表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
主人公はいつになっても冒険者ランクを上げない  作者: Patriot
成人期:二十歳

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
69/112

千年ぶりの退屈

いつもの朝だった。


ヒロは目を覚ますと、木漏れ日の酒場の中を軽く見回る。


椅子のぐらつき。


扉の軋み。


床板の浮き。


気になるところを手際よく修繕すると、工具箱を肩に掛けてギルドへ向かった。


受付では、いつものようにリリアが待っている。


「おはようございます。」


「おはよう。」


最近は少しだけ立場が変わっていた。


以前はヒロの無自覚な一言で、リリアが真っ赤になっていた。


しかし最近は違う。


「ヒロくん。」


「今日も頑張ってきてね。」


そう言って微笑まれるだけで。


「は、はい……。」


今度はヒロが耳まで真っ赤になる。


年上のお姉さんらしい余裕に、すっかり押され気味だった。


昼になれば、いつものようにギルドの食堂でリリアと昼食を取る。


他愛もない話をしながら弁当を食べ。


午後になると再び工具箱を持って仕事へ向かう。


そんな、いつも通りの一日。


その帰り道だった。


屋台の前に、人だかりができている。


「何だろう。」


ヒロが覗き込むと。


「あ!」


聞き覚えのある声が響いた。


「ヒロ!」


「お金貸して!」


見慣れた銀髪の美しいエルフが、焼き串を咥えたまま大きく手を振っている。


ヒロは固まった。


屋台の店主は腕を組み、呆れたようにため息をつく。


「金も持ってねぇのに食うんじゃねぇ!」


「『あとで払う』じゃ商売にならねぇんだよ!」


アンネローゼは悪びれもせず串をもぐもぐと頬張る。


「だって。」


「美味しそうだったんだもの。」


ヒロは慌てて財布を取り出した。


「す、すみません!」


「僕が払います!」


店主は代金を受け取ると、ヒロとアンネローゼを交互に見た。


「ああ。」


「なんだ。」


「ヒロの連れか。」


そう言ってニヤリと笑う。


「でも、いいのか?」


「受付嬢に内緒で、こんな美人と歩いてて。」


ヒロは一瞬、言葉を失った。


周囲の視線が一斉に集まる。


そして、ようやく我に返る。


「……じゃなくて!」


ヒロはアンネローゼへ駆け寄った。


「何してるんですか!」


「アンネローゼさん!」


「アンネローゼ?」


「今、アンネローゼって言ったか?」


屋台の前が、一気にざわついた。


「まさか。」


「戦姫アンネローゼ!?」


「馬鹿な!」


「千年前の英雄だぞ!?」


一人が首を傾げる。


「いや……。」


「エルフは長寿だ。」


「生きていても、おかしくはない。」


別の男が、まじまじとアンネローゼの顔を見つめた。


「そう言われてみれば。」


「広場の銅像にそっくりじゃないか……。」


アンネローゼは、その言葉にぱっと表情を輝かせた。


「銅像!?」


「私の銅像があるの!?」


子どものように身を乗り出す。


「ヒロ!」


「見に行きたい!」


ヒロは大きくため息をついた。


「……分かりました。」


「でも。」


「その前に、ちゃんと説明してもらいますからね。」


「はーい。」


まるで叱られる子どもの返事だった。


二人は広場へ向かって歩き始める。


王都の景色を眺めながら、アンネローゼは静かに話し始めた。


「今まではね。」


「たまに意識が戻って。」


「アルバスやセバスと少し話して。」


「また眠る。」


「そんな毎日だった。」


「ヒロのことも。」


「魔力を感じるくらいだった。」


「毎日来る子がいるなぁ。」


「その程度。」


ヒロは黙って聞いている。


「でも。」


「魔力炉を改修してから。」


「ずっと意識が保てるようになった。」


アンネローゼは肩をすくめる。


「最初は嬉しかった。」


「あなたとも、たくさん話せるようになったし。」


「でもね。」


「あなたは仕事が終われば帰っちゃう。」


「アルバスも。」


「セバスも。」


「毎日来るわけじゃない。」


少し間が空く。


そして。


両手を広げて叫んだ。


「退屈なの!!」


道行く人が一斉に振り返る。


ヒロは思わず立ち止まった。


呆れるでもなく。


笑うでもなく。


少しだけ申し訳なさそうな顔をする。


「……そこまで考えていませんでした。」


小さく俯く。


「僕は。」


「アンネローゼさんの負担を少しでも減らしたくて。」


「それだけだったんです。」


「結果的に。」


「逆に苦しめてしまったんですね……。」


アンネローゼはきょとんとした。


そして、くすっと笑う。


「違うわ。」


「苦しいんじゃないの。」


「暇なの。」


「だから遊びに来た。」


「それだけよ。」


そう言って焼き串をもう一口頬張る。


ヒロはしばらくその顔を見つめていた。


やがて小さく笑う。


「……それなら。」


「少し安心しました。」





広場へ着くなり。


アンネローゼは一直線に噴水へ向かった。


「ちょっ!」


「アンネローゼさん!」


ヒロが止める間もなく。


バシャッ。


靴のまま噴水へ飛び込み、水しぶきを上げながら中央へ歩いていく。


「わぁ。」


「冷たくて気持ちいい。」


そう言いながら、噴水の中央に立つ銅像の隣へ並んだ。


しばらく見比べる。


右を見る。


左を見る。


もう一度、自分と銅像を見比べる。


そして、大きな声で叫んだ。


「ヒロ!」


「全然似てない!」


広場中の視線が集まる。


アンネローゼは自分の頬を指差した。


「ちゃんと見て!」


「私の方が、もっと美人よ!」


一瞬の静寂。


次の瞬間。


「はははは!」


広場中が笑いに包まれた。


「いいねぇ、姉ちゃん!」


「そのくらい自信がなくちゃな!」


「こらこら!」


「アンネローゼ様に失礼だろ!」


「ヒロ!」


「デートか!」


「リリアちゃんに怒られるぞ!」


あちこちから野次が飛ぶ。


アンネローゼは「リリア」という名前にぴくりと反応した。


「……!」


ぱんっ。


顔の前で両手を合わせる。


目をきらきらと輝かせながらヒロを見る。


「リリアちゃん!」


「会いたい!」


ヒロは頭を抱えた。


「やっぱり、それですか……。」


アンネローゼは満面の笑みで何度も頷く。


「うん!」


「毎日あなたの話を聞いてたら。」


「どんな子なのか、気になって仕方なくなっちゃった!」


ヒロは深いため息をつく。


「……分かりました。」


「でも。」


「まずは噴水から出てください。」


アンネローゼは首を傾げる。


「どうして?」


「びしょ濡れです。」


「それに。」


「銅像の隣で騒ぐと、本当に怒られます。」


アンネローゼは銅像を見上げる。


「そう?」


「私は本人なんだけどなぁ。」





ギルドの扉が開く。


「ただいま――」


ヒロが言い終わる前だった。


「あっ!」


アンネローゼが受付へ目を向ける。


「……あの子ね!」


次の瞬間。


一直線に駆け出した。


「アンネローゼさん!」


ヒロは止めることも諦め、深いため息をつきながら後を歩く。


受付では、リリアがいつも通り穏やかに立っていた。


突然駆け寄ってくるエルフを見ても、まったく動じない。


「ご用件をお伺いします。」


その一言だった。


アンネローゼは迷うことなくカウンターの中へ入り込む。


「えっ?」


リリアが立ち上がる。


そのまま両肩を優しく抱き寄せた。


「やっと会えたわ。」


ゆっくりと頭を撫でる。


「え……?」


リリアは何が起きているのか分からない。


アンネローゼは満面の笑みだった。


「一目見て分かった。」


「あなたがリリアちゃんね。」


「ヒロが毎日。」


「毎日。」


「毎日。」


「あなたの話をするんだもの。」


リリアの頬が赤くなる。


アンネローゼはヒロの口調を真似るように、両手を胸の前で組んだ。


「黒曜石のように綺麗で長い髪。」


「ラピスラズリを埋め込んだような美しい瞳。」


「透き通る白い肌。」


「それに――」


少し咳払いをする。


そして。


ヒロそっくりの真面目な口調で続けた。


「仕事が丁寧で。」


「説明が分かりやすくて。」


「判断が早くて。」


「笑顔も素敵で。」


「声も落ち着いていて。」


「受付嬢として本当にすごい人なんです。」


ギルド中が静まり返る。


ヒロはゆっくりと顔を覆った。


「……。」


「全部言ったの?」


アンネローゼは満面の笑みで頷く。


「うん!」


「完全詠唱!」


その瞬間。


受付嬢たちが一斉に吹き出した。


「ふふっ!」


「ははは!」


「完全再現!」


リリアは耳まで真っ赤になり、その場で固まっていた。


そして少し離れたところで。


ヒロは小さく呟く。


「……穴があったら入りたい。」


受付の周りは静まり返っていた。


誰も、この銀髪のエルフが誰なのか分からない。


ただ。


圧倒されるほど美しいことだけは、誰の目にも明らかだった。


アンネローゼは満足そうにリリアの頭を撫でている。


リリアもようやく落ち着きを取り戻し、ゆっくりとアンネローゼの顔を見つめた。


銀色の長い髪。


澄み切った瞳。


どこか懐かしさを感じる整った顔立ち。


そして。


ふと、広場に立つ一体の銅像が頭をよぎる。


「……。」


リリアは何度も目の前の女性と記憶の中の銅像を見比べる。


そんなはずはない。


あり得るわけがない。


でも。


あまりにも似ていた。


リリアは小さく首を傾げる。


信じたい気持ちと、信じられない気持ちが入り混じる。


やがて恐る恐る口を開いた。


「……まさか。」


少しだけ間を置く。


「戦姫……アンネローゼ様?」


アンネローゼは嬉しそうに微笑んだ。


「うん。」


「初めまして。」


「アンネローゼよ。」


その一言で。


ギルド中の空気が止まった。


「……え?」


「アンネローゼ様?」


「本物?」


「千年前の……?」


誰かが息を呑む。


誰かが言葉を失う。


誰もが目の前の銀髪のエルフから目を離せなかった。


その時だった。


バンッ!


勢いよくギルドの扉が開いた。


店内の視線が一斉に入口へ向く。


先頭には国王。


その隣には王女。


さらにセバス。


後ろにはアルヴィンをはじめ、王宮魔法工学研究所の研究員たち。


そして、魔力炉改修に携わった職人たちまでいた。


「陛下!?」


ギルド中が騒然となる。


しかし国王たちは周囲を見ることなく、一直線にアンネローゼのもとへ駆け寄った。


国王。


セバス。


アルヴィン。


三人は迷うことなく、その場でひざまずく。


ギルド中が静まり返る。


誰も声を出せない。


やがて。


国王が穏やかに微笑んだ。


「おはようございます。」


セバスも深く頭を下げる。


「おはようございます。」


アルヴィンも少し照れたように笑う。


「おはようございます。」


アンネローゼは三人を見つめる。


そして、くすっと笑った。


「おはよう。」


「今日はみんな揃ってるのね。」


その何気ない朝の挨拶に。


国王は心の底から安堵したように目を細めた。


それは千年間、何度願っても叶わなかった。


**「普通の朝の挨拶」**だった。


国王たちがひざまずいたまま静まり返る中。


ヒロは一歩前へ出た。


「皆さん。」


「落ち着いてください。」


その一言で、ギルド中の視線がヒロへ集まる。


ヒロはアンネローゼを一度見てから、静かに説明を始めた。


「アンネローゼさんが街へ来られた理由は、僕にも先ほど聞きました。」


「魔力炉の改修によって、以前より長時間意識を保てるようになったそうです。」


「その結果。」


「話し相手がいない時間が、とても長くなった。」


アンネローゼは小さく頷く。


「退屈なの。」


その一言に、ギルド中から小さな笑いが漏れる。


ヒロも苦笑しながら続けた。


「そして。」


「千年間守り続けた王都を、自分の目で見てみたかった。」


「それと。」


ヒロは少し照れくさそうに頭を掻く。


「毎日僕が話していたので。」


「リリアさんに会ってみたかったそうです。」


リリアは思わず顔を赤くする。


ヒロはさらに続けた。


「なお。」


「理論上、この分身に問題はありません。」


アルヴィンが興味深そうに耳を傾ける。


「分身を維持するには魔力を消費します。」


「維持できなくなれば、この分身は自然に消えます。」


「その時。」


「アンネローゼさんの意識も再び眠りにつきます。」


「そして。」


「魔力が十分に回復すれば、また分身を作ることができます。」


ヒロは静かに結論を口にした。


「つまり。」


「人間が朝起きて。」


「昼間活動して。」


「夜眠る。」


「それと、ほぼ同じ状態です。」


ギルド中が静まり返る。


アルヴィンはゆっくりと頷いた。


「……なるほど。」


「実体を持つ分身を、一つの生命活動として維持しているわけか。」


ヒロも頷く。


「はい。」


「魔力炉の機能にも影響はありません。」


「アンネローゼさん自身の負担も、大きく増えることはありません。」


国王は安心したように息を吐いた。


セバスも静かに胸を撫で下ろす。


その横で。


アンネローゼだけは満足そうに笑っていた。


「だから。」


「遊びに来たの。」


国王はゆっくりと立ち上がった。


そして、ヒロの前まで歩み寄る。


何も言わず。


両手で、ヒロの手を強く握った。


「……ヒロ。」


その声は震えていた。


ヒロは戸惑う。


「陛下?」


国王は静かに首を横へ振る。


涙が一筋、頬を伝った。


「初代国王の悲願が叶ったわけではない。」


「アンネローゼ様の本体は、今も魔力炉の中じゃ。」


「それでもの。」


嗚咽を堪えながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「代々の王は。」


「魔力炉へ通い続けた。」


「今日も国は平和です。」


「今日も人々は笑っております。」


「そう報告することしか、できんかった。」


国王はアンネローゼへ目を向ける。


広場で笑い。


屋台で串を頬張り。


リリアと笑い合っていた姿を思い出す。


「じゃが今日は違う。」


「アンネローゼ様が。」


「自らの足で王都を歩き。」


「人々の笑顔を見て。」


「ご自身が守り続けた国を、その目で見てくださった。」


ヒロの手を握る力が、少しだけ強くなる。


「ヒロ。」


「ありがとう。」


「本当に……ありがとう。」


「わしはの。」


「こんな日が来るとは思わなんだ。」


涙は止まらなかった。


隠そうともしない。


ただ何度も。


「ありがとう。」


その言葉だけを繰り返した。


ギルドは静まり返る。


その横で。


セバスは背筋を伸ばしたまま、直立不動で立っていた。


表情は崩さない。


姿勢も崩さない。


ただ。


一筋。


また一筋と、涙だけが頬を伝っていく。


剣聖セバス。


王宮へ仕えて幾十年。


人前で涙を流した姿を見た者は、一人としていなかった。


だからこそ。


誰も、その涙に言葉を掛けられなかった。


アンネローゼは二人を見て、困ったように笑う。


「もう。」


「アルバス。」


「セバス。」


「二人とも泣きすぎ。」


セバスは静かに頭を下げる。


「……申し訳ございません。」


「どうにも。」


「止まりません。」


国王は涙を拭いながら笑った。


「申し訳ない。」


アンネローゼは肩をすくめる。


「今日は。」


「久しぶりのお出掛けなの。」


「そんな顔をしていたら、楽しめないじゃない。」


国王は何度も頷く。


「そうですな。」


「今日は、この国を案内しましょうぞ。」


アンネローゼは嬉しそうに微笑んだ。


「うん。」


「楽しみにしてる。」


それから、しばらくして。


ギルドの喧騒も落ち着きを取り戻していた。


受付にはヒロだけが残っている。


窓の外では、アンネローゼを囲みながら国王やセバスたちがゆっくりと王都を歩いていた。


千年越しの街巡り。


ヒロはその後ろ姿を静かに見送る。


リリアが優しく声を掛けた。


「ヒロくんは。」


「行かないの?」


ヒロは小さく笑う。


「千年越しですからね。」


「僕が邪魔しちゃいけません。」


「今日は、アルバスさんたちの時間ですよ。」


リリアはその横顔を静かに見つめる。


少しだけ微笑むと、意地悪そうに口を開いた。


「黒曜石のように綺麗な長い髪。」


ヒロの肩がぴくりと震える。


「ラピスラズリを埋め込んだような美しい瞳。」


ヒロはゆっくりとリリアを見る。


「透き通る白い肌。」


「仕事は丁寧で。」


「説明は分かりやすく。」


「判断も早く――」


「リリアさん!」


ヒロは耳まで真っ赤になった。


「やめてください!」


リリアはくすっと笑う。


「ふふっ。」


「誰かさんが毎日言ってたことですよ?」


ヒロは返す言葉もなく、小さくうつむく。


その時だった。


バァンッ!


勢いよくギルドの扉が開く。


「ヒロ!」


ガレスだった。


息を切らせながら駆け込んでくる。


「戦姫だ!」


「戦姫アンネローゼ!」


「千年前の英雄が蘇ったらしいぞ!」


ヒロとリリアは顔を見合わせる。


ガレスは拳を握り締め、大声で叫んだ。


「決闘しに行こう!!」


数秒の沈黙。


そして。


「ぷっ。」


リリアが吹き出した。


ヒロも堪えきれず笑う。


「はははっ。」


「ガレス。」


「もう会ったよ。」


ガレスは目を丸くする。


「……え?」


事情を知らないのは、ガレスだけだった。

お読みいただきありがとうございました!「続きが気になる」「面白い」と思っていただけましたら、画面下の「ブックマーク登録」や「★(評価)」で応援していただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ