作戦会議
ヒロは一人、王宮への道を歩いていた。
いつもなら人々で賑わい、歩くのも一苦労な王都の大通り。
商人の呼び声。
子どもたちの笑い声。
露店から漂う焼きたてのパンの香り。
そのどれもが、今日はなかった。
静まり返った石畳を、一歩、また一歩と踏みしめる。
十年間。
この道を何度歩いただろう。
依頼へ向かう朝。
仕事を終えて酒場へ帰る夕方。
ガレスと笑いながら歩いた日。
リリアと何気ない挨拶を交わした日。
女将に「早く帰ってきな」と送り出された日。
気づけば、王宮は目の前まで来ていた。
門の内側は、戦争の準備で慌ただしく動いている。
鎧を身に着けた兵士たち。
荷車で運ばれる武器や物資。
飛び交う怒号。
その中には、見覚えのある顔もあった。
王都の冒険者たちだった。
ギルドは戦争へ介入しない。
それが規則だった。
それでも。
彼らは皆、ランクプレートを外していた。
どんな処分を受けようとも構わない。
ただ、この街を守るために集まっていた。
ヒロは門兵へ軽く頭を下げる。
「お疲れ様です。」
門兵も静かに頷いた。
「ご苦労。」
ヒロはそのまま門をくぐる。
向かう先は――作戦会議室だった。
◇
◇
◇
会議室の扉を開く。
中では、王都防衛の最終確認が行われていた。
巨大な机の上には、王都全域の地図が広げられている。
その最奥。
国王が静かに腕を組み、地図を見つめていた。
その傍らには、剣聖セバス。
そして宮廷魔術師団団長アルヴィン。
机を囲むように、各部隊の兵士長たちが真剣な表情で配置を確認している。
一角には、大斧を肩へ担いだギルドマスターの姿もあった。
その隣にはガレス。
背中には見慣れた大剣を背負い、腕を組んで立っている。
そして――。
ヒロは思わず足を止めた。
そこには、ガレスの大剣よりもなお一回り大きな大剣を背負った女将が、当然のような顔で立っていた。
巨大な剣を片手で支えながら、地図へ視線を落としている。
誰一人、その姿を不思議に思う者はいない。
まるで、それが当たり前であるかのように。
会議室ではなおも、開戦前最後の配置確認が続いていた。
「……よお。」
最初にヒロへ気づいたのはガレスだった。
いつものような明るい笑顔はない。
静かな声で問いかける。
「もう、いいのか?」
ヒロは少しだけ寂しそうに笑った。
「うん。」
「昨日のクエストで終わりだってさ。」
その一言に、ガレスは何も返さなかった。
ヒロは小さく肩をすくめる。
そして、いつものように不敵な笑みを浮かべた。
「暇だから、手伝いに来たよ。」
その言葉で、会議室中の視線が一斉にヒロへ集まった。
工具箱を背負ったまま会議室へ入ってきた一人の青年。
兵士長の一人が眉をひそめる。
「誰だ。」
「ここは作戦会議室だ。」
「部外者は退出してもらおう。」
兵士が一歩前へ出る。
その時だった。
「待て。」
静かな一言が、会議室の空気を止めた。
口を開いたのは、剣聖セバスだった。
兵士たちは一斉に動きを止める。
セバスはヒロから視線を逸らすことなく、穏やかな声で告げる。
「その方は、この場へ入る資格があります。」
ヒロはセバスに軽く会釈をする。
アルヴィンが声をかける。
「一人でも多く戦力が必要なんだ。」
「特に魔術師は足りない。」
「来てくれて、本当に助かる。」
ヒロは軽く手を挙げて応えた。
「いえ。」
「……それにしても。」
ヒロは首を傾げる。
「女将さん。」
「その格好はどうしたんですか?」
会議室が静まり返る。
次の瞬間。
「ぶはっ!」
国王が腹を抱えて笑い出した。
「はっはっはっは!」
「確かにな!」
その笑いにつられるように、会議室中へ笑いが広がる。
兵士長たちも。
アルヴィンも。
ギルドマスターでさえ口元を緩めていた。
女将は巨大な大剣を背負ったまま、呆れたようにため息をつく。
「なんだい。」
「その反応は。」
隣でガレスが苦笑する。
「俺もさっき。」
「全く同じこと言って笑われた。」
会議室はもう一度、大きな笑いに包まれた。
笑いが落ち着いた頃。
国王が穏やかに口を開いた。
「無理もないか。」
「引退して、もう二十年になる。」
女将へ視線を向け、小さく笑う。
「王国の英雄――“アマゾネス”のマーサを知らぬ者が出てくるとはのう。」
ヒロは目を丸くした。
「英雄……?」
アルヴィンが苦笑しながら頷く。
「マーサさんは現役時代、ギルドマスターとパーティを組んでいたんだ。」
「最高ランクまで到達した、伝説の冒険者だよ。」
ヒロは女将を見る。
巨大な大剣。
堂々とした立ち姿。
酒場で見せる豪快な笑顔。
すべてが一本の線で繋がった。
「ああ。」
ヒロは納得したように頷く。
「なるほど。」
「だから夜な夜な酔っ払いたちをぶっ飛ばせてたんですね。」
会議室から笑いが漏れる。
マーサは鼻を鳴らした。
「ふん。」
「あんな連中、大したことないさね。」
ヒロは改めて、ギルドマスターとマーサを見比べた。
大斧を肩へ担ぐギルドマスター。
ガレスの大剣すら霞むほどの巨大な剣を背負うマーサ。
二人は地図を前に、ごく自然な表情で立っている。
(……。)
いつも、お似合いだとは思っていた。
酒場では豪快に笑い合い、喧嘩をして、常連たちを怒鳴りつける。
そんな姿しか知らなかった。
けれど。
こうして戦装束に身を包んだ二人を見ていると、不思議なくらいこちらの方がしっくりくる。
(これが、本来の姿なんだ。)
そんなことを考えている間にも、会議は淡々と進んでいく。
王都全域の地図へ次々と駒が置かれ、防衛配置が決まっていった。
「正門はセバス。」
国王が静かに告げる。
セバスは短く頷いた。
「西門はガレスとアルヴィン。」
「任せろ!」
ガレスが力強く答える。
アルヴィンも穏やかに頷いた。
「北門はギルドマスターとマーサ。」
「おう。」
「任せな。」
二人がほぼ同時に返事をする。
会議室の空気は、少しずつ開戦前の緊張へと変わっていった。
「問題は南門じゃのう。」
国王が地図を見つめたまま呟く。
「主戦力が足りん。」
「兵は多めに配置しておるが……。」
会議室に沈黙が落ちる。
兵士長たちが地図を見つめ、それぞれ意見を出し始めた。
「西門から一個中隊を回せませんか。」
「いや、西も決して余裕はない。」
「予備兵力を南へ。」
「それでは正門が薄くなる。」
意見は出る。
だが決定打はない。
誰もが地図を見つめ、考え込んでいた。
その時だった。
「僕が行きます。」
静かな声が、会議室へ響いた。
全員が一斉に顔を上げる。
ヒロだった。
国王。
セバス。
アルヴィン。
ギルドマスター。
マーサ。
兵士長たち。
全員の視線がヒロへ集まる。
ヒロは穏やかな表情のまま、地図へ歩み寄った。
そして。
南門を指差す。
「南門は、僕が守ります。」
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