表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
53/53

夢幻の檻②

 時は三十分前に遡る。


 彰良(あきら)田中(たなか)も加わった残夏(ざんか)たち一行(いっこう)は、指示通り外部演習先である廃ビルへと向かった。


 今回は、この廃ビルに巣くっている二体のハグレモノの討伐らしい。形状は蛇のようで、連携して攻撃してくるとか。


 いつもの様に(つかさ)を中心に十分に策を練って、狭い通路で挟み込む作戦を立て、いざ。


 という所で、それは現れた。


「ご機嫌よう、皆様。」


 そんな言葉と共に、カツリとヒールが地面を打つ音が聞こえる。

 真っ黒な髪を結い上げて、黒に近い赤のドレスを着た華やかな女の人。


 その瞳の色を見た瞬間、残夏の肌が(あわ)だった。


 ドレスと同じ、黒に近い濃い赤。まるで内臓の内側から噴き出た血な様な色。

 ハグレモノだ、と認識するよりも先に声を上げたのは彰良だった。


「総員、撤退!!指名手配中のハグレモノだ!!」


 彰良の大声に残夏達はすぐに駆け出す。守るように彰良が一歩足を踏み出したのを横目に見ながら。


 しかし残夏達が入口を潜り抜ける前に、世界は一変した。


「……え?」


 廃ビルが形を歪めて(きし)んでいく。

 周りを荊棘(いばら)が埋め尽くし、地面は引き伸ばされ、その間を巨大な生垣(いけがき)が分断した。


 変貌していく様子に呆然と立ち尽くしていれば、残夏達の間をひときわ大きな荊棘が伸びる。

 慌てて飛び退()くと、そこには荊棘で出来た壁が出来ていた。


「副隊長!!」


「田中。そっち任せた。出口見つけて応援要請。……いいな?」


「ふ、副隊長は!?」


「俺は……どうやらこの女の相手みたいだな。」


「そんな……!!」


「いいから行け!ガキ共に怪我させんなよ!!」


 彰良の言葉に、田中が息を呑む音が聞こえる。そのまま走っていく足音で、田中たちが離れて行った事が分かった。


 対して残夏たちは。


「あら……。邪視(じゃし)の子供は運が良いのですね。でもいいわ。ターゲットが二人もいるんですもの。」


「……ヒミズか。」


「うふふ、よくお分かりですね。ええ、そう。……ヒミズ様の御用命により、三島(みしま)彰良(あきら)。そして小鳥遊(たかなし)残夏(ざんか)。貴方たちの身柄を確保しに来ましたの。ああ、もちろんお嬢さんも仲間外れにはしません。……皆様、三人(まと)めて殺してあげますわ。」


 彼女が手を振る。

 その動きに合わせて荊棘が残夏たちに襲いかかってきた。


 それを彰良が水で押し留め、残夏たちを振り返る。


「おい、逃げるぞ!」


 彰良の言葉に、残夏とあかりは(きびす)を返して走り出した。


 これが荊棘の迷宮を駆け巡ることになった顛末(てんまつ)である。



◇◇◇


 迷路の中程、行き止まりのように出来た(くぼ)みに身を隠し、流れていく荊棘を見ながら残夏たちは息を潜めていた。


 どうやら敵は残夏たちを見失っているようで、残夏たちの方には荊棘は伸びてこない。

 安堵の息を吐き出して、残夏は師の顔を見上げた。


「あの……これからどうしますか?」


「……どうするかな。てか、あの女……身柄確保か殺すのかどっちなんだよ……。」


 深々と息を吐き出して彰良が肩を回す。

 疲れたというよりも、軽いウォーミングアップのようなものだ。


 その仕草に残夏は息を呑む。浅からぬ仲。彰良の考えは手に取るように分かった。


「だ、ダメですよ……!」


「……。」


「一人であんなのに立ち向かうなんて……!」


 逃げればいい。こんな風に()けるのなら、見つかってもまた逃げて救助が来るまで。


 彰良の袖に縋り付く。皺が寄るのも気にせずに強く握り込めば、彰良がふと柔らかく笑った。


「……お前、強くなったな。」


「え?」


「昔だったら怖くて震えてるだけだったろ。ちゃんと考えて、未来を見据(みす)えてる。……いい事だ。」


 縋っていない方の腕でくしゃりと髪を掻き混ぜられて、残夏はぐっと奥歯を噛み締める。


 嘘だ。残夏は弱い。

 だから、ここに残って一緒に戦うとは言えない。逃げてばかりだ。


 残夏が、弱いから。


「バカ。ガキは素直に守られてろ。……少なくともあいつは、お前たちのこと守りたいって思ってるさ。」


「彰良さん……。」


「その子と一緒に逃げろ。二人で力を合わせて出口を探せ。お前なら出来る。俺の弟子なんだから。」


 彰良の言葉に、残夏は掴んでいた手を離した。


 ここで別れるのは果たして正しい選択か。

 しかし残夏たちがいても足手纏いなのは確かで、このまま闇雲に逃げ続けるのも体力を無駄にするだけ。


 ならば彰良が足止めしてくれている間に残夏はあかりと逃げるのが良いのだろう。

 上手くすれば田中たちと合流できるかもしれない。残夏は拳を握り締めて立ち上がった。


 あかりを振り返れば、こくりと頷いてくれる。それを見て彰良は背後の生垣に手を伸ばした。


「ここに穴を開けてやる。通っていけ。」


「はい。」


 彰良の刀が、荊棘を掻き切って人が通れるほどの穴が開く。そこをあかりと潜り抜けて残夏は振り返った。


 切り取られた荊棘が見る間に穴を閉じていくのに、彰良の姿が見えなくなっていく。

 それを見届けてから残夏は果てしなく続く迷宮に目を向けた。



◇◇◇


「あら、子供たちを逃がされたのですね。聞いていたよりもずっとお優しい。」


「……女の相手は一人の方が良いってな。受け売りだが、間違ってたか?」


「まあ。」


 くすくすと(さえず)るような笑い声に眉を寄せる。上品ぶってはいるが、高い声はどこか耳障りで(わずら)わしい。

 まるで爆笑したいのを抑えているような。


 苛立ちながら刀を構えれば、目の前の化物は小さく首を傾げた。


「貴方のような方、好みですわ。どうか自己紹介をさせてくださいな。」


「必要ない。どうせすぐ忘れる。」


「うふふ。そう(おっしゃ)らず。」


 聞いてもいないのにベラベラと。

 彰良は溜息を吐き出しながら、自身の頭にある記憶を引っ張り出した。確か組織でのネームは「黒薔薇」だったか。


 能力は見ての通り、荊棘を操る力。それを応用した空間形成能力。まさか荊棘の迷宮に閉じ込められるとは思わなかったが。


 こういう力は知っている。まるで、あいつみたいな。

 能力的には花や植物に該当するのだろうし、似た使い方をするのだろう。


 だったら、気を付けるべきなのは。


「わたくし、『黒真珠』と申します。貴方方は黒薔薇と呼ばれるのかしら?うふふ、どちらでもお好きな方でお呼びくださいな。能力はこの美しい薔薇を操ること。……そして、」


 彰良はそっと自身の霊力で身体を覆う。結界のようなものだ。

 これで相手の霊力に干渉されにくくなる。


(かんば)しい香りで貴方を魅了することですわ。」


 ぶわりと花が舞った。

 しかしそれに動揺することなく、彰良は刀を構えたまま視界が晴れるのを待つ。


 花の香りの幻術や魅了。

 あいつは滅多に使わないけれど、その能力の厄介さはよく分かっている。


 生きとし生けるもの呼吸をしない、なんてことは出来ない。だから香りから逃れるために先に結界を張ったのだ。


 舞い散る花を蹴散らしながら、荊棘が彰良を襲い来る。それを(かわ)し、時には刀でいなしながら牽制(けんせい)すれば、段々と視界の花も地面に落ちて周りがよく見えるようになった。


 黒真珠が残念そうに眉を下げる。


「あら……。」


「……てめーの能力なんて底が知れてんだ。さっさとくたばれ。」


 言うが早いか、彰良は踏み出すと刀を(ひらめ)かせて横に()いだ。

 咄嗟に出された荊棘を無造作に片腕で受け止め、太刀筋は正確に黒真珠の首を()ねる。


「……?」


 おかしい。上級がこんなに簡単にやられる訳がない。


 こんな、なんの抵抗もなく首が落ちるなんて。


 彰良はすぐに体勢を整えると周囲を警戒する。そして背後に感じた気配に振り向くと、刀を振り上げた。


 しかし次の瞬間、その身体は硬直する。


「彰良……?」


 小さな声に彰良は息を呑んだ。

 刀を振り下ろそうとした相手は、怯えたように瞳を見開いて身構えている。


 (ゆる)く波打った黒の長髪と池の睡蓮を写し取ったようなアイスブルーの瞳。まだ表情の(とぼ)しい丸い頬。


 彰良の手から力が抜けていく。


「……(れい)……。」


 まだ三島家にいた頃の幼い玲がそこに居た。


 ーーあり得ない。


 これは罠だ。分かっているのに身体が動かない。


 怯えた瞳で、それでも見上げてくるその顔にどうしても刀が振り下ろせない。

 彰良が唇を噛み締めるのと、右肩に熱にも似た痛みが走るのは同時だった。


「っ、」


 刀が落ちる音がする。視界が回って、平衡感覚が狂っていく。

 立っていられなくなって倒れ込めば、誰かが自分の身体を抱き止めた。


「うふふ。言ってませんでしたね。……わたくしの荊棘には毒がありますの。大丈夫。幸せな夢に包まれてゆっくりとお眠りくださいな。」


 甘い匂いがする。むせかえるような薔薇の香り。脳を直接溶かすような甘い声。


 (いざな)われるように徐々に目蓋が落ちていく。


 ーーっ、くそ……!


 彰良は耐えがたい眠気に抗えずに目を閉じた。



◇◇◇


 息が切れる。肺が痛くて、呼吸が苦しい。


 残夏は足を止めると、笑いそうになる膝に手をついて荒い息を吐き出した。

 隣では残夏以上に肩を上下させているあかりが、同じように息を吐き出している。


 残夏はある程度息を整えて自身の袖で無造作に汗を拭うと、あかりの方に視線を向けた。


「あかり、大丈夫?」


「……ええ。平気よ。」


 そう言いながらもあかりの息は相変わらず荒い。


 普段から訓練で鍛えている残夏とは違い、あかりは術師タイプ。持久力が違うのだろう。それでも平気だと前を向く姿に残夏は何も言えなかった。


 代わりに背後を振り返る。物音は何もしない。きっと彰良がしっかり足止めしてくれている。


 ーーまずは田中さんたちと合流しないと……。


 田中は霊力探知能力が高い。見つけてもらうのを待つか。

 いや、この迷宮の場合、じっとしていても時間を食う可能性が高い。だったら出口を探す方が効率的なのかもしれない。


 彰良はこの荊棘の壁を壊していた。もしかしたら残夏にも出来るかも。

 ならば、まずは出口を見つけることが田中たちと合流するにも最善になるはずだ。


 ーーでもオレじゃこの迷宮を攻略するのは無理だ……。


 霊力探知、もう少し訓練を積んでいれば良かった。


 坂西(さかにし)の時だって、最初の外部演習だって必要だったはずだ。

 ここから出たら清治(きよはる)に師事を(あお)いでみよう。


 だけど今は。


 残夏はぎゅっと拳を握り込むと、(ようや)く落ち着いてきたあかりを振り返った。


「あかり。」


「なに?」


「……君の力を借りたいんだ。」


 黙ってこちらを見つめてくるあかりに、自身が考えた内容を話す。


 残夏が生垣を壊すこと。

 その為にもまず、あかりの人形操術で出口を探してもらうこと。

 負担の比率はあかりの方が高い。だから選択権はあかりにあると。


 あかりは残夏の話を聞き終わると、こくりと頷いた。


「同意するわ。貴方の意見は正しいもの。……ただ、私きっと動けなくなる。」


「分かってる。その時はオレが君を背負うよ。それで一緒に脱出しよう。絶対に置いて行ったりしないから。」


「……でも……重いかも……。」


「?鍛えてるから大丈夫だよ。それにあかり、重そうに見えないし。」


「女の子に重さの話をするのは失礼よ!」


「ええ?」


 あかりからその話題にしたくせに。ちょっと理不尽。でもまあ、残夏には分からない機微(きび)があるのだろう。


 慌てて謝れば、あかりは息を吐き出して自分のポケットから指人形を取り出した。

 どうやら許してくれたらしい。


 そのままわらわらと指人形たちが散っていくのを眺めていると、あかりが座り込んだ。

 残夏を見上げ隣を叩く。座れという事だろう。


「……何か話して。」


「え?」


「いいから。……気が(まぎ)れるの。」


 そんな抽象的な。しかし顔色の悪いあかりに残夏は少し考えてから口を開いた。


 最近見たテレビの話や、14番隊での出来事。訓練のこと。

 なるべく楽しい話を、あかりが笑ってくれるように。


 少しずつあかりの表情が(やわ)らいでくる。それに残夏も目を細めて、安堵の息を吐いた。

 まだ顔色は悪いけど、気は紛れたみたいだ。良かった。


 話が終わり、心地よい沈黙が落ちる。なんだか不思議な気分だ。

 だからだろうか。

 残夏はこの雰囲気に押されるように、そっと口を開いた。


「……ごめんね。」


「何のこと?」


「君たちを巻き込んだこと。……いつも、ごめん。」


 本当は最初に言うべきことだった。だけど、怖くて。責められたらと思うと言えなかった。


 そんな残夏にあかりは暫く黙っていたが、少ししてから残夏の手にそっと自分の手を重ねてきた。


「あかり……?」


「謝る必要はないわ。だって貴方のせいじゃないもの。……悪いのは貴方を狙ってくるハグレモノ。そうでしょう?」


「でも……。」


「でもじゃないわ。……貴方と友達になりたいって思った私の感情を否定しないで。」


 あかりの言葉にはっと息を呑む。

 あかりは残夏の手に手を重ねたままぎゅっと力を入れてきた。


 暖かくて、少しだけ熱い。


「あのね……私、最初は貴方たちの事、()けてたわ。面倒ごとに関わりたくなかった。私の世界を壊されたくなかったの。私の、小さな箱庭。……私も一般からだったから、舐められないように、置いていかれないように、いっぱい努力した。」


 静かに落ちていく言葉。膝を抱えて、いつもより小さく見えた。


「それで沢山友達が出来たつもりだったの。だけど、特別講習で違ったんだって分かった。……あの時、貴方に主導権を取られて悔しかったわ。私の築いてきたものが壊れちゃうって。でもあの時、皆んなでカラーボールで汚れて強敵に立ち向かうのは楽しかった。……いつも、気を遣われてたのに誰もそんなこと気にしてなくて。だから、終わった後も貴方と話してみたくて。」


「……そう、だったんだ。」


 あかりが特別講習の後からよく話しかけてくるようになったのは残夏も分かっていた。

 でも、そんな思いで話しかけてくれていたのか。


 それを知れたからこそ、あかりがさっき言ってくれた言葉が余計に理解できた。

 残夏だってきっと、あかりと同じ立場だったら同じ事を思う。


 だから、言うべきは謝罪じゃない。


「……ありがとう、あかり。」


 心からの言葉を紡げば、あかりが笑う。

 いつもよりも柔らかくて、なんだか可愛らしかった。


 残夏の体温も少しだけ上がったみたいだ。恥ずかしくなって視線を逸らす。


 そんな残夏の視界に、ふと何かが映った。


「……?あれ……。」


 黒い何か。荊棘じゃない。もっとてらてらしていて、ゆったりとした動きで近づいてくる。


 あれは。


 ドクンと残夏の心臓が鳴った。

 あかりもまた気が付いたのだろう、隣で息を呑む音が聞こえる。


 残夏は一度深呼吸をして立ち上がった。


「残夏……。」


「大丈夫。あかりはそのまま探索してて。……あれは、オレが。」


 言葉にしてから背負っていた剣を引き抜く。

 その間にも、黒い影のようなそれは残夏たちに迫ってきていて、形がよく見えた。


 それは、蛇だった。

 二体の黒い蛇。


 大きさは残夏たちの背丈をゆうに超えている。


 ーー元々の討伐対象……!


 本来なら六人で臨むはずだった相手。

 だけど今ここには残夏とあかりしかいない。そして、あかりは今出口を探してくれている。


 ーーオレが、守るんだ。


 あかりがちゃんと出口を探せるように。


 残夏は()を握る手に力を込めると、目の前の蛇にしっかりと剣を構えた。


ここまで読んでいただきありがとうございました。


残夏と彰良、二人とも大ピンチですね。

このあと二人がどう戦ったいくのか、楽しみにしていただけると嬉しいです!


次回更新は8/1土曜日です。

(19:30目安ですが、前後する時はXでお知らせします)


よろしければ感想や評価、リアクションなど頂けると励みになります。

よろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ