表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
41/48

ハグレモノ④

 ハグレモノは、人間が強い負の感情から生きたまま堕ちた霊的存在。


 最初に聞いた教えだ。

 ちゃんと聞いていた。


 だけど、理解していなかった。

 勘違いしていた。

 どこか自分たちとは違う怪物なのだと思っていた。


 ハグレモノは、人間だったのに。



◇◇◇


 坂西(さかにし)にとって、残夏(ざんか)はヒーローだった。


 自分と同じ、一般からの入学で霊力の事も最初は全く知らなくて。

 毎日学校に来ては眠っているような子。


 最初は坂西も南宮(なんぐう)の教えに従って、残夏を怖がっていた。


 だけど残夏は少しずつ変わって、白石に意見を言って、実技で勝って。

 友達も作って、いつしか皆んなから一目(いちもく)置かれるようになった。


 だから坂西はずっと残夏に憧れていた。


 白石(しらいし)の目があるから積極的には絡めなかったけれど、坂西が挨拶をすれば返してくれるのが嬉しかった。


 外部演習で置いて行かれた坂西を責めないでくれた。


 友達だって言ってくれた。

 お昼を一緒に過ごすようになった。

 夏休みの約束をした。


 嬉しかった。

 嬉しくて、幸せだった。


 ーーなのに……。


 こんな所で、坂西は死ぬ。


 あの男に引き()られ、抵抗したのに、放り投げられて。

 

 腹に刺さったのは剥き出しの鉄骨だった。


 痛くて痛くて、怖くて、寒い。


 何度も叫んだ。

 叫び声の代わりに血が溢れて、声にならなかったけれど。


 どんどん感覚も無くなって、視界が狭くなって。


 坂西は歯の根が合わないほど、震えながら恐怖に耐えていた。


 どうして。

 毎日があんなに幸せで、楽しくて。


 やっと誰かの役に立てるようになったのに。

 皆んなと、肩を並べられるようになったのに。


 ーー小鳥遊(たかなし)くん……。


 思い浮かぶのは坂西のヒーロー。

 唯一優しくしてくれた男の子。


 あの子は無事だろうか。

 坂西のように痛い思いをしていないだろうか。


 彼を助けられたのなら、坂西はそれで良かったと思える。


『本当に?』


 坂西は、はっと息を呑んだ。

 意識の底から声がする。


 消えそうだった坂西の内側で、声はハッキリと響いた。


 坂西は必死に声を振り払おうと顔を振る。


 痛みが酷くて苦しくて。

 だけど声から逃れたかった。


『本当に?』


 再び声が尋ねてくる。


 もちろん、本当だ。


 残夏が助かるのなら。

 坂西を助けてくれた残夏が助かるならそれで良い。


 それでいいはず。


『このまま死んでいいのか?他人のために。』


 なのに。

 

『きっと小鳥遊はすぐにお前を忘れる。お前の犠牲なんて忘れる。』


 そんな訳ない。

 残夏が忘れるわけがない。


 きっと自分のせいだと後悔するだろう。


 それが、

 それは、

 それは、


 嬉しい?


『いいや、忘れるさ。ちっぽけなお前なんて。小鳥遊はすぐに皆んなから慕われるようになる。お前に同情していただけだ。沢山友達が出来れば死んだお前なんてどうでも良くなる。』


 そんなの、それは、嫌だ。


 覚えておいてほしい。

 友達でいたい。


 だって助けたのに。

 命を賭けたのに。


 どうして死んでまで、そんな思いをしなくちゃいけない。


 ずっと(みじ)めだった。

 ずっと苦しかった。


 坂西を理解してくれる人はいなかった。


 残夏にまで置いていかれたくなんかーーない。


『だったらどうする?小鳥遊がお前を忘れないように。どうしたらいい?』


 そんなの決まってる。


 もっともっと、重たい傷になればいい。

 坂西を一生忘れられないくらい。


 引きずって、

 泣いて、

 喚いて、


 もっと、残夏に絶望を。


『良い子だ。』


 黒い(もや)が坂西を包んでいく。


 恐怖はない。


 ただ嬉しくて、

 最低で、

 最悪で、

 

 幸せだった。


 ごめんね、小鳥遊くん。


 ごめんなさい、皆んな。


「……弱くて、ごめんね。」



◇◇◇


「なに、あれ……。」


 呆然と自分の声が落ちる。


 目の前の光景は夢のようで。

 フィルターを通しているようだ。


 どうして、

 ハグレモノが坂西の顔をしているのだろう。


 どうして、

 坂西は残夏に微笑みかけているのだろう。


 どうして、なんで、こんな事に。


 ーーハグレモノに、取り込まれている?


 残夏の時のように。


 だったら、助けられるんじゃないだろうか。

 玲が残夏を助けてくれたみたいに。


 それとも、ハグレモノが坂西の顔を真似(まね)しているのだろうか。


 どちらだとしても、助けに行かないと。


 玲に任せるのではなく、残夏自身で。


 残夏はふらりと立ち上がった。

 そのまま進もうと足を踏み出した所で、残夏の肩を誰かが掴む。玲だった。


「……残夏。どこに行く?」


 残夏は振り向くと、眉を寄せた(れい)を見つめる。こんな表情の玲を見たのは、初めてだ。


「隊長。……坂西を助けに行くんです。だって、あんなハグレモノがいたらきっと、怖くて隠れてるだろうから。」


 そうだ。

 きっとそうに違いない。

 坂西は隠れているんだ。


 だから探さないと。

 坂西が、探してくれたみたいに。


 しかし玲は、残夏の肩を掴んだまま、首を横に振った。


「もう、坂西は手遅れだ。お前は避難場所に行け。」


「どうしてですか?手遅れって……坂西はまだ生きてるのに……。」


 生きている。

 生きているはずだ。

 

 だから、探しに行かないと。


 ざわりと、残夏の胸の辺りを何かが這い上がってくる。


 そうだ、助けよう。

 助けるために力が必要だ。


 だから、力を。


『力が欲しいのか?』


 瞬間、周りの音が遠くなった。


 耳元で聞こえる声。

 あの日、残夏が消えたいと願った日に聞いた声だ。


 しかし、意識が闇に飲まれるよりも先に、玲の冷たい言葉が氷のように落ちる。


「それは許可しない。いいから下がりなさい。」


「嫌です。助けに行かなくちゃ。」


 残夏の胸に黒い手が伸びてくる。


「お前じゃ助けられない。」


「どうしてですか!?だったら力が、力があれば!!」


 手が残夏の炎に触れようとした。


 その瞬間。


 カチャ、と軽い音が響いた。

 目の前で、玲が残夏に向けて銃を構えていた。


「……隊長?」


「それを望むのは許さない。お前の中にある力に逃げるのは決して。それをするなら、今ここで俺がお前を殺す。」


 なんで。

 どうしてそんな事を言うんだ。


 どうして、玲はいつも助けてくれたのに。

 今回はどうして助けてくれないの。


 どうして力を、

 だって、

 力があればもしかしたら坂西をーー、


『力があればーー』


 しかし。


 残夏の炎が黒く染まるよりも前に、玲の手が残夏の手に触れた。

 あの時とは違う。

 冷たくて、それでも包み込むような手だった。


 玲は一度息を吸う。

 そして、小さく言葉を吐き出した。


「坂西は手遅れだ。一度ハグレモノに堕ちたものは救えない。……殺すしかないんだ。」


「どうして……だって、隊長はオレを助けてくれたのに……。」


「あの時とは違う。お前は取り込まれていただけ。……あの子は、自ら堕ちたんだ。」


「……そんな……。」


 残夏の膝が崩れ落ちる。


 そんな訳ない。

 坂西は優しくて、穏やかで、少しだけ内向的で。


 そんな坂西が自分から堕ちるわけがない。

 ハグレモノになるなんて、有り得ない。


 そんな事、絶対に、ない。


 凪が、残夏の背を撫でるように手を当てる。

 いつもなら暖かくて、落ち着く温度が感じられなかった。


 どうして。


 もし、あそこで坂西を優先していたら。

 逃げる事を選ばなかったら。

 そもそも行動を共にしなければ、


 坂西は、今も、


「そ、そうだ!!俺は悪くない!!悪くない!!!」


 突如、大声が響いた。

 残夏は声の方へと、のろのろ顔を向ける。


 悪くない、と叫び続けるのは白石だ。

 頭を抱え込むように、震えながら。


 こいつ。

 そうだ、こいつだ。

 こいつさえ居なければ、坂西は。


 残夏の頭に抑えきれない怒りが湧き上がってくる。


 どうしてこんな理不尽な思いをしなければならない。

 どうしてこんな。


 残夏が拳を握る。


 しかし、次の瞬間。白石が吹き飛んだ。


「……お前。」


 冷たい声が響く。

 吹き飛ばされた白石は、左頬を()れさせ、呆然と上を見上げていた。


 白石の視線の先。

 その先に立つのは玲だった。


 いつの間にか大鎌を手に、白石を見下ろしている。


「……お、俺は……。」


「悪くないだと?ふざけるのも大概(たいがい)にしろ。お前の軽率な行動でどうなったのか周りが見えないのか?」


「ち、違う!悪くない!!俺は悪くない!!あの男が、あの男が言ったんだ!上層部が化物を一掃すると。俺はそれを手伝ってたんだ!!」


「上層部?」


「そ、そうだ!!俺は、上層部にーー、ひっ!」


 玲がしゃがみ込んで白石の胸ぐらを掴む。


 顔には何も、なんの感情も浮かんでいなかった。


「お前如きに上層部が声を掛けてくるわけがないだろう。不自然に思わなかったのか?なぜ上司に相談しなかった?


 ……当ててやろうか。お前は自己陶酔(とうすい)のために、自分の都合の良いように物事を解釈して、歪曲(わんきょく)させたんだ。


 周りがバカに見えたか?上司がバカに見えたか?自分の方が上だとでも?」


「あ……あ……。」


「くだらない。お前の身勝手な欲で人が堕ちたんだ。もう二度と輪廻(りんね)にも(かえ)れない。(ちり)になって消えるだけの化物がな。


 ……もう組織に居れると思うな。楽に死ねると思うなよ。」


 白石が震える。

 ぼたぼたと落ちる涙と絶望の表情。


 しかし玲は白石に目をくれることもなく、白石の胸ぐらを離すとこちらに歩いてきた。


 そして残夏たちを通り過ぎ、校舎に向かおうとする。


 残夏は咄嗟(とっさ)に、その足にしがみついた。


「残夏。離しなさい。」


「た、隊長……。お願いです。やめてください。」


 玲はこのまま坂西を殺しに行くのだろう。


 だけど、止めないと。

 

 だって坂西は友達だ。

 やっと友達になれたんだ。


 夏休みの約束だってした。

 皆んなとなら、どこでも良いなんて言ってくれる子なんだ。


 だから。


「殺さないで……殺さないでください。坂西は友達なんです。お願いします……お願いします……どうか、お願いします……。」


 友達なんだ。 

 人間じゃなくなったとしても、友達なんだ。


 涙が溢れて止まらない。

 視界が霞んで苦しくて、それでも玲を止めるために必死にしがみついて。


 しかし玲は残夏を振り解くと、静かに言葉を落とした。


「例え子供だろうが、友達だろうが……仲間でも恋人でも家族だったとしても。ハグレモノに堕ちた人間は全員討伐対象だ。」


 そこで一度、言葉が途切れる。

 見上げた先、玲はただ坂西だった化物を見ていた。


「例外はない。」


 無情(むじょう)に、それだけを吐き捨てて玲は背を向けた。

 残夏はその場でただ(うずくま)るしか出来なかった。


 何も、残夏には何も出来なかった。



◇◇◇


「待て、亜月(あづき)。」


 (なぎ)が崩れ落ちた残夏の側に駆け寄った時、背後から声が聞こえた。


 凪はその声に顔を向ける。

 

 色んなことが起きて、怖くて、もう何がなんだか分からなくて。

 ただ残夏を一人になんて出来なかった。


 顔を向けた先。

 凪には、そこに立っていた(つえ)をついた人の顔が、どうしようもなく疲れて見えた。


「南宮さん。」


 玲が振り返る。

 表情の無さに、凪は胸がぎゅっと掴まれているような気がした。


 震える残夏の背に手を伸ばして、凪も自分の震えを抑えようと努める。


 南宮は一度白石を見て、

 それから雄星(ゆうせい)(つかさ)を見て、

 最後に凪たちに顔を向けて息を吐き出した。


「……これは、どういう事だ。」


「こちらの方が聞きたいですよ。……貴方の部下に、じっくりとね。」


「そういう事ではない。……どうして、こうなったのかと問うている。」


 南宮は、疲労の濃い息を吐き出す。


 深緑の瞳だった。

 その瞳の奥が、様々な感情で渦巻いていた。


「ご自身の教育の賜物(たまもの)では?」


「お前が化物を擁護(ようご)したからだと考えないのか?」


「化物だと……?」


 玲の敬語が崩れる。


 誰も気が付かないだろう玲の、少しだけ歯を食いしばる横顔に凪の心臓がますます痛くなった。


「化物だろう。人に害をなす。」


「……この子達が何かしたのか?貴方に、周りに、何か不幸でももたらしたのか?そこにいる人間の方がよっぽどの事をしでかしているだろう。」


 怒りで震える声。

 滅多に感情を荒げない玲の怒り。


 しかし南宮は、その怒りを真っ向から受けてなお、小さく首を横に振った。


「貴様には分かるものか。」


「何だと?」


「化物に怯える気持ちなど、分かるものか。ハグレモノと戦い、いつかその身も堕ちるかもしれない恐怖など分からんだろうよ。」


 南宮の瞳が揺れる。

 苦しげな表情だった。


「ハグレモノに堕ちることのない貴様にはな。」


 玲は南宮の言葉に唇を歪めると、吐き捨てるように声を荒げた。


「そっくりそのまま返してやるよ。お前たちは分からない。」

 

 玲もまた、南宮へと目を向ける。

 アイスブルーが冷たく透き通っていく。


「絶望の先、堕ちることも出来ない苦しみなんて。」


 玲と南宮が睨み合う。


 それぞれの言葉の重みが、凪を、残夏を、押し潰してしまいそうだ。


 そして。


 先にその緊張を解いたのは、南宮の方だった。


「そうだな……悪かった。」


 ぽつりと言葉を落として玲に近づく。

 そのまま玲の肩を叩くと、南宮は前に進み出た。


「南宮さん?」


「待てと言っただろう。……今回は私の責任だ。私が始末をつける。貴様は司令官に連絡を入れろ。」


 玲は南宮に頷くと一歩後ろへと下がる。

 懐から取り出したスマホが、なんだかあまりにも現実的で不思議だった。


「亜月です、東條(とうじょう)さん。」


「……すまない、坂西。恨みたくば私を恨め。」


 玲の声に被せるように南宮は呟く。


 手元の杖をコツリと地面に打ち付けるれば、格子状の光が展開され、坂西は一瞬で肉片に変わってしまった。

 玲の電話の声だけが、やけに響いた。


「ええ。……全ての討伐、完了致しました。」


 塵が降る。

 坂西だったものが、降り注いで地面に落ち、消えていく。


 見上げた先は、泣きたくなるくらい綺麗な青空だった。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

エピソード14はこれでお終いです。

次回からはエピソード15になります。


次回更新は5/16土曜日です。

(19:30目安ですが、前後する時はXでお知らせします)



よろしければ感想や評価、リアクションなど頂けると励みになります。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ