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主人公はいつになっても冒険者ランクを上げない  作者: Patriot
戦後:二十三〜二十七歳

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スラム街

スラム街を作り直す計画が始まって一年。


ヒロとガレスは、二十三歳になっていた。


ガレスはAランクへ昇格。


王国を代表する冒険者の一人として、大型モンスター討伐や国境警備など、難度の高い依頼を任されるようになっていた。


一度王都を出れば、数日。


長い時には数週間帰ってこないことも珍しくない。


その名は、今や王国中へ知れ渡っていた。


一方で。


ヒロは相変わらずFランクだった。


朝、決まった時間にギルドへ顔を出す。


受付で依頼を受け、そのまま王都のインフラ整備へ向かう。


昼になると、一度ギルドへ戻る。


「おかえりなさい。」


受付の向こうで、リリアが柔らかく微笑む。


二人はギルドの中庭へ移動し、並んで腰を下ろす。


リリアの手作り弁当を広げ、他愛もない話をしながら昼食を取る。


食べ終えると、ヒロは静かに立ち上がる。


「行ってきます。」


「いってらっしゃい。」


短い言葉を交わし、再び仕事へ戻る。


そして夕方。


その日の作業を終えると、ギルドへ戻り報告書を提出する。


変わらない毎日。


変わらない仕事。


それでもヒロは、その日常を心から気に入っていた。


ある日。


ヒロは、かつてスラム街と呼ばれていた場所を歩いていた。


かつて泥だらけだった道は、美しく舗装されている。


上下水道は整備され。


魔力導管は新しく引き直され。


夜になれば街灯が街を優しく照らす。


ヒロはゆっくりと辺りを見渡した。


そして、小さく笑う。


「……中心街より、よっぽど綺麗だね。」


その声を聞いた一人の男が振り返る。


「あっ!」


「ヒロさんだ!」


その一言で、街中がざわついた。


「あ、本当だ!」


「ヒロさん!」


「帰ってきたぞ!」


一人。


また一人と、人が集まってくる。


かつて仕事を教えた青年たち。


公共事業で初めて工具を握った男たち。


毎日のように鬼ごっこへ付き合った子どもたち。


荷物持ちを頼まれ、お使いをしていた老人たち。


今では誰もが笑顔だった。


「あの時はありがとうございました!」


「仕事、続けてます!」


「親方に褒められました!」


「ヒロ兄ちゃん!」


「また遊ぼう!」


子どもたちが駆け寄り、ヒロの腕へ飛びつく。


老人たちは目を細めながら笑った。


「お前さんのおかげで、ここは本当にいい街になった。」


ヒロは困ったように笑う。


「僕じゃありません。」


「みんなが頑張った結果ですよ。」


「僕は、少し手伝っただけです。」


その言葉に、大人たちは顔を見合わせる。


そして誰からともなく笑い出した。


「相変わらずだな。」


「全部、自分の手柄にしねぇ。」


「だからみんな、お前についていったんだ。」


ヒロは照れくさそうに頭を掻く。


見上げた先には、かつては想像もできなかった景色が広がっていた。


子どもたちの笑い声。


職人たちが木槌を振るう音。


夕食の支度をする香り。


そこにはもう、“スラム街”と呼ばれていた頃の面影はなかった。


人々が自らの手で築き上げた、新しい街が息づいていた。


その時だった。


人混みの向こうから、数人の男たちが歩いてくる。


顔には無数の傷跡。


鋭い目つき。


鍛え抜かれた肉体は、今にも力を持て余しているようだった。


事情を知らない者が見れば、思わず道を空けてしまうような男たち。


だが。


周囲の誰一人として、その姿を恐れる者はいなかった。


男たちはヒロの前まで歩いてくる。


そして。


一斉に深く頭を下げた。


「お久しぶりです!」


「兄貴!」


その声に、ヒロは苦笑する。


「その呼び方、やめようよ。」


男たちは顔を見合わせて笑った。


「無理ですよ。」


「兄貴は兄貴ですから。」


彼らは、かつてスラム街を縄張りにしていたチンピラたちだった。


食うに困れば盗みを働き。


力で物を奪い。


毎日のように喧嘩を繰り返していたならず者たち。


だが、スラム改修工事が始まった日。


現場荒らしをしようとして――。


職人たちとヒロに、文字どおり叩きのめされた。


親方の拳骨で記憶を飛ばし。


職人たちの蹴りでドブに頭から突っ込んだ。


あの日以来。


彼らは現場で働き始めた。


最初は嫌々だった。


だが、一日働けば飯が食えた。


二日働けば金がもらえた。


一週間もすれば、自分で稼いだ金で酒を飲めるようになった。


気が付けば。


盗みを働く理由は、どこにもなくなっていた。


一人の男が照れくさそうに笑う。


「兄貴のおかげで、今じゃ立派な職人見習いです。」


「毎日、親方に怒鳴られてますけどね。」


その言葉に、周囲から笑いが起こる。


ヒロもつられて笑った。


「それなら大丈夫。」


「一人前になる頃には、もっと怒鳴られてるよ。」


男たちは顔を見合わせる。


そして声を揃えて笑った。


「あぁ。」


「それなら安心だ。」


ガレスの名は、今や王国だけに留まらなかった。


大型モンスターを討ち。


国境を守り。


幾度となく国を救った英雄として、その名は周辺諸国にまで轟いていた。


誰もが知る英雄。


それがガレスだった。


一方で。


ヒロの名を知る者は、決して多くはなかった。


Fランク冒険者。


王都でインフラ整備を行う職人。


世間の評価は、その程度だった。


王都で暮らす人々ですら、ヒロという名を知らない者の方が多い。


しかし。


ほんの一部の者たちだけは違った。


王都の職人たち。


かつてスラムで暮らしていた人々。


そして。


国王アルバス。


剣聖セバス。


宮廷魔術師団長アルヴィン。


彼らだけは知っていた。


ヒロという青年が、どれほど常識外れの存在なのかを。


その力を。


その知恵を。


その優しさを。


だからこそ、三人は時折思う。


もしヒロが、本気で名声を求めたなら。


もしヒロが、冒険者として頂点を目指したなら。


――ガレスよりも、遥かに高い場所へ辿り着いていたのではないか。


そんな考えを、胸の内だけに秘めていた。


だが。


当の本人は、そんなことを一度も望まなかった。


今日もまた、誰にも気付かれないまま。


王都のどこかで、人々の暮らしを支えている。


それだけで、ヒロは十分に満足していた。

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