吐露、のち懺悔④
王城を抜け、王都への城門をくぐり抜ける。無論門兵はいたが、いつもの通り町までお使いだといえば、あっさり出してもらえた。もしかしたらここにまでも、レオナに限られた自由を与えるためにクライストが手を伸ばしているのかもしれない。ぼんやりとそう思った。
開かれた道は白いレンガで舗装されていて、広がる青空によく映える。隣には自分と同じ侍女服に身を包んだミラルダが、バスケットを提げて歩いている。振り返れば、巨石を積み上げて作られた重苦しい城門。
いつだってこの城門をくぐる時、レオナは己に呪いをかける。
忘れるな、憎しみと苦しみを。悲しみと嘆きを。王城に与えられたのは、堪え難い絶望だったと。忘れるな、忘れるな。レオナは呪う。
————…そして修道院の悲劇の原因は、他でもないこの己のせいだったということも。
時間が決して巻き戻らないように、深く傷ついた心もずっと傷ついたまま。痛みに多少慣れることはできても、それでもずっとずっと痛い。血が止まらない。あの時の記憶が色褪せることもない。
苦しくて苦しくて、息もできない。心がこれ以上なく慟哭しても、誰にも届かない。届けない。
離宮を離れ、王城を抜け、王都の教会にやってきた最初の理由は、自分がいた修道院のその後を確かめるためだった。修道院が焼け落ちる音も、修道女たちの悲鳴も、忘れたわけでもなかった。忘れるわけもなかった。でも実際にその瞬間を目にしていなかったからと、ほんの小さな希望を抱いた。
レオナが入城する前まで暮らしていた修道院は、教会も兼ねていた。教会同士の繋がりは強い。だからきっと調べてもらうことが可能だと思った。もしかしたら、もうすでに修道院のことが知れているかもしれないと思った。
結果は、惨敗。
修道院は焼け落ち、跡形もないと聞いた。住んでいた修道女たちも、全員炎に巻かれて亡くなったと。何も言葉にすることができず、目の前に神父がいたということすら気にならず、その場に倒れ込んで泣哭した。
失われた命は戻らない。
愛した日常も戻らない。
やっと手に入れた宝物は、残酷に砕け散った。
溢れる記憶に、すべてはもう取り返しのつかない過去になってしまったのだと、嘆きに喉が潰れ、目を腫らし、ひどい頭痛に苛まれても泣き続けた。床にできて涙の染みが、泣き疲れ気を失うその瞬間まで消えることはなかった。
もう彼女たちに許しを請うことはできない。原因である自分には、その資格もないに違いない。それでも、許しを請わずにはいられなかった。
許してほしかった、生きることを。今まで従っていた戒律で、自害はできない。けれどなにより本能的に、自発的に生きていたいと思うことを許されたかった。
だからレオナは教会に通う。己を呪いつつ、二度と得られることはない許しを求めて、通わずにはいられない。バスケットは償いの証。
クライストがレオナに縋るように、レオナは教会と併設された孤児院に暮らす子供たちに縋っている。クライストがレオナに対し自由を見出すように、レオナもまた孤児たちに修道女たちを重ねているのだ。
孤児たちに施しを与えることが、彼女たちに対するレオナの自分勝手な償いだった。側室として与えられた財産のほぼすべてをここに捧げているのもそのせいだ。国のために散ることになった彼女たちは、その国がレオナに与える金など、嬉しくはないだろうけれど。
そして【側室レオナ・フライト】が大食漢だという理由も、その勝手な償いからきた噂。昼食時はかならず孤児分の量を作ってもらった。自分が時間があるときは、その足で食料を届けた。公務などでできそうもないときは、しっかり包んで自分付きの侍女に届けてもらった。
馬鹿にならないであろうその食費のために、せめてと厨房には孤児院に入れた財産の残り全てを渡してもらうように取り計らっている。
結局のところ、自己満足でしかない行為。償いというには、ひどく滑稽。けれどレオナにとって絶対的な救済法。
あれから教会まで、レオナとミラルダは終始無言を貫いた。もともとレオナは他人と話すことを苦手としているし、なにより話す気力がなかった。
ずっと沈黙を通した己をどう思われたのかと、教会についてからちらりとミラルダを見た限り、特に気にしているようには思えなかった。目が合えば当たり前のように柔らかく微笑まれた。「こちらの教会に来たのは初めてです」なんて言葉ももらえた。
突然のレオナとミラルダの訪問にも、神父は嫌な顔一つせず出迎えてくれた。いつもと変わらない温かい笑顔で対応。
「いつもながら唐突ですみません。こんにちは、神父様」
「ようこそいらっしゃいました、レナ様。今日は……、ご友人もご一緒なんですね」
神父に笑顔を向けられたミラルダも、穏やかな笑みを返す。
「お初にお目にかかります、神父様。ミラルダと申します」
「ご丁寧なご挨拶ありがとうございます。この教会で神父を努めさせていただいております、シリクと申します」