幕間16 二人目の輪廻/異世界転生者
獣月宮竹は部屋を出て扉を閉めた後、軽く溜息を吐いた。
「まさか異世界のスキルに地球の神々の名前が使われているのに、そんな理由があったとはね……」
「何だ、竹殿。知らなかったのですか?」
竹のぼやきにカルルが眉を動かした。
「感付いてはいたけどね。神々が信仰心を血肉にしているのは地球でも変わらないから。知らなかったのは多分、転生した際に記憶を封印されたせいでしょうね」
「そうでつか。波旬殿は知っていたんですよね?」
「当たり前だ。俺は記憶に何もされてねえからな」
「なんで教えてくれなかったんですか?」
「訊かれなかったからだ。是非もない」
カルルが若干詰めると波旬はすげなくそう返した。
「それに、神々が人類を使ってマッチポンプをするのは珍しい話じゃねえ。トロイア戦争が有名だな」
トロイア戦争。
ギリシア神話に語られる戦争。ギリシアとトロイア間に起きた大戦であり、何人もの英雄が参戦した。神々も両派に分かれて積極的に自陣を支援した。全ての発端は増えすぎた人類を削減する為の、神々による人口調節政策だったという。
「だからって開き直っていい訳じゃないでしょ」
「であるな。悪かったな」
カルルがそう言うと波旬も素直に折れた。先はすげない態度だったが、多少は彼も思うところはあったようだ。
「失礼します。今、よろしいでしょうか?」
などと会話していると三人の前に一人の男が現れた。
黒髪の美丈夫だ。流し目は艶やかであり、口元は笑みを浮かべれば花開くように魅力的だろう。しかし、今やその口元は厳しく閉ざされている。
「オレはディムナ。フィン・マックール様のお付きをさせて頂いています」
美丈夫――ディムナが一礼する。軽薄ではないが慇懃でもない、礼儀正しさと自信を兼ね備えた態度だ。
「恐らくはフィン様が御無礼を働いたかと思われます。大変失礼しました。フィン様は今の年齢で前世に覚醒された為か、晩年の人間性が濃く表れているようでして」
「嫉妬深くて権力欲が強かった頃ね」
「申し訳ない限りです……」
ディムナが謝罪に改めて頭を下げる。主であるフィンの所業を我が事のように捉えている様子だ。よくできた従者だ。だからこそ、そんな彼がこんな部屋の外で待たされているのが竹には不思議だった。
「お付きのあんたがどうして廊下にいるのよ?」
「それは……オレが元異世界転生者だからです」
「!」
異世界転生者という単語に一同がギョッとする。
とはいえ、彼が敵ではない事はすぐに理解した。この場にいるという事は即ち異世界転生軍から離反して、輪廻転生軍側に回ったという事である。カルルと同様の身の上だ。彼もまたカルルと同じ理由で部屋の外に追い出された身なのだ。
「あっ、本当だ! あんた、一番隊のディムナ殿じゃないですか。『槍兵』の異世界転生者の」
「お元気そうで何よりです、カルル・トゥルー隊長」
カルルがディムナの顔を思い出す。
異世界転生軍一番隊。総長直轄の精鋭部隊であり、さすがに隊長格とは比較にならないが、選りすぐりの凄腕が揃っているエリート集団だ。彼はそんなエリート達の中でも随一の槍の名手として知られていた。
「元隊長ですけどね。あんたも軍を裏切ったんですぞ?」
「ええ。地球に戻った後に偶然、前世の母に会いしまして。どうしても殺せず……」
「あー……」
カルルが納得する。
如何に異世界転生軍の理念に共感しようとも、いきなり近親者に刃を向けられる人間はそういない。幸か不幸か、カルルは今日まで前世の身内には遭遇していなかったが、このディムナは出会ってしまったのだ。覚悟が鈍り、決意に背いてしまうのも無理はない。母を守る為に脱退したディムナを非難するのはいざ知らず、否定できよう筈もない。
「……それだけじゃねえだろ、お前」
「えっ?」
「そうね。その気配……あんた、高名な誰かの輪廻転生者でしょ」
波旬と竹の有無を言わせない視線にディムナは一瞬口を噤むが、すぐに腹を括って頷いた。
「御明察の通り、オレは輪廻転生者です」
「名は?」
「――ディルムッド」
ディルムッド・オディナ。
フィアナ騎士団の一員――即ちフィン・マックールの部下である。美貌に加え、出会った女性を虜にする魔法の黒子を顔に持っていたとされている。老年期を迎えたフィン・マックールの婚約者を魅了し、彼女を連れて逃避行をした。
当然の如くフィンは激昂し、二人を執拗に追い回した。最終的には和解をするが、その関係には亀裂が入ったままだった。ある日、ディルムッドは魔猪に襲われてしまう。瀕死のディルムッドを前にフィンはかつての確執を思い出し、ディルムッドを見殺しにしてしまうのだ。
「地球の神々の呼び掛けに応じて前々世の記憶に覚醒しました。前世の母に会ったのはその直後です」
「へえ。拙僧はその呼び掛けの時には覚醒しなかったんですけど、なんででつかね?」
「恐らくオレが神代の生まれだからでしょう。より神々に近い為、影響も強かったと考えています」
「成程~」
ディルムッドが生きた時代はまだ神々が地上に干渉し、魔法が当たり前に存在していた。ブラヴァツキー夫人が生きた時代とは神秘の濃度が比較にならない。当世になってもその影響は残っていても不思議ではなかった。
「ですが、この事はフィン様や他の方々には秘密にしておいて下さい」
「なんで?」
「オレがフィン様に仕えていられなくなるからです。ただでさえオレは元異世界転生者という事で不信を買っています。その上、ディルムッドである事を知られたら、あの人はいよいよオレを追い出すでしょう」
「……かもしれないわね」
ディルムッドの最期を思えば、フィンがディルムッドに悪感情を懐いているのは想像に難くない。現世でどう思っているかまでは断言できないが、懸念するに越した事はないだろう。
「けど、どうしてそうまでしてディムナ殿はフィンに仕えるのですか? 別に戦うだけなら、あいつの下でなくてもいいのでは?」
「生前に果たせなかった忠義を今度こそ果たしたいのです」
「成程、無念を晴らしたいのか。是非もなし」
一方のディムナ――もとい、ディルムッドはフィンの信頼を裏切った事を今でも悔やんでいた。主君の婚約者を奪った過去は見殺しにされた事を差し引いても拭えない、強い悔恨だったのだ。
その悔恨を克服する為に今生こそは主君に誠心誠意仕えたい。それがディルムッドの今の願望だった。
「分かったわ。こっちとしてもあんた達二人の関係に関わる気はないし、何も言わないわよ」
「かたじけない」
深々と頭を下げるディルムッド。彼が本気でフィンの下にいたいと考えている事が伝わる態度だった。
「ああ、会合も終わったみたいね」
竹が会合部屋の扉に目を向ける。ちょうどその時、扉が開かれた。
最初に扉を抜けて顔を見せたのは吉備之介だった。




