決意と別々の夢
次の日の朝。
陽だまり村は、静まり返っていた。
いつも聞こえていた鶏の鳴き声も。
鍛冶場の鎚の音も。
パン屋から漂う焼きたての香りも。
もう、何一つない。
広場の真ん中で、ヒロは座り込んでいた。
ただ石畳を見つめている。
隣には、大剣を背負ったガレスが立っていた。
何も言えなかった。
風だけが村を吹き抜ける。
長い沈黙のあと、ヒロがぽつりと呟いた。
「……僕、この村が嫌いだった。」
ガレスは黙って聞く。
「効率が悪くて。」
「精神論ばっかりで。」
「生産性なんて何もなくて。」
「だから、貧しいんだって思ってた。」
小さく笑う。
乾いた笑いだった。
「でも。」
ヒロはゆっくりと村を見回した。
パン屋。
鍛冶場。
木こり小屋。
村長の家。
もう誰もいない。
「朝、挨拶して。」
「パンをもらって。」
「みんなが笑って。」
「それだけで、十分だった。」
声が震える。
「それだけで……幸せだった。」
拳を握る。
震える。
次の瞬間。
ガンッ!
石畳へ拳を叩きつけた。
「なんでだよ!」
もう一度。
ガンッ!
「こんなことで!」
ガンッ!
拳が裂ける。
血が流れる。
それでも止まらない。
「導管が壊れただけで!」
「たった、それだけで!」
「みんな死ぬのかよ!」
涙が止まらない。
「ふざけるなよ!」
「こんなの!」
「理不尽すぎるだろ!」
何度も。
何度も。
拳を叩きつける。
ガレスは動けなかった。
いつも冷静だったヒロ。
泣いたことなんて、ほとんどない。
そのヒロが、子どものように泣き叫んでいる。
その姿が、何より苦しかった。
やがて。
ヒロの拳は動かなくなった。
血だけが石畳へ落ちていく。
長い沈黙。
ガレスが静かに口を開いた。
「……これから、どうする。」
ヒロは空を見上げた。
青かった。
あまりにも綺麗だった。
「王都へ行く。」
それだけ答える。
「冒険者になる。」
「インフラ整備の依頼を受ける。」
「導管を直す。」
「水を守る。」
「もう二度と。」
そこで言葉が止まる。
「……誰にも、こんな思いはさせたくない。」
その一言だけだった。
ガレスは黙って頷く。
そして、大剣へ手を添えた。
「じゃあ俺も行く。」
ヒロが顔を向ける。
ガレスは笑わなかった。
真っ直ぐ前だけを見ていた。
「俺は一番強い冒険者になる。」
「だから。」
「お前が守りたいものは、全部俺も守る。」
ヒロは何も言えなかった。
ただ、小さく頷く。
地面へ落ちていた魔法書を拾う。
胸へ抱える。
二人は立ち上がった。
もう振り返らない。
陽だまり村は、二人の故郷だった。
そして同時に。
二人が守れなかった、最初の場所でもあった。
こうして。
二人の冒険は、憧れではなく。
失った日常を、二度と誰にも失わせないために始まった。
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