第61転 一触即発
「ほう? 何がだね?」
「他の神々とこいつらを一緒くたに語られたのがだよ」
竹は地球の澱みの正体を知らなかった。波旬は自身が戦いに地上に来た。この二人は他の神々とは違う。自らは手を下さず、天上から見下ろすだけのあいつらとは違うのだ。
「それは貴様がそこの二柱と知り合いだからそう思うのだ。私の知った事ではない」
「知らないんだったら最初から語るな。撤回しろ。カルルについてもだ」
「断る。所詮は神々、所詮は裏切り者だ。私は同席を認めん」
「……俺が仲間を悪し様に言われて、黙っていられると思っているのか?」
退席しろという発言も勿論、怪物呼ばわりしただって到底許せるものではない。鞘を握り、いつでも抜刀できるよう柄に手を伸ばす。
ネロもカルルも今の話は聞いていて気分がいいものではなかったらしく、殺気が漏れ出ている。オルフェウスだけはフラットな表情で読めないが、その手には琴を構えていた。止める気か加勢する気か、どちらだろう。
「ほう? 私とやるつもりかね?」
フィンが槍を地面から離す。構えらしい構えではないが、いつでも迎撃できる状態だ。奴が発する戦意にピリピリと肌が痛む。
「そっち次第だな」
「ふふん」
「オイオイオイ、ちょっと待ってくれよ」
空気が緊張していく中、金太郎が間に割って入った。
「フィン・マックールもモモちゃんもこれから共闘しようってのになんで喧嘩をおっ始めようとしてんだ。おかしいだろうがよ」
「先に突っ掛かってきたのはそっちだぜ、キンちゃん」
「得物を構えたのはそちらが先だろうがね」
俺もフィンも譲る気はない。互いに視線を外さず、空気がみるみるうちに張り詰めていく。俺と奴の間にある糸のような何か決定的なものが切れる――その直前だった。
「分かった、席を外すわ。私達は廊下で待っているわよ」
他ならぬ当事者の竹が制止の声を掛けた。
「竹!」
「争っている場合じゃないのは確かよ。ちょっと離れるだけで事が済むなら、それに越した事はないわ」
「……分かったよ」
俺が柄から手を離すとフィンも槍を地面に突き直した。その口角が厭らしく歪んでいる。正直ムカつくが竹の手前、また啀む訳にはいかない。
「何だ、戦らねえのか。つまらねえな」
「波旬」
「分かっているよ、俺も廊下に出よう。是非もない」
波旬は終始愉しそうだった。煩悩を司る神ゆえにこういう諍いは大好物なのかもしれない。
「じゃあ、拙僧も出ます。後でどういう話だったか教えてくだちい」
「ああ、分かった」
カルルが部屋から出る。波旬も扉を潜り、竹がその後に続く。
「吉備之介」
「ん?」
間際、竹が振り返って俺を見た。
「庇ってくれてありがとね」
「当然だろ。礼を言われるほどじゃない」
右腕を軽く振って「もういい」と示すと竹は微笑み、退出した。扉が閉まるのを見届けてから俺はようやくこの場に集まった輪廻転生者達に向き直る。
「ふん、やっと出ていったか」
「フィン殿。それはさすがに品がないですよ」
「……ふん」
まだ悪態をつくフィンを五十歳前後の紳士が嗜める。白ヒゲを蓄えすぎて口元が完全に隠れている。フィンはあの紳士には頭が上がらないのか、彼に対しては反論を口にしなかった。
「しかも今、出て行った人って輪廻転生者最強の男って噂の第六天魔王波旬じゃなかったですか? 気に入られていた方がよかったのでは?」
そんなフィンに追撃したのは金髪の男児だ。年齢はネロと同じくらいの十代前半。柔和な笑みを讃えているが、どこか作り物めいている。無欠でありながら無垢ではない、内面と外面が一致していない、そんな印象だ。
「誰だね、そんな事を言い出したのは。我が陣営のガウェイン卿こそが最強の輪廻転生者だ。何も問題はない」
フィンが隣に立つ青年騎士を見る。青年は寡黙に直立し、これといったリアクションは示さなかった。ただ頑として前を見据えている。
あいつはガウェインだったのか。英国の英雄、アーサー王に仕えた円卓の騎士が一人。アーサー王の甥であり、最も優秀な騎士と謳われている。フィンが得意になるのも当然というものだ。
「おほん」
咳払いをし、紳士が自分を注目させる。皆の意識が自分に集まったのを確認した紳士はいよいよ話を始めた。
「さて、少々ごたごたしてしまいましたが、そろそろ会合を始めましょう。私はパラシュラーマと申します。神々より輪廻転生軍の顧問を任命されております」
パラシュラーマ。
インド神話の英雄。維持神の第六化身。破壊神の弟子でもあり、彼の神から斧を授かった為、パラシュラーマの名を得た。戦士階級を殲滅し、僧侶階級の世にした業績を持つ、暴風雨の如き豪傑である。
あまりに血に塗れた為に天上に帰れず、今もどこかで生きていると聞いていたが、そうか。輪廻転生者として地上に留まっていたのか。逸話に反して大人しそうだが、老成したのだろうか。
「我々は当初、あの魔王城での決闘に参加する為、飛行機を入手しようとしていました。しかし、異世界転生軍は決闘前であるにも拘らず我々を襲撃してきました。決闘前に戦闘不能にしてしまえば、向こうは不戦勝になるからです」
そうだ。クリトもカルルも俺を決闘に行かせまいと立ち塞がってきた。うまくいけば殺害、悪くても負傷させてしまえば自分達の勝率が上がるという理由でだ。誇りもへったくれもない、しかして合理的な戦略だ。
「恐らく、飛行機で魔王城に赴いても迎撃されるのがオチだったでしょう。あそこには各国軍の航空部隊を撃破した兵器があります」
「ああ、確か大砲とか弓矢とかが超強化されているんだったか」
異世界の文明は地球での中世レベルで止まっている。だがしかし、その威力たるや地球の最新兵器を返り討ちにした。イシュニの【情報改竄】で尋常ではない強化が施されていたからだ。ミサイルや戦闘機を鉄の砲弾や木製の弓矢で撃墜する。想像を絶する魔改造っぷりである。
「では、どうするのかね? このまま手をこまねいていれば決闘の日時になってしまう。その時、魔王城にいないのであれば我々は不戦敗だ」
「その通りだ。どうにかしてオイラ達は魔王城に乗り込まなくちゃならねえ」
「ええ。その手段を我々は既に確保しています」
「それはどんな?」
話を促すとパラシュラーマはフッと笑みを浮かべ、
「それこそがこの川越城地下基地にある機構なのです」
両腕を広げてこの地下全体を示した。




