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主人公はいつになっても冒険者ランクを上げない  作者: Patriot
青年期:十四〜二十歳

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受け継がれる愛


地下へ戻ったヒロは、そのまま職人たちの待つ場所へ向かった。


「どうだった?」


親方が短く尋ねる。


ヒロは静かに首を横へ振る。


「行き止まりでした。」


「昔の通路だったみたいですけど、途中で完全に塞がっていました。」


職人たちは顔を見合わせ、小さく頷く。


「そうか。」


親方はそれ以上聞かなかった。


ヒロは壁へ視線を向ける。


「一つ、お願いがあります。」


「この壁。」


「元通り塞いでもらえませんか。」


「このまま開けておく必要はないと思います。」


親方は壁とヒロを交互に見た。


やがて小さく頷く。


「分かった。」


「後は俺たちの仕事だ。」


「ありがとうございます。」


ヒロは深く頭を下げた。


職人たちはすぐに工具を手に取り、崩した石を一つずつ元の位置へ戻し始める。


槌の音が地下へ響く。


その音を背中で聞きながら、ヒロは静かに歩き出した。


工具箱を肩へ掛け、地下道を抜ける。


向かう先はギルドでも酒場でもない。


王宮だった。


手の中には、小さなロケット。


王家の紋章が刻まれたそれだけは、持ち主へ返さなければならない。


ヒロは朝日に照らされる王城を見上げ、小さく息を吐いた。


それでも足は止まらない。


静かに王宮への道を歩き始めた。


王宮へ辿り着いたヒロは、正門の前で足を止めた。


深く息を吸い、小さく息を吐く。


そして門を守る衛兵へ歩み寄る。


「すみません。」


「国王陛下へ謁見をお願いしたいのですが。」


衛兵は一瞬だけ目を丸くし、すぐに表情を引き締めた。


「お名前と、ご用件をお聞かせください。」


「ヒロです。」


「用件は……。」


ヒロは少しだけ言葉を選ぶ。


「国王陛下へ直接お伝えしたいことがあります。」


衛兵は静かに首を横へ振った。


「申し訳ありません。」


「ご予約のない方をお通しすることはできません。」


「内容をお聞かせいただければ、こちらから取り次ぐことは可能です。」


ヒロはもう一度首を横へ振る。


「事情は話せません。」


「国王陛下へ直接お伝えしたいんです。」


衛兵は困り果てていた。


当然だった。


見ず知らずの青年を王へ取り次ぐ理由などない。


衛兵は職務を全うしているだけだった。


その時だった。


「どうしました。」


落ち着いた声が背後から聞こえる。


ヒロが振り返る。


セバスだった。


衛兵たちはすぐに姿勢を正した。


「セバス様。」


「こちらの青年が国王陛下への謁見を希望しております。」


セバスはヒロへ静かに視線を向ける。


「何かございましたか。」


ヒロは小さく頷いた。


「事情は話せません。」


「ただ、国王陛下へお会いしたいんです。」


セバスはしばらく黙ってヒロを見つめていた。


地下で命を預け合った青年。


その恩は忘れていない。


しかし、それとこれとは別だった。


王女誘拐未遂事件は極秘事項。


王宮へ出入りする者を、私情で特別扱いすることはできない。


やがて静かに口を開く。


「申し訳ありません。」


「その願いを、私の一存で聞き入れることはできません。」


ヒロは何も言わず頷いた。


その姿を見て、セバスは続ける。


「ですが。」


「あなたが理由もなく、この場所へ来る方ではないことも知っています。」


「一度、私の部屋でお話を伺いましょう。」


そう言うと衛兵たちへ視線を向けた。


「この件は私が預かります。」


衛兵たちは一礼する。


セバスはさらに近くに控えていた近衛兵へ目を向けた。


「人払いを。」


「かしこまりました。」


足音だけを残し、人の気配が静かに遠ざかっていく。


やがて王宮の一室には、ヒロとセバスだけが残された。


執事室。


セバスはヒロへ一つ椅子を勧め、自らも向かいへ腰を下ろした。


「それで。」


「国王陛下へ謁見をご希望された理由を、お聞かせいただけますか。」


ヒロは黙って工具箱を足元へ置く。


ゆっくりと蓋を開け、その中から小さな布包みを取り出した。


丁寧に包みを解く。


掌へ収まるほどの、小さなロケット。


王家の紋章が静かに光を受ける。


「これです。」


その一言だけだった。


セバスの表情が止まる。


ゆっくりとロケットを見つめる。


瞳が僅かに揺れた。


言葉はない。


しかし、その沈黙だけで十分だった。


セバスは静かに立ち上がる。


「少々、お待ちください。」


そう言い残すと、迷いなく部屋を出ていった。


ヒロは一人、静かな執事室で待つ。


しばらくして。


王宮は慌ただしく動き始めた。


王への謁見手続き。


それも最優先で。


近衛兵たちが廊下を行き交い、応接室の準備が整えられていく。


やがて近衛隊長がセバスへ歩み寄った。


「セバス様。」


「本当にお通しになるのですか。」


「身元も不明な青年です。」


「危険です。」


セバスは書類へ署名を終えると、静かにペンを置いた。


「立ち会いは私と王女殿下のみ。」


「それで結構です。」


近衛隊長は思わず顔を上げる。


「しかし――。」


セバスは穏やかな笑みを浮かべた。


「私一人では、不安ですかな?」


その一言で十分だった。


近衛隊長は口を閉じる。


王国最強。


その異名を持つ男が、静かにそう言った。


それ以上、誰も反対する者はいなかった。


王宮、謁見の間。


広い空間には、国王、王女アン、セバス、そしてヒロの四人だけがいた。


静寂の中、ヒロはゆっくりと頭を下げる。


「初めまして。」


「ヒロと申します。」


国王は静かに頷いた。


その目は、目の前の青年を値踏みするものではなく、一人の人間を見る穏やかな眼差しだった。


「話は聞いている。」


「まずは礼を言わせてほしい。」


「アンを救ってくれたこと、心から感謝する。」


ヒロは首を横へ振る。


「当然のことをしただけです。」


国王は小さく笑う。


「そう言うと思った。」


「それでも礼は礼だ。」


「望む褒美があれば――」


「結構です。」


ヒロは静かに言葉を遮った。


その声に迷いはなかった。


「今日は、そのために来たわけではありません。」


「国王陛下へ、お返ししなければならない物があります。」


ヒロは布へ包まれたロケットを両手で差し出した。


セバスが受け取り、静かに国王の前へ置く。


国王はゆっくりとロケットを手に取った。


王家の紋章。


長い年月を経ても失われていない細かな細工。


その姿を見た瞬間、国王の表情が僅かに変わる。


ヒロは静かに話し始めた。


地下で見つけた隠された通路。


王都城壁の外へ続く道。


その先に建っていた小さな小屋。


そして、このロケット。


一つひとつを、順を追って説明する。


誰も口を挟まない。


話し終えると、ヒロはゆっくりと頭を下げた。


「このロケットは、王家へ帰属するものです。」


「ですから、お返しに参りました。」


国王は静かにロケットを見つめる。


しばらくの沈黙が流れた。


やがて顔を上げる。


「……その小屋は。」


「どこにある。」


ヒロは顔を上げる。


そして、真っ直ぐ国王を見つめ返した。


「申し訳ありません。」


「その場所だけは、お教えできません。」


謁見の間の空気が止まる。


それでもヒロは目を逸らさなかった。


「ロケットは王家のものです。」


「お返しします。」


「ですが。」


「二人だけの場所だけは、守りたいんです。」


その言葉だけが、静かな謁見の間へゆっくりと響いていった。


セバスは静かに目を閉じた。


誰にも気付かれないよう、小さく上を向く。


込み上げるものを押さえ込むように、一度だけ深く息を吸った。


セバスチャン・グランドール。


グランドール家。


三百年前より代々王家へ仕え続けてきた名家。


剣だけではない。


忠誠も。


誇りも。


そのすべてを受け継ぎながら、王家と共に歩んできた一族だった。


国王の手にあるロケットを見つめる。


その細工。


蝶番の形。


縁取りの装飾。


蓋を閉じた時、一枚の絵になる意匠。


幼い頃から何度も見てきた。


グランドール家へ代々伝わる、一冊の古い設計図。


そこへ描かれていた意匠と、あまりにも酷似していた。


間違いない。


これは。


王家へ献上された、あのロケット。


三百年という歳月の中で、存在だけが語り継がれ、誰一人その行方を知らなくなった品。


それが今。


目の前へ戻ってきた。


しかも。


届けたのは王族でも、貴族でもない。


ただ一人の職人だった。


王家の宝だから返したのではない。


王命だからでもない。


二人だけの場所だから守りたい。


その想いだけで、この青年はここまで来た。


セバスはゆっくりと拳を握る。


胸の奥が熱かった。


(……ありがとう。)


声には出さない。


出せば、この涙は抑えられない。


王家の誇りを。


三百年の想いを。


守ろうとしてくれた青年へ。


セバスは静かに、心の中だけで深く頭を下げた。


国王はしばらくロケットを見つめていた。


やがて、ゆっくりと蓋を開く。


中に納められた二枚の肖像画へ静かに視線を落とした。


誰も言葉を発しない。


国王は白手袋を外すと、指先だけで傷付けないよう慎重に肖像画を取り出した。


そして、ロケットを閉じる。


国王は小さく目を細めた。


「この肖像画は、我が王家の祖先のもの。」


「ゆえに、王家へ帰属する。」


静かな声だった。


ヒロは黙って頷く。


国王は肖像画だけを側へ置く。


そして何の迷いもなく、空になったロケットをヒロへ差し出した。


「しかし。」


「このロケットは、そなたのものだ。」


ヒロは思わず顔を上げる。


「陛下……?」


国王は優しく微笑んだ。


「愛する者がおるのであろう。」


その一言に、ヒロは何も答えられなかった。


国王は涙を堪えるように目を細め、ヒロの手を取る。


その掌へ、静かにロケットを握らせた。


「持ちなさい。」


「それはもう、王家の宝ではない。」


「人を愛する者が持つべきものだ。」


ヒロは呆然とロケットを見つめていた。


言葉が出ない。


国王はその様子を静かに見つめながら、小さく息を吐く。


心の中では、もう答えが出ていた。


(愛を知る者でなければ。)


(二人だけの場所を守ろうなどとは考えまい。)


(王家の宝だからではない。)


(二人の想いが眠る場所だからこそ、この青年は守ろうとした。)


国王は静かに頷いた。


三百年の時を越えて。


その想いは、確かに誰かへ受け継がれたのだと。


ヒロは深く頭を下げる。


「ありがとうございました。」


その一言だけを残し、静かに踵を返した。


謁見の間をゆっくりと歩いていく。


国王。


王女アン。


セバス。


三人は、その背中を静かに見送っていた。


扉へ手を掛けた、その時だった。


「ヒロ。」


国王の穏やかな声が背中へ届く。


ヒロは振り返る。


国王は柔らかく微笑んでいた。


「いつでも遊びに来なさい。」


「そのロケットを見せれば、いつでも王宮へ入れるよう手配しておこう。」


王女も嬉しそうに頷く。


セバスも何も言わず微笑んでいた。


ヒロは少しだけ考える。


やがて、小さく首を横へ振った。


「……お断りします。」


三人とも少し驚いた。


ヒロは静かにロケットを見つめる。


「これを。」


「そういうふうには使いたくありません。」


それだけだった。


ヒロはロケットを首へ掛ける。


そして、服の中へそっとしまい込んだ。


誰にも見えない場所。


胸のすぐ近く。


ヒロはもう一度だけ三人へ頭を下げる。


今度こそ振り返ることなく、静かに謁見の間を後にした。


その背中を見送りながら、国王は小さく笑う。


「……やはり。」


「良い青年だ。」


セバスも静かに頷いた。


王女は胸の前で手を組み、小さく微笑む。


三人は誰も呼び止めなかった。


あのロケットは。


王家の証ではない。


一人の青年が、大切な人を想うためのものになったのだから。


その夜。


木漏れ日の酒場は、いつもより静かだった。


閉店の札が掛けられ、最後の客を見送ると、女将は大きく背伸びをする。


店の中には四人だけ。


カウンターへ並んで座るヒロとガレス。


その向こうで、セレナが静かに酒を注いでいた。


ヒロは珍しく、何杯目か分からない酒を口へ運ぶ。


ガレスも何も言わず、それに付き合う。


セレナは空になったジョッキを見つけるたび、黙って酒を注ぎ足した。


言葉は少ない。


それでも居心地の悪さはなかった。


女将は鍋を洗い終えると、三人へちらりと視線を向ける。


「飲みすぎるんじゃないよ。」


それだけ言い残し、奥の厨房へ姿を消した。


静かな時間が流れる。


やがてヒロは服の中へ手を入れ、細い鎖をゆっくりと引き出した。


胸元から現れたのは、小さなロケット。


ガレスとセレナは自然と視線を向ける。


ヒロはロケットを掌へ乗せ、静かに見つめた。


事情は何も話さない。


どこで手に入れたのかも。


なぜ持っているのかも。


何一つ説明しなかった。


それでも二人は何も聞かない。


しばらく沈黙が続いた後、ヒロは小さく笑った。


「……リリアさんの写真が欲しいんだ。」


その一言だけだった。


ガレスは酒を一口飲み、にやりと笑う。


「そりゃ本人に頼めばいいじゃねぇか。」


ヒロは困ったように苦笑する。


「そんな簡単に言わないでよ。」


セレナはロケットを静かに見つめていた。


その形。


大切そうに触れる指先。


ヒロの表情。


何も聞かなくても分かった。


それは、誰かを想う人だけが持つ目だった。


セレナは小さく微笑む。


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