(しか)める。

 全て見透かしたような表情。小馬鹿にしたような態度が(かん)に障る。


 それなのに、隣にしゃがみ込んでそっと傷口に触れる手は優しくて。


「ふふ、ボロボロだね。お疲れ。」


「おー……。」


 少しばかり(かど)が取れた声に、毒気を抜かれてしまった。



 行き交う隊員たちを眺めながら、彰良の隣で壁にもたれた玲がポケットから煙草を取り出す。

 カチ、という音に紫煙が(くゆ)るのを眺めながら、彰良は小さく口を開いた。


「……なんで来たんだ。」


「残夏帰ってこないって(なぎ)に泣きつかれちゃったからね。」


 くす、と笑う声に予想通りかと彰良は息を吐き出す。


「……お前、さっきのは、」


「ん?……ああ、爆発?ふふ、最近10番隊の名雲(なぐも)隊長と共同研究してるんだよね。新しい武器の。あれはその試作品。俺の霊力を込めた花粉を詰めて弾にしたんだけど……ちょっと威力が高すぎたかな。」


「ちょっとどころじゃねーよ、バカ。」


「でも防ぎ切ったじゃん。」


「……もう二度とごめんだ。」


 溜息を吐き出せば、くすくすと楽しげな笑い声が耳を(くすぐ)った。

 くそ。こんなので満足するな自分。

 わざと仏頂面を作っていれば、ふ、と玲が煙を吐き出す。


「……よく上級のハグレモノを一人で倒したね。」


「あー……まあ、そんなに強くなかったから。」


「そう?夢に(とら)われなかった?」


「……くだらねー夢だった。」


「そう。」


 煙が揺蕩(たゆた)うのを見つめながら、彰良は玲を見上げた。

 夢とは似ても似つかない幼馴染。

 それでも、その横顔に安堵するのはなぜだろう。


 帰って来れて良かったと思ってしまうのは。


「?どうしたの?」


「……。煙草、一本くれ。」


「え?彰良やめたんじゃなかった?」


「そういう気分なんだよ。」


 不思議そうな玲がポケットから取り出した煙草を一本、彰良に差し出してくる。

 それを(くわ)えれば火までつけてくれた。

 玲の煙草の独特な甘い香り。肺一杯に吸い込んで、彰良は煙を吐き出した。


 ーーまっず……。


 こんなもん、吸う奴の気が知れない。


 自然と寄る眉に、玲は何を思ったのか残りの煙草を箱ごと彰良に押し付けてきた。


「おい、何だよ。」


「んーん。餞別(せんべつ)。……これから北郷(ほんごう)さんに怒られて、始末書山ほど書かされる2番隊の副隊長に。」


「うげ……。」


「ふふ。覚悟しておきな。めちゃくちゃ北郷さん、怒ってたから。」


 一頻(ひとしき)り笑うと、玲が立ち上がる。どうやら報告に行くらしい。

 その背を見送りながら、彰良はこれから先の憂鬱に頭を抱えていた。

 喜一郎(きいちろう)は怒ると長い。最悪だ。


 しかし玲はふと何を思ったのか立ち止まると、彰良を振り返った。


「彰良。(らく)が週末飲もうって。久しぶりに四人で。」


「は?俺、多分始末書終わってねーぞ。」


「ふふ、頑張れ。待っててあげるから。」


 ーーあ……。


 それだけ言って、今度こそ離れていく背に彰良はまた煙を吐き出す。


 夢とは違う、彰良を苛つかせるばかりの玲。

 血と硝煙(しょうえん)に塗れて、危険ばかりで冷たい残酷な世界。


 何もかも思い通りにはならない人生の中で、それでも。


「……待ってる、か。」


 彰良はまだ長い煙草を消すと、ゆっくりと立ち上がった。

 取り敢えず今週末の飲み会。それまでに必ず始末書を終わらせないと。

 多分残業になるし、死ぬほど面倒だけど。


 それでも、振り返った玲の笑顔がまた見たいから。



◇◇◇


「また、失敗しましたか……。」


 ヒミズは蛇のハグレモノを通して見ていた視界を潰され、息を吐き出した。


 もう少し見ていたかったのに、一瞬なんて。


「まあ、いいでしょう。」


 久しぶりに玲も見れたし、あの女が死んだところで何の痛手にもなりはしない。

 むしろ鬱陶しく言い寄ってくる邪魔者が居なくなってくれて清々する。


 ただひとつ残念なのは、彰良を殺せなかった事だろうか。


 それはまあ、結構耐え難いけれど。


「……少し、アプローチを変えてみましょうかね……。」


 亜月(あづき)(れい)。その全てを私のものに。


 ヒミズはそっと微笑むと、先程見た玲の姿に想いを馳せるように目を閉じた。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

夢幻の檻、完結です。

長らくお付き合いいただきありがとうございました!


残夏は今回本当によく頑張ったと思います。あとは玲の煽り文句もとても好きです。

楽しんでいただけていたら嬉しいです。


次回ですが、今回のエピソードの余韻のような、玲と彰良の過去編になります。

そのあと残夏たちのお話に軸が戻りますので、もう少しこの二人にお付き合いいただけると嬉しいです!


次回更新は8/22土曜日です。

(19:30目安ですが、前後する時はXでお知らせします)


よろしければ感想や評価、リアクションなど頂けると励みになります。

よろしくお願いします。


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