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主人公はいつになっても冒険者ランクを上げない  作者: Patriot
戦後:二十三〜二十七歳

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誇りに生きる

門兵み連れられエルザに引き渡されたヒロはそのまま食堂へ連れられていた。


そこはまさに貴族の晩餐だった。


長大な食卓。


磨き上げられた銀食器が並び、豪華な料理が隙間なく並べられている。


その一番奥。


まさに伯爵と呼ぶに相応しい威厳を纏った男が、悠然と腰掛けていた。


その反対側の席では――


ヒロが、ただひたすら料理を頬張っている。


「……」


礼儀も作法も関係ない。


目の前の料理を夢中で口へ運び、パンで肉汁を拭っては頬張る。


ここ数日眠りこけ、まともに食事をとれなかった男である。


目の前のご馳走に遠慮などできるはずもなかった。


その隣では、エルザがくすりと微笑む。


「もう……。」


そっとハンカチを取り出し、ヒロの頬についたソースを優しく拭った。


その瞬間。


周囲に控えていたメイドたちが一斉に声を上げる。


「お、お嬢様!」


「そのようなことを、ご自身でなさるなど……!」


「はしたのうございます!」


しかし伯爵は静かに手を上げ、制した。


「構わん。」


食堂が静まり返る。


伯爵は楽しそうに口元を緩めた。


「エルザの命の恩人だ。」


「しかも、たった一人でドラゴンを討ち果たした英雄。」


ヒロへ視線を向け、満足そうに頷く。


「エルザが惚れるのも、無理はあるまい。」


「っ!?」


エルザは弾かれたようにヒロから手を離した。


「お、お父様!」


耳まで真っ赤に染め、慌てて立ち上がる。


「わ、私はそのようなつもりではありません!」


食堂の空気が一気に和み、使用人たちの間にも小さな笑いが広がった。


一方その頃――


「……おかわり、あります?」


ヒロだけは、そんな空気などまるで気づいていなかった。


伯爵は椅子に深く腰掛け、静かにヒロを見据えた。


「……そなた、只者ではあるまい。」


食堂の空気が張り詰める。


「職人のような身なりをしておるが、その首には王家の紋章が刻まれたロケット。」


伯爵の視線がヒロの胸元へ向く。


「そして、単身でドラゴンを討ち果たすほどの実力。」


使用人たちも、騎士たちも、思わず息を呑んだ。


「一体、何者なのだ。」


ヒロは少し考えてから答える。


「王都の職人です。」


「……。」


誰も信じない。


伯爵は苦笑すると、ゆっくり立ち上がった。


「よかろう。」


「恩人に詮索は無粋というもの。」


「その代わり、褒美は受け取ってもらう。」


大きく両手を広げる。


「何なりと申せ!」


金でもいい。


領地でもいい。


爵位ですら考えよう。


その場の誰もが、そう思った。


ヒロは少しだけ考え、


「あ、じゃあ一つだけ。」


伯爵は満足そうに頷く。


「申してみよ。」


「街道を通らせてください。」


「……。」


「式典が始まる前に王国へ帰りたいんです。」


沈黙。


伯爵の笑みが固まる。


「…………は?」


食堂中が静まり返った。


メイドたちは顔を見合わせ、


騎士たちは耳を疑い、


エルザだけが呆然とヒロを見つめていた。


「そ、それだけでよいのか?」


「はい。」


「金も爵位もいらぬと?」


「流石にそろそろ帰らないと、リリアさんが心配するので。」


あまりにも迷いのない返事だった。


伯爵は数秒黙った後――


突然、大きく笑い出した。


「はっはっはっは!」


「面白い! 本当に面白い男だ!」





屋敷の大きな門を抜け、ヒロが街道へ足を向けた、その時だった。


「待って!」


後ろから必死な声が響く。


振り返ると、ドレスの裾を押さえながらエルザが駆けてくる。


息を切らし、肩で何度も呼吸を繰り返す。


「どうしたの?」


ヒロが首を傾げる。


エルザは乱れた息を整えようとしながら、まっすぐヒロを見つめた。


「……なんで?」


その瞳には純粋な疑問が浮かんでいた。


命を救った。


ドラゴンを討ち倒した。


伯爵家からなら、一生遊んで暮らせるほどの褒賞だって望めたはずだ。


それなのに、ヒロは何一つ求めず帰ろうとしている。


ヒロは少しだけ目を伏せた。


静かに息を吐き、ゆっくりと顔を上げる。


「いい仕事ができた時は、報酬なんていらないんだ。」


その言葉に、エルザは目を丸くする。


「え……?」


ヒロは照れくさそうに笑った。


「僕は職人だからね。」


「最高の仕事ができたって思えた時、それだけで十分なんだ。」


そう言い残し、ヒロは踵を返す。


夕日に照らされながら遠ざかるその背中を、エルザはいつまでも見つめていた。


その日初めて彼女は理解した。


父が英雄と呼び、自分が憧れたその人は、剣で生きる冒険者ではなく――


誇りで生きる職人なのだと。

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