ハグレモノ②
誰かに揺すられて、残夏は目を覚ました。
目を開けて見えたのは、崩れ落ちた天井と、妙な薄暗さ。
そして残夏を揺すっていた凪の顔だった。
「残夏くん!よかった……!」
「凪……。」
泣きそうな凪の手を取って、残夏は笑ってみせる。
身体は怠いが、どこかを怪我したわけではないらしい。
ゆっくりと起き上がってから周りを見渡せば、瓦礫に囲まれて閉じ込められていた。
「一体、何が……。」
「分かんない。突然、真っ暗になって……それで、気がついたらこんな風になってたの。だけど……。」
凪が言葉を濁す。
震えているのに驚いて手を取れば、凪が息を吐き出した。
「あのね。真っ暗になった時、窓の外にハグレモノがいたんだ。……それも、沢山。」
「そんな……。」
「何が起こってるんだろう。……怖いよ、残夏くん。」
残夏は凪の手を握る力を強めた。
残夏も怖い。
ここは薄暗くて、もしかしたら助けは来ないのかもしれない。
今、周りにハグレモノが蠢いているのかも。
だけど。
「大丈夫だよ、凪。今日は隊長がいるから。……絶対に助けてくれるよ。」
玲は必ず残夏たちを見つけてくれる。
だから、大丈夫。
凪も応えるように残夏の手を、ぎゅっと握ってくれた。
「うん、そうだね。玲ちゃんなら助けに来てくれるよね。……ありがとう、残夏くん。」
凪が笑う。
その笑顔と繋いだ手の温もりが、残夏を安心させてくれた。
◇◇◇
それから、どれくらいの時間が経っただろうか。
脱出しようと画策したが、瓦礫は内側からどうすることは出来なかった。
そもそも変な場所を押して、崩れても怖い。
切り裂きくんも、組織の敷地内だからか反応してくれなかった。
そうして疲れ、凪と二人で肩を寄せ合い、少しうとうとしていた頃。
瓦礫の外を何かが歩いている音が聞こえた。それに咄嗟に息を潜める。
凪も同じように息を潜めて、周りの音に神経を集中させていた。
しかし足音はどんどんこちらに近づいてくる。
心臓がバクバクと跳ねて、口から飛び出そうだ。
そして。
瓦礫のひとつがゆっくりと開かれた。
光が漏れ出してくる。
残夏と凪は縮こまると、その瓦礫の隙間を見つめていた。
その瞬間、
「残夏!凪!良かった、見つけた!!」
「雄星……。」
瓦礫をこじ開けて顔を出したのは雄星だった。
残夏は安堵から、ほっと息を吐き出す。
瓦礫はあまり動かないのか、人ひとり分の隙間だけが開いていた。
そこから雄星が手を伸ばしてくる。
「こっち来い!一人ずつ、ゆっくりな。」
残夏は雄星の言葉に頷いて、まずは凪を雄星に託した。
無事に通り抜けるのを見てから、残夏も通り抜ける。
そこは教室だった。
ぐちゃぐちゃに壊れているけれど、確かに残夏たちの教室だった。
そこには雄星だけでなく、司と坂西も居た。
「皆んな……!」
「残夏、凪。良かった。お前たちだけが見つからなくて……。」
「探してくれたの?」
「坂西が霊力探知が得意でな。お前たちの霊力を探知してくれたんだ。」
司が坂西に目配せする。
坂西はぎこちなく笑ってくれた。
「二人が無事で良かった……。」
「坂西くん……ありがとう。」
緊張が切れ、残夏の足から力が抜ける。
そのまま座り込むと、残夏は息を吐き出した。
「これからどうする?」
雄星の言葉に、残夏は凪と顔を見合わせた。
閉じ込められていた残夏たちは知る由もなかったが、凪の言った通り高専はハグレモノの大群に襲われたらしい。
そして現在、残った隊員たちが必死の討伐と捜索をしているようだ。
雄星はそれを窓の外に見たらしいが、ハグレモノに見つかりそうになって直ぐに逃げたらしい。
ちなみに霊力を使い過ぎて、もう切れてしまったそうだ。
雄星の結界を頼りにする事は出来そうにない。
「ここから逃げるか、それともここで救助を待つか、だな。」
司の声が重く響いた。
逃げるか留まるか。
どちらの選択もリスクが伴う。
逃げるには武器も持っていないし、かといってここに留まるのが助かる道とも思えない。
精々ハグレモノに見つかって食われるのがオチだ。
雄星は迷うように視線を彷徨わせると、そっと口を開いた。
「……俺は、逃げるのが良いと思う。ここ、壊れそうだし。」
「え?で、でも、危ないよ……!」
「僕も坂西と同意見だ。下手に動き回るのは危険だ。……凪はどう思う?」
「……ぼく、早く玲ちゃんに会いたい。きっと心配しているから。」
四人の意見が出揃う。
どの意見も真っ当で、だからこそ分かれてしまった。
そして残夏は。
全員の視線を受けながらそっと息を吐き出す。
考えろ。
ここで間違うわけにはいかない。
「……オレも、逃げる方がいいと思う。瓦礫に埋もれたらそれこそ見つけてもらえなくなるし、少しずつ隠れながら進めば見つかる確率も低くなるから。」
「……決まりだな。」
残夏の意見に、司が頷く。
逃げる。
それが残夏たちの選んだ答えだった。
そしてこの瞬間、運命が決まったのだ。
◇◇◇
「足元気をつけろよ。ゆっくりな。」
瓦礫片で足場の悪い道を、ゆっくりと四人で移動する。
先頭は雄星、その次に凪、司、坂西と続いて最後が残夏だ。
雄星と凪は順調に足を進めているし、司も坂西も慎重だが、確実に前に進んでいる。
残夏は最後尾で背後を警戒しながら歩いていた。
「あかりと麻生さんは?」
「あ、えっと、もう外にいるよ。霊力を感じられるから無事だと思う……。」
「そんな事まで分かるの?すごいね、坂西くん。」
ひそひそと声を潜めながら話をする。
何か話していた方が気が紛れた。
坂西の霊力探知にも助けられた。ハグレモノがいる事も分かるから、確実に前に進める。
「そんなに正確なんだ。どうして外部演習の時、先にハグレモノを見つけなかった?」
「あ……あれは、本当にすごく気配が薄くて……。なんとなく違和感はあったんだけど、間違えると白石くん怖いから……。」
司の質問に坂西が顔を俯けた。
白石の常套手段だ。
自分以外のものを虐げて悦に浸る。相変わらず嫌なやつ。
ーーそういえば白石、何をしてたんだろう……。
まさかこの騒ぎを引き起こしたとは思わない。
しかし、あいつが何かを掘り出したと同時にハグレモノが現れたように見えた。
何か関係があるんだろうか。
そもそも、どうして高専にハグレモノが現れたのだろう。今までこんな事なかったはずなのに。
そんな疑問に、雄星が低く声を落とした。
「……高専の結界を誰かが壊したんだ。」
「結界?」
「ああ。高専にも組織にも結界の依代があって、それを守るのが8番隊の役目なんだ。外側から壊すのはほとんど不可能に近いって、南宮さんが言ってた。
だから、内側から誰かが壊したんだと思う……。それで、大侵攻のハグレモノが……多分何かの術でこっちに来たんだ。
じゃないと、あんな大量のハグレモノ……あり得ない。」
「それって……。」
残夏は少しの迷いの後、白石のことを話した。
それに全員が沈黙する。
まさかとは思う。
残夏たちを毛嫌いしているとはいえ、そんな事のために皆んなを巻き込むなんて。
「……白石もあれで8番隊だ。誇りはあると思う。ハグレモノと手を組むなんて無いと思うけどな……。でも、それは報告しないとな。」
「ああ、その通りだ。無事に皆んなでここを抜けるぞ。そして白石をとっちめてやろう!」
雄星と司の言葉に、残夏はしっかりと頷いた。
まずはここを出ること。
白石の件はその後できっちり白黒つけてやる。
暫くすると、薄暗かった周りが少しずつ明るくなっていった。
瓦礫片も目立たなくなり、道も広くなる。ハグレモノの気配もない。
そして。
「あ、出口だ!」
凪の明るく弾んだ声が響いた。
移動中、殆ど口を開かなかった凪の明るい声に、残夏はほっと胸を撫で下ろす。
恐怖が溶けて消えていくようだ。
それでも最後まで慎重に。
走ることなく、残夏たちは出口までそろそろと進んだ。
それは瓦礫の間に出来た、大きな隙間だった。外からは眩しい光が漏れ、人の話し声が聞こえる。
良かった。
無事に戻って来れた。
「一人ずつだな。」
「うん。さっきの順番通り、オレは最後でいいよ。」
「分かった。気、抜くなよ。」
雄星が大きい身体を縮めながら、隙間を通り抜ける。
続いて凪と司が。
そして、坂西が通り抜けようとしていた時だった。
「おいおい……。なかなかしっかりしてんなぁ……。」
聞き慣れない声に、残夏はハッと息を呑む。
考えるよりも先に振り向けば、そこには男が一人立っていた。
白髪混じりの髪に、軽薄そうな笑み。
どこかで見たような分厚いガラス眼鏡と、ひらひらと揺れる、本来なら腕があるはずの左袖。
男は、へらりと笑い、靴音を響かせながら残夏に近づいてくる。
「ちゃんと教育されてんだなぁ。な、お前のとこの隊長の名前はなんて言うんだっけ?忘れちまったんだよ。おじさん、歳でさ。……教えてくんねぇかな。」
普通だった。
何かを感じるわけでも、恐怖があるわけでもない。
どこか飄々とした風情は親しみすら感じさせる。
それが何よりも恐ろしかった。
なぜ急に、こんな所に、こんな男が現れたのだろう。
組織の人間じゃない。
だって、組織の人間なら玲の名前を知らないわけがない。
「……誰、ですか……?」
震える声で言葉を紡ぐ。
どうしてか、時間が止まったように感じた。あの男以外、全てが止まっているような。
残夏に反し、男は楽しげに笑う。
そして近づいてくると、残夏の頭を撫でた。
「偉いなぁ。警戒心があるのに丁寧で。皆んなそうなのか?こちとら霊力のある子供を捕まえてこいって言われてんのに……一人も捕まらねーんだもんよ。」
「え……?」
「ああ、こっちの話だ。それより、坊主。おじさんと一緒に来て欲しいんだ。お前か邪視の子連れて来いって言われててさ。でも、あっちの邪視の子は大変そうだからなぁ。」
なんで。
なんで、凪の事まで。
霊力のある子供を捕まえるってなんだ。
なんなんだ、こいつは。
震える残夏に男は何も言わず、胸ポケットを漁り始める。
しかし、暫くして溜息を吐き出した。
「ああ……煙草忘れちまった……。帰りに買うしかねぇか。坊主もなんかお菓子でも買ってやろうな。」
まるで親戚の叔父さんのように、男が笑う。
親しげで、だけど少し侮蔑も含んで。
この顔を残夏は知っている。
玲がよく、知らない誰かと相対するときに浮かべる笑顔だ。
ーーなんで……。
男が残夏の腕を掴む。振り解ける力なのに、なぜか振り解けない。
ただ焦燥感が募って、声すら出せなかった。
そして。
残夏はそのまま男に引き摺られそうになってーー、
「危ない!!小鳥遊くん!!」
衝撃に吹き飛ばされた。
尻餅をついた途端、周りの時間が戻ってくる。
瓦礫の外で雄星たちが残夏を呼ぶ声が聞こえる。
心臓の音がする。
そして何より、残夏の前には坂西がいて、残夏の名前を呼んでいた。
「小鳥遊くん!逃げるんだ!!僕が結界を展開しているから先に!」
「坂西くん……。」
「早く!!」
坂西声に急かされるように、残夏は慌てて立ち上がった。
坂西が残夏を突き飛ばして、男の腕から助けてくれたらしい。
しかも結界まで展開してくれている。
狙いが残夏と凪なら、早く抜け出さないと。
残夏は急いで隙間から飛び出すと、すぐに後ろを振り返った。
「坂西くん!!」
大声で名前を呼べば、坂西がこちらにジリジリと後退してくる。
隙間まで来ると、坂西は結界ごと男を思いっきり突き飛ばした。
男は予想していなかったようで、素直に吹き飛ばされている。
その隙を縫って、坂西は瓦礫の隙間から外に抜けた。
いや、抜けようとしていた。
「……はあ、まあ、お前でもいいや。」
そんな言葉が瓦礫越しに聞こえる。
坂西の顔が驚愕に染まり、腕がこちらに伸ばされた。
残夏はその腕を掴もうとする。
しかし。
「坂西!!!」
それは一瞬遅かった。
坂西の絶叫と残夏の大声が重なる。
坂西は引きずり込まれるように、奥へと消えていった。
残夏の目の前で、隙間はあっさり崩れ落ちた。
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次回更新は5/9土曜日です。
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