すれ違い
陽だまり村を旅立ってから、数日。
王都へ続く街道沿いで、二人は一本の古木にもたれて休んでいた。
木漏れ日が揺れる。
静かな昼下がり。
その静寂を切り裂くように、悲鳴が響いた。
「助けてっ!」
ガレスの目が一瞬で開く。
跳ね起きると同時に、大剣へ手を掛けた。
「ヒロ!」
「行くぞ!」
ヒロもゆっくりと目を開ける。
その瞳は、陽だまり村を出た日から変わってしまっていた。
深く、冷たい。
何かを諦めたような色。
「……助けて、か。」
小さく呟く。
「僕たちの村は。」
「誰も助けてくれなかった。」
その声は驚くほど静かだった。
「叫べば誰かが来るなんて……。」
「そんな都合のいい話、あるわけない。」
そう言いながら、ヒロは立ち上がる。
手首を回す。
肩をほぐす。
無駄のない動きで戦う準備を始めた。
ガレスはその姿を見て、小さく笑う。
「口じゃそう言うくせに。」
ヒロは答えない。
ガレスは大剣を担ぎ上げた。
「行こうぜ、相棒。」
二人は同時に駆け出した。
◇
街道の先では、一台の豪華な馬車が盗賊たちに囲まれていた。
護衛の兵士は十数人。
だが動けない。
幼い少女が人質に取られていたからだ。
盗賊の男が少女の首へ短剣を押し当てる。
「動くな!」
「近づけば、このガキを殺す!」
兵士たちの表情が強張る。
誰も踏み込めない。
その時だった。
「おい。」
ガレスが堂々と歩き出る。
「子供一人に大人が寄ってたかって。」
肩へ大剣を担ぐ。
「情けねぇな。」
盗賊たちが一斉に振り返る。
「なんだガキ!」
「死にてぇのか!」
ガレスは笑った。
「死ぬのは、お前らだ。」
その横で、ヒロは静かに目を閉じる。
盗賊の位置。
少女との距離。
短剣の角度。
風向き。
呼吸。
心拍。
世界がゆっくりになる。
「ガレス。」
小さく呼ぶ。
「三秒。」
「人質を助ける。」
「その後は任せる。」
「了解。」
盗賊が叫ぶ。
「ガキが何を――」
最後まで言えなかった。
ヒロが右手を払う。
風が鳴る。
いや。
音すらない。
圧縮された風刃が一閃。
盗賊の首が宙を舞った。
誰も反応できない。
少女だけが、ふわりと後ろへ引き寄せられる。
見えない風が優しく抱き寄せ、そのままヒロの腕へ収まった。
「ガレス。」
「終わりだ。」
「おう!」
大地が砕ける。
ガレスが突っ込む。
盗賊たちは剣を構える暇すらなかった。
峰打ち。
体当たり。
蹴り飛ばす。
大剣が唸るたび、一人、また一人と倒れていく。
数分後。
立っていたのは二人だけだった。
◇
少女がヒロの前へ歩み寄る。
まだ震えている。
それでも深く頭を下げた。
「助けていただき、ありがとうございました。」
「私は、アンと申します。」
ヒロは少女を見る。
身なりだけで分かった。
高価な服。
手入れの行き届いた髪。
自分とは違う世界の人間。
「……。」
視線を外す。
「助けなければよかった。」
アンの肩が震えた。
ガレスが慌てて振り返る。
「お、おい!」
ヒロはそのまま歩き出す。
アンが必死に呼び止める。
「お礼を!」
「どうか、お礼だけでも!」
ヒロは足を止めない。
背中を向けたまま、小さく言った。
「お礼なんか、いらない。」
少しだけ間が空く。
「……僕が助けてほしかった時には。」
「誰も来なかった。」
その一言だけを残し、歩き去っていく。
アンは言葉を失った。
ガレスは困ったように頭を掻く。
「悪い。」
「本当は、あいつそんな奴じゃないんだ。」
それだけ言い残し、ガレスもヒロの背中を追いかけた。
残されたアンは、二人の小さな背中を、いつまでも見つめ続けていた。
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