魔都 京都③
蓮と別れた風花一行は風花が作った車に乗って移動していたが、車内の空気は重たかった。
エリスが風花の行動に苛立って頬を張り倒してそこから二人の間には会話がなかった。
エリスは自分が間違ったことはしていないと思っており謝る気はなく、風花は自分の頬を張り倒されるなんて経験はなかったため困惑と少しの怒りからエリスに話しかけることをしない。
運転席にいる澪はその重たい空気を感じているが無視して、助手席に座っているポン太は案内しながら後ろの席からのプレッシャーに卒倒しかけている。
「次はどこを曲がればいいのポン太?」
「つ、次はそこの交差点を右です」
車を自分の手足のように操りながら澪はポン太に話しかける。
「大手門だったかしら?魔都の入り口」
「は、はい。魔都への出入り口は外敵が侵入した時だけ一つになるんです。本来は敵を逃がさないためなんですけど」
「鬼が裏切ったからそこに張られていると」
「はい…」
澪のハンドルを握る手に力が入る。
「全く主人を裏切る存在なんて、体中の関節を全部逆にしてからぶち殺してあげたいわ」
殺気がこもった澪の言葉に後ろからのプレッシャーも合わせてポン太は一瞬気を失う。
「ポン太、大丈夫?あなたには案内を任せてるんだから気分が悪くなったら言いなさいよ」
「だ、大丈夫です…」
(この人後ろの空気分かってないのかな?僕も五さんと四さんの喧嘩を何度か見てるけど殴り合ってない分こっちの方が怖い。あの二人の喧嘩はもう少しこう、後腐れがないというか。こんな重たい空気にならないのに!)
ポン太の顔色がどんどん悪くなっているのを見て、澪が後ろに声をかける。
「エリス、風花様。聞いた通り魔都に着いたら即戦闘になる可能性が高いのでいい加減にしてください」
「アタシは間違ってねえ」
「私は被害者よ」
双方の主張を聞き澪はため息をはく。
(風花様がここまで意固地になるなんて、源一郎様と蓮のこと以外はあまり関心がない方だったのに、頬をぶたれたのがそんなに腹に据えかねるのかしら)
澪はエリスに対してここまで怒りを剥き出しにしている風花の様子を珍しく思う。
風花は精神が脆弱で予定外のことがあったらすぐに不安定になるのだが、今回はエリスにぶたれてからすぐに魔法を使える状態まで回復した。今までなら最低一時間は魔法が使えない状態になっていたが、エリスに対する怒りが動揺を上回ったお陰で精神が安定している。
「どちらの主張も正しいです。今回ばかりは風花様の行動は間違ってました、しかしエリスも今は風花様に雇われている身の上なのだから、時間をかけたくなかったとはいえもう少し穏便にして欲しかったわ」
実際にはエリスの行動は九十点ぐらいの行動であれ以上の解決は澪にも出来なかった。それでも風花一人を責めることが澪には出来なかったため、エリスも間違っていると言ってしまう。
澪の言葉を聞いてエリスは呆れ返っている。
「澪。あんたがそんなふうだからこいつはいつまでも甘ったれてるんだよ」
「誰が甘ったれてるですって!」
「甘ったれてるだろうが!いいか、アンタは守られなきゃいけない存在なんだろ。なら自分の命を最優先しろよ!護衛の命が大事で自分の命を危険に晒そうとするなんてなふざけてんだよ!大切な人との別れを考えてない時点で甘ったれてんだよ!アタシ達がしてるのはおままごとじゃねえんだ、戦争してるんだよ!」
エリスの剣幕にたじろぐ風花。
エリスは自分の手で裏切り者とはいえたった一人の兄を殺した。そんな彼女からしたら風花の態度は許しがたいものだった。
澪もエリスの心情を察して何も言えないでいる。車内にまた重苦しい空気が流れる。
「あ、あの。そこを左に曲がれば大手門です」
ポン太の言葉で重たい空気の質が変わる。
魔法使いである彼女らは戦場を前にして思考を切り替える。
「ではまずわたくしとポン太が入ります。周辺の安全を確認したら合図をするのでエリス、風花様の順で入ってきてください」
無言で首を縦にふる風花とエリス。
ポン太と澪が大手門から魔都の中に入っていく。残された風花とエリスは全く目を合わさない。
数分たってからポン太が戻ってきて風花とエリスも魔都に入る。
魔都は表の世界の京都の街並みよりも古い。江戸時代の京都を再現している。
全員が魔都の中に入ったためポン太の案内で"奥の院"に向かう。大手門にも"奥の院"に向かう道中にも敵の姿は現れなかった。ポン太も拍子抜けしたのか少し気が緩んでいる。
敵が全く現れないため全員が張り詰めていた気を緩めるとその時遠くから爆発音がする。
「なに!?」
風花が声をあげて爆発音のした方角を見ると、そこから煙が上がっている。
「あれは"奥の院"の方角です!」
ポン太がそう叫び風花達は即座に煙の上がっている方向に駆け出す。
エリスはまだ魔力が充分に回復してなく身体強化魔法しか使えず出遅れる。それをみた風花だったが無視して自分の魔法で生み出したバイクに乗って先に行こうとするがエリスを見かねて無言でバイクにサイドカーをつける。
「お前の魔法便利だな。ありがとよ」
「あなたも戦力だから、それ以上の理由なんかないわ」
風花とエリスは共にバイクで目的地に向かう。
澪もエリスと同じように身体強化魔法しか使っていないが、その質がエリスよりも格段に高いため二人の乗ったバイクよりも速くポン太を抱えたまま目的地に到着した。
目的地に到着した澪が見たのは四体の角が生えた人型の存在と、それと戦っている三人の人間だった。
「ポン太!彼らは味方でいいの?!」
「は、はい!あの方々は御前様の友人達です。僕が魔都から離れてる間に姫様が呼び寄せてくれたのかもしれません」
「よろしい。ならわたくしがぶち殺すのはあそこにいる鬼どもだけね」
ポン太をその場に置いて澪が戦場に踏み出す。
着物を着たおかっぱ髪の少女が二体の鬼に追い詰められているのを間に入って助ける澪、二体の鬼が一瞬驚いたがすぐに澪に攻撃する。
二体の鬼が持つ金棒が澪の体めがけて振り下ろされる。人間一人を砕くには充分な威力を持った二つの金棒は澪の体をすり抜ける。
「えっ!?」
おかっぱ髪の少女から驚愕の声が漏れる。彼女には澪の体を打ち砕くはずだった金棒がその身に当たることなく、そのまま地面に打ちつけられた様に見えたからだ。
二つの金棒は重なるように地面にめり込んでいてその上に澪の右足が乗っている。
「鬼に金棒なんてずいぶん安直ね」
二体の鬼は金棒を引き抜こうとするがびくともしない。澪のその細い足によって完全に動きを封じられている。
金棒を抜くのを諦めた二体の鬼は金棒から手を離して澪に殴りかかってくる。
その二体の拳が届く前に澪の蹴りが右側にいた鬼の顔面を捉える。蹴り足を振り抜いた澪はその勢いを殺さずそのまま左側の鬼の顔面を左足の踵で捉えそのまま振り抜く。二体の鬼は瞬く間に地面に崩れ落ちた。
「嘘でしょ…」
おかっぱ髪の少女が絶句している。
「戦闘要員にしては弱すぎるわね。あなた、敵の数はこの場にいるので全員なの?」
澪に話しかけられたおかっぱ髪の少女はハッとして状況を説明してくる。
「いえ、まだ増援がいるはずです。彼らは捨て駒としてわたし達の体力を削ぐ為に攻撃してきてるだけです。もう戦闘開始から三十分以上経っているのでもしかしたら本命がくるかも」
おかっぱ髪の少女の言う通り何処かから二体の鬼が新たに現れる。その二体は澪の目から見ても強者の雰囲気をまとっていた。
「"醜赫"、"苦黄"!」
おかっぱ髪の少女がおそらく新たに現れた二体の鬼の名を叫ぶと同時に二体の鬼が襲いかかってくる。
(ちっ!さっきの奴らとは明らかに違う)
接近戦の技術自体は澪が圧倒するがその二体のコンビネーションは凄まじく互角の戦いをする。
数分二体を相手していた澪には大きな傷はないがところどころに切り傷やあざが出来ている。
アルテリアの人造吸血鬼と戦った時と同じような状況になっているが、今回は澪に援護があった。
「"閉匣"!」
おかっぱ髪の少女が二体の鬼に右腕を向けると鬼たちは透明な箱のようなものに閉じ込められる。
「飛んでけ!」
おかっぱ髪の少女が手を振ると連動するように鬼が入った箱が動きそのまま飛んでいく。
「助かったわ。ありがとう」
澪からお礼を言われたおかっぱ髪の少女は申し訳ない様子で両手を顔の前で振る。
「そ、そんな。助けて貰ったのはこちらです。こちらこそありがとうございます。あなたはポン太の呼んでくれた魔法使いですか?」
「ええ、その通りよ。ここにはあと二人魔法使いが来ているわ」
「助かります。本当に。申し訳ないんですがわたしの姉さんと翁も助けていただけますか」
おかっぱ髪の少女の言葉を聞いて澪は首を横に振り指をおかっぱ髪の少女の後ろに向ける。
指が向いた方向に振り向いたおかっぱ髪の少女が見たのは見慣れない二人の魔法使いと自分がよく知る二人の無事な姿だった。
「ありがとうございます!ここで話し続けるのも危険なのでみなさんとポン太には"奥の院"に来てもらっていいですか?」
「構わないけど、敵が居ないうちに姫様を連れ出した方がいいんじゃないかしら?」
「いえ、敵の数はまだ千体以上残ってます。せめてもう少し減らしてからじゃないと姫様を守り切る事ができません」
敵の数が千体以上と聞き澪はポン太の話と全く違うことが気になったが、今は移動を優先して何も言わず黙っておかっぱ髪の少女に続く。
そうして風花と澪、エリスは"奥の院"に入っていった。
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エリス達が"奥の院"に入っていったのを見て銀髪の少女は笑顔をつくる。
「やっと来てくれたのねエリスちゃん」
銀髪の少女アルテリアはエリスが魔都にきたことを心底喜んでいるようだ。
「アルテリアさんよぉ、ホントにあんなんでよかったのか?おれら全員出てれば翁の命は取れてたぜ」
アルテリアに話しかけたのは緑髪の鬼だった。彼の名は"恥緑"四体の鬼のうちの一体だ。
「いいのよ。もうそろそろ"奥の院"の結界の解析も終わるし、その時に総力戦よ。あなた達をこの魔都から解放する為にも"奥の院"の解析は必要なの。翁さん一人を殺しても決死の覚悟で姫様が外に出られたらおしまいだもの」
アルテリアの意見を聞いて渋々納得した恥緑はその場から離れていく。
アルテリアの側に控えていた男が話しかける。
「なにが解放するためか。貴様はあの小娘に復讐をしたいだけだろ」
「滅多なことを言うものではないですよカルヴァン。あの方たちの力は魔都を取り戻すために必要なんですから」
それだけ言うとアルテリアは自分の拠点に戻っていく。
一人残ったカルヴァンと呼ばれた男は空を見上げて呟く。
「ジュリアーノよ、お前の仇はいないが魔法使いどもをそちらに送るからな。今はそれで満足してくれ」
カルヴァンは真祖からアルテリアの護衛を任された貴族であり、ジュリアーノとは親友でもあった。
ジュリアーノを殺した魔法使いを殺せる機会が早くも巡ってきたことに柄にもなく神に感謝をする。
「ジュリアーノを殺して、真祖様の命すら脅かした雨守 雫。お前の娘を殺したら次はお前の番だ」
復讐の炎を目に滾らせてカルヴァンが彼岸の闇に消えていく。
自分の拠点に戻ったアルテリアは作りかけの薬を見る。その薬はアッシュからもらった薬を元にして量産化したものだ。
「ふふふ、復讐なんて野蛮ねカルヴァン。わたしはただエリスちゃんにも一緒に永遠を生きて欲しいだけなのに。アッシュが望んだことだものね。安心してアッシュ、あの子には必ず永遠を生きてもらうから」
暗い笑みを浮かべながらエリスは薬の最終調整をする。
そのエリスの様子は復讐の鬼そのものだった。
人物紹介
醜赫 (しゅうかく)
見た目は赤髪の好青年で額の中心から一本だけ角が生えている
角の長さはおよそ10センチほど斜め上に向かって生えている
左目は生まれた時からなく眼帯をしている
180センチでしなやかな筋肉をもっている
苦黄 (くおう)
見た目は黄色髪の美少女
右のこめかみから一本角がはえている
羊のような巻き角
150センチほどの小柄な体格 澪と同じくらい
右の腕だけ異様に長く気をつけの姿勢で膝に触れる
恥緑 (ちりょく)
緑の髪をオールバックにしている強面の男
頭頂部から真っ直ぐ上に角が伸びている
175センチで筋骨隆々な体
生まれた時から鼻がない




