↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
9/10

第9話 寝かしつけたのは、竜だけでした

 正式な通知が届いたのは、五日後だった。

 ノクスは、協定で守られる、知性を持つ魔獣として認定された。

 売買証書に引き渡しを求める効力はない。


 叔父の屋敷と、取引先の帳簿も調べられた。

 ノクスを売った業者が、成竜をどこへ移していたか、その記録が見つかった。


 北の採石場の、閉じた坑道。


 辺境伯は、すぐに保護隊を出した。

 魔獣を扱う専門の隊員。ソフィア先生。協定の立会人。

 彼自身は、まだ腕の傷が塞がっていない。

 行くと言いかけて、やめた。


「報告を待つ」


 私は、うなずいた。

 ノクスへは、まだ母だとは言わなかった。

 確かめるまでは、わからない。


 叔父が私を連れ戻そうとした件も、聞かれた。

 脅された言葉を、覚えている範囲で話した。

 嘘を足す必要はなかった。

 事実だけでも、話し終わると疲れた。


 叔父は、違法捕獲を知りながら出資した疑いと、監察妨害などで調べを受けている。

 屋敷へ戻れという手紙が、一度だけ来た。

 私は返事を書いた。


『戻りません。今後のお話は、担当の役人を通してください。』


 封をして、辺境伯へ渡した。

 彼は文面を覗かず、使いへ託してくれた。


 *


 その夜、ノクスは久しぶりに、早く眠った。

 鈴のあった日から、夢で起きることがあった。

 いつもの本、いつもの歌。

 うまくいく日も、いかない日もあった。


 私は本を閉じ、辺境伯の方を見た。

 彼は隣の椅子で、眠りかけていた。


「伯爵様。お部屋へ」


 立とうとすると、私の袖を、彼の指がつかんだ。

 すぐに目が開く。


「……すまない」


 指が離れる。

 私は、椅子へ座り直した。


「何か、お話が?」


 彼は眠っているノクスを見た。

 それから、私を見た。


「もう少し、ここにいてほしい」


 私は、本を膝に置いた。


「ノクスが起きそうですか」

「いや」


 彼は、今度は、はっきり答えた。


「私が、いてほしい」


 胸が跳ねた。

 庭は暗く、廊下に明かりがあるだけだった。

 彼の傷は、布の下に隠れていた。


「君が来てから、帰るのが楽しみになった」


 彼は、言葉を探していた。


「この屋敷に、子どもたちはいた。トビも、ほかの者も。楽しくなかったと言ったら、失礼になる。ただ、守れたか、危ないことはなかったか、そればかり考えていた」


 彼は、ノクスの寝床を見た。


「君と、今日、何が面白かったかを話すようになった。フィオが待てたこと。ミミの翼が、少し大きくなったこと」


 私も、話したかった。

 今日は、こんなことがあった。

 彼が玄関を入ると、いつも、話すことを一つ思い出した。


「休みの日、君を町へ送ったのも」

「用事が、あったんですよね」

「あった。だが、一緒に行きたかった」


 私は顔を伏せた。

 暗くて、よかった。


「私は、また、一緒に本を選びたいです」


 彼の指が、椅子の端で動いた。

 私は手を伸ばした。

 今度は、袖ではなく、手をつないだ。


「カイル様」


 名前を呼ぶと、彼の目が明るくなった。


「私は、ここにいたいです。お仕事をして、休みの日は町へ行って、帰ってきて」


 私の手を、彼が握った。


「その中に、私がいても、いいだろうか」

「今も、いらっしゃいます」


 少し笑ってから、言った。


「これからも、いてください」


 彼の親指が、私の手の甲をなぞった。

 それだけで、昨日までの椅子が、違う場所になった。


 ノクスが、寝返りを打った。

 二人で、そちらを見る。

 竜は目を開けず、鼻から小さく息を吐いた。


「ねて」


 小さな声がした。

 起きていたのか、寝言なのか、わからなかった。


 私は笑いをこらえた。


「叱られましたね」


 彼も、肩を揺らしていた。

 手は、まだ離れなかった。


 翌朝、北から使いが来た。

 坑道にいた黒竜は、保護された。

 その竜は、何度も、一つの名前を呼んでいるという。


 ノクス。


 私は報告を聞き、手に持った本を、胸へ抱いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。