再会
二人は街へ到着していた。
――エルドニア公国。
資源に恵まれ、交易で栄える国。
大通りには様々な国の商人や冒険者が行き交い、聞き慣れない言葉があちこちから飛び交っている。
ガレスは辺りを見回し、目を丸くした。
「すっげぇな……。」
ヒロは一枚の地図をガレスへ差し出す。
「ほら。」
「地図くらいは読めるでしょ。」
ガレスは地図を受け取る。
ヒロは会場を指差した。
「今日の昼、この建物で会議がある。」
「時間になったらここへ来て。」
そう言うと、ヒロは踵を返して歩き出した。
ガレスは慌てる。
「おい!」
「どこ行くんだよ!」
ヒロは振り返り、ニヤリと笑う。
「武器屋。」
「工房。」
「鍛冶屋。」
「全部回るよ。」
ガレスは額に手を当てる。
「……始まった。」
その時だった。
人混みをかき分け、一人の女性が真っ直ぐこちらへ駆けてくる。
長く美しい黒髪が風になびく。
「ヒロ!」
その声に、ヒロはゆっくりと振り返った。
その女性は人混みをかき分けると、そのままの勢いでヒロへ飛びついた。
「ヒロー!」
ぎゅっと抱きつく。
街中が一瞬静まり返る。
「……え?」
「あれ、勇者様じゃないか?」
「勇者様!?」
「誰だ、あの男!」
「知り合いなのか!?」
周囲は一気にざわめき始める。
ヒロは顔を真っ赤にして慌てた。
「レ、レイナ!」
「みんな見てるよ!」
レイナは満面の笑みのまま首を振る。
「気にしない!」
「久しぶりなんだから!」
ヒロは困ったように苦笑するしかない。
その様子を見ていたガレスは額に手を当てた。
「……始まったな。」
そこへ三人がゆっくりと歩いてくる。
大きな盾を背負った戦士グラム。
白い法衣を纏った聖女エミリア。
そして長い白髪を揺らす大魔術師オズワルド。
三人は顔を見合わせ、揃ってため息を吐いた。
「……相変わらずだな。」
その一言に、レイナはようやくヒロから離れた。
そして今度はガレスへ視線を向けた。
「ガレス!」
「久しぶり!」
その口元がニヤリと吊り上がる。
「十五勝十五敗。」
「決着をつける時が来たわね。」
勇者らしい鋭い眼差しになる。
ガレスも獣のように口元を歪めた。
「望むところだ!」
二人の間に緊張が走る。
周囲はざわつく。
「お、おい……。」
「勇者様とSランク冒険者だぞ!」
「ここで始める気か!?」
ヒロはため息をついた。
「やめろ。」
「周りの人たちが驚いてる。」
「場所を変えようよ。」
グラムが腹を抱えて笑う。
「がははは!」
「相変わらずだなお前ら!」
オズワルドは髭を撫でながら笑った。
「それなら、落ち着ける場所を知っとるぞ。」
「ほれ、ついてこんか。」
ヒロは苦笑しながら頷く。
街外れの静かなカフェ。
テラス席。
それぞれ飲み物が運ばれてくる。
ガレスは湯気の立つ黒い液体を一口飲んだ。
「……にがっ!!」
思わず顔をしかめる。
その反応に、一同が吹き出した。
「はははは!」
「ふふっ!」
グラムは腹を抱え、レイナは机を叩いて笑う。
オズワルドは髭を揺らしながら目を細めた。
ヒロは呆れたようにコーヒーを口へ運ぶ。
「バカには、この味が分かんないんだよ。」
ガレスは勢いよく立ち上がる。
「なんだと!」
また笑いが起きる。
しばらくして笑いが落ち着くと、ヒロはレイナへ視線を向けた。
「そういえば。」
「聖剣の調子はどう?」
「良かったら見せてよ。」
レイナは嬉しそうに微笑み、迷いなく背中の聖剣へ手を伸ばした。
レイナは静かに聖剣を鞘から抜いた。
ヒロは両手で受け取り、刀身を光にかざす。
刃先。
刃文。
鍔。
柄。
一本一本、確かめるように視線を走らせる。
誰も口を開かない。
しばらくして――
ヒロの表情が険しくなった。
「……何を切ったら、こうなるの?」
その一言で。
レイナたち四人の表情が曇る。
さっきまでの笑顔は、もうなかった。
ガレスも眉をひそめる。
ヒロはしばらく聖剣を見つめていた。
刃ではない。
刀身に宿る魔力を、じっと見つめている。
ヒロは静かに聖剣を撫でる。
「作ってるところを見てたから分かると思うけど。」
「この剣には、戦姫アンネローゼの魔力が込められてる。」
一拍置く。
「……その魔力が濁ってる。」
ヒロはレイナを見る。
「何を斬ったの?」
レイナはゆっくりと答えた。
「邪神教徒の奇跡。」
ガレスが思わず身を乗り出す。
「奇跡が斬れるのか!?」
ヒロは顎に手を当て、考え込む。
「……なるほど。」
「勇者の力は普通の魔法とは別系統だからね。」
「神聖魔法……いや、神聖力そのものに近い性質なのかもしれない。」
オズワルドが腕を組む。
「儂らも同じ結論じゃ。」
「じゃが、詳しい理屈までは誰にも分からん。」
ヒロは何も言わず、聖剣へそっと手をかざした。
淡い光が刀身を包む。
濁っていた魔力が、ゆっくりとほどけていく。
まるで汚れた水が澄んでいくように。
オズワルドが思わず立ち上がった。
「こ、これは……!」
「神聖魔法!」
「お主、使えたのか!」
エミリアは即座に首を振る。
「違います。」
その表情は驚愕に満ちていた。
「これは神聖魔法ではありません。」
「……似て非なるものです。」
やがて光が消える。
聖剣は、かつての輝きを取り戻していた。
レイナは目を見開く。
グラムは言葉を失う。
ガレスでさえ息を呑んでいた。
ヒロは何事もなかったかのように聖剣をレイナへ返す。
「はい。」
レイナは恐る恐る受け取り、その刀身を見つめる。
「……元に戻ってる。」
エミリアは立ち上がり、ヒロを真っ直ぐ見据えた。
「禁忌です。」
「その技は……神への冒涜です。」
ヒロは静かに頷いた。
「だから、破門されました。」
その一言に、その場の空気が止まる。
ヒロは穏やかな表情のまま続けた。
「それでも。」
「使わずにはいられませんでした。」
「決して、悪いようには使いません。」
「人を救うためだけに使います。」




