理由の在処①
「来週また、外部演習があるからな。各自準備しておくように。」
夏休みも終わり、学生にはつらい月曜日の朝。
武田の言葉に、残夏は目を瞬いた。
外部演習。
低級のハグレモノと対峙する授業。
ハグレモノを、元人間を殺す任務だ。
チャイムの音が、遠く聞こえる。
意識が薄い膜に覆われるように、残夏はそっと思考に沈んだ。
ーー出来るかな……。
前の時のように。
この手で、ハグレモノを斬り伏せられるだろうか。
それとも。
「……。」
目蓋の裏に浮かぶ友人の顔に、残夏は息を吐き出した。
◇◇◇
『あの子、南宮家で処罰されるみたいだよ。詳しいことは分からないけど、もう二度と世間には出て来れないと思う。』
高専襲撃事件から少し経った日、玲から告げられた言葉だ。
あの子、つまりは白石のこと。
酷い事をしたのだから当然だ。
だけど、法ですら届かない場で、残りの人生を過ごすことを望んだわけではないだろう。
そんな相反する思考がせめぎ合う。
ただひとつ、残夏に言えるとするなら、彼と会うことは、もう二度とないのだろう。
白石とは反発しあった。
しかし残夏は白石の事を知らない。
彼は一体、どんな思いでこの世界に入ってきたのだろうか。
才能があると持て囃されながら、彼が求めたものはなんだったのだろう。
その答えはもう一生、分からない。
◇◇◇
「……残夏。今度の演習、大丈夫か?なんなら休んでも良いと思うぞ。」
昼休み。
昼食を食べながら、雄星が眉を下げて口を開いた。
周りも口々に同意を示す。
皆んな、坂西のことで残夏が塞ぎ込んでいたのを慮ってくれているのだろう。
「……ううん。大丈夫。ちゃんと出るよ。」
「そっか。分かった。」
残夏の返事に、雄星はあまり納得していないようだったが、それでも何も言わずに頷いてくれた。
皆んなも、それ以上は追及して来ない。
「わ、私も皆んなと一緒がいいよぅ……!!」
「桃子、この前の子たちに置いて行かれたものね。武田先生に聞いてみましょうか。」
「桃子ちゃん、一緒なの?嬉しいね!」
「凪は何でも嬉しいな……まあ、悪いとは言っていないがな!」
賑やかに話す仲間たちに笑いながら、残夏は頭の端で考える。
雄星の言葉は、残夏自身も考えあぐねていることだ。
残夏はこの先、ハグレモノと戦えるのか。
そもそも、戦わない選択肢など自分には与えられていないのだけれど。
しかし、どうしたら感情を整理出来るのだろう。
残夏の戦う理由は、なんなのだろうか。
◇◇◇
「と、言うわけで調査します!!」
どん、と宣言する残夏に、いつものメンバーは総じて困惑の表情を浮かべた。
いや、凪だけは楽しそうだった、が正しい。
中でも、一際困惑している様子の雄星が口を開く。
「なんだその出口調査みたいな……。てかなんの調査?」
「皆んながなんで隊員になりたいのか、の調査!」
残夏の言葉に全員が眉を寄せるが、残夏も本気だ。
一日悩んでみたけれど、『なぜ戦うのか』とか『モチベーション』とか。
ぐるぐる回って答えが出なかった。
それで悟った。
残夏が一人で悩んでも、大抵良い答えは出ない。
だったら周りを頼ろう。
皆んなの答えを聞いたら、もしかしたら何か浮かぶかもしれない。
「もちろん言いたくなかったら聞かないけど……良かったら教えて欲しいんだ。」
残夏の言葉に、友人たちは顔を見合わせた。
そして、溜息を吐き出す。
「まあ……そういう事ならいいよ。ちと恥ずかしいけどなぁ。」
「特別よ。」
雄星とあかりが肩を竦めてみせるのに、残夏は目を細めた。
申し訳ないけれど、協力してくれるのが嬉しい。
ありがとう、と伝えれば雄星はコホンと咳をして口を開いた。
「とはいえ、俺はそういう家系だからって感じだぞ。流れみたいなもん。」
「あ、そっか。雄星のお父さんって隊長だったんだもんね。」
「うえ!?お、お前なんで知ってんの!!?」
驚愕の表情を浮かべる雄星に、残夏は首を傾げる。
ーーあれ、そういえば言ってなかったっけ。
玲や清治に聞いたのだと説明すれば、雄星が溜息を吐き出した。
あまり言わないで欲しいらしい。
「……南宮家の当主が若かったから、それの代役みたいだったらしいんだよ。でも結構評判良かったらしくてさ。それなのに俺はこんなだからなぁ……。」
「雄星……。」
「ま、でもな。今はちょい頑張ろうって思ってるよ。俺、最初入学した時はすぐに脱落するって思ってたけど……でも、今はお前らと一緒が良いからさ。ハグレモノこえーし、授業むずいけど頑張ろうって。それが理由……うん。やっぱ恥ずかしいな。」
照れたように笑う雄星に、なんだかむず痒いような心地がする。
凪は、比較的素直に気持ちを伝えてくるから慣れている。
しかし、雄星や司に真っ直ぐな思いを伝えられるとこちらも面映いのだ。
どこか気恥ずかしい空気を締めるように、今度はあかりが口を開いた。
「私は……見えない人ばかりの世界が嫌だったから。同じものが見える世界の人と、一緒に過ごしたかっただけ。」
「え?そうなの?」
「立派な戦う理由よ。……私は、私の世界を壊されたくないの。」
なるほど。
そういう理由もあるのかもしれない。
自分の居場所を守る。
戦う理由になるのかと一瞬疑問に思ったが、少しだけ残夏の目指す部分と似ている気がする。
あかりの隣では、桃子が慌てて手を挙げ立ち上がった。
「わ、私は、かっこいい女の子になりたかったんです!あかりちゃんみたいな!!」
「え?」
「な、何やってもダメダメで……なんか霊力も地味で、だからかっこよくなりたいなって!」
「桃子……。」
あかりが嬉しそうに頬を紅潮させる。
桃子と出会って、あかりは表情がよく出るようになった。
でも、そうか。変わるため。
そんな理由もあるのか。
そのまま隣に顔を向ければ、凪とばっちり目が合った。
「次はぼく?」
「あ、でも凪はオレと同じで強制なんじゃ……。」
「ううん。そんな事ないよ。ぼく、選んでここにいるんだ。」
強制ではないのか。
しかし凪も邪視だから制限があるはずなのに。
残夏が首を傾げていると、凪は楽しげに笑った。
「ぼくは、隊員になるか、それともずっと部屋に閉じ込められるか選べたから。」
「あ……。」
あっけらかんと語られる内容は、言葉の軽さと裏腹に内容は重たい。
とはいえ、隊員を選ばなければ軟禁されることを考えると、やはり強制だった気がするのだけれど。
「ううん。部屋でも良かったんだよ。玲ちゃんが毎日会いに来てくれてたから。でも、ぼくは玲ちゃんの役に立ちたくて自分で隊員になりたいって言ったの。」
「隊長のためってこと?」
「違うよ。玲ちゃんがどんなでも良かったの。ぼくが、玲ちゃんと居たくて選んだから。だからぼくのため。」
凪の答えに残夏は首を傾げる。
自分のため。
誰かの役に立ちたいと思うのに、自分のため。
それは本当に?
どうもしっくりこず、残夏は逡巡しながら最後の一人に目を向けた。
司だ。
司は残夏の視線に、一瞬だけ雄星を見つめる。
しかしすぐに視線を戻すと、胸を張った。
「僕は簡単だ!この僕の才能を腐らせるのは勿体無いからな!!」
「あー安心するわ、お前のそれ。」
「司くんは真っ直ぐだね!」
途端に笑い出す仲間たちに囲まれながら、残夏は凪の答えに首を捻っていた。
◇◇◇
「それで僕たちにも聞きにきたの?」
清治は驚いたように目を瞬かせ、隣の楽と顔を見合わせた。
今日の14番隊は清治、残夏、そして遊びに来ていた楽がいる。
凪は柳瀬との稽古中だ。
「うーん……僕の場合、家系がっていうのが大きいかなぁ。それと無茶ばっかりする友人が多いから、っていうのも理由。」
「ボクも家系かな。怪力だと中々一般生活大変だしね〜。あとは放っとくと煮詰まって爆発する友人が多いから、だね。」
くすくすと清治と楽がお互いの答えを聞いて笑い出す。
互いに同期のことを思い浮かべているのだろう。
二人は五大名家の人間だ。
きっと幼い頃から教育されてきたのだと思う。
だというのに、友人がいるから、という理由はなんだか素敵だった。
「それで残夏は?自分の理由は見つかりそ?」
「それが……。」
楽の問いに、残夏はぽつぽつと悩みを口にする。
残夏の理由。
もし自分が戦う理由にするとしたら、あかりや凪の理由が近い気がする。
自分の居場所を守りたい。
誰かの役に立ちたい。
だけど、凪の言葉が引っかかっている。
自分の居場所を守るのは、自分の理由だ。
でも、誰かの役に立ちたい、は自分の理由だろうか。
どうして凪は、『玲の役に立ちたい』が自分のためになるのだろう。
残夏の溜息に、楽と清治はまた顔を見合わせると、互いに頷き合った。
そして頬杖をついた楽が口を開く。
「残夏。先輩からのアドバイス。……他人のための理由は、後悔すると思うよ。」
「え?」
「後悔しないためにも、自分のための理由を探しなね。」
楽は笑って残夏の頭を撫でる。
でも、どうしてだろう。
誰かの役に立ちたい、は立派な理由じゃないのだろうか。
「大事な理由だよ。でも、ボクらの世界じゃ足枷になるかな。」
「足枷、ですか?」
「そう。……例えば、他人を助けるために戦うとするでしょ?そんで、ハグレモノに追い込まれて死にまーすってなったら、その人は満足すると思う?」
満足、しないのか。
自分が誰かを助けた末のことだろう。
でも。
ーー皆んなの為に頑張ったのに、最期一人なのは寂しいかな……。
多分それは寂しくてつらい。
どうして誰も助けてくれないのか、と思ってしまいそうだ。
自分は助けてきたのに、って。
残夏の答えに、楽はこくりと頷く。
「ボクらは人間だからね。どれだけ崇高な目標を持っていても、最期は世の中の理不尽に苦しむ。特にボクたちみたいに、いつ死ぬかも分からない仕事だと。……後悔して、世界を憎んで、他人を恨む。そしてハグレモノに堕ちるんだ。」
楽の言葉に残夏は息を呑んだ。
そうか。
ハグレモノに、なってしまうのだ。
きっと、坂西みたいに。
残夏は坂西が最期、何を思っていたのかは分からない。
もしかしたら、後悔したのだろうか。
ーーいいや、それは考えない。……だってそんな坂西をオレは知らないから。
残夏は浮かんだ考えに頭を振った。
あの日、玲と話して決めた。
坂西を決めつけない。
坂西に罪悪感を抱いて、自分を責めるのはやめたのだ。
楽はそんな残夏に目を細めると、また残夏の頭を撫でた。
「ボクらはね、ハグレモノに堕ちやすいんだよ。環境もそうだし、ハグレモノと関わることが多いと、瘴気で負の感情を抱きやすいから。」
「瘴気?」
「ハグレモノの霊力だよ。腐った霊力みたいな感じ。残夏もハグレモノと相対した時、重い空気みたいなの感じたことあるでしょ?あれ、吸いすぎるとネガティブなこと考えやすくなっちゃうんだよね〜。
ハグレモノ自体が人を憎んでるからね。悪い影響が出んの。……だから、最期に後悔しない理由を決めた方がいい。
なんでも良いんだよ?うち給料いいからさ、美味しいものいっぱい食べるんだーとかね。自分のための理由なら他人を恨む理由にならないでしょ?」
楽がぱちんとウインクする。
そうなのかもしれない。
誰かを理由にするのは、きっと最期つらくなる。
でも、じゃあ凪の理由は良いのだろうか。
凪が玲を恨むとは思えない。
だけど、寂しいと思うんじゃないだろうか。
「凪はね、きっと本当に自分のためなんだと思うよ。」
今度は清治が口を開いた。優しい顔で笑う。
「玲に会って、世界を知って。凪は本当に玲と居たいからここを選んだ。玲と一緒なら嬉しい。玲の役に立てたらもっと嬉しい。玲がそれで笑ってくれたら、良かったなって思える。
それが凪の理由だよ。玲の為じゃなくて、自分が嬉しいからって理由。あの子は自分の感情を大事に出来るようにって育てられてきたから。」
「自分が嬉しいから……。」
「残夏も、自分の感情を大事にね。」
そっと落ちた言葉に残夏は頷いた。
自分の感情を大事にして、自分のための理由にすること。
難しいけれど、ちゃんと考えないと。
この先に残夏が進むために。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
エピソード17開始です。
今回は少し思想回になります。
残夏が色んな人の話を聞いて、自分なりに答えを出すお話です。
良かったら、残夏と一緒に考えながら読んでいただけると嬉しいです。
次回更新は6/13土曜日です。
(19:30目安ですが、前後する時はXでお知らせします)
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