帰還
魔王城。
城門の前。
ヒロを見送るため、魔族たちが集まっていた。
魔王も静かに立っている。
ヒロは全員を見回し、小さく頭を下げた。
「お世話になりました。」
そして。
地面へ手をかざす。
複雑な魔法陣が、ゆっくりと展開されていく。
その瞬間。
魔王の目が大きく見開かれた。
「……それは。」
ヒロは照れくさそうに笑う。
「転移魔法です。」
「解析は得意なので。」
「教えていただいた術式を解析して、自分なりに組み直しました。」
魔王は思わず絶句する。
「一度見ただけで……。」
ヒロは何でもないことのように頷いた。
「はい。」
「魔法工学は好きなので。」
そう言って笑顔で手を振る。
「それでは。」
「また。」
眩い光がヒロを包み込む。
「皆さん。」
「お元気で。」
光が消える。
そこにはもう、ヒロの姿はなかった。
城門は静まり返る。
誰も口を開かない。
魔族から見れば。
ヒロは決して強くない。
魔力量は少ない。
人間として見れば制御能力は高いのだろう。
だが。
魔族にとって魔力制御など。
呼吸をすることと変わらない。
成人の儀でも。
特別な能力は何一つ目覚めなかった。
それでも。
たった一度見ただけで。
転移魔法を解析し。
自らの術式として完成させた。
そんな者を。
誰一人として見たことがなかった。
老魔族は静かに涙を拭う。
「……誇らしい。」
誰かが小さく頷く。
「本当に。」
「魔王様に、そっくりじゃ。」
魔王は光が消えた場所を見つめたまま、小さく笑った。
「まったく。」
「最後まで。」
「面白い子だ。」
◇
◇
◇
ヒロの捜索のため。
ギルドは、かつてないほど騒然としていた。
王都の地図が何枚も広げられ。
冒険者たちは次々と捜索隊を組み、街の外へ向かっていく。
王宮から派遣された魔術師たちは、残された転移魔法の痕跡を必死に解析していた。
しかし。
手掛かりは何一つ見つからない。
受付に座るリリアは、俯いたまま動けずにいた。
目の前には書類が積み上がっている。
けれど。
文字を読んでも、意味が頭へ入ってこない。
手にした羽根ペンも、先ほどから一度も動いていなかった。
木漏れ日の酒場は、珍しく店を閉めていた。
女将もギルドへ来ている。
ヒロとガレスが王都へ来て十年。
雨の日も。
雪の日も。
祭りの日でさえ。
店を閉めたことなど、一度もなかった。
それでも今日は。
酒場を開ける気にはなれなかった。
親方をはじめ、職人たちもギルドへ集まっている。
誰も大声を出さない。
誰も冗談を言わない。
ただ、自分たちにできることはないかと、何度も地図を見つめていた。
医務室では。
傷だらけのガレスが、静かに眠っている。
その傍らにはセレナがいた。
椅子へ腰掛け。
ガレスの大きな手を、両手で包み込むように握っている。
「……早く起きなよ。」
返事はない。
セレナは手を離さなかった。
受付では。
魔力を回復させ、再び分身を作ったアンネローゼが、リリアの隣に立っていた。
何も言わず。
ただ、俯くリリアの肩へ手を置いている。
アンネローゼ自身も。
ヒロが無事だとは言い切れなかった。
魔王の目的も。
連れ去った理由も。
何一つ分からない。
だから。
安易な慰めの言葉を口にすることはできなかった。
重苦しい沈黙が、ギルド全体を包んでいた。
その時だった。
ギィ……。
ギルドの扉が、静かに開く。
誰もすぐには反応しなかった。
捜索隊の誰かが戻ってきた。
そう思っただけだった。
しかし。
入口に立つ姿を見た一人が、息を呑む。
その音に釣られるように。
一人。
また一人と、顔を上げていく。
長く伸びた黒髪。
見慣れた服。
いつもと変わらない、穏やかな表情。
そこに。
ヒロが立っていた。
「ただいま。」
たった一言。
いつもと同じ言葉だった。
リリアの手から、羽根ペンが落ちた。
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