第2話 最初の仕事は、伯爵様を座らせること
給金。休み。部屋の場所。
緊急時の避難路。触れてはいけない薬。幼獣に食べさせてはいけないもの。
説明してくれたのは、管理人のトビさんだった。
四十歳。大きな手に、火傷の跡がある。
「わからなければ聞いてくれ。俺も、最初は全部わからなかった」
幼獣は三頭いた。
四歳の黒竜ノクス。
二歳の火狐フィオ。
三歳の翼猫ミミ。
フィオは火を吹く。ミミは飛ぶ。
ノクスは、今は牛くらいの大きさ。成長すると砦ほどになるそうだ。
「知性を持つ魔獣の子どもを、ここで預かっている」
トビさんは契約書を見せた。
自ら託す親もいれば、救出されてくる子もいる。
ノクスは、違法な捕獲業者から保護した子だった。
親の行方は、まだ、わからない。
「話す魔獣は、人間と取り決めを結べる。親が見つかれば、連絡を取る。ただ、捕まった子の中には、話すのをやめてしまう子もいる」
窓の外で、フィオが転んだ。
トビさんが椅子を引き、走りだしかけた。
私は窓を開けた。
「フィオ、手はつけた?」
小さな狐が、前足を上げた。
「つけたね。痛いところがあったら、トビさんに見てもらおう」
狐は立ち上がり、こちらへ走ってきた。
前足を診てもらってから、トビさんの袖を噛んだ。
「だっこ」
この子も話すのだ。
私は口元を押さえた。
可愛い。
可愛いけれど、毛先が燃えている。
触る方法は、先に習うことにした。
*
初日の夕方、ノクスは眠れなかった。
日が落ちると、部屋の奥へ行ったり、格子へ戻ったりする。
辺境伯は、外套を脱いで廊下へ置いた。
「君は先に休め。夜は私とトビが見る」
「伯爵様は、いつお休みになるんですか」
「寝たあとだ」
その、あと、が来ない顔をしていた。
「寝る前に、いつもすることは?」
「静かにさせる。火を消す。それから、横になるように言う」
静かになりたいときほど、静かに、が難しい。
私は幼獣の部屋の外に、小さな椅子を並べてもらった。
トビさんは一頭ずつ、体調と水を確認する。
私は、絵の少ない昔話の本を持ってきた。
「読みます。聞きたい子は、近くへどうぞ」
フィオが火を細くした。
ミミは椅子の背へ降りた。
ノクスは格子の向こうに、頭を伏せた。
十五分ほど読んで、本を閉じた。
終わりです、と言ってから、前世でよく歌った子守歌を、小さく歌った。
魔法はなかった。
途中で少し、音を外した。
ミミの耳がぴくりと動いたが、苦情はなかった。
ノクスは、私の椅子を見ていた。
「いる?」
「寝るまで、この椅子にいます。明日の朝は、朝ご飯のあとに来ます」
明日もいる、では、足りないのだろう。
いつ見える場所に戻るのかを、伝えたかった。
廊下の向こうで、小さな鐘が鳴った。
夕食を知らせる鐘だった。
ノクスが、跳ね起きた。
翼が格子にぶつかり、黒い煙が広がる。
ミミが逃げ、フィオの火が大きくなった。
辺境伯がすぐ、鐘を止めるよう叫んだ。
彼は結界を強め、煙を外へ逃がした。
私は立ち上がらなかった。
「鳴りやんだね。私は、ここにいます」
彼の魔法がなければ、座ってはいられなかった。
私の声だけで、何でも落ち着くわけではない。
ノクスは、長く震えていた。
やがて、頭を床へ下ろした。
「行かない?」
「まだ、行きません」
眠ったのは、その半刻後だった。
隣を見ると、辺境伯は壁にもたれ、目を閉じていた。
「伯爵様。こちらに、椅子があります」
目を開けた彼に言うと、ひどく意外そうな顔をされた。
それから、椅子に座った。
座っただけなのに、ずいぶん疲れていたことがわかった。




