第5話 黒竜が、見つかりません
私の誕生日に、ノクスが消えた。
庭にいない。寝床にもいない。
フィオはひとりで遊んでいた。ミミもいなかった。
トビさんが門を確かめる。
外へ出た跡はない。
辺境伯は見張りの人を呼び、敷地を区切って探すよう頼んだ。
「リゼは、本館を。外は私たちが見る」
言われて、私はうなずいた。
怖かった。
いなくなった子を見つけるまで、どんな仕事の経験も、お腹の底を落ち着かせてはくれない。
私は、昨日からのノクスを思い出した。
いつもと違ったこと。
本の絵を、何度も見ていた。
花を持った竜の絵。
今朝、ミミが、高いところに綺麗なものがあると言っていた。
ノクスは、どこ、と聞いていた。
私は、古い温室へ向かった。
中から、羽ばたく音がした。
屋根の下にミミがいた。
古い作業台の上には、ノクスがいた。
窓枠のつるに、白い花が咲いている。
届かないのに、届かせようとしたのだ。
台の脚が、軋んだ。
「ノクス。そのまま、止まっていて」
竜が私を見た。
くわえた花を、落とした。
「おこる?」
「今は、降りることを考えます」
私は、入口を開けたまま、大きく呼んだ。
トビさんが来て、辺境伯が続いた。
彼は一目で状況を見て、魔法で台の下を支えた。
「ノクス、飛ぶな。ゆっくり、こちらへ」
竜の足が動く。
降りた瞬間、台が音を立てた。
辺境伯が支えたまま、私たちは外へ出た。
外の草の上で、私はようやく、息を吐いた。
「いなくなって、心配しました」
ノクスは、尻尾を体へ巻きつけた。
「おはな」
鼻先で、持ってきた白い花を押す。
花びらは、少し潰れていた。
「おめでと」
私は花を見た。
しゃがんで、受け取った。
「ありがとう。嬉しいです」
それから、ノクスとミミを見た。
「でも、取りに行く前に、教えてください。危ない場所だったら、一緒に、別の方法を探せます」
ミミの翼が下がった。
「みみ、のぼれる」
「ミミはね。ノクスは、同じようにはできない」
私も、ミミのようにはできない。
辺境伯のように、台を支えることもできない。
できる人へ知らせることなら、できた。
午後、温室は鍵を交換し、子どもたちが入れないようにした。
見守りの分担も、もう一度、確かめた。
誰も、いい話だったからよかった、とは言わなかった。
*
夜、私の机に、小さな鉢が置かれていた。
白い花。温室と同じ種類。
辺境伯が、町から取り寄せてくれたそうだ。
「ノクスが、折れない花をあげたいと言った」
彼は扉の前に立ち、部屋へは入らなかった。
「もう一つ。これは、私から」
本だった。
この国に暮らす、知性を持つ魔獣の絵入り図鑑。
先生が使っているものより、新しい版。
「知らないことばかりだと、言っていたから」
私は本を抱いた。
知らない、と言ったことまで、覚えてくれていた。
「ありがとうございます」
言ったあと、花の隣に置いた。
「今日は、怖かったです」
「私もだ」
彼は、短く答えた。
「でも、呼んでくれて、助かった」
私は、この人と働けてよかったと思った。
少し遅れて、働く以外にも、隣にいたくなっていることに気づいた。




