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ハグレモノ①

残夏(ざんか)

 君はこの先、三度(みたび)、困難に当たるだろう。


 ……だけど、幸せを感じるのなら。決して歩みを止めない事だ。

 君の選択は多くを巻き込む。

 それでも、決して。


 その先を信じて進みなさい。』


 どうして、この言葉を忘れていたのだろう。

 いや、忘れてはいない。

 ただ毎日が穏やかで幸せで。


 この言葉は、胸の奥に仕舞われてしまった。


 もし覚えていたら。

 もし警戒していたら。


 もしかしたら、何か変わったのだろうか。



◇◇◇


「ハグレモノの大侵攻(だいしんこう)?」


「うん。一週間前後で起こるかもしれないって、久遠(くおん)様が。それを裏付ける情報も7番隊……情報・隠密部隊が見つけてて。それで(しばら)く忙しくなりそうなんだ。宿題、見てあげられなくてごめんね。」


 清治(きよはる)が眉を下げる。

 残夏は慌てて首を振ると、駆けていく清治の背を見送った。



 最近、大人たちが常にも増して忙しそうだ。

 彰良(あきら)との鍛錬(たんれん)も殆どが自主練で、暫く会えていない。


 それもこれも全部、『大侵攻』のせいだ。


 大侵攻とは、ハグレモノが集団で人間を襲う現象らしい。

 迎え撃つために、組織が全力で動いているのだとか。


 ーー隊長も忙しそうだったな……。


 出張にも行かず、組織内を奔走(ほんそう)している(れい)

 朝も夜も関係なく会議や資料の確認に追われ、いつ寝ているのかも分からない。


 そのどれもが、残夏の不安を(あお)る。


 ーー大丈夫かな……。


 誰が戦場に行くのだろう。

 誰かが傷付いたらどうしよう。


 そんな事ばかりを考えて、毎晩眠るのが怖いくらいだ。



 しかし、そんな残夏の不安を消し去ったのもまた、玲だった。


「14番隊は今回行かないよ。」


「え?」


「2番隊を筆頭(ひっとう)に3番隊、4番隊、5番隊、7番隊、9番隊がメインだから、14番隊はお留守番。組織を空けるわけにはいかないからね。」


「に、2番隊と4番隊って……!」


「彰良と(らく)?大丈夫だよ。実力は確かだし、引き際も(わきま)えてる。万にひとつも間違いはない。」


 玲の言葉に残夏はホッと胸を撫で下ろす。

 玲がそう言うのなら、あの二人は大丈夫なのだろう。


 安堵と同時に好奇心が湧いてきた。

 残夏はコーヒーを片手に、短い休息を取る玲に、恐る恐る尋ねてみる。


「あの……3番隊って……。」


「ああ、補給・兵站(へいとん)部隊だよ。戦闘中は武器とか弾薬とか不足するから、補給してくれるんだ。物資にはもちろん食べ物や水なんかも含まれるよ。」


「へえ……。」


 そんな部隊もあるのか。

 まるで戦争でもするみたいだ。


 残夏は礼を言うと、休憩室から退室した。

 これ以上、玲の休憩時間を減らすわけにはいかないからだ。


 しかし。


「……大侵攻ね……。」


 退室する寸前、玲が呟いた言葉が、なぜだか耳に残った。



◇◇◇


「おー、うちのとこも忙しそうだぜ。でもまあ、今回はメインじゃねーからなぁ。」


「私たちのところもよ。そういえば、(つかさ)は5番隊でしょう?大丈夫なの?」


「僕も付き添わないからな。……椿(つばき)さんは出ると仰っていたが、まあ、あの人なら大丈夫だろう。」


「ひええ、怖そうだよぅ……。」


「み、皆んな、何もないと良いけど……。」


 昼休みのランチタイム。

 いつもの校舎裏は賑やかになっていた。


 いつも通りの残夏、(なぎ)雄星(ゆうせい)、司にあかり。

 そして新しく加わった桃子(ももこ)坂西(さかにし)


 計七人で囲む弁当は、普段よりも美味しく感じる。


「そうだね、心配だね。でも、皆んなで落ち込んでたら寂しくなっちゃうよ。」


蓮池(はすいけ)くん……。」


 凪がにこにこと坂西の背中を軽く叩く。


 坂西は少しばかりネガティブ思考らしい。残夏も他人の事を言えないのだけれど。


「そーだな!なんか楽しい話しようぜ。夏休みのこととか!」


「少し早くないかしら?それより私、残夏と凪にお願いがあるんだけど……。」


 雄星の話を切って、あかりがこちらに顔を向ける。

 呼ばれた名前がなんだか新鮮だ。

 外部演習以降、あかりも残夏を名前で呼んでくれるようになった。


 あかりの言葉に残夏が首を傾げると、あかりは残夏の(かばん)についているマスコットを指差した。


「『切り裂きくん』?」


「『切り裂きくん』っていうの?可愛い。それ、よく見てみたいの。」


「いいよ。でも危ないから慎重に扱ってね。」


「危ないの?」


「うーん……多分組織の中だから大丈夫だと思う。」


 玲から教えられた通り、切り裂きくんは組織の外で落とせば残夏たちの首を狙ってくるだろう。

 カマキリ型のハグレモノの時のように、実体を(ともな)って。


 それが恐ろしくて、残夏は常に鞄を持ち歩くようにしている。

 大丈夫だとは思うが、用心に越した事はない。


 残夏が手渡せば、あかりと桃子が嬉しそうに切り裂きくんを(いじ)りだした。


 残夏は愛着があるから可愛く見えるけれど、あれを見て女の子も喜ぶのか。死神なのに。


「ぶ、物騒な名前だね……。」


「隊長のお手製なんだ。名前も隊長が。」


「あの人器用なもんだなぁ……。」


 坂西が怯えるのに、雄星が溜息を吐き出す。


 残夏はその様子に苦笑しながら、(きた)る夏休みに思いを()せた。

 去年は殆ど外出できなかったけれど、今年は切り裂きくんもあるし、自由に動けるだろう。


 皆んなで遊びに行くのは、きっと楽しいはずだ。


「アトラクションあるとこ行きてーよなぁ。」


「プールも捨てがたいな。」


「楽しそうだね〜!晃平(こうへい)くんはどこに行きたい?」


 凪の問いかけに、坂西が驚いたように身体を跳ねさせる。

 自分に聞かれるとは思っていなかったのだろう。

 本当に、少し前までの残夏みたいだ。


 それなら凪の優しさは、きっと心に響くはず。


「ぼ、僕?えっと、僕も着いていっていいの?」


「?うん!皆んなで行ったら楽しいよ!」


 屈託(くったく)なく笑いかけられて、坂西は驚いたように目を瞬かせた。

 しかしその表情もじわじわと溶けていく。


「僕、皆んなで行けるならどこでもいいよ。きっと楽しいから。」


「そっか!えへへ、ぼくと同じだね!」


 嬉しそうに、坂西がくしゃりと笑みをこぼす。

 残夏も釣られて、笑みを浮かべた。



 太陽が明るく残夏たちを照らす。

 暖かい空気が心地よくて、どこか眠気を誘うようだ。


 ただ少しだけ、風が強くて雲が早かった。



◇◇◇


「玲、いるか?」


 大侵攻の地へと向かう前日の晩。

 14番隊を訪ねてきたのは彰良だった。


 残夏がどうにも落ち着かない心地に、14番隊で宿題をしていた時分(じぶん)だった。


「彰良。どうしたの?」


「お前のとこの資料でちょっと分からないとこがあって……お前、ちゃんと休んでるか?」


「まあまあかな。お前も似たようなもんでしょ。……ん、どこ?」


「これ。ここの注意事項。」


「ああ、これね。」


 玲が彰良の手にした書類を覗き込む。

 自然なやり取りにも関わらず、残夏は居た(たま)れなさを感じて、視線をさまよわせていた。


 なんだろう。

 この二人が一緒にいると、そわそわする。


 やっぱり凪も連れてくれば良かった。

 今ここには、残夏と二人以外誰もいないのだから。


 玲が彰良に説明する、涼しげな声を聞きながら、残夏は小さく息を吐き出した。


 明日には、彰良も行ってしまう。

 玲の言うことは信じているけれど、目の前にするとやはり心配が勝つ。


「ん、分かった。悪いな。」


「いいよ。大した事じゃないしね。」


 玲の説明が終わり、彰良が(ふところ)に書類をしまう。

 そのまま行ってしまうのかと思えば、彰良はポケットから缶を取り出して玲の机に置いた。


「ココア?」


「礼だ。……守りはお前が(かなめ)なんだからな。休める時に休んどけよ。」


 彰良言葉に玲は少し驚いたように口を開け、そして目の前のココアの缶に手を伸ばす。

 そっと溢れた笑みは、普段よりも柔らかい。


「うん。」


 ひとつの頷きだけだった。

 それでも彰良は満足そうに笑って、今度はこちらへと近づいてくる。


 そして残夏の頭に手を置くと、ポケットから取り出した(あめ)を机に置いてくれた。


「お前も早く寝ろよ。」


 それだけを言って、彰良が執務室から出ていく。

 悪戯(いたずら)っぽい笑顔は、いつもの彰良から想像も付かないほど優しかった。


 残夏はその表情に衝動的に立ち上がり、彰良の後を追った。

 

 少しだけ話しがしたかった。


「あ、彰良さん!」


 呼び止めれば、少し先を歩いていた彰良が振り返る。

 先程と変わり、いつもの仏頂面だ。

 しかし残夏を待つ姿勢は、穏やかで。


 残夏は近づくと、彰良を見上げた。


「あの、お、お気をつけて……!」


 出てきた言葉は月並(つきな)みで、いま伝えるような事ではなかった。

 忙しい中呼び止めてしまったのに。


 残夏は慌てて他に語る事はないかと、懸命(けんめい)に言葉を探す。


 必ず帰ってきてください?

 怪我をしないでください?


 しかし、どれもが伝えたいことと違う。


 どうしようと焦る中、彰良がふと笑った。

 そして残夏の頭をくしゃくしゃにする。


「……玲のこと、頼むな。」


 ひと言だけを落として、彰良は歩いていってしまった。

 その背を見つめながら残夏は頷く。


「……はい。」


 それだけで十分だと思ったから。



 彰良からの飴はチョコレート味で、甘くて。

 残夏は久しぶりにゆっくり眠れた。



◇◇◇


 組織が大侵攻へと、各部隊を配置してから二日後。


 予知夢通り、ハグレモノが大量に押し寄せてきているらしい。


 ただし、司令官である東條(とうじょう)を筆頭として、各部隊の働きにより、大きな損害もなく対処できているようだ。


「……平和だなぁ。」


 授業の合間の休み時間。

 残夏の机に遊びに来ていた雄星が、窓の外を見ながら呟く。


 空は青く、少しずつ濃くなって、もう少しで夏が来そうだ。

 こんな青空の下で、今も彰良や楽は戦っているのだろうか。


 残夏は憂鬱(ゆううつ)な気持ちになりながら窓の外を眺めた。

 早く大侵攻が終わって、日常に戻れば良いのに。


 そんな事を考えている時だった。


 残夏の目の端に、何かが映る。

 奇妙な動きのそれに、残夏が何気なく視線を向けると、校舎の隅の方に白石(しらいし)がいた。


 授業合間に、なんで外になんか。


 残夏は首を傾げながら白石を観察する。

 白石は隅の方にしゃがみ込んで、何かを掘り出しているようだった。


 そして何かが掘り出された瞬間。


「え?」


 パリン、と壊れた音がして、目の前が暗闇に染まった。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

エピソード14開幕です。


これより物語は転換点を迎えます。

そのため短編はしばらくお休みし、

エピソード14、15が終わるまでは、

本編を週二回更新でお届けしようと思っています。


終わるまでは、後書きも簡潔にいたします。


次回更新は5/6水曜日です。

(19:30目安ですが、前後する時はXでお知らせします)



よろしければ感想や評価、リアクションなど頂けると励みになります。

よろしくお願いします。


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