村の異変
ヒロとガレスが十歳になり、冒険者になる日を心待ちにしていた頃。
陽だまり村に、静かな異変が訪れた。
それは音もなく広がり、誰にも止められない速さで村を蝕んでいく。
最初に異変へ気づいたのは、ガレスだった。
鍛冶場での仕事を終え、いつものように井戸水へ口をつけた瞬間。
「……なんだこれ。」
顔をしかめる。
もう一度匂いを嗅ぐ。
そして迷うことなく水差しを地面へ叩きつけた。
「臭ぇ。」
乾いた音とともに水が飛び散る。
「こんなの飲めねぇ。」
ヒロは水差しを拾い上げ、匂いを嗅いだ。
何も分からない。
見た目も透明だった。
「……気のせいじゃないの?」
「違う。」
ガレスは首を横へ振る。
「何かいる。」
その日からだった。
ガレスは村の井戸水を一滴も口にしなくなった。
毎日、山奥の湧き水を汲みに行く。
木こりの爺さんに教わった山菜を採り、森で獲物を仕留める。
自分の口に入れる物は、すべて自分で確かめた。
ヒロは最初こそ首を傾げていた。
「さすがに神経質すぎるよ。」
そう笑っていた。
だが。
数日後。
パン屋の主人が倒れた。
次の日には、羊飼いの夫婦。
さらに翌日には、村長が床に伏せる。
あっという間だった。
笑顔で挨拶を交わしていた人たちが、熱にうなされ、起き上がれなくなっていく。
そこでようやく、ヒロも事態の深刻さを理解した。
「ガレス。」
短く呼ぶ。
「狩りと食料、水の確保は君に任せる。」
「おう。」
「僕は原因を調べる。」
役割はすぐに決まった。
ガレスは一日に何度も山と村を往復した。
安全な水。
獲物。
山菜。
少しでも村人へ届けるために走り続ける。
ヒロは魔法書を開き続けた。
水質の判別。
浄化魔法。
毒の知識。
読めるページはすべて読む。
井戸水を調べる。
魔法を試す。
そして、看病を続けた。
何度も。
何度も。
その末に、一つだけ分かったことがある。
井戸水は汚染されていた。
間違いない。
魔法はそう告げていた。
だが、それだけだった。
何に汚染されているのか。
どう治療すればいいのか。
魔法書には書かれていない。
ヒロは何度も浄化魔法を試した。
ガレスが運んできた綺麗な水を飲ませた。
食事を作った。
夜通し看病した。
それでも。
誰一人として、良くならなかった。
日に日に痩せていく村人たち。
笑顔は消え、家々から聞こえるのは苦しげな咳だけ。
ヒロは毎日、自分へ問い続けた。
(足りない。)
(知識が足りない。)
(力が足りない。)
(僕には……救えない。)
その現実だけが、容赦なく胸へ突き刺さっていた。
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