表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
主人公はいつになっても冒険者ランクを上げない  作者: Patriot
戦後:二十歳〜二十七歳

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
93/96

褒美

広場の横にある空き地。


五年前。


王女アンを狙う刺客の出現により、一度も剣を交えることなく終わった模擬戦。


あの日を知る者たちは、口々に囁いていた。


「ついにやるのか。」


「五年前の続きだ。」


「今度こそ決着が見られる。」


空き地の周囲は、人で埋め尽くされていた。


冒険者。


騎士。


職人。


町の住民。


誰もが、この一戦を見逃すまいと息を潜めている。


空き地の中央。


剣聖セバスは、愛用の細剣を模して作られた特製の木剣を静かに構える。


その正面には、Sランク冒険者ガレス。


肩に担ぐのは、普段振るう大剣と同じ長さ、同じ重心、同じ重量感を再現した特製の木剣だった。


五年前とは違う。


互いが本来の戦い方を存分に発揮できるよう、この日のためだけに用意された得物。


誰も文句をつけられない、真の模擬戦である。


空き地の脇に置かれた木製のベンチ。


そこには王女アンとヒロが並んで腰掛けていた。


アンは懐かしそうに二人を見つめ、小さく微笑む。


「わざわざ特製の木剣まで作ったの?」


ヒロは頬杖をついたまま、ぶっきらぼうに答えた。


「ガレスが負けるところなんて見たくないからね。」


アンはくすりと笑う。


その言葉は、五年前。


あの日、ヒロが口にしたものとまったく同じだった。


「今日はいなくならないでよ。」


ヒロは少しだけ目を細める。


「そんなこともあったね。」


空き地の中央へ視線を向け、小さく呟いた。


「もう五年も経つのか。」


二人の視線の先では、セバスとガレスが静かに向かい合う。


五年前には果たせなかった勝負。


王都中が待ち望んだ一戦が、今まさに始まろうとしていた。





模擬戦が終わり、人々の熱気も少しずつ落ち着きを取り戻していた。


広場の喧騒を眺めながら、アンとヒロは並んで歩く。


アンはふと何かを思い出したように足を止めた。


「そういえば。」


「これって、助けてもらったお礼だったよね?」


ヒロは少し目を丸くした後、ふっと笑う。


「ああ……懐かしい。」


「そういえば、そうだったね。」


アンは両手を後ろで組み、ヒロの顔を覗き込む。


「あなたは何にするの?」


ヒロは少しだけ考え込む。


「そうだな……。」


しばらく黙ったあと、照れくさそうに頬を掻いた。


「豪華じゃなくていい。」


「質素で構わない。」


「ギルドと酒場から近い、二人暮らしできる部屋を紹介してほしい。」


アンは一瞬きょとんとする。


「家?」


ヒロは苦笑しながら頷いた。


「収入が低くて、審査が通らなくてね。」


そのあまりにも現実的な願いに、アンは思わず吹き出した。


「ふふっ。」


「王女へのお願いが、それ?」


ヒロは肩をすくめる。


「今の僕には、それが一番ありがたい。」


アンはしばらくヒロを見つめると、優しく微笑んだ。


「分かった。」


「任せて。」


「王都で一番いい大家さんを紹介してあげる。」


ヒロは照れくさそうに笑った。


「助かるよ。」





後日。


王宮の執務室。


アンは書類へ目を通している国王アルバスの前に立っていた。


「お父様。」


「ヒロが褒美が欲しいって。」


その一言で、アルバスの手が止まる。


「……何?」


ゆっくりと顔を上げる。


「今、何と言った?」


「ヒロが褒美を欲しいって。」


アルバスは椅子から勢いよく立ち上がった。


「ついにか!!」


机を叩き、目を潤ませる。


「今まで何度褒美を与えようとしても断り続けた男が……!」


「ついに望みを口にしたか!」


「余は嬉しいぞ……!」


感極まったように目頭を押さえる。


アンはそんな父を見ながら、少しだけ言いづらそうに口を開いた。


「あのね……。」


「その内容なんだけど。」


アルバスは満面の笑みで頷く。


「申してみよ!」


「城か?」


「領地か?」


「爵位か?」


「いや、いっそ宮廷へ迎えても──」


アンは苦笑しながら首を振る。


「借家を紹介してほしいんだって。」


「…………。」


執務室が静まり返る。


アルバスは口を開いたまま固まっていた。


「……借家?」


「うん。」


「ギルドと酒場から近くて、二人暮らしできる部屋がいいって。」


「収入が低くて審査が通らないらしいよ。」


「…………。」


アルバスはゆっくり椅子へ座り直した。


「余は……。」


「土地を与えることもできる。」


「屋敷を建てることもできる。」


「望むなら領地も、身分も授けられる。」


そこまで言って、深くため息をつく。


「そんな余に頼むことが……借家の紹介?」


頭を抱える。


「……逆に分からんぞ。」


アンは肩をすくめながら笑う。


「ヒロらしいでしょ?」


アルバスはしばらく天井を見上げていたが、やがて苦笑した。


「……ああ。」


「実に、あの男らしい。」





ヒロは窓を開け、ゆっくりと通りを見下ろした。


昼下がりの陽射し。


行き交う人々。


少し歩けばギルド。


反対へ行けば、木漏れ日の酒場。


風が部屋の中を心地よく吹き抜ける。


ヒロは小さく笑った。


「お世辞抜きに、いい部屋だね。」


「アホ王女のくせに、よく探してくれたもんだ。」


壁にもたれかかっていたガレスが、静かに口を開く。


「……ここに決めんのか?」


どこか寂しそうな声だった。


ヒロは窓の外を眺めたまま頷く。


「うん。」


そして振り返り、少し照れくさそうに笑う。


「十五年も君のいびきを聞いて寝てたからさ。」


「リリアさんと二人になっても、最初は寝られないかもしれないけど。」


一瞬の静寂。


次の瞬間。


「ぶはっ!」


ガレスが吹き出した。


「何だよそれ!」


「そこは普通、新生活を楽しみにしろよ!」


ヒロも笑い返す。


「もちろん楽しみだよ。」


「でも、君のいびきが聞こえない夜なんて初めてだからね。」


「うるせぇ!」


二人は顔を見合わせ、大声で笑った。





数日後。


開店前の木漏れ日の酒場。


店内では女将とセレナが開店の準備を進めていた。


カウンターでは、開店前だというのにギルドマスターが酒を飲んでいる。


扉が開き、リリアが静かに店へ入ってきた。


「おはようございます。」


「おや。」


女将は手を止め、穏やかに笑う。


リリアは真っ直ぐ女将の前まで歩くと、深く頭を下げた。


「女将さん。」


「ヒロくんと一緒に住むことにしました。」


女将は驚く様子もなく頷く。


「聞いてるよ。」


「それにしても律儀なもんだね。」


「普通、女はそんな挨拶しに来ないよ。」


リリアは顔を上げ、真っ直ぐ女将を見つめた。


「当然です。」


「大事なお子さんですから。」


その言葉に、女将は目を細める。


カウンターからギルドマスターが豪快に笑った。


「はっはっは!」


「確かにそうだな。」


酒を一口飲み、どこか懐かしそうに呟く。


「もう十五年か。」


「マーサが拾ってから毎日見てきた。」


「泣いて、笑って、怒られて。」


「気付けば立派な男になりやがった。」


店内に静かな時間が流れる。


奥で皿を拭いていたセレナは、そっと目元を拭った。


「……なんだか、お嫁に行く子の親みたいですね。」


女将は照れ隠しのように鼻を鳴らす。


「何言ってんだい。」


「あの子は昔から、人を見る目だけは良かったんだよ。」


その言葉に、店内は穏やかな笑いに包まれた。


しばらく談笑した後、リリアは深く一礼する。


「それでは、失礼します。」


踵を返し、店を出ようとした、その時だった。


「待ちな。」


女将が静かに呼び止める。


カウンターの下から、一つの革袋を取り出す。


どさり、と重い音が響いた。


「これ。」


「持ってきな。」


リリアは革袋を受け取り、その手を止めた。


革袋には、王家の紋章が刻印されている。


見間違えるはずがなかった。


五年前。


剣聖セバスから報奨金として受け取り、自らギルドで処理した、あの革袋だった。


リリアは驚いたように顔を上げる。


「……これは。」


女将は苦笑した。


「ヒロが預けてった金さ。」


「国王からの報奨金。」


「『いらないから。』なんて言って、あたしに押しつけてきたんだよ。」


「ったく。」


「どこまで金に興味がないんだか。」


女将は革袋をリリアの胸へ押し返す。


「あの子は受け取らない。」


「だから、あんたが持っときな。」


「新しい暮らしには何かと金がかかる。」


リリアは慌てて首を横に振る。


「ですが……。」


女将は優しく言葉を遮った。


「いいから。」


「あの子のために使う金なら、あの子も文句は言わないよ。」


少しだけ声が柔らかくなる。


「幸せにしてやんな。」


リリアは革袋を両手で抱きしめた。


その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。


「……はい。」


深く頭を下げる。


「必ず。」


その返事を聞いた女将は、小さく頷いた。


「よし。」


「行ってきな。」


リリアが店を出る。





扉の鈴が静かに鳴り、店内に再び穏やかな静けさが戻った。


ギルドマスターは酒を一口飲み、ぽつりと呟く。


「……寂しくなるな、マーサ。」


女将は鼻を鳴らした。


「何言ってんだい。」


「あたしには、うるさいのが一人残ってる。」


ギルドマスターは一瞬きょとんとした後、大きく笑い出す。


「はっはっは!」


「違いねぇ!」


奥で皿を拭いていたセレナも、思わず吹き出した。


「ふふっ。」


店内には、いつものように穏やかな笑い声が響いていた。

お読みいただきありがとうございました!「続きが気になる」「面白い」と思っていただけましたら、画面下の「ブックマーク登録」や「★(評価)」で応援していただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ