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宵霞①

 「あ、残夏(ざんか)。ちょっと待って。」


(れい)に呼び止められて残夏は振り返る。

窓の外に広がる淡い春の青空を背景に、その人は相変わらず綺麗な笑顔を浮かべていた。


「ネクタイ、曲がってるよ。」


そう言いながら、玲は残夏のネクタイを綺麗に整えてくれる。

そしてネクタイを整えた手は、そのまま残夏の頭をそっと撫でた。


「二年生、進級おめでとう。今日も頑張っておいで。」


その言葉に、残夏は少しだけ胸を張って返事を返す。


「はい、行ってきます!」


今日から残夏は高専二年生。

残夏がここに来て、もうすぐ一年を迎えようとしていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 進級したからといって、何か生活に変化がある訳ではない。

毎日、朝は(なぎ)と共に14番隊の執務室に顔を出してから二人で登校して、雄星(ゆうせい)(つかさ)と挨拶を交わして。

元々残夏たちの学年は、クラスが一クラスしかないからクラスメイトも変わり映えしない。


ただ()いて挙げるとするなら、


「おはよー、小鳥遊(たかなし)。」


「小鳥遊くん、おはよう。」


こんな風に声を掛けられるようになった事だろうか。あの特別講習からどうも、クラスメイト達は残夏や凪に対しての苦手意識は消えたようだ。

かといって残夏の方は今更感もあるのだが、凪が明るく受け入れるから自分も深く考える事はやめた。

どうせいつかは一緒に働くことになる面々。仲良くしておいて損はないだろう。


それに。


「あ、お、おはよう。小鳥遊くん。」


「おはよう、坂西(さかにし)くん。」


坂西(さかにし)晃平(こうへい)

残夏のクラスメイトで、少しぽっちゃりとした大人しい男の子。

一般中学からの入学らしく、クラスにあまり馴染めていないようで、少し前の残夏と同じくおどおどしている。

どうやら彼もまた8番隊へ仮配属されているようだが、白石(しらいし)には相手にされていないのか近くにいるところは見たことがない。

それがどうにも気にかかって、他のクラスメイトと比較して残夏は少しばかり警戒心を解いている。


それからもう一人。


「おはよう、小鳥遊くん。ちゃんと宿題やってきた?初日からテストがあるわよ。」


「あ、えっと……おはよう、遠野(とおの)さん。教えてくれてありがとう。」


「分からないところがあったら教えてあげてもいいわ。」


「あ、あーうん、ありがとう!」


遠野(とおの)あかり。

なぜか特別講習以来、高頻度で絡んでくる。しかも残夏を中心に。

あの時の協力案を主導したのは凪なのだから、対抗意識を燃やすなら残夏じゃなくて凪にしてほしい。

彼女は頭が良いけれど、どことなく雰囲気が怖いから苦手だ。


 そんなこんなで、残夏の毎日は少しだけ変化した。

大きいところは変わらないけれど、細かいところがあれこれと。

ちなみに白石はあの日以来、残夏達には関わってこなくなった。

たまに冷たい目で(にら)まれるくらいだ。


 あかりの相手に疲れて息を吐き出していると、(かばん)を置いた凪が近付いてきた。軽い足音が跳ねるようだ。


「残夏くん、皆んなに人気だね!」


「そんな事ないよ……凪も最近人気じゃん。凪、明るくて優しいから。」


「そうかなー?でもぼく、残夏くん達と一緒にいるのが一番楽しい!」


「凪……。」


凪のこういう率直なところにどれだけ救われるか。

凪は残夏の心のオアシスみたいなものだ。本当に癒される。

残夏が胸の中で感動を噛み締めていると、いつもの二人もこちらに近づいてきた。


「朝から仲良いな〜お前ら。」


「小っ恥ずかしい事を大声で言うな蓮池(はすいけ)!……でもまあ、僕の素晴らしさを実感できているという事だな!」


「司くんの方が声大きいね!」


四人で顔を見合わせて笑い合う。

最近の残夏の日常はこんな感じだ。



 「さて、全員無事に進級おめでとう。ただし気を抜くなよ。二年になったから今後は術式や、外部演習も増えてくる。より実践(じっせん)的で、危険が(ともな)う授業もあるから注意する事。学問も(おろそ)かにするんじゃないぞ。いいな。」


「術式……。」


今年もそのまま受け持ってくれる担任の武田(たけだ)の話に、残夏はぽつりと呟いた。

さり気なく、鞄につけた切り裂きくんに目をやる。術式を習えば、切り裂きくんに掛けられている術のことも分かるんだろうか。

魔法みたいに切り裂きくん達を動かしたり、特別講習の時の清治(きよはる)みたいに足止めの術を使ったり。

清治から数式みたいだと聞いた時は苦手意識があったが、魔法使いみたいなことが出来るならちょっと楽しみかもしれない。


ーーまあ、外部演習はちょっと怖いけど……。


ヒミズの時みたいな事が起こらないとも限らない。あんなに痛い思いはもうごめんだ。

でも、彰良(あきら)や玲みたいに鮮やかにハグレモノを倒すのはちょっと憧れる。(あずさ)の霊力だってすごかった。

あんな風になれたら嬉しい。


ーー楽しみだな。二年生。


春は浮かれるものだと言うし。浮き足立つのも悪くないだろう。

窓の外の穏やかな気候のように、残夏は期待に胸を膨らませた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「もう二年生か……じゃあ今日からは、武器を使った稽古(けいこ)も入れるか。」


「え?本当ですか!?」


「ああ。体力もだいぶついてきたしな。」


相変わらず感情の乏しい表情で彰良が頷く。

それに残夏の心臓は、はち切れんばかりの喜びを表現していた。

彰良に師事して半年以上。

武器を握らせてもらう事もなく、ひたすらに体幹(たいかん)を鍛え、体力作りに取り組んできた。

心なしか残夏の身体もがっしりとしてきたくらいだ。その努力もようやく身を結ぶ。


と、(いさ)んでいたのも(つか)の間。


「構え方は……日本刀と違うからな。お前の好きな持ち方でいい。ただし、重心は前に出過ぎないこと。少し後ろだ。……そう。なるべく飛び跳ねないように、低くな。飛ぶと制御効かなくなって、敵に落とされるだけになるから。」


「は、はい……!!……うわ、」


剣を構えた状態で、残夏の身体はぐらりと傾いた。


ーー武器、ものすごく重い。あと動きづらい。


飛び跳ねるなと言われるが、飛び跳ねられるほどの動きすらままならないのだ。

そのまま基本的な姿勢の確認だけで、その日の残夏の体力は全て尽きてしまった。


「……こんなので体力きれるなんて……。」


ぜえぜえと息をしながら訓練場に倒れ()して、(すで)に暗くなり始めた空を見上げる。

こんな調子で本当に大丈夫なのだろうか。今日は全然動いていないのに。


「最初はそんなもんだ。じき慣れる。」


「でも……こんなに重くて動けるんでしょうか?」


「慣れだ。その内、無いと違和感を感じるようになる。」


ーーそうなのかな……。


まだ自分が両刃剣を振り回して、ハグレモノと戦う想像は出来ないけれど。彰良がそう言うのならそうなのかもしれない。

残夏は起き上がると、ぐるぐると腕を回した。今日だけで、きっと明日には両腕も筋肉痛だ。


「筋力トレーニングは続けろよ。基礎が疎かになると意味がなくなるからな。」


「はい。」


やはり何事にも筋肉は必要不可欠らしい。

それに少しばかり溜息を吐き出して、それからふと頭に湧いた疑問に残夏は首を傾げた。

そういえば、玲も凪もそこまで筋肉があるように見えないが、彼らの動きに残夏はついていけない。

あれはどういう事なのだろうか。


「玲と凪?……ああ、あいつらはまた身体の動かし方が違うからな。」


「違う?」


「そうだ。骨格からして違う。あいつら軽いんだよ。それを応用して瞬間的にスピード出してんだ。勿論身体的な面もあるけど、あれは技術の域だ。」


「技術……。」


確かに玲も凪も残夏や彰良のような体格ではない。

華奢(きゃしゃ)だったり小柄だったり。それで動きが違うらしい。しかし技術とは。


「まあ、凪は少し規格外だけどな。あいつ、身体能力高いから。だけど玲は、単純な体力勝負ならお前の方が勝つと思うぞ。」


「え?」


まさか。

特別講習だって残夏たちは最後の方ぼろぼろだったのに対し、玲は息切れひとつしていなかった。

体力が劣っているとは思えない。

しかし彰良は、軽く首を横に振ると肩を(すく)めてみせた。


「マラソンとか、普通の体力競技はあいつ無理だからな。高専時代、普通に倒れたり見学してたし。ただ、戦場だと違う。相手の動きに合わせて、最小限の動きで済むようにしてるみたいだから、それで極力(きょくりょく)体力使わないようにしてるらしい。……やり方聞くなよ?俺は出来ないからな。」


「えっと……すみません、どういう事ですか?」


「さあな。……頭の中でかなり計算してるっぽいんだよな。何通りも先読んで動いてるから、あいつの回避、マジックみたいだろ。」


確かに。特別講習の時もそんな感じだった。

まるで未来を見てきたかのように、ひらひらとかわすのだ。しかしそれは。


「な?出来る気がしないだろ。だからお前は筋力つけろよ。」


残夏の渋面(じゅうめん)に呼応するように、彰良も眉を寄せた。

彰良の言う通り、計算しながら立ち回るなんて残夏にはとても出来ない。考えるだけで頭が痛くなる。

あの人、そんな戦い方をしているのか。


「とはいえ、あいつも体力や筋力は乏しいが敏捷(びんしょう)性、反射神経、動体視力は常人超えてるからな。……まあ、つまり何が言いたいかというと、人それぞれあったやり方があるから周りの事は気にするなって事だ。あいつが俺にお前を任せたって事は、俺たちの間に通じるものがあるんだろ。……じゃあ、今日は終わりな。」


「はい!」


彰良の言う通り、残夏には彰良の指導が合っているのだろう。だから信じて頑張っていけばいい。

残夏は頷くと、背を向けて帰ろうとしている彰良の背中を追いかけた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 最近は春だなんだと組織が騒がしい。

この時期の微妙な喧騒(けんそう)が、名雲(なぐも)は大嫌いだった。

こういう時期は何もかもが浮き足立つ。そして、面倒事を持ってくるのだ。こいつのように。


「こんばんは、名雲さん。頼んでいたものは出来てますか?」


深夜、音もなく自身の研究室、もとい隊長室へとやって来た男に名雲は顔を(しか)めた。

ここには特殊な結界が張ってあるというのに、相変わらず猫みたいなやつだ。


「解析結果な。おー、出来てるぜ。」


わざと平静を装って書類をひらひらと振れば、猫みたいな男が、またたびに引き寄せられるようにするりと近づいてきた。

しかし、もう少しで手が届きそうという距離で足を止める。

警戒心も、警戒の仕方も猫だ。


「ふふ、ありがとうございます。やっぱり早いですね。」


「10番隊を舐めてもらっちゃ困るなぁ。」


「勿論です。いつも頼りにしてますよ。」


嫌味に対してもどこ吹く風。そんなおべっかが聞きたかったわけでもない。

名雲は苛立ちのまま自身の髪を掻き混ぜると、目の前に立つ男を()め付けた。


 亜月(あづき)(れい)

名雲にとっては興味をそそられる研究対象の一人。

しかしこの男の性質に関しては、あまり得意ではない。猫なんていつ引っ掻くか分からないのだから。

とはいえここで資料を渡し、それではい、さようならというのも名雲としては惜しい。

出来れば髪の一本、または血液サンプルくらいは貰いたい。


 名雲は、玲が手を伸ばして受け取ろうとした資料をひょいと引っ込めた。

しかしその程度で笑顔が消えるようなタイプでもない。

どうしたと首を傾げるのに、内心舌打ちをこぼしながら名雲は口を開いた。


「おっと。そう簡単にゃ渡せねーな。なんせ大変だったんでね。追加報酬をいただきたい。」


「おや……そんなに頑張ってくれたんですか?俺のために?」


なんだその返し。

(わざ)とらしい甘い声音に、自分の表情が歪むのが分かる。この男のこういう所が嫌いなのだ。

そもそもこの資料にはそれ程時間を要していない。既に故人(こじん)の霊力と、最近の異常個体の霊力データを比較しただけ。

名雲ならものの半日で終わるような代物(しろもの)だ。


「っ、誰がお前の、」


「ふふ、冗談ですよ。貴方の頭脳なら半日くらいでしょう?追加報酬は渡せませんね。」


「あー、くそ!」


資料を手にして笑う玲に、名雲は息を吐き出して自分の椅子に体重を預けた。こいつには勝てそうにない。

名雲は息を吐き出して、帰ろうとしている玲に目を向けた。

あんな故人の、しかも玲に関わる人物の霊力を調べさせるなんて、何を考えているのか。

気がつけば、名雲は玲を呼び止めていた。


「おい。」


「はい?」


「……なんでそんなデータを調べさせた。十一年前に死んだやつなんてな。何が起きてる?」


その言葉に玲は一瞬、きょとんとした顔をする。

初めて見た顔だ。

しかしそれもすぐに、くすくすと軽い笑い声に掻き消えた。


「名雲さんって頭良いのに、研究にしか興味ないですよね。」


「あん?(おと)してんのか?」


「まさか。褒めてるんです。」


玲は楽しげに笑うと、帰ろうとしていたのをやめて椅子を持ってくる。

そのままストンと名雲の前に座った。そして小首を傾げてみせる。


「ここだけの秘密ですけど、実は戻って来たのが左腕だけだったんですよね。」


「は?なんだそれ。公式の記録にはそんなものーー、」


「だって、取り返したの俺なんで。」


はっと息を飲んだ。

いくら名雲でも踏み込んで良いことと悪いことくらいの区別はつく。普段はわざと気にしていないだけだ。

こんな場で、こんな風に無意識に踏み荒らす事のなんと気まずい事か。

しかし玲は気にしていないのか、それとも隠しているのか。

表情を変えることなく、ゆったりと笑う。


「……ハグレモノでも生きてるって言えるんですかね。」


「お前……。」


「冗談です。ふふ、名雲さん優しいですね。」


くすくすと耳触りの良い声が響いた。それになんとも居心地が悪くなる。

やっぱりこの男は苦手だ。名雲のペースを掻き乱す。

そのまま玲は立ち上がると、そういえばとまた口を開いた。

さっさと帰れば良いものを。


「俺と共同研究しません?」


「はあ?」


「一人でやってたんですけど行き詰まっちゃって。名雲さんの意見があると進みそうかなって。……それに今、俺はあんまり大っぴらに動けないので。」


(ひそ)やかに研究内容を告げる玲に、名雲は眉を上げた。

この男が動けないのなら上層部絡みだろう。

そんな面倒事ごめんだ。と、普段なら断るのだが。玲は14番隊を任せるには惜しいほど頭も切れるやつだ。

それこそ、こいつの卒業の際は欲しがる部隊が山程いたのだから。


 そんなやつが持ってくる研究なら、名雲を(うな)らせてくれるかもしれない。

最近、暇で仕方なかったのだ。

このままこの男のペースに乗るのは嫌だが、研究以上に名雲を魅了するものもない。

名雲は自身の口角が上がるのを感じた。


「いいじゃねーか。今度研究資料持ってこいよ。ただし、お前の考察が話にならなきゃ手伝わない。いいな。」


「ふふ、それで構いませんよ。」


今度こそ玲が帰ろうと(きびす)を返す。

やっと帰るかと名雲も息を吐き出した。散々な夜だ。

まあ、でも新しい楽しみを得ることは出来た。


ーー喰えないやつ。


東條(とうじょう)が使い潰さなければいいけれど。

まあ、でも名雲には関係ない。どうでもいい事だ。

名雲は鼻歌混じりに、また新しいデータに手を伸ばした。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

エピソード12開始です。


残夏の二年生編ですね。

二年生では残夏が少し成長していきますので、楽しみにしていただけたら嬉しいです。


次回更新は3/28土曜日です!(19:30目安ですが、前後する時はXでお知らせします)


水曜日は短編を投稿予定です!


よろしければ感想、評価、リアクションなど頂けると更に励みになります。

よろしくお願いします!

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