白百合の葬列②
痛みで目が覚めた。
礼拝堂の中、榊は浅く息を吐き出す。
あの日、高専襲撃の際に右腕を燃やされてから、どうにも調子が悪い。
何度腕を再生させても、暫くすれば燃えて焼け落ちていく。
ーーあの野郎。どんな呪いだ。
ここまで強力なものを身の内に宿しているなんて、正気の沙汰じゃない。
自身にも相当な負担のはずなのに。
「くそ……!」
爛れた腕を術で切り落とすと、一瞬で灰になった。
こんなものが自分の身体についていたのかと、ぞっとしない。これなら再生を待つ方がずっとマシだ。
榊は溜息を吐き出し、ボロボロになった長椅子に寝そべる。
雨が降っているせいか、飾り窓に嵌め込まれたステンドグラスも暗く、陰鬱な雰囲気だ。
ーー嫌だな……。
雨は好きじゃない。理由は分からないけれど。
ーーまあ、眠りに落ちるには、悪くない音なのかもなぁ……。
榊がぼんやりとした意識の中、目を瞑っていると、ふと草を掻き分ける音が響いた。
「……榊様。」
自身の名前に目を開ける。
榊が霊力で弄った中級のハグレモノの内の一体だ。
そいつは礼拝堂に入るでもなく、声を潜めて話しかけてくる。
男か女かも分からない、不協和音のような低い声。
「組織の連中、上手い具合に迷っております。」
「そうか。……ヒミズから連絡は?」
「ありません。」
「そうか。……下がれ。俺は少し寝る。」
「はい。」
遠ざかっていく足音にもう一度息を吐く。
足止めはしているが、それがいつまで保つのやら。
ーー捨てられたなぁ……。
失敗に終わった、高専襲撃。
ヒミズはあっさりと榊を捨てた。連絡もつかなければ、どこにいるかも分からない。
ただ胸に残っている、弟子を絶望させろという命令だけが榊を縛っている。
ーー名前……。
弟子のことを考えると、どうしても名前が知りたくなる。
あの子の名前は何というのだったか。知りたくなるのはどうしてだろう。
榊には何もないというのに。
いつハグレモノになったのかも、周りの人間の記憶も、抱いていたはずの感情も、全て朧げでしかない。
ただ破壊衝動と、人を傷つけた時の快楽に突き動かされているだけの化物。
ヒミズはいけ好かないが、何の目的もない榊を拾った。だから力を貸したのだ。
ーーそれも終いか……。
自分はこの先どこに行って、何をするんだろう。
人を殺すのは楽しい。絶望した顔を見るのも面白い。
けれど、弟子を見てからどうにも胸が落ち着かなくて苛々する。
しかも夢見すら悪い。それなのに、また見たいと目を瞑ってしまう。
ーー煙草が吸いてぇなぁ……。
そうじゃないと、夢の中に溺れてしまいそうだ。
◇◇◇
「ほら、これやる。」
ぽん、と用意しておいたものを投げて渡せば、子供は危なげなく受け取った。そして首を傾げる。
「……眼鏡?」
「そうだ。認識阻害と、霊力封じをかけてある。これでお前は注目されないし、呪いの影響でバカスカ霊力を消耗しない。身体もちょっとは強くなんだろ。」
子供の瞳が陽光に輝いて見えた。ぱちりぱちりと瞬くたびに光を反射するようだ。
悪くはない反応に少しだけ胸を撫で下ろす。贈り物は気に入ってもらえたらしい。
「……貰ってもいいんですか?」
「ああ。嬉しいか?」
「はい。」
こくりと頷いた子供の表情に、眉が寄る。嬉しいならもっと反応してほしい。
この子はどうもあれだ。
反応は薄いし、衆目を集めることを嫌がる。
過去の経験から、自分が関係することで他人が不幸になるとでも思っているようだが、子供がこれでは面白くない。
ーー仕方ねぇなぁ……。
ちょっと面倒だが、そこから指導だ。
朝の気怠い身体をその場で床に下ろし、子供と目を合わせる。
驚いたのか、子供は目を見張った。
ーーもっと分かりやすい反応をしろよ……。
息を吐き出し、子供の頬を左右に引っ張る。
「……!?!?!?」
「よーし。嬉しいなら笑う!こうだ!」
無理やり笑みの形に引っ張り、手を離せば、頬が赤くなっていた。
くそ、力加減が難しい。
子供は頬を押さえて、首を傾げている。
「ほら、笑え。」
「……どうしてですか?」
「あー、あれだ。無表情だと取っ付きにくいだろ。だから笑う練習をしろ。笑顔ってのはいい。人間、笑っているやつには警戒心を解く。笑ってる方がこの先、有利だぞ。組織で生きていくのならな。」
適当な嘘をでっち上げて捲し立てれば、子供は少し考えてから頷いた。
本当は自分が見たかっただけなので、少しばかりの罪悪感。
しかし素直に笑みを作る子供に、その罪悪感も吹き飛んでいく。
うん。やっぱり顔がいいから笑っていた方が良さそうだ。人形みたいなのは面白みがない。
「あともっと喋れ。言葉はいいぞ。不利な状況でも有利に持っていける。」
「はい。」
「よしよし。あとはーー、」
教えれば教えるだけ吸収していくのが面白い。
笑わせて、喋らせて。
後はいったい何を教えようか。これから先、この子が組織で生きていくために。
手渡した眼鏡は、子供には大きかったようで少しズレている。
これがぴったりになる頃が楽しみだ。
◇◇◇
「こんにちは、東條さん。お困りですか?」
2番隊と9番隊からの連絡が途切れた原因を探っている、慌ただしい時間に合わせたように、今回意図的に外した部下がにこにこと笑いながら司令室に入ってきた。
相変わらずの分厚い眼鏡と軽薄な表情。この忙しい時に見たくもない顔だ。
「何の用だ。」
「いやいや、大変そうなので冷やかしに。ふふ、何があったんですか?もしかして派遣した部隊と連絡が取れなくなったとか?」
「お前……。」
なぜその情報を知っている。極秘中の極秘情報だ。しかも勝手に椅子を持ってきて座っているし。
後ろについて来ていた清治が、申し訳なさそうな顔をしているのが可哀想だと思わないのか。
苛々と睨め付けても、目の前の男は楽しそうに唇の端を歪めるだけだ。
「東條さん。良かったら俺を作戦に入れてくれませんか?お役に立つと思いますよ?」
「……最初に伝えたはずだ。お前は今回の作戦には入れない。」
「どうして?」
「身内の討伐に家族は入れない決まりだ。」
「榊さんは家族じゃないですよ?」
「亜月。」
「俺の家族はもう皆んな死んでますよ?俺が殺しました。」
「亜月!!」
聞くに耐えない言葉遊びに机を叩けば、玲が眉を下げて苦笑を漏らす。
その顔だ。そういう顔をさせたくないから外したのに。
対して玲は、そっと目を細める。
まるで頑是ない子供を嗜めるかのようだ。
「東條さんは優しいですよね。でも言ったでしょう?貴方は大局を見る力はあるのに、目の前に集中しすぎると見逃す。貴方の場合は、情がありすぎるんですよ。もっと非情になってくれないと。」
「……。」
「俺は貴方の道具です。使ってください。」
淡々と紡がれる言葉に歯を食いしばる。
こいつのこういう所が嫌だ。
言っていることも分かる。そうすべきなのも分かる。
だけど、これだけは。
「……許可しない。」
声を絞り出せば、玲の顔から一瞬にして感情が消えた。そのまま立ち上がって東條の側に歩いてくるのに、清治がぎょっと目を剥く。
そんな視線すら無視をして、玲は東條の胸ぐらを掴んだ。
「……っ、亜月、」
「……俺が、」
咎めるような声を出せば、玲はぐっと東條を自分に引きつけて囁くように言葉を続ける。
「俺があんたに力を貸してるのは、あんたに恩を返すためじゃない。……俺の理想を叶えられないなら、あんたの理念には付き合わない。」
はっと息を呑んだ。
慌てて玲の顔を見れば、ふわりと笑みを向けられる。
玲は東條から手を離すと、やれやれと肩を竦めてみせた。
「俺、結構貴方が好きなんです。だから俺の命を貴方に預けたんだ。」
「……亜月。」
「一緒に師匠を倒しましょうよ。ね、東條さん。」
くすりと笑う顔に既視感を覚える。
ああ、そうだ。そうだった。
思い出した。
「お前、またイカサマをしただろう。」
「してません。……見間違いじゃないですか?」
チェスの盤面を見ながら溜息を吐き出す。
いつの間にか東條の白のポーンが黒に変わっていた。どう考えてもイカサマだ。
しかし目の前の弟弟子は、不思議そうに首を傾げるばかりで認めようとしない。こいつ。
「どんどん師匠に似てくる……。」
「まあ、色々教えて貰ってるので。」
ふふ、と笑う顔にもう一度溜息を吐き出した。
生活能力のない師が、子供を拾った時はどうなるかと思ったが、存外仲良くやっているらしい。
何を教えても吸収する、天才だと騒いでいたのが昨日のことのようだ。
東條に言わせれば、要らない方向に成長している気がするのだが。
しかしイカサマは良くない。
どうしたらやめさせられるかと考えていると、玲が急にしゅんと顔を俯けた。
「……?どうした?」
「それが……榊さんに勝てなくて。」
話を聞けば実力でも、イカサマをしてもチェスで榊に勝てないのだとか。
勝てたらアイスを買ってもらえるらしい。そんな小さな報酬に、と思わないでもないが食べ物に興味を示しているのは見過ごし難い。
東條は盤を片付けると立ち上がった。
「……手伝ってやる。」
玲の顔がぱあっと明るくなる。本当に感情表現が上手くなったものだ。
玲は少し大きい椅子から飛び降りると、東條に手を差し出した。
「一緒に師匠を倒しましょう。ね、東條さん。」
確かあの後、二人で挑んで、それでも負けたのだったか。だけどなぜかアイスを買って貰った。玲だけでなく東條にも。
兄弟弟子で力を合わせたんだな、と榊が喜んでいたのを覚えている。
けれど、それから少しして榊はハグレモノの大侵攻で重傷を負い、迎えに行った玲の目の前でハグレモノに飲み込まれた。右腕だけを遺して。
榊が消える少し前、泣いていたのを覚えている。
安い居酒屋のカウンター席で、玲を組織に連れて来たことを後悔していた。
あの子は普通の家で普通の生活をさせてやるべきだった、と。
バカだと思った。今更だ。今更すぎる。
それでも「あの子を頼む」との願いを断りきれなかった。
だから東條は玲を引き取ったのだ。もう二度と傷ついたところを見たくなくて。
ーー矛盾しているな……。
玲の能力を重宝しながら、傷つけたくないなんてバカは東條の方だ。
もう玲は子供じゃない。そして東條もあの時の東條じゃない。14の部隊の上に立つ司令官なのだから。
玲に目を向ける。くすりと笑われて溜息を吐き出した。
どうせこのままでは埒が明かない。
こいつの言葉に従うのは非常に気に障るが、今は猫の手でも借りたいところだ。
「……策はあるのか。」
東條の問いかけに、玲は、ぱあっと顔を明るくすると、黙って見守っていた清治を振り返った。
「はい。複雑な術を使ってるみたいなんで、清治に解析して貰って突破しようかと。」
「え、僕?……あ、いや……はい、隊長。」
「ふふ、後は東條さんの力をお借り出来たら、いける気がするんですよね。」
「2番隊と9番隊の生存確認は?」
「あ、それなんですけど……俺実は秘密回線持っててーー、」
「はあ?」
くすくすと笑う玲に溜息を吐き出し、足を向ける。
色々言いたいことがあるがそれはまた後でいい。とりあえず榊を倒そう。
ただし、ひとつだけ聞きたいことがある。
「……お前、そういうのはどこで覚えてくるんだ。」
ジャックされない通信機とか盗聴器とか。
胡乱な目を向ければ、玲は楽しげに笑った。
「もちろん、悪いことは全部師匠に教わりました。」
◇◇◇
「田中。なにか気付いたことは?」
「ないです!副隊長!ぐるぐる回りましたけど、全然ですね!」
山の中に閉じ込められて一日。
大侵攻も高専襲撃事件で出征組は肩透かしを食らったし、今回もこんな役回りか。
未だ元気の良い部下の声に、彰良は深々と溜息を吐き出した。
田中は霊力探知に優れている。
その田中が何もないと言っているのだから本当に何もないのだろう。
田中自身はこの霊力探知を買われて、当初は7番隊に所属していたようだが、ここまで煩いと隠密には向かない。
7番隊が、2番隊に彼を移籍させたのは英断だ。
「おい、うろちょろすんな。適当に過ごせって言ってんだろうが。どうせ内側からじゃどうにも出来ねーんだからよ。」
「はっはっは!元気じゃの〜!子供は元気が一番じゃ!」
喜一郎の怒声のような低い声と、松陰の老獪な声が響く。
喜一郎の言は分かるが、松陰に至っては子供など。成人もとうに過ぎた彰良にかける言葉だろうか。自然と眉が寄る。
「……組織に連絡は?」
「繋がんねえが……まあ、気にすんな。」
「童がどうにかしてくれるじゃろ。あやつに東條も弱いからな。」
「は?」
童とは玲のことか。なんであいつが出てくる。今回は討伐任務から外されているはずだろう。
どんどん険しくなっているだろう表情に、喜一郎が息を溢し、松陰は面白そうに目を細めた。その視線に居心地が悪くなる。
「いやはや、儂は此奴の方はあまり知らんかったが、面白いのう。」
「お墨付きだがあんま揶揄うな。すぐ機嫌を損ねる。」
「はっはっは!よいよい。若いうちはこうでなくては!」
なんだこいつ。
彰良は溜息を吐き出し、視線を逸らした。
こういう、松陰みたいな人間は苦手だ。こちらに情報を渡さないばかりか、全部見透かしてくる。少し玲に似ていて腹立たしい。
隊長格は皆、こんな風に人をおちょくる奴ばかりなのだろうか。
「おや、嫌われたかのう?」
「忍耐がねぇんだよ。……お、小僧からだな。」
喜一郎が立ち上がる。
通信が回復したのか、それとも別の回線か。まだまだ彰良の知らないことは多いらしい。
ーーだけど……。
きっと、今回も玲がどうにかしようとしているのだろう。あいつは自分で決着を着けたがるから。
彰良は目を閉じた。
玲が手を出したのならこの状況は動く。それまであと少し。
あと10秒。あと3びょーー、
「うわあ!!」
心の中でカウントダウンをしていれば、途中で田中が大声を上げた。
少しズレたことに不貞腐れつつ目を開ける。そこには疲れた顔をした清治と、なぜか前線に着いてきている東條。
そして、台風の目でしかない玲がにっこりと笑ってそこに居た。
「こんにちは、皆さん。ご機嫌いかがですか?」
◇◇◇
「どうやってぶち破った?」
「清治のお陰ですよ。うちの隊員、優秀なので。」
「おお、西廣は凄いのう。」
くすくすと楽しそうに話す隊長たちを眺めながら、彰良は近くの木に寄り掛かる。すぐに見知った顔が近づいてきた。
「清治。」
「彰良!大丈夫だった?」
「おー、特に何もなかった。」
「そっか。良かった。」
緊張を解いてほっと息を吐き出す清治に、彰良も張り詰めていた糸が緩む。
ずっと苛々しっぱなしだったのが落ち着いくのを感じながら、玲に視線を向けて口を開いた。
「それで?なんでお前たちがいるんだよ。」
「それがーー、」
清治の声に耳をすませる。
しかし聞いた内容は呆れるに足るものだった。
そもそも秘密回線ってなんだ。そんなものを上司に黙っていたなんて、下手すれば免職だろう。
東條を半ば脅迫したと聞いた時は、呆れを通り越して笑ってしまった。
そこまでして、この討伐任務に加わりたかったのか。
「玲、多分責任感じてるんだと思うよ。」
「責任ってもな……。」
「僕もそう思うけど……あいつ、巻き込むの嫌いだから。」
それこそ要らない心配だろう。ヒミズも榊も、確かに玲を狙っている部分も大きい。しかしどちらにしろ、組織の敵だ。
高専襲撃事件も、これまでに起きたハグレモノたちの策略も、責任を感じるようなものではない。
「でもまあ、それだけじゃないのかも。」
そっと囁く声に、彰良は玲から視線を外して清治に目を向けた。
清治もまた、東條が加わった隊長の集いを見つめながら話を続ける。
「師匠のこと、他の誰にも殺されたくないんだよ。……僕も、皆んながハグレモノに堕ちたら他の誰にも殺されたくないもの。」
ああ、そういう事か。
責任だなんだと取ってつけたような理由よりも、そっちの方が理解できる。
彰良だって、楽や清治がハグレモノに堕ちたらこの手で殺そうと思うだろうから。
相手が玲だったら、また話は少し変わるかもしれないけれど。
「……バカだな。」
多分、ここにいる全員。いや、少なからず組織にいるものは皆総じて。
こんな仕事を選ぶ時点で全員頭がイカれている。
清治が苦笑する音を聞きながら、彰良はまた玲に目を向けた。
視線に気がついたのか、玲がこちらを振り返って手を振る。
感傷は終わり。ここから先は戦場だ。
彰良はその手に応えるように、ゆっくりと一歩を踏み出した。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
エピソード18-2、完了です。
玲や東條の過去、榊の記憶が溢れていて、書くのが楽しかったです。
ちなみに東條は榊のことを「師匠」、玲は「師匠/榊さん」と呼ぶ違いが気に入っています。
ここから作戦開始ですね。
皆さんにも楽しんでいただけていれば、嬉しいです。
次回更新は7/4土曜日です。
(19:30目安ですが、前後する時はXでお知らせします)
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