第7話 黒竜は、上手にお話しできません
監察官イーサ様は、若い女性だった。
背筋がまっすぐで、質問をする前に、相手の顔を見る。
魔獣協定を扱う専門の役人だと聞いた。
「知性の有無を、発音の良さだけで判断はしません」
最初に、そう言ってくれた。
「幼い子には、知らない相手と話すのが難しい場合があります。こちらからの質問だけでなく、普段の様子を見せてください」
叔父は、居間の椅子に座った。
幼獣の庭へは入れない。見学は、窓越しに。
辺境伯がその条件を伝え、叔父は、不満そうに承知した。
私は庭に出た。
ノクスは、小さな本を前足で押さえていた。
正しく言えるかどうか、練習はしていない。
今日、誰が来るのかは、何度か話した。
「ノクス。こちらは、イーサ様」
彼女は、近づきすぎず、しゃがんだ。
「初めまして」
ノクスは答えなかった。
私の後ろへ、頭を引いた。
体は、ほとんど隠れていない。
「こんにちは、だけでも」
叔父の声が窓から聞こえた。
イーサ様が顔を上げる。
「伯爵。今は、こちらに任せてください」
彼女はノクスの本を見た。
「読むところでしたか」
ノクスは、前足で本を押した。
私の方へ。
「私が読んでも、いいですか」
尋ねると、彼女はうなずいた。
いつもの本。
道に迷った小さな竜が、森で家を探す話。
最後に、木の陰の巣へ帰る。
私がそのページを開くと、ノクスは鼻先で、絵を押した。
「ここ」
「巣だね」
「ちがう」
竜の鼻が、描かれた大きな竜を指す。
小さな竜を、翼で覆っている。
「こっち」
私は、息を止めた。
この絵で、いつも本を閉じるのだ。
続きを読みたいと言わなかった理由を、初めて知った。
イーサ様は、何も尋ねなかった。
ノクスが顔を上げるのを待った。
「あいたい?」
私が聞くと、彼は目を伏せた。
「におい、ない」
母を、匂いで覚えているのかもしれない。
私は絵を見て、うなずいた。
「探しています。まだ、見つかっていません」
ノクスは、私の袖をくわえた。
ちぎらないように、そっと。
「リゼ、いる?」
「います」
イーサ様が、小さく息を吐いた。
記録役へ何かを伝えた。
叔父が、椅子から立った。
「誰にでも言うことを、覚えさせただけでは? 竜の親とは限らない。餌をくれた者の匂いを探しているだけですよ」
私は、顔を上げた。
怒りで、体が熱くなった。
でも、ノクスのそばで、怒鳴り返したくはなかった。
「イーサ様。次は、私が少し離れても、いいですか」
彼女は、ノクスを見てから、うなずいた。
私は彼へ伝えた。
「お水を取りに行きます。トビさんと、ここで待っていて」
ノクスは、袖を離した。
私は部屋へ戻り、水差しを取った。
叔父が、廊下へ出てきた。
「随分、自信があるんだな」
「慣れた場所で、慣れた人と話していただけです」
私はその横を通ろうとした。
叔父の荷物から、音がした。
ちりん。
首の後ろが、冷たくなった。
叔父は小さな鈴を持っていた。
柄には、黒い鱗がはめ込まれていた。
「昔は、これで来たんだ」
私は、水差しを机へ置いた。
「鳴らさないでください」
「知性があるなら、鈴が鳴っても、来ないと決められるだろう?」
庭から、翼のぶつかる音がした。
私は叔父へ背を向け、走った。




