異変の正体
鍛冶場の奥。
かつて力強い鎚の音が響いていたその場所は、今では重苦しい静寂に包まれていた。
炉の火は弱く、鉄も冷えている。
その前に、モルドは横たわっていた。
村一番の頑丈な男。
誰よりも強く、誰よりも働き者だった男が、今は荒い呼吸を繰り返すことしかできない。
「親方……!」
ヒロは駆け寄り、その大きな手を握った。
冷たい。
あまりにも冷たい。
モルドはゆっすらと目を開く。
焦点の合わない瞳が、ゆっくりとヒロを捉えた。
震える腕が持ち上がる。
その先には、一つの工具箱。
いつも肌身離さず持ち歩いていた、あの工具箱だった。
「親方……?」
モルドはヒロへ工具箱を押し出す。
そして、かすれた声で絞り出した。
「……魔力導管だ。」
息を吸う。
それだけでも苦しそうだった。
「地下を……見ろ。」
それが最後だった。
力が抜ける。
工具箱がヒロの胸へ落ちた。
「親方……?」
返事はない。
「親方!」
何度肩を揺すっても。
何度呼んでも。
もう目を開けることはなかった。
ヒロは唇を噛み締める。
涙が込み上げる。
それでも。
モルドが命を懸けて残した言葉だけは、頭の中ではっきり響いていた。
――魔力導管。
「……導管?」
その瞬間だった。
魔法書の最後に載っていた一枚の図面が脳裏によみがえる。
王都から各地へ張り巡らされた地下の魔力導管。
生活用魔力を供給するための古代設備。
そして。
魔力が変質した場合、周辺環境へ悪影響を及ぼす可能性。
「まさか……。」
ヒロの思考が一気につながる。
井戸水。
ガレスが感じた異臭。
魔法で判明した水の汚染。
原因不明の病。
全部、一つにつながる。
ヒロは立ち上がった。
工具箱を抱える。
「親方……。」
亡骸へ深く頭を下げる。
「必ず確かめます。」
そう言い残し、鍛冶場を飛び出した。
◇
「ヒロ!」
外でガレスが待っていた。
「どうした!」
「地下だ!」
ヒロは走りながら叫ぶ。
「村の地下へ行く!」
二人は広場にある古い石扉を開く。
冷たい空気が吹き上がる。
石造りの階段を、一気に駆け下りた。
ヒロが灯した光だけが暗闇を照らしている。
奥へ進むにつれ、ガレスが顔をしかめた。
「……この臭い。」
鼻を押さえる。
「井戸水と同じだ。」
さらに進む。
「いや……。」
ガレスの表情が歪む。
「もっとひどい。」
やがて二人は巨大な地下導管へたどり着いた。
石造りの壁。
その中心を、青白い光が流れている。
いや。
流れていた、というべきだった。
導管は至るところでひび割れ、濁った魔力が噴き出している。
「……そんな。」
ヒロは立ち尽くした。
導管のすぐ横には地下水路。
漏れ出した魔力は汚水と混ざり合い、禍々しい色へ変わっていく。
それが地層へ染み込み。
地下水脈へ流れ。
やがて村の井戸へ。
「老朽化……。」
ヒロは震える声で呟いた。
「魔力導管が壊れたんだ。」
村人を苦しめていた病。
その正体は、地下深くで誰にも気づかれず進んでいた災厄だった。
ヒロは壁へ手をつく。
冷たい石の感触が伝わる。
「もっと早く気づけていれば……。」
拳を握る。
「親方も。」
「みんなも。」
助けられたかもしれない。
その悔しさだけが、胸を締めつけ続けていた。
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