第3話 怪物伯は、りんごを四つに切る
翌朝、私は約束した時間に来た。
ノクスは、格子の前で待っていた。
私を見ると、尻尾が一度、床を叩いた。
「来た」
「来ました。おはよう」
それだけで、目が少し明るくなる。
私は、朝いちばんに言うことを決めた。
挨拶。その日の予定。私が部屋から出る時間。
ノクスには、人の言葉がわかる。
でも、難しい言葉をいくら並べても、明日が見えるわけではない。
食事、お散歩、本、眠る時間。
絵を描き、壁に並べた。
トビさんが、散歩の絵を見て言った。
「これは、犬か?」
「竜です」
「翼は?」
「忘れました」
ノクスが、鼻先で紙を押した。
「つけて」
私は翼を描き足した。
小さい翼が二つある黒い犬になったが、本人は満足したらしい。
休みの日は、椅子の代わりに、月の絵を置くことにした。
いない日を、隠さないために。
いつ戻るのかも、絵で示す。
ノクスは長いこと、月を見ていた。
「トビ、いる?」
「いるよ。私がお休みの日も、トビさんはいます」
私はトビさんを呼び、一緒に確かめた。
*
幼獣専門の医師ソフィア先生が来た。
銀色の髪を編み、歩くのはゆっくりだが、診察はとても素早い。
先生が触ると、火狐の火は、淡い青になった。
「魔力を合わせるの。あなたにはできないから、診察や薬の仕事まで引き受けないこと」
先生は、はっきり言った。
「できることが違う人がいるのは、いいことよ」
私はうなずき、昨夜のことを話した。
鐘。跳ね起きたノクス。震えていた時間。
先生は、ノクスの首の下を診た。
鱗の間に、輪のような跡があった。
「捕獲業者の拘束具ね。外したあとも、合図への恐怖は残る」
「夕食の鐘は、鳴らさないようにします」
「ほかの音にも、気をつけて。ただ、恐れる音を無理に聞かせて慣らそうとはしないで」
私は、大きくうなずいた。
先生は私だけでなく、トビさんと辺境伯にも説明した。
私が休んでも、同じように暮らせる必要があるから。
辺境伯は、全部聞いていた。
腕を組む姿は怖いけれど、質問は細かかった。
鐘を持つ来訪者への対応。診察の前にすること。夜の人員。
その午後、彼がりんごを切っていた。
ソフィア先生が許可した、おやつだった。
四つに切る。
皮を取り、種を抜く。
フィオが匂いを嗅ぎ、前足を踏み鳴らした。
「まてない」
「待て」
辺境伯は真顔で言った。
狐の火が大きくなった。
「伯爵様。あと一切れ、と見せてあげると」
彼は、最後の一切れを持ち上げた。
「これを切ったらだ」
フィオが、見つめる。
火が少し、小さくなった。
やがて皿が置かれ、三頭がそれぞれ食べ始めた。
辺境伯の前に、一切れも残らなかった。
「ご自分の分は?」
「子どものおやつだ」
私はもう一つ、りんごを洗った。
ナイフは彼に渡す。
「私も食べます。二人分、お願いできますか」
彼は、りんごと私を見比べた。
それから、切った。
怪物伯の切ったりんごは、びっくりするほど、大きさがそろっていた。




