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炎④

 残夏(ざんか)たちがハグレモノを討伐した後、駆けつけた教師は、白石(しらいし)が呼んだようだった。


 ハグレモノが急に巨大化し、驚いて咄嗟(とっさ)に結界を張ってしまったのだと。チームメイトが足りなかったから、教師を呼びに行った、と。


 白石の言葉が嘘か本当かは、その場に居なかった残夏たちでは判別できない。

ただ、限りなく嘘に近いのであろうことは察してしまった。とはいえ、立証(りっしょう)も出来ない。


 残夏たちは互いに顔を見合わせ、口を閉ざした。


 ただし、矢を射られたことは報告した。

それもまた、ハグレモノを狙って手元が逸れただけだ、と言われてしまったけれど。


 疲れていた残夏には、もうどうでも良かった。



 全身、満身創痍(まんしんそうい)で。

緊張が切れて、半分眠りながら戻った残夏たちを待っていたのは、各仮配属先の隊長だった。


 予定の時間をだいぶ過ぎていたらしく、心配を掛けたようだ。


「隊長……!」

 

 誰が叫んだのか、その声に全員が疲れも忘れて駆け出した。


 怖くて、だけど達成感もあって。視界が霞む。


「残夏、(なぎ)。」


 待っていてくれた(れい)に抱き付いたのは、初めてのことだった。


 

 視界の端で、他の皆んなもそれぞれの隊長へと駆けていく。


 南宮(なんぐう)は、決してこちらを見ることなく、それでも無事で良かったと雄星(ゆうせい)たちに笑いかけるのが、どこか不思議だった。


 初めて見た、12番隊の氷室(ひむろ)は人形のような美しい顔立ちで、少しだけ圧倒されてしまった。


 (つかさ)の肩を叩いて、柔和(にゅうわ)に笑う白髪混じりの男性は、5番隊隊長の神谷(かみや)というらしかった。


 全員が無事だったことに、大人たちは騒めき、次の日には残夏たちはクラスメイトに羨望(せんぼう)の眼差しを向けられるまでになった。


 しかし、残夏には14番隊の皆んなや、彰良(あきら)が褒めてくれることが嬉しく、何より玲の『よく頑張ったね』の言葉がご褒美だった。


 それから。



「助けてくれてありがとう、小鳥遊(たかなし)くん。」


 演習から二日後。


 14番隊の執務室を訪ねてきたのは、坂西(さかにし)だった。

クラスでは白石の目があるからと、わざわざ来てくれたのだ。


「ううん。坂西くんが助けてくれたから。皆んな、坂西くんのおかげで無事だったんだ。」


 休憩室で、柳瀬(やなせ)が淹れてくれたお茶を飲みながら坂西と向き合う。


 自信がなさそうな坂西だが、あの時彼が壁を展開してくれなかったら、皆んな死んでいたかもしれない。


 むしろ、お礼を言うべきは残夏の方だ。


「……咄嗟の事だったから。それに、僕だけじゃどうにも出来なかったし……。僕の霊力、見たでしょ?結界が主な8番隊で、僕は壁しか作れないんだ。それに比べて君はすごいよ。」


 そんな訳はないのに。


 壁と言いながら、坂西の霊力は何重(なんじゅう)にも張り巡らされて、攻撃を防いでくれたのだ。

残夏に劣るわけがない。


 残夏は(うつむ)いている坂西の手を取った。

 暖かい手だった。


「そんな事ないよ。助かったのは君のおかげだし、ハグレモノは皆んなで倒したんだ。全員無事に帰って来れたんだよ。だから、俯かないで。……ありがとう、坂西くん。」


「小鳥遊くん……。」


 ぎゅっと手を握り合う。

 坂西の顔にようやく笑顔が浮かんだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夜半も過ぎた頃。


 繁華街の路地裏で、白石の大声は賑わう喧騒(けんそう)の中に溶けていく。


「これは一体どういうことだ!!」


 (いきどお)りのままに肩で息を吐き出せば、目の前の男は、相変わらず器用に片手でライターを(もてあそ)んで笑った。


「なーにが『どういうこと』なんだ?坊ちゃんが望んだ事だろう。……ああ、やべえ。また煙草(たばこ)を忘れちまった。」


「望んだだと!?」


 あんな事、望むわけがない。


 白石はキツく自分の腕をもう片方の手で掴む。あんな、(みじ)めな事。


 ーーどうして、あんな事に……!


 南宮の、疲れた溜息。


 言葉にしなくとも分かる。あれは失望だ。

代わりに雄星や坂西に向けた、よくやったという言葉。


 どうして。どうして、あれが白石にもたらされない。


 ぐっ、と握り込んだ手は爪が食い込んで痛みすら遠かった。


 無様(ぶざま)に歪んだハグレモノ。慌てふためく様を見て、白石が倒すはずだったのに。


 ーー許さない。


 化物を一掃(いっそう)して全員から賛辞(さんじ)を得られるはずだった。


 それを雄星と司が邪魔し、坂西まで裏切って。

あんな化物の肩を持つなんて。


 怒りで目の前が歪む。


 いや、もはや憎い。雄星が、司が、坂西が、化物である残夏が。


 衝動的に全てを壊したい感覚を抑えていると、白石を見つめていた(さかき)が飄々と肩を竦めた。


「まあまあ、落ち着けよ。折角、俺の力を貸してやったのに。」


「お前の力……だと?」


 なんだそれは。


 (いぶか)しむような視線を向ければ、榊が楽しげに口端(くちはし)を上げた。


 そうさ、坊ちゃん。と、歌うように言葉を(つむ)ぐ。


「俺の能力は、任意の対象の能力を増強すること。……もちろん有機物、無機物は問わない。あのハグレモノも、強くなってたろ?」


 そっと潜められた声に、白石は眉を寄せる。


 白石が鳥のハグレモノを射た矢は、榊から貰ったものだ。それが、あんな風に歪んだ化物を生むなんて。ぞっとする。


「……(おぞ)ましいやつめ。」


 白石は榊に軽蔑(けいべつ)の眼差しを向ける。


 しかし榊は何を勘違いしたのか、嬉しそうに笑みを浮かべた。


「お前が望めば、更なる力も手に入るぜ?」


「は、そんなものいるか!俺はそんなものなくても、十分渡り合える!」


 そう。

 そうだ。

 白石が目指しているのは、隊長でも南宮家でもない。


 更にその先。上層部への道だ。


「……いい顔だ、坊ちゃん。そうこなくっちゃな。」


 榊が笑う。


 いつの間にか、白石も笑っていた。


「大丈夫。お前の働きは、俺がちゃんと報告してやる。」


「嘘じゃないだろうな?」


「当たり前だろ。俺は嘘が嫌いなんだ。大丈夫。」


 くすくすと笑い声が、耳から溶け出して脳に刻まれていく。


 その声は、白石に未来を見せた。輝かしい栄華(えいが)の道を。


「良い子だ。じゃあ、次のお願いだ。」


 白石はうっそりと笑うと、榊の言葉を受け入れた。



 白石が去った後の、繁華街の路地裏。


 光の届かない場で、榊は胸ポケットを(あさ)る。しかし、お目当てのものは見つからない。


「煙草はどこに行ったんかねー。」


 ずっと探しているのに、煙草が見つからない。


 もうそれも、随分と経つけれど。


「いつも忘れちまうんだよなぁ……。」


 口寂しいのに、困ったものだ。


 溜息を吐き出して、オイルが入っているかも怪しいライターを弄ぶ。

見上げた空は、都会の喧騒(けんそう)に掻き消えてよく見えない。


 しかし。


(のぞ)きはいけねーなぁ……。」


 視線を感じ、榊は空から地面へと目線を落とした。


 そこに咲く、可憐(かれん)な野花。榊の顔に笑みが浮かぶ。


 ーーああ、最高だ。


 足を高く上げて踏みつければ、花は音すら立てる事なく潰れた。


それに、喉の奥から笑いが込み上げる。こんなことをやる人物を、榊は一人だけ知っていた。


 ーー覗きなんてわくわくする事、どこで覚えたのやら。


 優秀な弟子は、随分と榊好みに育ったらしい。


 ケラケラと笑って、(わら)って、ーー榊はこてんと首を傾げた。


「……弟子、名前なんだっけなぁ……。」


 確か、あ?いや、れ?いや、違うか。


 綺麗で弱い弟子。榊がほんの少しだけ、共に過ごした子供。


 ーーまあ、いいか。


 どうせすぐに全部壊れる。


 榊はもう一度笑うと、ふらふらと繁華街へと足を踏み出した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 月光が差し込む、司令部の窓辺で、ぼんやりと月を見上げていた玲が声を上げた。


「あ。」


 驚いたように首を傾げるのに、東條(とうじょう)は眉を寄せる。

また何か、要らないことをしでかしているらしい。


「どうした?」


 訝しんで聞けば、玲は困ったと眉を下げて笑った。


「花、壊されちゃいました。なかなかやりますね。」


 ふふ、と軽く笑って玲が近づいてくる。


 深夜の執務室で、それは酷く軽薄(けいはく)に聞こえた。


「お前また……。」


「いえいえ、今回は(まと)(しぼ)ってますよ。ターゲットに種子を忍ばせてただけなので。」


 あっけらかんと笑う顔に東條は溜息を吐き出す。


 それがどれだけ卓越(たくえつ)された技術なのか、玲の反応を見ても誰も分からないだろう。


 種子の形をした、霊力の塊。簡単に言えば、玲が使う監視装置のようなもの。

芽吹いた先で花を咲かせて、その場の情報を直接伝える。


 東條は渋面を作りながらも手元の資料に視線を落とした。


 今回のターゲットである、白石(しらいし)(とおる)

成績良好で、強硬派。残夏たちと揉めたという情報もある。


 彼が最近、組織のデータにアクセスしたり、深夜どこかへと出掛けていくことは既に掴んでいた。


 そして決定的な、先程の玲の証言。 

 これはもう間違いない。


 しかし。


「……南宮家のものか……。」


 東條は、白石の血縁に溜息を吐き出した。

 よりにもよって、あの家とは。やりにくい事この上ない。


 そんな東條に、玲はくすくすと楽しげな笑い声を上げる。


「おや?南宮さんを疑ってます?」


「まさか。東條と対立していようが、南宮には誇りがある。ハグレモノなんかと手を組むわけがない。」


「ふふ、ですよね。」


 つまるところ、この白石という少年の独断だろう。


 何を考えてハグレモノと手を結んだのかは知らないが、このままにしておく訳にもいかない。


 ただし、出来れば穏便(おんびん)に済ませておきたいところだ。


 これ以上、因縁(いんねん)が出来るのも好ましくない。


「……お前の方はどうだ?壊される前に何か見たか?」


「それが接続悪くて……向こうも相当ですよ。困りましたねぇ。」


「なんだその言い方は。目星はついているんだろう。」


 苛立ちに任せて問えば、玲は窓の外に顔を向けた。


 いつの間にか雲が出たのか、月が隠れ、暗闇だけが広がっている。


「まあ、榊さんでしょうね。」


 静かに落ちた声に、東條はもう何度目かも分からない息を吐き出した。


 最近の状況も(かんが)みて、予想はついていた。

能力向上現象。ハグレモノの異常個体。

そして名雲の比較データ。


 どれを取っても行き着く先は、十一年前に亡くなった東條と玲の師である、榊だった。


 それでも、こうして確信してしまうと、()る瀬無い。


「そうか……。」


 静寂が落ちた。玲も東條も口を開かない。それだけ榊の名前は重みがある。


 しかし東條は首を振る事で重さを霧散(むさん)させると、玲に声を掛けた。


「お前は手を出すなよ。」


「……。……それでいいんですか?」


「いい。任せろ。」


 出来れば、それだけは避けたい。


 玲に自分の手で恩師を殺させることだけは。


 東條の言葉に玲はそれ以上何も言わなかった。

東條もまた、沈黙を返すだけだった。


 夜だけが、更けていく。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

エピソード3終了です!


やっと白石のフルネームを出せました!

彼の決意が、残夏たちをどう巻き込んでいくのか。

榊と玲の関係も含めて、次回を楽しみにしていただけると嬉しいです!

GWまっしぐらなので、楽しい日々をお過ごしください。


次回更新は5/2土曜日です!(19:30目安ですが、前後する時はXでお知らせします)


水曜日は短編を投稿予定です!


よろしければ感想や評価、リアクションなど頂けると励みになります。

よろしくお願いします!


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