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主人公はいつになっても冒険者ランクを上げない  作者: Patriot
戦後:二十歳〜二十七歳

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リリアさん!赤ちゃんが欲しいです!

いつもの朝。


ヒロは勢いよくギルドの扉を開けた。


「リリアさん!」


受付へ一直線に向かう。


リリアはいつもの笑顔で迎える。


「おはようございます、ヒロく――」


その言葉を遮るように、ヒロが口を開いた。


「赤ちゃんが欲しいです!」


ギルド中が静まり返る。


「……。」


「…………。」


「………………え?」


リリアは目を見開いたまま固まる。


「ひ、ヒロくん!!」


顔を耳まで真っ赤に染め、思わず両手で口を押さえた。


周囲の受付嬢たちも動きを止める。


依頼書を書いていた冒険者はペンを落とし。


酒を飲んでいた冒険者は盛大に吹き出した。


「ぶふっ!」


「な、何言ってるんだあいつ!」


「朝一番から爆弾発言だ!」


「ついに言いやがった!」


ギルド中が一気に大騒ぎになる。


当のヒロだけが、きょとんと首を傾げていた。





その日の夜。


木漏れ日の酒場には、多くの人が集まっていた。


親方。


工房の職人たち。


受付嬢たち。


冒険者たち。


いつも以上の賑わいを見せている。


その中で。


リリアは誰にも気付かれないよう、店の隅の席へそっと腰を下ろした。


少し離れたカウンターの端には、ギルドマスター。


いつもの席だった。


その正面では、女将が黙々と料理を作っている。


二人は言葉を交わさない。


ただ、いつも通り。


酒場には笑い声とジョッキの音が響き、料理の香りが店内を満たしていた。


ガレスはジョッキを置き、真剣な表情で口を開く。


「話は聞いた。」


「それで?」


「事情を説明しろ。」


酒場中の視線がヒロへ集まる。


ヒロは照れくさそうに頭をかいた。


「仕事が終わって。」


「いつものように、近所の子どもたちと遊んでたんだ。」


誰も口を挟まない。


静かに続きを待つ。


「別れ際にね。」


「子どもたちが言ってくれたんだ。」


ヒロは少し笑う。


「『お兄ちゃんに子どもができたら、その時は僕らが遊んであげるよ』って。」


その言葉を思い出したのか、優しく目を細める。


「……嬉しかった。」


少し照れながら続けた。


「だから。」


「リリアさんとの赤ちゃんが欲しいって、なったんだよね。」


酒場が静まり返る。


誰も笑わない。


皆、その理由があまりにもヒロらしくて、言葉を失っていた。


ガレスは大きく息を吐き、天井を見上げた。


「……。」


「何から説明すりゃいいんだ。」


酒場中が静まり返る。


ヒロは真面目な顔のまま続ける。


「今まで、インフラ整備と魔法工学しか勉強してこなかったからね。」


「生物学は無知なんだ。」


「生命の誕生。」


「その神秘。」


少し考え込むように腕を組む。


「神秘か。」


「教会にお祈りに行けば授かるのかな?」


一瞬の静寂。


そして次の瞬間。


「ぶはっ!」


「ははははは!」


「違う!そうじゃねぇ!」


「誰か教えてやれ!」


「ヒロ、本気で言ってるぞ!」


酒場中が大爆笑に包まれた。


ガレスは額を押さえたまま、大きくため息をつく。


「……今日は長くなりそうだ。」


店の隅では。


リリアが静かにその話を聞いていた。


「……。」


最初は。


「赤ちゃんが欲しいです。」


その一言に頭が真っ白になった。


だが。


事情を聞けば、思わず笑みがこぼれる。


「本当に……。」


「ヒロくんらしい。」


小さく胸を撫で下ろした。


その一方で。


酒場中の大人たちは頭を抱えていた。


「で……。」


「何から教えればいい?」


「いや、その前に誰が説明する?」


「お前が行け。」


「いや、お前だ。」


誰も名乗り出ない。


妙な沈黙が酒場を包んだ。


その時だった。


女将が厨房から顔を出し、一喝する。


「くっちゃべってないで飲みな!」


「ここは飯を食って、酒を飲む場所だよ!」


店内が静まり返る。


そして誰からともなく息を吐いた。


「……助かった。」


酒場中の大人たちが、心の中で同じことを思っていた。





次の日。


地下工事もひと段落し。


ヒロは親方と職人たちと共に、地下で小休憩を取っていた。


水筒を片手に一息つく。


そんな穏やかな時間。


ヒロがふと思い出したように口を開く。


「そういえば。」


「昨日は結局聞けなかったんですけど。」


職人たちが一斉に顔を上げる。


「赤ちゃんって、どうやって授かるんですか?」


空気が止まった。


いつもなら。


板金。


鍛冶。


導管。


どんな仕事でも、不器用ながら丁寧に教えてくれる職人たち。


しかし今回は違った。


「いや……。」


一人の職人が頭をかく。


「板金のやり方なら、うまく教えられるんだが……。」


別の職人も腕を組む。


「導管の配管なら説明できる。」


「でもよ……。」


「急にそんなこと言われてもなぁ……。」


職人たちは互いに顔を見合わせる。


誰一人として口火を切れない。


工事現場では頼れる大人たちが。


今だけは、全員困り果てていた。





その日の夜。


木漏れ日の酒場。


ヒロは女性陣のテーブルに座っていた。


そこには受付嬢たち。


女性冒険者たち。


なぜか全員が真剣な表情でヒロを見つめている。


ヒロは手帳とペンを取り出した。


「それで。」


「赤ちゃんは、どうやって授かるんですか?」


一同が顔を見合わせる。


最初に口を開いたのは、受付嬢の最年長だった。


「こういうことはね。」


「男がしっかりリードするんだよ!」


ヒロは真剣な表情で頷く。


「なるほど。」


さらさらと手帳へ書き込む。


「メモ、メモ。」


その隣で、若い受付嬢が少し照れながら口を開く。


「それはね。」


「リリアちゃんを幸せいっぱいにして。」


「まるで天国みたいな気持ちにするの!」


ヒロはきょとんと目を丸くした。


「じゃあ。」


「今までリリアさんは幸せじゃなかったんですか?」


カラン。


ヒロの手からペンが落ちる。


女性陣は一斉に頭を抱えた。





次の日。


一同は、木漏れ日の酒場ではない別の酒場へ集まっていた。


集まったのは、親方。


職人たち。


受付嬢たち。


女性冒険者たち。


そしてガレス。


用件は、もちろん一つ。


ヒロのことだった。


ガレスが腕を組み、全員を見回す。


「それで。」


「ちゃんと教えたのか?」


その一言で、職人たちが一斉に視線を逸らした。


「いや……。」


「急だったしよ。」


「板金なら教えられるんだ。」


「導管だって説明できる。」


「でも、専門外っていうかな……。」


「俺たちにも心の準備ってもんが……。」


言い訳が次々と飛び出す。


その瞬間。


「何やってんだ!」


「しっかりしろ!」


「大人だろ!」


周囲から一斉に叱責が飛んだ。


職人たちは小さくなって黙り込む。


すると今度は、受付嬢たちと女性冒険者たちが胸を張る。


「私たちはちゃんと教えたよ!」


「そうそう!」


「ばっちり!」


ガレスが眉をひそめる。


「何を教えた?」


受付嬢の一人が得意げに答える。


「男はリードすること!」


「相手を幸せいっぱいにすること!」


一瞬の沈黙。


そして。


「それ、教えたうちに入らねぇだろ!」


酒場中から一斉にツッコミが飛んだ。


女性陣は顔を見合わせる。


「……あれ?」


「違った?」





その日の夜。


木漏れ日の酒場、二階。


ガレスとヒロの部屋。


二人はそれぞれのベッドに横になり、天井を見上げていた。


しばらく静かな時間が流れる。


やがて、ガレスがぽつりと口を開く。


「……ヒロ。」


「起きてるか?」


ヒロはゆっくりと顔を向けた。


「うん。」


ガレスは少し照れくさそうに頭をかく。


「昼間も。」


「昨日も。」


「みんな説明できなかったみたいだからな。」


「俺が話す。」


ヒロは黙って頷く。


ガレスは茶化すことなく、できるだけ丁寧に説明を始めた。


静かな部屋に、ガレスの声だけが響く。


――そして。


話が終わる。


ヒロはゆっくりと起き上がり、ベッドに腰を掛けた。


両手で顔を覆う。


耳まで真っ赤だった。


「…………。」


しばらく沈黙が続く。


ようやく絞り出すように一言。


「僕……。」


「ギルドで、とんでもないこと言っちゃった……。」


ガレスは苦笑する。


「やっと気付いたか。」


ヒロはそのまま頭を抱えた。


「リリアさんに……。」


「顔向けできない……。」


ガレスは天井を見上げ、大きく笑った。


「がははは!」


「明日も普通に受付してるさ。」


ヒロは枕へ顔を埋め、小さく唸る。


「……穴があったら入りたい。」


ヒロがゆっくりと顔を上げる。


「……そういえば。」


「ガレスは、なんでそんなに詳しいの?」


ガレスの表情が固まった。


「……。」


「……まあ、その。」


珍しく視線を逸らす。


頭をかきながら、言葉を探す。


「いろいろ……だ。」


それ以上は何も言わない。


ヒロは首を傾げる。


「本とか?」


「……。」


「年上の人に教わったとか?」


ガレスは答えない。


「寝るぞ。」


それだけ言って毛布を頭までかぶってしまった。


「え? あ、うん。」


ヒロは不思議そうな顔のまま明かりを消す。


静かになった部屋の外。


扉にもたれかかるように立っていたセレナは、両手で真っ赤になった顔を覆っていた。


「もう……。」


小さく呟くと、誰にも気付かれないよう足音を忍ばせて廊下の奥へ消えていく。


部屋の中では、ガレスだけが毛布の中で小さくため息をついた。





次の日。


冒険者ギルド。


ヒロは勢いよく受付へ駆け寄った。


「リリアさん!」


リリアは少し驚きながら顔を上げる。


「お、おはようございます。」


ヒロは深く頭を下げた。


「ごめんなさい!」


「昨日、ガレスから全部聞きました!」


「僕、何も知らなくて……。」


「困らせて。」


「恥ずかしい思いまでさせてしまいました。」


受付は静まり返る。


そして。


「ぷっ。」


「はははっ。」


「あいつ、本当に昨日知ったのか。」


冒険者たちが吹き出す。


誰も茶化さない。


ただ、温かい笑いだった。


リリアは小さくため息をつく。


「もう。」


「ヒロくんらしいですね。」


そう言って、優しく微笑む。


「私は気にしていません。」


ヒロはほっと胸を撫で下ろす。


「ありがとうございます。」


少しだけ間が空く。


ヒロは真っ直ぐリリアを見つめた。


「でも。」


「気持ちは変わりません。」


ギルド中が静まり返る。


「いつか、リリアさんとの赤ちゃんが欲しいです。」


「だから。」


「まずは。」


「僕と付き合ってください!」


一瞬。


時間が止まった。


リリアは耳まで真っ赤に染まり、目を潤ませる。


そして、小さく頷いた。


「……はい。」


「よろしくお願いします。」


その瞬間。


ギルド中が歓声に包まれた。


「おおおおっ!」


「やっとか!」


「めでてぇ!」


そして、誰かがぽつりと呟く。


「……あいつら。」


「付き合ってなかったのかよ。」


その一言で。


ギルド中が大爆笑に包まれた。


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