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主人公はいつになっても冒険者ランクを上げない  作者: Patriot
成人期

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作戦開始

数日後。


アルヴィンは一人、王宮の執事室を訪れていた。


扉をノックすると、中からセバスの穏やかな声が返ってくる。


「どうぞ。」


部屋へ入ると、セバスは書類から顔を上げ、小さく微笑んだ。


「珍しいですね。」


「今日はどのようなご用件でしょうか。」


アルヴィンは苦笑しながら椅子へ腰掛ける。


「実は。」


「ガレス君を王宮魔術師団へ勧誘してみたんだけどね。」


「断られたよ。」


セバスは小さく笑う。


「あの子は剣士ですから。」


「お気持ちは分かりますが……。」


アルヴィンは腕を組む。


「諦めるには惜しすぎる逸材なんだ。」


「だから。」


「作戦を考えてきた。」


セバスは少しだけ興味を示す。


「ほう?」


アルヴィンは立ち上がり、人差し指を一本立てる。


「第一段階。」


「まだ発表していない魔法工学の論文を、ヒロ君へちらつかせる。」


「第二段階。」


「ヒロ君は必ず食いつく。」


「その代わり、魔法による模擬戦を条件にする。」


「第三段階。」


「模擬戦。」


「しかもヒロ君が戦うとなれば。」


「ガレス君は必ず見に来る。」


アルヴィンはどんどん熱が入っていく。


「第四段階。」


「ヒロ君が負けたら。」


「ガレス君は必ず。」


「『俺も戦わせろ!』」


「と言い出す。」


「第五段階。」


「僕が魔法でガレス君を圧倒する。」


「そして。」


「第六段階。」


「ガレス君。」


「『魔法すげぇ!』」


「これで王宮魔術師団入りだ。」


アルヴィンは満足そうに腕を組んだ。


「どうでしょう?」


執事室が静まり返る。


セバスは腕を組み、静かに考え込む。


しばらく沈黙が流れた。


やがて、小さく頷く。


「……なるほど。」


アルヴィンは身を乗り出す。


「でしょう?」


「それなら。」


「ガレス君の性格を考えると。」


「見に来る可能性は高いですね。」


アルヴィンは嬉しそうに笑う。


「やっぱり!」


セバスは続けた。


「そして。」


「ヒロ君が苦戦すれば。」


「間違いなく飛び出してくるでしょう。」


アルヴィンは満足そうに何度も頷いた。


「完璧だ。」


セバスは口元を少しだけ緩める。


「珍しく。」


「よく考えられた作戦かもしれません。」


アルヴィンは思わず苦笑した。


「……その『珍しく』は余計だよ。」


翌朝。


アルヴィンとセバスは並んで王都の街を歩いていた。


目的地は、冒険者ギルド。


アルヴィンの目的は一つ。


もちろん、ガレス勧誘作戦の実行である。


一方、セバスは少し違った。


「ヒロ君が、どのような戦い方をするのか。」


それが純粋に気になっていた。


ガレスなら想像がつく。


力と剣。


真正面から叩き伏せる戦い。


しかし、ヒロは違う。


魔法工学の知識。


空間魔法。


魔力操作。


そのどれもが規格外だ。


それでいて、自ら戦う姿をほとんど見たことがない。


「全く読めませんね……。」


セバスは小さく呟いた。


アルヴィンも苦笑する。


「だからこそ楽しみなんだよ。」


やがて二人は冒険者ギルドへ到着した。


扉を開けた瞬間。


「……!」


ギルド中の視線が一斉に集まる。


「王宮魔術師団団長だ。」


「剣聖までいるぞ。」


「何事だ?」


ざわめきが広がる。


しかしアルヴィンは周囲を気にすることなく、受付へ視線を向けた。


そして。


黒髪に留められた、小さな髪飾りを見つける。


「……!」


思わず目を見開いた。


迷うことなくリリアの受付へ歩いていく。


「失礼。」


リリアは顔を上げる。


「ご用件をお伺いします。」


アルヴィンは髪飾りを指差した。


「その髪飾り。」


「少し見てもいいかな。」


リリアは少し驚きながらも頷く。


アルヴィンは目を細めた。


「美しい……。」


小さく感嘆の息を漏らす。


「魔力の流れがまったく乱れていない。」


「装飾品なのに、魔力制御まで計算されている。」


「すごい作品だ。」


心から感心したように微笑む。


「作った人は、よほどすごい職人なんだろうね。」


その言葉に。


リリアは少しだけ頬を赤らめた。


「……ありがとうございます。」


普段の事務的な受け答えではない。


どこか柔らかな笑顔だった。


少し後ろで見ていたセバスは、その様子に小さく目を細める。


(以前、私へ向けられた対応とは違う。)


(やはり。)


(あの髪飾りは……。)


心の中だけで、小さく微笑む。


アルヴィンは本題を思い出したように姿勢を正す。


「今日はお願いがあって来たんだ。」


「ギルド訓練場をお借りしたい。」


「それと。」


「模擬戦をお願いしたい。」


リリアは頷き、手早く書類を取り出す。


「確認いたしますので、少々お待ちください。」


その時だった。


ギルドの扉が開く。


「おはようございます。」


「おう!」


ヒロとガレスが、いつものように並んで入ってきた。


「おっ。」


「ちょうどいいところに来た。」


アルヴィンはヒロを見つけるなり、満面の笑みを浮かべた。


「ヒロ君。」


「これ。」


そう言って、一冊の分厚い論文を胸元から取り出す。


表紙だけを見せるように、ひらりと持ち上げた。


ヒロの足が止まる。


次の瞬間。


「……!」


目が輝いた。


「それ!」


「王宮魔法工学研究所の最新論文ですよね!」


思わず一歩前へ出る。


アルヴィンはにやりと笑う。


「そう。」


「まだ発表前。」


「閲覧できるのは研究所の人間だけ。」


ヒロは論文から目を離せない。


「少しだけ!」


「少しだけでも見せてもらえませんか!」


アルヴィンは論文をそっと引っ込めた。


「もちろん。」


「ただし。」


「条件がある。」


ヒロは真剣な顔で頷く。


「何でしょう。」


「僕と模擬戦をしてほしい。」


「魔法限定で。」


ヒロは少しだけ考えた。


論文。


模擬戦。


論文。


模擬戦。


数秒後。


「……分かりました。」


あっさり頷いた。


少し離れた場所で見ていたセバスは、小さくため息をつく。


「……。」


「本当に食いつきましたね。」


アルヴィンは小声で笑う。


「言っただろう?」


セバスは苦笑しながら頷く。


「ええ。」


「作戦は順調のようです。」


一方。


ガレスはヒロの横で首を傾げていた。


「論文って。」


「そんな面白ぇのか?」


ヒロは真顔で答える。


「面白いよ。」


「すごく。」


ガレスはよく分からないまま頷く。


「そうか。」


「じゃあ俺も見る。」


「見ても分からないよ。」


「そうか。」


二人はいつもの調子だった。


やがて一行はギルドの訓練場へ向かう。


噂はあっという間に王都中へ広がっていた。


『王宮魔術師団団長とヒロが模擬戦をする。』


訓練場へ着く頃には、観客席は人で埋め尽くされていた。


冒険者。


受付嬢。


新人たち。


仕事を切り上げた職人たち。


親方も腕を組んで最前列に立っている。


リリアも受付を交代し、少し息を切らせながら駆けつけていた。


そして。


ギルドマスターも腕を組み、静かに訓練場を見つめていた。


訓練場には、試合開始を待つような静かな緊張が流れていた。

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