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主人公はいつになっても冒険者ランクを上げない  作者: Patriot
青年期:十四〜二十歳

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職人の矜持

仕事を終えたヒロは、工房で何度も木箱を見つめていた。


蓋を開ける。


髪飾りを確かめる。


また静かに閉じる。


そんなことを何度も繰り返している。


工房には、いつもと変わらず槌の音が響いていた。


それでも職人たちは、手を動かしながら時折ヒロへ視線を向ける。


誰も急かさない。


誰も茶化さない。


ただ、その様子を静かに見守っていた。


やがて一人の職人が手を止める。


「……行かねぇのか。」


ヒロは木箱を抱えたまま、小さく頷いた。


「行きます。」


「でも……少し緊張して。」


工房に小さな笑いが広がる。


「刀を打つ時はあんなに堂々としてるのにな。」


「魔力導管の修理より難しいか?」


ヒロは真剣な顔のまま頷いた。


「はい。」


迷いのない返事に、工房中がどっと笑いに包まれた。


その時だった。


工房の扉が勢いよく開く。


討伐依頼を終えたガレスが、大剣を肩に担いだまま入ってきた。


工房を見回したガレスは、一瞬で事情を察する。


「まだ渡してねぇのか。」


「……まだ。」


ガレスは呆れたように笑った。


「何やってんだ。」


「行くぞ。」


そう言ってヒロの背中を軽く叩く。


思わずよろけたヒロは、小さく苦笑した。


親方は腕を組み、工房中を見渡した。


「よし。」


「全員、行くぞ。」


その一言で、工房の槌の音が止む。


職人たちは手を止め、笑いながら道具を片付け始めた。


「待ってました。」


「気になって仕事にならねぇ。」


「最後まで見届けねぇとな。」


ヒロは目を丸くする。


「え……みんなも?」


一人の職人が照れくさそうに笑った。


「蝶番は俺が作った。」


別の職人が続く。


口々に声が上がる。


親方は静かに言った。


「その箱は、お前一人の仕事じゃねぇ。」


「工房みんなの仕事だ。」


「最後まで責任を持つ。」


ヒロは木箱を抱きしめ、小さく頭を下げた。


「……ありがとうございます。」


親方はぶっきらぼうに背を向ける。


「礼は渡してから聞く。」


「ほら、行くぞ。」


工房の扉が開く。


先頭を歩くヒロ。


その隣にはガレス。


後ろには親方と工房の職人たち。


大勢の鍛冶職人が連れ立って王都の大通りを歩く姿に、道行く人々は思わず振り返った。


「あの工房の人たちじゃないか。」


「全員揃ってるぞ。」


「何かあったのか?」


そんな囁きが聞こえる。


だが、誰も気にしない。


ヒロは木箱を大事そうに抱え、ゆっくりとギルドへの道を歩いていた。


どんな剣を打つ時よりも。


どんな大仕事を任された時よりも。


今の彼は、誰の目にも分かるほど緊張していた。







ギルドの扉が開いた。


夕方のロビーは、依頼を終えた冒険者たちで賑わっている。


笑い声。


酒場から漂う料理の香り。


受付には依頼の報告を待つ列ができていた。


その中へ、ヒロたちは足を踏み入れる。


先頭を歩くヒロ。


その隣にはガレス。


後ろには親方と工房の職人たち。


仕事帰りの鍛冶職人たちが総出でギルドへ現れるなど、誰も見たことがない光景だった。


冒険者たちは次々と振り返る。


「なんだ?」


「工房の連中が勢揃いしてるぞ。」


「何かあったのか?」


ざわめきが広がる。


しかし親方も職人たちも、誰一人として気にする様子はない。


ただ静かにヒロの後ろを歩いていた。


受付では、リリアがいつも通り依頼書を整理していた。


「次の方。」


報告を終えた冒険者を見送り、新しい依頼書を受け取る。


「次の方。」


また一人。


変わらない日常。


やがて列の最後に立つ人物へ目を向ける。


「あ……。」


自然と表情が和らいだ。


「ヒロくん。」


柔らかな笑みが浮かぶ。


「おいで。」


ヒロは小さく頷き、受付へ歩いていく。


木箱を抱える腕に、自然と力が入る。


受付の前で立ち止まる。


頭の中で何度も練習した言葉が、一つも出てこない。


静寂が流れる。


後ろではガレスが腕を組み、黙って見守っている。


親方も腕を組んだまま動かない。


職人たちは息を呑み、誰一人声を出さない。


ヒロは大きく息を吸った。


木箱を両手で差し出す。


「リリアさん。」


「二十歳のお誕生日、おめでとうございます。」


「これ……受け取ってください。」


リリアは驚いたように目を丸くし、そっと木箱を受け取った。


ゆっくりと蓋を開ける。


中に納められていたのは、小さな髪飾り。


歯の欠けた歯車。


ねじ山の潰れたネジ。


役目を終えた鉄たちが丁寧に磨かれ、一つの髪飾りとして新たな命を与えられていた。


華やかな宝石はない。


豪華な装飾もない。


けれど、その一つひとつにヒロの想いと、工房のみんなの技術が込められていた。


リリアは言葉を失ったまま、髪飾りを見つめる。


震える指先で、そっと触れた。


「……ありがとうございます。」


その声は、少しだけ震えていた。


次の瞬間。


「リリアさん!」


受付嬢たちが一斉に駆け寄る。


「見せてください!」


「かわいい……!」


「ちょっと貸して。」


十歳の頃からリリアを知る年長の受付嬢が、優しく髪飾りを受け取った。


「動かないでね。」


慣れた手つきで黒髪を整える。


別の受付嬢が鏡を持ち。


もう一人が髪を押さえる。


自然と役割が決まっていた。


誰も大きな声を出さない。


妹を送り出す姉たちのような、優しい手つきだった。


やがて髪飾りがそっと留められる。


「はい。」


鏡がリリアの前へ差し出される。


リリアはゆっくりと覗き込んだ。


そこには、いつもの自分。


けれど黒髪には、世界に一つだけの髪飾りが静かに輝いていた。


しばらく誰も言葉を発しない。


最初に微笑んだのは年長の受付嬢だった。


「……似合ってる。」


その一言で空気が和らぐ。


「本当に。」


「すごく似合います。」


「リリアさんらしいです。」


リリアは髪飾りにそっと触れ、小さく涙を拭った。


少し離れた場所では、親方が静かに頷く。


職人たちも満足そうに笑い合った。


親方が背を向ける。


「帰るぞ。」


その一言だけで十分だった。


職人たちは静かに踵を返す。


ガレスもヒロの肩を軽く叩く。


「じゃあな。」


「え?」


「後は、お前が頑張れ。」


にやりと笑い、親方たちの後を追ってギルドを出ていく。


賑やかだった一団が去ると、受付の前にはヒロとリリアだけが残った。


周囲の冒険者たちは、どこか温かい空気に包まれながら、その二人を静かに見守っていた。

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