炎①
「いやーん!!可愛いわぁ~!!!」
「いいねいいね~!はい、今度こっちに視線向けて~!」
きゃっきゃと響く声と、眩しいくらいのフラッシュライト。
一度も着たことのない、生地の厚い煌びやかな服。
そして。
「あ、残夏。動いちゃダメ!可愛くないから!」
決して自由のない時間に、残夏は内心、滂沱の涙を流していた。
時は二時間前に巻き戻る。週末の14番隊執務室。
出張から昨日帰ってきた玲がいて、穏やかな時間が流れていた。
しかしそんな平穏は、突如現れた来訪者に簡単に崩れ去ってしまった。
「やっほ~!来たよ~!」
「楽。」
いつものように前触れもなく現れた楽に、玲がぱっと顔を明るくする。あまり二人でいる所を見たことはないが、玲と楽は結構気が合うらしい。
楽も玲を見つけると、陽だまりのように、にっかりと笑った。
「玲~!良かった!今日はいるんだね!」
「うん、昨日帰ってきたんだ。お土産あるよ。」
「もーいつも良いのに!でも玲のお土産センス良いから大好き!ありがとう~!」
ぎゅっと楽が玲に抱き着く。
親密な様子に少しだけ驚くが、玲の嬉しそうな顔に日常なのだと理解した。
それに、凪もよく抱き着いてくるし、コミュニケーションの一環なのだろう。
「楽は今日どうしたの?清治いないんだよ、今日。」
「あれ、珍しいね。忙しい?」
「ううん。清治の術式が必要な任務だったから。」
「なるほどね。まあ、玲のがレアだし、今日は玲に用があったんだよね!」
楽の言葉に玲がコテンと首を傾げる。
玲はどうも同期たちといると子供っぽくなるらしい。清治の時は意識して抑えているのだろう。
そんな玲に楽は柔らかく目を細めると、その手を取った。
「残夏の後処理の報酬。」
「あ。」
「忘れてたよね~玲!まあ、一年経ってるしさ。ボクとしては見逃してあげたかったけど、隊長が待ってるんだ~!」
「あ、えっと……えーと。」
珍しく玲の口調がしどろもどろになる。完全に油断していたのようだ。
逃げようにも楽の怪力に玲が敵うとも思えない。
玲はきょろきょろと辺りを見回すと、残夏に顔を向けた。目と目が合う。
「あ!残夏!残夏と凪!ちょっとこっち来て!」
これまた珍しい大声で、玲が残夏たちを呼んだ。
それに凪と顔を見合わせて立ち上がる。
なんの用事だろう。楽は玲に用があるみたいなのに。
そのまま玲に近づくと、玲はほっと息を吐き出して楽に向き直った。
「俺今から10番隊行かなきゃだから、この子達連れてってあげて。」
「え?」
「玲……いいの?」
「うん、いい!……残夏、凪。今から楽が任務に大事な技術を教えてくれるからね。頑張って学んできてね。」
「?なんで急に?」
「なんでも急に来るものなんだよ、凪。じゃ、そういう事だから!ごめんね!!」
玲は楽の手を振り解くと、走って執務室から出て行く。その様子を呆然と見送った残夏と凪の肩を、楽はがっしり掴んだ。
「じゃあ、変装術の特別授業ね!行こっか、4番隊!」
楽の笑顔がこんなに怖いなんて思わなかった。
そうして連れて来られた4番隊で、残夏たちを待っていたのは、大量の服と相変わらず一度見たら忘れられなさそうな4番隊の隊長だった。
「あら?亜月ちゃんは?」
「逃げられました~!でも、代わりに可愛い子連れて来ましたよ。」
「あらぁ~!!可愛い!!いいわ!とても良い!!アタシのインスピレーションが沸くわ!!」
目の前で、化粧をしたスキンヘッドの男が、興奮に頬を染める。
怖い。冗談抜きに怖い。
残夏は自分の顔から血の気が引くのを感じた。
そしてそのまま引っ張られ、なぜか服を着せ替えられ、写真も何枚も撮られて今に至る。
ちなみに凪の方はスカートも穿かされて、顔に化粧までさせられていた。ちょっと可愛いと思ってしまったのは、ここだけの秘密にしたい。
そうしてやっと終わったファッションショーに、残夏は深く息を吐き出した。
「ごめんね~!うちの隊長のストレス発散でさ。あ、撮った写真はアルバムにしてあげるからね。」
「えー、くれるの?楽くん!ありがとう!」
「凪、可愛かったから玲に見せてあげなよ。喜ぶと思うよ。」
「うん!」
凪のメンタルを見習いたい。
どうしてなんでも楽しめるんだろう。残夏は死ぬほど疲れたのに。
楽はそんな残夏の頭をくしゃくしゃと撫でると、暖かいココアを淹れてくれた。甘い余韻にほっと息を吐く。
玲はきっと、これが嫌だったんだろう。
ーー隊長に売られた……。
あの人もそういう事するんだ。
まあ、別に良いけど。
でも、玲がお化粧なんてしたら女の子よりも綺麗になりそうだ。それはちょっと見てみたいかも。
なんて事を考えていたら、楽が立ち上がって何かを持ってきた。
なんだろう、と首を傾げていれば目の前に置いてくれる。
「はいこれ。今回の報酬ね。」
「これ……。」
「ボクたちの高専時代の写真。残夏と凪、気になるかな~って。」
それは気になる。
とってもとっても気になる。
残夏は凪と顔を見合わせると、抑えきれない好奇心にアルバムを開いた。
「わあ……!」
「……高専時代の、隊長……。」
そこに写っていたのは、今よりも若い玲たちだった。
眼鏡は同じだけど、髪型が違う。今の楽と同じくらいの長い黒髪を、首の後ろでひとつにまとめている。
それと反対に、楽はまだ髪が短い。
清治も今よりも短くて可愛らしい感じがする。
そして彰良は、今よりもずっと短い髪を後ろでひとつに結んでいた。
なんだこれ。
知ってる大人が、皆んな残夏たちと同じくらいの歳ってなんだか不思議だ。幼くて可愛い。
「仲良しだねー!」
「ふふん、そうでしょ?自慢じゃないけど、ボクたちめっちゃ仲良かったんだ。もちろん今もね。」
「可愛い……。」
「でしょでしょ~!」
パラパラと捲っていけば、色んな瞬間が写り込んでいる。
屋上でお弁当を囲む四人、何かの大会で優勝している玲、可愛らしいクマに抱きつく楽、何かよく分からない料理を生み出している清治、そしてなぜかパツパツのドレスを着せられて仏頂面の彰良。
皆んなどこか楽しそうで、見てるこちらまで暖かい気持ちになる。
「玲ちゃん、髪長かったんだね。」
「まーね。三年くらいまでかな。長いのもボクは好きだったんだけどね。」
「凪と会う前ですか?」
「うん、そうだよ。凪と会った頃はもう皆んな、結構今と同じ感じだったかな。」
「へえ……。」
最後まで見終わったアルバムをもう一度パラパラと捲る。
このアルバムは玲の髪が長いものしかないから、一年から二年までのものなのだろう。
楽も残夏が捲るアルバムを眺めながら、そっと目を細めた。
「色々あったよ、高専時代。でも楽しかった。……二人も、楽しみなね。」
なんだかその言葉が、頭に強く焼きついた。
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楽の襲撃事件から三日後。
残夏たちのクラスは、外部演習の話題で大いに盛り上がっていた。
低級のハグレモノをチームで倒すのが目標らしい。
いつもの四人で、と行きたいところだが、今回のチーム編成は五人。いくつかのチームを解体して、既存チームに一人ずつ参加する形のようだ。
残夏たちは解体されなかった事に、安堵していたのも束の間。
「何かと縁があるわね。よろしく。」
遠野あかりが、どうしてか残夏たちチームの五人目となった。
なんというか、微妙だ。
最悪ではない。全然良いのだけど、ちょっと苦手意識があるから本当に微妙。
まあ変に拗れるよりマシなのだろう。
「うわー、あかりちゃんだ!よろしくね!」
凪だけが嬉しそうにしていたけれど、雄星と司も苦手意識があるのか、残夏と同じく神妙な顔をしていた。
まあ、それは置いておいて。
それ以上に困ったことは、
「という事だから、お昼も一緒に食べるわ。交流を深めましょう。」
昼休みの時間まで、あかりが残夏たちに着いて来た事だ。
もうなんでだか分からない。分からなすぎて怖い。
最近多いな、こういうの。
「と、遠野さんは友達と飯食わなくていいのか?」
スルスルと弁当の包みをほどくあかりに、雄星がおそるおそる話しかける。
それにあかりは少し視線を上げるが、すぐにまた弁当の方に意識を向けた。
「……別に、友人じゃないもの。気にならないわ。」
「へ?」
「ただ、私に媚びへつらっていた子たちよ。どうでもいいの。」
なんだそれ。
残夏は雄星と司と顔を見合わせる。ずっと一緒にいるなら友達じゃないのか。
白石の時もそうだったが、ここの人間は損得で動くことが多いらしい。
そういうのはあまり好きじゃない。
そもそもあかりが今ここにいるのも、言葉通りの交流だけで、仲良くする気はないと言われているようでモヤモヤする。
そんな重たい空気の中、やはり凪だけは明るかった。
「友達じゃないの?仲良しじゃなかった?」
「ええ。」
「そっか!じゃあぼくと仲良くしよう、あかりちゃん!ぼくもね、友達ずっと居なかったんだ。でも残夏くんや雄星くん、司くんと友達になってから毎日すっごく楽しいよ。あかりちゃんとも仲良くできたら嬉しいな。」
きらきらと輝くような笑顔に、あかりが少しだけ目を瞬かせる。
そして、小さく笑うとこくりとひとつ頷いた。
その表情はいつもの取り澄ましたような笑顔ではなく、もっと暖かい感じがした。
「私も、仲良くできたら嬉しいわ。」
「えへへ、よろしくね!」
「うん。」
凪のコミュニケーション能力の偉大さよ。
仲良くしてくれるのなら残夏たちも文句はない。
残夏はもう一度雄星や司と顔を見合わせると、軽く苦笑を漏らした。
今日からあかりも友達の一人だ。
「遠野さんはどこの部隊に仮配属なんだ?」
「12番隊よ。」
「12番隊?」
司の疑問に、あかりがすぐに答える。
12番隊。初めて聞いた部隊に残夏は首を傾げた。
14番隊では話題にならない部隊だ。多分、サポートも行っていないのではないだろうか。
そんな疑問にあかりは首を横に振った。
「いいえ、貴方たちの隊長さんなら、よくいらっしゃるわ。基本的には、隊長さんにしかサポートをお願いしていないの。」
「え、なんで?」
「……私たちの12番隊は、渉外・対外交渉部隊。政府や民間企業との契約交渉、それから4番隊と連携して報道対応なんかもやっているわ。簡単に言えば、外部の一般社会との橋渡し役みたいな感じよ。それで、うちの特色なんだけど……全員、女性なの。」
それはまた珍しい。
あかりの話から、残夏はまたひとつ組織の内部事情への知識を得た。
なんでも組織内部だと、男女比率は六対四らしく女性もそれなりに多いらしい。しかし、残夏の周りにはあまり女性がいない。
それが12番隊のせいだというのだ。
「隊長が少し変わった方で……とても綺麗で上品な方なのだけど、女の子と死体にしか興味がないの。」
「し、死体!?」
「ええ。本物の死体よ。生きている人間は、女性以外気持ちが悪いんですって。……隊長の部屋、ホルマリン漬けの首がいっぱいあるって聞いたわ。怖くて近づけないの。」
怖いのは当然だ。
残夏も聞いただけで背筋に寒気が走る。他の三人も顔を青ざめさせていた。
そんな男たちを見回しながら、あかりが更に声を潜める。
この子多分、怪談話が上手いと思う。
「それでね、14番隊の隊長さんだけ許されてるのは、眼鏡を外したお顔がとっても隊長のお気に入りだからなんですって。死んだら首を貰うつもりらしいわ。」
「ええ!?」
「噂よ。……それに、男の人なら4番隊の岩重隊長もよくいらっしゃるから……。でも、14番隊の隊長さんが、うちの隊長のお気に入りなのは事実よ。」
なんだか薄寒い話を聞いてしまった。
首を貰うなんてのはただのデマだと思いたい。
思いたいが、死体愛好家という部分がとても恐ろしくてよく分からなくなる。
ーーというか隊長って変な人ばっかりだな……。
もしかしたら、重責を負うには頭のどこかのネジが外れてないとダメなのかもしれない。
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「12番隊?ああ、氷室隊長だね。」
放課後、執務室に寄っていた残夏は、さっそく清治に今日あかりから聞いた話を伝えた。
恒例の清治、凪、残夏だけのお茶会だ。
今日のお茶は、アールグレイというらしい。香りが強くて高級な感じがする。
「うーん、死体愛好家っていうより人形が好きなんだよ。人に模した人形ね。」
「人形?」
「そう。残夏たちが知ってるような小さい人形から、本当に人と遜色ないような大きな人形までね。それが死体に見えたんじゃないかな。」
「なるほど……。」
噂の種を明かせば、大したことではなかったようだ。
必要以上に恐ろしかったのは、あかりの口調のせいだろう。
「まあ、でも女性を気に入ってるのは本当かな。男性は苦手みたいだよ。で、玲とか岩重さんは特殊だね。玲は顔が人形みたいだからっていうのがあるのと、岩重さんは女性みたいなものだから。」
「4番隊の隊長ですよね?あのスキンヘッドの。」
「そうそう。岩重蝶次郎さん。ちょっと癖は強いけど良い方だよ。実はね、元2番隊の人なんだ。」
「え!?」
「彰良の二個前の副隊長だね。僕らが高専卒業より少し前に隊長就任してたかな。4番隊、岩重さんになってから派手になってね。楽が配属決まった時、喜んでたよ。」
確かに楽の雰囲気には、ぴったりなのかもしれない。
でもどんなふうに決めたのだろう。確か、仮配属はまだ無かったと言っていた気がする。
そんな残夏の疑問を読み取ったように、凪が声を上げた。
「清治くんたちは仮配属なかったんだよね?どうやって決まったの?」
「僕たちの場合は希望と適性だね。多分、凪たちも卒業前に希望を聞かれると思うよ。それで検討されて、決まる感じ。仮配属はあくまでも、仮だから。でも、二人は14番隊かな。玲が手離さないと思うから。」
「そうなんですか?」
「うん。玲、二人のこと気に入ってるからね。適性と、後は本人の希望。それから隊長たちの引き抜きで決まるから。すごいよね。毎年、卒業生全員の成績や人物像、希望なんかをまとめた書類を隊長たちは確認してるよ。」
清治の言葉に、残夏は畏敬の念を込めて息を吐き出した。
隊長たちは各部隊の管理から人事まで、全部をひと通りこなしているらしい。通りで忙しいはずだ。
加えて14番隊は人数も少ないから、玲の負担はさぞかし大きいことだろう。
かちゃ、と陶器が触れ合う音が響く。たまに一瞬ある、誰もが口を閉ざした時間。
だからといって気まずいわけではない。むしろ、残夏はこの時間が好きだった。なんだか落ち着くから。
しかし、その穏やかな時間も、凪の質問に少しばかり様子を変えた。
「清治くんは、14番隊を希望したの?玲ちゃんと?」
そんな無邪気な質問に、いつもならすぐに答える清治が、一瞬だけ動きを止める。
ほんの僅かな時間だったけれど、残夏の目には不自然に映った。
「……ううん。その頃、14番隊はなかったから。14番隊ってね、昔……玲と東條さんの師匠の為に作られた部隊なんだよ。なんでも隊長格の実力はあるのに、やりたくないって言ってたみたいでね。推薦を断わり過ぎて、上層部が怒っちゃって。部下を持ちたくないなら、司令部直属で一人で対応しろってね。
だけど、その人が亡くなって14番隊も一回凍結されたんだ。それを、玲を隊長に推すのに東條さんが復活させたみたい。当時から玲は優秀で、東條さんは右腕にしたがってたから。」
流れるようにそこまで告げると、清治はそっと息を飲み込んだ。
「……それで僕は。……僕は、希望はなくて。どこでもいいって言ってたら14番隊になったんだ。」
清治が眉を下げて笑う。
色々と聞きたいことはあるのに、その雰囲気に残夏は口を開けなかった。
凪もまた、黙って頷いている。
どうして清治が希望がなかったのか。玲の師匠について。
そんな疑問は、聞いてはいけないような気がした。
「まあ、でも結果良かったかな。玲と一緒だったし、可愛い後輩もできたしね。」
雰囲気を切り替えるように、清治が明るい声を出す。
くしゃくしゃと髪を撫でる、いつもの清治だ。
戻った雰囲気に少しだけ安心して、だけどなんだかモヤモヤする心に、残夏は温くなったお茶を飲み込んだ。
しかし、手に入らないと思っていた答えは、案外簡単に手に入った。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
エピソード13開始です。
残夏の外部演習の話になります。
今回は外部演習前のお話ですね。
あかりもメンバーに加わり、賑やかになっていくかと思います。
そして清治についても、ほんの少し過去の傷に触れていきますので楽しみにしていただけたら嬉しいです。
次回更新は4/11土曜日です!(19:30目安ですが、前後する時はXでお知らせします)
水曜日は短編を投稿予定です!
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よろしくお願いします!




