第9話 寝かしつけたのは、竜だけでした
正式な通知が届いたのは、五日後だった。
ノクスは、協定で守られる、知性を持つ魔獣として認定された。
売買証書に引き渡しを求める効力はない。
叔父の屋敷と、取引先の帳簿も調べられた。
ノクスを売った業者が、成竜をどこへ移していたか、その記録が見つかった。
北の採石場の、閉じた坑道。
辺境伯は、すぐに保護隊を出した。
魔獣を扱う専門の隊員。ソフィア先生。協定の立会人。
彼自身は、まだ腕の傷が塞がっていない。
行くと言いかけて、やめた。
「報告を待つ」
私は、うなずいた。
ノクスへは、まだ母だとは言わなかった。
確かめるまでは、わからない。
叔父が私を連れ戻そうとした件も、聞かれた。
脅された言葉を、覚えている範囲で話した。
嘘を足す必要はなかった。
事実だけでも、話し終わると疲れた。
叔父は、違法捕獲を知りながら出資した疑いと、監察妨害などで調べを受けている。
屋敷へ戻れという手紙が、一度だけ来た。
私は返事を書いた。
『戻りません。今後のお話は、担当の役人を通してください。』
封をして、辺境伯へ渡した。
彼は文面を覗かず、使いへ託してくれた。
*
その夜、ノクスは久しぶりに、早く眠った。
鈴のあった日から、夢で起きることがあった。
いつもの本、いつもの歌。
うまくいく日も、いかない日もあった。
私は本を閉じ、辺境伯の方を見た。
彼は隣の椅子で、眠りかけていた。
「伯爵様。お部屋へ」
立とうとすると、私の袖を、彼の指がつかんだ。
すぐに目が開く。
「……すまない」
指が離れる。
私は、椅子へ座り直した。
「何か、お話が?」
彼は眠っているノクスを見た。
それから、私を見た。
「もう少し、ここにいてほしい」
私は、本を膝に置いた。
「ノクスが起きそうですか」
「いや」
彼は、今度は、はっきり答えた。
「私が、いてほしい」
胸が跳ねた。
庭は暗く、廊下に明かりがあるだけだった。
彼の傷は、布の下に隠れていた。
「君が来てから、帰るのが楽しみになった」
彼は、言葉を探していた。
「この屋敷に、子どもたちはいた。トビも、ほかの者も。楽しくなかったと言ったら、失礼になる。ただ、守れたか、危ないことはなかったか、そればかり考えていた」
彼は、ノクスの寝床を見た。
「君と、今日、何が面白かったかを話すようになった。フィオが待てたこと。ミミの翼が、少し大きくなったこと」
私も、話したかった。
今日は、こんなことがあった。
彼が玄関を入ると、いつも、話すことを一つ思い出した。
「休みの日、君を町へ送ったのも」
「用事が、あったんですよね」
「あった。だが、一緒に行きたかった」
私は顔を伏せた。
暗くて、よかった。
「私は、また、一緒に本を選びたいです」
彼の指が、椅子の端で動いた。
私は手を伸ばした。
今度は、袖ではなく、手をつないだ。
「カイル様」
名前を呼ぶと、彼の目が明るくなった。
「私は、ここにいたいです。お仕事をして、休みの日は町へ行って、帰ってきて」
私の手を、彼が握った。
「その中に、私がいても、いいだろうか」
「今も、いらっしゃいます」
少し笑ってから、言った。
「これからも、いてください」
彼の親指が、私の手の甲をなぞった。
それだけで、昨日までの椅子が、違う場所になった。
ノクスが、寝返りを打った。
二人で、そちらを見る。
竜は目を開けず、鼻から小さく息を吐いた。
「ねて」
小さな声がした。
起きていたのか、寝言なのか、わからなかった。
私は笑いをこらえた。
「叱られましたね」
彼も、肩を揺らしていた。
手は、まだ離れなかった。
翌朝、北から使いが来た。
坑道にいた黒竜は、保護された。
その竜は、何度も、一つの名前を呼んでいるという。
ノクス。
私は報告を聞き、手に持った本を、胸へ抱いた。




