二人で一人
二人は地下道を抜け、王都へ出た。
空が白み始めていた。
ガレスは大きく息を吐きながら空を見上げた。
「ヒロ。」
「セバスさん、間に合ったかな?」
ヒロは王城の方角へ目を向ける。
「さあね。」
「王城には強い結界が張られてる。」
「中の魔力までは探知できないんだ。」
少し間を置く。
「それより。」
「一つ気になってることがある。」
ガレスは首を傾げる。
「なんだ?」
ヒロは静かに考えを整理するように言葉を選んだ。
「魔術師に会ってない。」
「……魔術師?」
「ああ。」
「地下で見つけた偽装魔法。」
「ただ壁を隠しただけじゃない。」
「視覚だけじゃなく、触覚まで騙していた。」
「しかも魔力を極限まで抑えていた。」
「かなり高度な魔法だった。」
ガレスは腕を組む。
「確かに。」
「そんな奴、いなかったな。」
ヒロは小さく頷く。
「普通なら、ああいう魔法を使う人間は前線に出ない。」
「でも今回は違う。」
「誘拐犯たちと行動を共にしていたはずなんだ。」
「なのに姿がない。」
ガレスも真剣な表情になる。
ヒロは静かに続けた。
「僕の探知魔法で追跡していた時。」
「途中で完全に見失った。」
「あれは逃げられたんじゃない。」
「おそらくその魔術師が、探知そのものを妨害していたんだと思う。」
夜風が静かに吹き抜ける。
ヒロは小さく息を吐いた。
「……まだ終わってない。」
「一番厄介な相手は、まだ姿を見せてない。」
その時だった。
――ドサッ。
重い音が二人の目の前で響く。
一人の人間が石畳へ転がった。
全身を黒いローブで包み、ぴくりとも動かない。
ヒロとガレスは反射的に顔を上げる。
屋根の上。
朝日の光を背に、一人の男が腰を下ろしていた。
頬には浅い切り傷。
腕にもいくつもの裂傷が走り、乾ききらない血が月明かりに鈍く光っていた。
それでも、その表情はいつもと変わらない。
肩には、人が振るうことなど考えられないほど巨大な大斧。
それを片手で軽々と担いでいる。
ギルドマスターだった。
「おう。」
「ガキども。」
いつも通りのぶっきらぼうな声だった。
「探してる魔術師って、これのことか?」
ヒロとガレスは言葉を失った。
あれほど巨大な大斧。
執務室の壁に飾られていた時は、ただの飾りだと思っていた。
だが違った。
あれは、本物だった。
そして。
その大斧を片手で担ぐこの男もまた、本物だった。
ギルドマスターはガレスが抱える王女を見て言う
「俺ぁまだやることが残ってる、お前らもやること残ってんだろ?」
二人は王城へ向かった。
王城は騒然としていた。
近衛兵たちが慌ただしく走り回り、あちこちで怒号が飛び交っている。
しかし。
戦いは、すでに終わっていた。
王城へ侵入した賊は、一人残らず討ち取られていた。
その中心には、血に染まったレイピアを静かに納めるセバスの姿があった。
ヒロは眠ったままのアンをガレスから受け取り、静かにセバスへ引き渡す。
セバスは深く頭を下げる。
「……感謝いたします。」
ヒロは首を横に振った。
「僕たちは、たまたま近くにいただけです。」
セバスは小さく笑う。
「そういうことに、しておきましょう。」
それ以上、誰も何も言わなかった。
王女を抱きかかえたセバスは、そのまま王城の奥へ姿を消していく。
ヒロとガレスも踵を返した。
◇
◇
◇
王都の明け方は静かだった。
先ほどまで命のやり取りがあったとは思えないほど、穏やかな風が吹いている。
しばらく無言のまま歩いた後、ガレスがぽつりと口を開いた。
「……強かったな。」
ヒロは小さく笑う。
「うん。」
「強いなんてもんじゃない。」
「セバスさんも。」
「そして、おそらくギルドマスターも。」
ガレスはゆっくり頷く。
「ああ。」
「やべぇ匂いがした。」
ヒロは少しだけ考えるように視線を落とした。
「あの魔術師も相当だった。」
「もし、あの偽装魔法を戦闘中に使われていたら。」
「居場所どころか、どこから攻撃されたのかも分からない。」
少し間を置く。
「いや。」
「攻撃されたことにすら気付けなかったかもしれない。」
ガレスは腕を組み、小さく鼻を鳴らした。
「そんな相手を。」
「ギルドマスターは、あの傷だけで倒したってことだよな。」
「うん。」
ヒロは静かに頷く。
「でも、もっと驚いたのは別なんだ。」
ガレスは首を傾げる。
「なんだ?」
「職人さんたち。」
「あれだけ高度な偽装魔法で隠された壁を見つけた。」
「しかも。」
「親方が魔道具を鳴らしてくれた時には、みんなもうあの場所へ集まっていた。」
ガレスは歩きながら、ぽんと手を打った。
「あ。」
「確かに。」
「みんな、バラバラの場所で仕事してたよな。」
「連絡なんか取れねぇはずだ。」
ヒロは少しだけ笑う。
「あの魔道具は、一方通行なんだ。」
「職人さんから僕へ連絡するだけ。」
「職人さん同士で話せるものじゃない。」
ガレスはますます不思議そうな顔になる。
「じゃあ。」
「なんで全員いたんだ?」
ヒロは空を見上げ、小さく息を吐いた。
「きっと。」
「それぞれが、それぞれの場所で違和感を見つけたんだ。」
「そして、自分で考えて。」
「あの場所へ辿り着いた。」
少しだけ悔しそうに笑う。
「僕の探知でも見つけられなかったものを。」
「あの人たちは、自分の経験だけで見つけた。」
ヒロは静かに目を細めた。
その表情は少しだけ悔しそうで。
それ以上に、どこか誇らしげだった。
ガレスは大きく伸びをすると、空を見上げた。
「……俺ら。」
「まだまだだな。」
少し笑う。
「もっと強くなろうぜ、ヒロ!」
ヒロは少しだけ考え、静かに首を横へ振った。
「いや。」
「僕は、強さなんていらないよ。」
ガレスは首を傾げる。
ヒロは歩きながら続けた。
「もっと職人さんたちと仕事をしなきゃいけない。」
「長年積み重ねてきた経験。」
「言葉にならない勘。」
「そういうものを一つずつ整理して、誰でも学べる形に残さないといけない。」
「それは、一人が強くなることより、ずっと価値がある。」
ガレスは難しい顔でしばらく考え込む。
そして数秒後。
「難しいことはよく分かんねぇ。」
「でも。」
「俺らは二人で一人ってことだな!」
ヒロは思わず吹き出した。
「ははっ。」
「結局そこへ戻るんだ。」
「違うのか?」
「……違わないね。」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
しばらく歩いたところで、ガレスが思い出したように口を開く。
「そういや。」
「どうすんだ?」
「今回クエスト受けてねえから報告いらねぇよな?このまま家に帰んのか?」
ヒロは朝焼けに染まり始めた王都を見つめる。
「いや。」
「リリアさんが心配してる。」
「顔を見せて安心させたい。」
ガレスはにかっと笑った。
「そうだな。」
「それに。」
「二人とも怪我してねぇし。」
「危ないことなんて何もしてませんって言っても、きっと信じてもらえるな!」
ヒロはガレスを見て苦笑する。
「……それは無理じゃないかな。」
夜が明け始めた王都を、二人は並んでギルドへ向かって歩き始めた。
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