戦う決意
王都へ戦火が迫っていた。
それでもヒロは、いつもの時間に冒険者ギルドの扉を開けた。
ギィ、と重たい音が静かなロビーへ響く。
かつて多くの冒険者で賑わっていたギルドは、今では別の建物のようだった。
クエストボードには、一枚の依頼書も貼られていない。
王都の人々のほとんどは避難を終えていた。
依頼を出す者もいない。
受ける者もいない。
ギルド職員も最低限の人員を残し、他国のギルドへ避難している。
広いロビーには、人の気配すらほとんどなかった。
それでも。
ヒロは毎日ここへ来ていた。
依頼がなくても。
誰かが困っているかもしれない。
誰にも見つけてもらえない仕事が、どこかに残っているかもしれない。
それが、ヒロの毎日だった。
受付には、一人だけ残っていた。
リリアだった。
ヒロへ気づくと、小さく微笑む。
「……おはようございます、ヒロくん。」
「おはようございます、リリアさん。」
ヒロはいつものように受付の前へ立つ。
依頼書はない。
何も貼られていないクエストボードを、二人とも一度だけ見上げた。
リリアは静かに口を開く。
「ヒロくん。」
その声は、いつもより少し震えていた。
「お願いだから……避難して。」
すがるような瞳だった。
ヒロは静かに首を横へ振る。
「僕は避難しません。」
「この街を守るのが、僕の役目ですから。」
リリアは唇を噛む。
「昨日の点検作業で……もう王都に残っていた依頼は全部終わったの。」
「クエストは、もうないわ。」
クエストボードへ目を向ける。
「私も……明日には避難します。」
もう一度、ヒロを見る。
「だから。」
「一緒に行きましょう?」
少し笑おうとした。
けれど笑えなかった。
「……お願い。」
「もう、誰も残っていないの。」
「ヒロくんまで、この街に残る必要なんてないわ。」
ヒロは少しだけ寂しそうに笑った。
そして、何も貼られていないクエストボードを見上げる。
長い沈黙。
十年間。
王都へ来てから。
ヒロは毎日、街のインフラ整備の依頼を受け続けてきた。
魔力導管。
橋。
道路。
水路。
誰にも気づかれない場所で、誰かの日常を守る仕事。
それがヒロにとっての冒険者だった。
頭では理解している。
避難は終わった。
街にはもう守るべき日常は残っていない。
だから、街を整備する必要もない。
依頼がなくなるのは当然だった。
それでも。
心のどこかで思っていた。
依頼が一枚でも残っているなら。
最後までやり遂げよう、と。
昨日。
その最後の一枚が終わった。
ヒロは静かにリリアの方を向く。
「……そうですか。」
小さく頷いた。
「クエストがないのであれば、仕方ありませんね。」
リリアの表情が少しだけ和らぐ。
「それじゃあ……。」
安堵したように笑おうとする。
「明日、一緒に避難――」
「リリアさん。」
ヒロが静かに言葉を遮った。
「リリアさんは、一人で避難してください。」
リリアの笑顔が止まる。
「僕は、やることがあります。」
その一言だけで、リリアの表情が強張った。
「……まさか。」
お読みいただきありがとうございました!「続きが気になる」「面白い」と思っていただけましたら、画面下の「ブックマーク登録」や「★(評価)」で応援していただけると励みになります。




