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主人公はいつになっても冒険者ランクを上げない  作者: Patriot
成人期:二十歳

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職人の決意

ヒロはゆっくりと剣を納めた。


立ち上っていた魔力も、静かに収まっていく。


先ほどまでの怒りは消えていた。


残っているのは、いつもの冷静な眼差しだけだった。


「……一人を犠牲にしていいわけではありません。」


静かな声だった。


「でも。」


「魔力炉が止まれば、王都の暮らしは立ち行かなくなる。」


「それも事実です。」


誰も口を挟まない。


ヒロは魔力炉を見つめたまま続ける。


「だったら。」


「代替エネルギーを開発すればいい。」


あまりにも自然に言った。


まるで、壊れた橋を直そうと言うように。


「何年かかるか分かりません。」


「何十年かもしれない。」


「何百年かかるかもしれない。」


「でも。」


ヒロはガラスの向こうで眠るアンネローゼへ微笑みかけた。


「いつか必ず。」


「アンネローゼさんが、この魔力炉から出られるようにします。」


部屋が静まり返る。


国王は目を見開いた。


セバスも。


アルヴィンも。


誰一人、その発想をした者はいなかった。


アンネローゼだけが、小さく笑った。


「……変わった子。」


その声は、どこか嬉しそうだった。


ヒロも照れくさそうに笑う。


「それはそれとして。」


「今すぐできることがあります。」


全員がヒロを見る。


ヒロは魔力炉全体を見回した。


「この部屋。」


「改良できます。」


アルヴィンが思わず息を呑む。


ヒロは迷いなく続けた。


「千年前に造られたまま、一度も更新されていません。」


「技術は進歩しています。」


「魔力導管の素材。」


「変換魔法陣。」


「冷却構造。」


「全部、効率が悪い。」


「アンネローゼさんの魔力変換効率が、あまりにも低いんです。」


ヒロは魔力炉へ歩み寄る。


その目は、もう怒っていなかった。


一人の魔法工学者の目だった。


「僕なら。」


「五割くらいは効率を上げられます。」


アルヴィンが思わず声を失う。


ヒロはアンネローゼへ笑いかけた。


「そうしたら。」


「もっとお話しできますね。」


その一言に。


アンネローゼは二千年ぶりに、心から笑った。


部屋の空気は、先ほどまでとは違っていた。


張り詰めていた緊張が少しだけほどける。


国王は静かにアンネローゼを見つめた。


長年、胸の奥へ抱き続けてきた疑問を口にする。


「アンネローゼ様。」


「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか。」


「どうして。」


「ヒロを呼ばれたのですか。」


アンネローゼは少しだけ考えるように黙った。


やがて、小さく笑う。


「一千年。」


「その中の、たった十年。」


「本来なら、一瞬にも満たない時間。」


静かな声が魔力炉へ響く。


「それでも。」


「毎日。」


「毎日。」


「魔力導管を点検して。」


「壊れた場所を直して。」


「誰にも褒められることなく。」


「当たり前のように帰っていく子がいた。」


ヒロは黙って聞いている。


「最初は。」


「また来た、くらいにしか思っていなかった。」


「でも。」


「毎日来る。」


「雨の日も。」


「雪の日も。」


「一日も欠かさず。」


アンネローゼは穏やかに続けた。


「嫌でも覚える。」


「その魔力を。」


「その足音を。」


「工具を置く音を。」


「そして。」


「誰かのためだけに働く、その献身的な姿を。」


しばらく静かな時間が流れる。


アンネローゼは優しく微笑んだ。


「……それにね。」


「その魔力には、どこか懐かしさを感じていた。」


「だから。」


「呼んでみたの。」


「返事をしてくれる気がしたから。」


ヒロは何も言えなかった。


国王も。


セバスも。


アルヴィンも。


誰一人として、その言葉に返す言葉を持たなかった。


その日から。


少しだけ、日常が変わった。


ヒロは以前にも増して地下へ潜るようになった。


毎日のようにギルドへ現れる依頼書。


その内容を見たリリアは思わず首を傾げた。


「……国王陛下勅命。」


「Fランククエスト?」


何度見直しても間違いない。


依頼内容は。


魔力炉改修工事。


王都の心臓部。


王家直轄の施設。


本来なら冒険者ギルドへ依頼が出ることなどあり得ない。


しかし今回は違った。


王家からの正式な勅命。


そのため、通常の依頼書とは別様式でギルドへ届けられていた。


リリアは小さく苦笑する。


「……もう。」


「Fランクの依頼じゃないでしょう。」


ヒロは照れくさそうに頭を掻くだけだった。


地下では、職人たちと共に魔力炉の改修工事が始まった。


千年前の技術。


現在の技術。


一本一本の魔力導管を見直し。


魔法陣を組み替え。


変換効率を少しずつ改善していく。


「ここ、変えられる。」


「この素材ならもっと持つ。」


「こっちは俺に任せろ。」


地下には今日も工具の音が響いていた。


そして。


月に一度。


ヒロは王宮へ足を運ぶ。


向かう先は、王宮魔法工学研究所。


代替魔力炉。


アンネローゼに代わる新たなエネルギー。


完成が一年後なのか。


百年後なのか。


それとも千年後なのか。


誰にも分からない。


それでも。


研究は静かに始まっていた。

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