炎②
「あー……西廣はお家問題だなぁ……。」
「お家問題?」
次の日の昼休み。
いつも通りの校舎裏で、いつものメンバーにあかりを迎えた五人で弁当を囲んでいる折、ふと残夏は清治の事を話題にしてみた。
残夏としては、軽い疑問だったが、話を聞いた雄星や司は渋面を見せた。
「いいか。あんま大きな声じゃ言えねーんだけど……その、清治さん?って人、妾の子らしいんだ。」
「妾?」
「えっとな、つまり……当主と奥さんとの間の子じゃなくて、別の女の人との子供らしい。そんで、奥さんとの間の子供……お姉さんなんだけど、その人と後継ぎ候補で揉めたらしくてさ。
西廣家って、代々受け継ぐ鬼がいるんだろ?その鬼が、お姉さんじゃなくて清治さんを選んだんだ。だけど周りは妾の子って事で相当荒れたらしくて。
今でも、お姉さん派の人間が多いから、それで清治さん、希望出せなかったんじゃねーかな。」
言葉が出ないとは、こういう事を言うのだろう。
いつも優しくて穏やかな清治が、そんな視線に晒されていたなんて。
希望が出せないような状況は、どれだけ清治を苦しめていたのだろうか。
「うちにさ、西廣の人がいるって言ったじゃん?前に。それが清治さんのお姉さんなんだよな。……あの人すげーこえーの。14番隊、特に清治さんを目の敵にしててさ。バカみたいな話だけど、こういう事もあるんだよ、五大名家って。」
どう考えても悪習だ。
出自で人の価値が変わるわけでもないだろうに。
清治は出会ったばかりの残夏に言ってくれた。
与えられたもの、持ち得ないもの。
人はそれを選べない。
だけどその中でどう生きていくかは自分で決められる、と。
もしかしたら清治はずっと、その言葉を自分にも言い聞かせていたのかもしれない。
誰かに貰ったという言葉を、何度も自分の中で。
「……ぼくのせいで清治くん、嫌な気持ちになっちゃったかな……。」
ぽつりと凪の小さな声が落ちる。
それに残夏は、はっと我に帰った。慌てて横を見れば、凪が膝を抱えてしゅんとしている。
落ち込ませるつもりなんてなかったのに。
しかし残夏が凪の様子に眉を下げていると、司が口を開いた。
「バカを言うな。悪いのは騒ぎ立て、偏見を持っている周りでお前ではない。むしろお前の無邪気さは良いところだ。気にするな。」
「司くん……。」
「良いからさっさと飯を食え!遅くなるぞ!」
「うん!」
凪がぱあっと顔を明るくする。
その様子に、残夏は雄星と顔を見合わせて笑い合った。司の不器用で実直な態度は、残夏たちに前を向かせてくれる。
そんな残夏たちを見ながら、いままで口を閉ざしていたあかりが感心したように息を吐き出した。
「貴方たち本当に仲が良いのね。羨ましくなっちゃった。」
「遠野さん……。」
「あ、その遠野さんってやめて。『あかり』でいいわ。」
あかりはもう一度息を吐くと、肩を竦めて見せる。
「……中学までは霊力のせいで友達なんて出来なかったし、ここに来てからも上辺ばっかりでうんざりしてたの。私の遊び相手はお人形だけ。それで十分だって思ってたけど、貴方たちを見ていたら、そうでもないのかもって。」
「遠野さん……。」
「もう、本当にあかりでいいって。」
あかりが笑う。
どこかぎこちない顔で。
なんだ。あかりも残夏と変わらないじゃないか。
ずっと、誰からも必要とされていなかった残夏。
ここに来て、居場所を見つけて、友達がいたから変われた。
だからきっと、あかりも大丈夫。
「大丈夫だよ、あかり。オレも同じだったから。」
心からそう言えば、あかりが目を瞬かせた。
畳み掛けるように凪が声をあげる。
「そうだよ。まずは友達になりたい子に話しかけてみたらいいんじゃないかな。」
「そうね。……そうかもね。ありがとう。」
あかりの楽しげな笑顔に、残夏の心も火が灯るようだった。
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そうして迎えた、外部演習当日。
初めてだからと、今朝は玲も見送ってくれた。
以前の見学とは異なり、演習は実際にチームで低級のハグレモノを一体討伐するのが目標だ。
もちろん、周りには教師や控えの隊員もいるが常時見守ってくれているわけではない。学生たちがメインの演習になる。
「ど、ドキドキしてきた……。」
「分かるぜ、小鳥遊。俺も超怖い……。」
「何を腑抜けた事を!!僕たちが評価されるチャンスなんだぞ!!」
「おー!」
「蓮池くん、それ本当に合ってるのかしら?」
思い思いのコメントを残し、残夏たちは指定地へと繰り出した。
チームも三つずつ分けられ、残夏たち、それから女の子で組まれたチーム。
そして最後に坂西を入れた、白石のチームが同じ指定地である、街外れの廃村だった。
既に崩れ去って見る影もない村は、半分森で覆われている。
街外れが多いのは、低級から中級のハグレモノが好んで、人目が少ない場所を根城にするかららしい。
「あ、と、遠野さん!こんにちは!」
「麻生さん。お互い頑張りましょうね。」
女の子で組まれたチームの一人が、あかりに声を掛けてきた。
クラスメイトだから見た事はあるのだが、いかんせん興味がなかったから名前も分からない。
麻生、と呼ばれたその子は小柄で、あかりとは正反対な純朴そうな子だった。
「あ、あ、頑張る!!私頑張ります!!」
前言撤回。
多分ちょっと変な子だ。
麻生は顔を真っ赤にさせて、何度も頑張ると叫んでいる。それを可笑しそうにあかりが見ているのが、少しシュールだ。
そして。
「……随分と元気そうだな、小鳥遊。」
「白石……。」
「その幸せを噛み締めてるんだな。……精々今だけ楽しんでろ。」
吐き捨てるように言うと、白石は村の中へと入っていった。
取り巻きたちと坂西が慌てて追いかける。
以前にも増して、強い憎しみのような感情を向けられ、自然と眉が寄った。
恨みたいのはこっちの方だ。
「……大丈夫か?」
「うん、大丈夫。」
小声で雄星が声を掛けてくるのに残夏は頷いて、息を吸い込む。
気に入らない奴もいるが集中しよう。
ハグレモノはすぐそこにいるのだから。
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「しっかし見つかんねーなぁ……。」
雄星の呟きに、残夏も息を吐き出して青い空を見上げた。
演習が始まって一時間ほど。一向にハグレモノが見つからない。
「霊力探知、誰も出来ないもんね。」
凪がにこにこと笑いながら小首を傾げた。
その通り。
他者の霊力を探知する技術、霊力探知。
授業で習ってはいるが、残夏にはイマイチ感覚が掴めない。
そしてこれまた困ったことに、チーム内の五人全員が、この技術を苦手としていた。
「まさかあかりまで出来ないとは……。」
「なに、その言い方。出来ないことくらいあるわ。」
あかりが眉を寄せて肩を竦める。
ここまで探してもいないとなると、苛立ちもするだろう。
しかし、残夏たちのチームだけでなく、他のチームも見つけていないから、もしかしたらハグレモノの隠密値が高いのかもしれない。
暫く全員が口を閉じた後、徐ろにあかりが立ち上がった。
「……この方法は使いたくなかったけど……まあ、いいわ。見つからないと意味ないもの。」
「あかり?」
「心配しないで。すぐ見つけるわ。」
あかりはそう言うと、目を閉じた。
菫色の霊力が迸る。
美しい色に目を見張っていれば、あかりの服がもぞもぞと動き始めた。
そして、中からぴょこぴょこと何かが飛び出してくる。これは。
「人形……?」
「ええ。私の可愛い指人形。……さあ、行っておいで。ハグレモノを探すのよ。」
指人形たちはまるで意思を持っているかのように頷くと、草むらの中に消えていった。
これがあかりの霊力。
特別講習の時は、草人形を間に合わせだと言っていたが、こういう事だったのか。
「すごい……。」
「大したことじゃないわ。……でもすごく疲れるの。討伐は任せていい?」
息を吐き出すと、あかりは木陰に座り込む。
かなり消耗するのだろう。少し顔色が悪い。
「大丈夫?」
「ええ。……ずっと、小さい頃から指人形で遊んでいたの。そうしたらある日、動き出して嬉しかった。でも、それを見た友達は皆んな怖がって……だけど、今は友達の役に立つんだって思ったら嬉しいわ。」
ふわりと笑う顔に、残夏も自分の幼少期を思い出した。自分の力を周りは恐れて、誰も近付いてきてくれなくて。
だからここに来て、残夏も誰かの役に立てるようになって嬉しかった。
やっぱり、あかりは残夏と一緒だ。
「そっか。でも無理しないで。」
「うん、ありがとう。」
残夏が目を細めれば、あかりも照れたような笑顔を返してくれた。
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「見つけた。あっちよ。」
十分くらい経った頃だろうか。
あかりが立ち上がった。奥の方に走って行くのに、残夏たちも慌てて後を追う。
顔色の悪さを心配していたが、足取りは案外しっかりしているようだ。
安心しつつ着いていけば、崩れ掛けた家の軒下の、見えにくい場所にそれはいた。
「これがハグレモノ……。」
まるで雛鳥のようだった。真っ黒な雛鳥。
翼の部分は退化していて飛べそうにない。
嘴にはびっしりと歯が生え、唸るように残夏たちを威嚇している。
だけど、それだけだ。
襲いかかってくる訳でも、逃げるわけでもない。
ただそこで、何かを守るように立ち竦んでいる。
「倒す……?」
「まあ、倒さなきゃだよなぁ……。」
雄星もどこか渋い顔をしていた。
しかし演習となれば、倒す必要もあるだろう。
残夏は背中の両刃剣を抜こうとした。
その瞬間。
ひゅっ、と何かが空気を切り裂く音が響く。
そして気づけば、ハグレモノに矢が刺さっていた。
「え、なにーー、」
「はは!ご苦労だったな、小鳥遊!!獲物は俺たちが狩った!」
頭上から落ちてきた声に、残夏は驚いて顔を上げる。
そこには、嫌らしく片頬を吊り上げた白石と、取り巻きたちが屋根の上にいた。
手に携えられた弓に、白石が矢を射った事が分かった。
あかりが見つけたハグレモノを、横取りするために。
「白石!!」
「迷っているからだ。……化物同士共感でもしたのか?次はお前を射るのがいいのかな?」
白石は冷たく目を細めると、今度は残夏に矢を向ける。上から狙われるのは不利だ。逃げる場所がない。
残夏が焦った瞬間、白石の手が矢から離れた。
スローモーションのように、矢尻が残夏へと向かってくる。
残夏は咄嗟に目をつぶって、来るべき衝撃に耐えようとした。
しかし、いくら待ってもその衝撃は来ない。
不思議に思って目を開ければ、残夏を囲うように雄星が結界を展開していた。
「……宮杜。お前、化物の味方をするのか。」
「化物、化物って……!小鳥遊、いや、残夏と凪は化物じゃない!!人間を射るとか、お前の方がやべーよ!!」
雄星が憤然と立ち上がる。
その大声に、白石も少しばかり気圧されたらしい。渋面を作っていた。
だけど残夏の胸を、それ以上の驚きが突き動かしていく。
ーーいま、残夏って……。
別に苗字呼びで問題なかったけれど、14番隊の皆んなが名前で呼んでくれるから、いつか雄星や司にも呼んで貰えたら良いとは思っていた。
残夏は自分の変な名前が、少しだけ気に入っているから。
だけど今日、この場面で、絶対に逆らわなかった白石を前にして言ってくれるなんて。
ちょっと感動で、白石なんてどうでも良い。
「そ、そうだぞ!!卑怯だ!!蓮池……じゃない、凪と残夏をいい加減認めろ、卑怯者!!」
「そうね。最低。」
司とあかりも一緒になって声をあげてくれる。
それに白石は更に顔を顰め、そしてふと気がついたように笑みを浮かべた。
「ふん。そんなにハグレモノと戦いたいなら、戦えばいいじゃないか。そいつとな。」
それだけを言うと、白石は取り巻きたちと共に見えなくなる。
その背を追うよりも先に、残夏の背後では先程のハグレモノが大絶叫をあげた。
「なにーー、え?」
間抜けな声が自分の喉から漏れる。
確かに射抜かれていたはずのハグレモノは、塵になる事なく、ぶるぶると震えていた。
そして、見る間にその身体が波打ち始める。
「やべーぞ、これ……。」
雄星が呟くのと、全員の足が動いたのは同時だった。
急いで離れれば、ハグレモノがぼこぼこと身体を変形させていくのが見える。
小さな雛鳥のような外見は、あっという間に巨大なハゲワシの様になった。
羽根の生えていないハゲワシだ。
しかしその身体でもやはり、飛べないのだろう。
奇声を発しながら、残夏たちを捕らえようとジタバタ動く。
それは酷くぎこちない動きだった。真っ直ぐに進む事も、立ち上がることもできない。
ただ目だけが赤黒く、残夏たちを睨みつけている。
「……なにあれ。怖い……。」
あかりの呟く声が耳に入った。
怖い。
怖くて気持ちが悪い。
およそ生物がしていいような動きじゃない。
残夏たちは顔を見合わせて頷くと、すぐに踵を返した。あれは、残夏たちが倒せるような相手ではない。
村の入口を目指し、もうすぐ抜けられると判断したその時。
「え?」
残夏たちの前には、見えない壁があった。
押しても、叩いても、びくともしない壁。
結界だ。
「これ……白石の……。」
雄星が呆然と言葉を落とす。
まさか。ここまでするのか。
しかしその思考よりも先に、すぐ近くで鳴った音に、残夏は慌てて後ろを振り返った。
そこには、既に背後まで迫ったハグレモノがいた。
相変わらず、真っ直ぐには歩けずによろめきながら、それでも残夏たちを殺そうと、鋭い歯で覆われた嘴をカチカチと何度も合わせている。
多分、全員の顔から血の気が引いていただろう。
逃げられない、と。
しかしその瞬間、
「きゃーーー!!!来ないで来ないで!!私を食べないでええええ!!!」
そんな大声と共に地面が割れた。
何が起きたのか分からないが、ハグレモノと残夏たちの間で地面が真っ二つに割れたのだ。
同時に、二つの影が草むらから飛び出てくる。
「あ!良かったあああ!!遠野さん!!」
「麻生さん!?それと貴方……。」
「……あ、た、小鳥遊くん……。」
「坂西くん……。」
残夏たちの声に麻生と坂西は顔を見合わせ、安堵したようにその場に崩れ落ちた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
大ピンチです。
初めての外部演習、この危機をどのように乗り切るのか。それとも誰かが助けに来てくれるのか。
麻生や坂西も加わって、力を合わせる様子を楽しみにしていただけたら嬉しいです。
次回更新は4/18土曜日です!(19:30目安ですが、前後する時はXでお知らせします)
水曜日は短編を投稿予定です!
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よろしくお願いします!




